第100話 そして、これからのこと

そして、これからのこと








過ごしやすい日差し。


寄せては返す波の音。


鼻腔をくすぐる潮の匂い。




「ひゃん!きゃん!・・・くぅ~ん!きゅ~ん!!」




顔中に器用に海藻を巻き付けてパニックになる我が愛犬。




「ははは!はははは!何をどうしたらこんなになるんだよサクラぁ!!!」




「・・・っ!~~~~!?」




「・・・無理せず爆笑していいんですよ、神崎さん」




巻き付いたワカメだかコンブだかを巻き取りながら、顔を真っ赤にした神崎さんを見る。


プルプルしすぎでしょ、我慢しなくていいのになあ。






ここは、以前釣りをした漁港から歩いて10分少々の場所にある砂浜。


去年までは、サーフィンやら海水浴やらで賑わっていた場所だが今や見る影もない。


まあオフシーズンってのもあるんだけどさ。


でも夏になっても今年は賑わいそうにないな。


可能性があるのはゾンビだけども。


・・・嫌な賑わいだな。




この砂浜は両際に磯があり、俺たちはそこで釣りをしている。


前に4人組のおっちゃん達に教えてもらった穴場スポットだからだ。


正直、釣り人の絶対数が減った今はどこでも釣れるだろうけど、たまには気分を変えたいと思って。




サクラは、初めて見る海や磯の潮だまりにいる生き物に興味津々だ。


その一例が先程の海藻大回転であるが。




岩の突起で足を怪我するといけないので、しっかりと靴を履かせている。


かわいいピンク色のやつだ。


前にペットショップで回収しててよかったなあ。


もちろん犬用の救命胴衣も装備済みだ。


付け馴れていないので初めは嫌がっていたが、海の魅力の前にすぐ忘れていた。






以前のようにルアーを投げ、まずは小物を狙うんだが・・・


おっちゃんたちの情報を甘く見ていた。




死ぬほど釣れる、ここ。


キャストしてちょっと巻いたらいすぐにアタリがある。


アジの入れ食いだ。




釣れすぎるので、潮だまりにポイポイ放り込んでいけす代わりにする。


うーん、ちょいとした水族館の触れ合いコーナーみたいになってるなあ。




「わふ!・・・ひゃんひゃん!」




お客さんであるサクラが大喜びだからいいけど。


いけすの端に伏せ、手を入れたり出したりしている。


なんだあのかわいい生き物・・・




「こんだけ喜んでくれるなんてなあ、連れてきてよかった」




「子供の時を思い出しますね・・・ふふ、かわいいです」




「へえ、神崎さんの子供時代・・・利発なお子さんだったんだろうなあ」




「ふ、普通の子供だったと思いますよ?・・・田中野さんはどうだったんですか?」




俺?俺かあ・・・


ここに初めて来たのは・・・ああ、あの時か。




「牛乳パックを連結して作った船に友達と乗って・・・すっごい流されて大騒ぎになりました・・・」




「・・・大丈夫だったんですか、それ」




「たまたま近くで訓練してた海上保安庁のボートに救助されましたね、楽しかったなあ・・・」




「そ、そうですか」




親父にはげんこつ喰らったけどなあ。




「元気かなあ源田くん、そいつ水泳で実業団行ったんですよ」




「それはすごいですね・・・」




流石に引退して普通に会社員してるんだろうけどな。


大分離れた県の会社だから、今はどうなっていることやら。


最悪泳いで逃げればゾンビは追ってこないだろうが・・・






さて、いつもならそろそろ適当なアジをバラして餌にするんだが・・・ゆっくりいこう。


今までの様子から察するに、すごい入れ食いで忙しくになりそうだ。




今日は時間に余裕があるのでのんびりしたい。


釣りにかまけてサクラをほったらかしにするのもかわいそうだし。


家族サービスも心掛けねばな。




さて、サクラはどこに・・・おやおや、あんなところに顔を突っ込んじゃって。


何かいいものでも見つけえええええええええ!?




「ガルル!!ハルルル!!」




タコだ!どこから見つけてきたのか知らないが、サクラがデカいタコと戦っている!


大丈夫なのかあれ!?絞め殺されちゃうんじゃない!?




「サクラあああああ!待ってろおおおお!!」




剣鉈を脳天にぶっ刺し、タコはしめやかに成仏した。




「でかしたサクラ!これでタコ焼きが食えるぞ!!サクラには足を焼いてやるからな!!」




「わふ・・・わふぅ」




顔が墨まみれで満身創痍だが、その顔はどこか誇らしげだ。


・・・後で洗ってやろう。




「(あの・・・タコやイカは子犬には消化が悪いので・・・その・・・)」




なんやて!?


・・・じっくり焼いて細かく切ってちょっとだけあげよう。


許せサクラ・・・






飽きもせず海を眺めて尻尾を振るサクラ。


そんな様子を見ながら、少し休憩することにした。




「神崎さん、コーヒーどうぞ。熱いんで気を付けて・・・何か入れます?」




「ブラックでいいです、ありがとうございます」




折りたたみ椅子に並んで腰かけ、コーヒーを飲む。


ああ、いいなあ、平和だなあ。




ここは砂浜から登らないと来れないので、ゾンビの心配もない。


ゾンビウイルスか何かよ、ゾンビを糞馬鹿にしてくれてありがとう!


そして動物に感染しないでくれてありがとう!


カモメゾンビとかいたら絶対ここに来れなかったしな。






「・・・前に言った、私の問題について覚えていますか?」




まったりしていると、神崎さんがぽつりとこぼす。




覚えているもなにも、ついこの前のことじゃないか。


大木くんヴォルケイノのせいで印象は薄くなったけどさ。




なお、その後の大木くんは元気に動画を撮り続けている。


ギャル子?知らん、興味も無い。


最近全然見かけないし。




「ええ、しっかり。・・・話してくれるんですか?」




「はい・・・でもその前に、私のことについて少し話さなければいけません。聞いてくれますか?」




ふむ、神崎さんのことについてねえ。




「はい」




俺が答えると、神崎さんはしばし沈黙。


ゆっくりと深呼吸して、口を開いた。






「・・・私の階級は陸士長ではありません、もっと上です」






・・・うん、多分そうだと思っていた。


だって陸士長ってたしか、下から3番目の階級でしょ?


警察で言えば森山くんが該当するあたりでしょ?




ないないない、絶対ない。


あの戦闘能力で、あの自由過ぎる配置で。


そんな下っ端なわけないもん。


ミリタリーに疎い俺でもわかるよ。




逆にビックリしたわ。


もっととんでもないこと言われるかと思ったわ。


「実は自衛隊が開発したアンドロイドです」くらいのを。




「・・・驚かないのですね?」




「ええまあ、正直花田さんの露骨な出自はぐらかしの頃からなんとなーくわかってましたし」




「そ、そんなに前からですか!?」




「ええ、はい」




頑なに言わないんだもん花田さん。


いつしか俺も諦めたし。




神崎さんはびっくりした顔だ。


え?俺そんなにアホだと思われてたの?


・・・ちょいとショックですよこいつは・・・




「何か理由があるんだろうなって思ってましたからね。言いにくいことを聞くの、嫌じゃないですか」




「あの・・・怒って、らっしゃいますか?隠し事について・・・」




「いやいやいや、そんなことくらいで怒りませんって、神崎さんは神崎さんでしょ。たとえ幕僚長でも」




「そ、そこまで高いわけではありませんよ!?」




うんわかってる。


その若さで最高司令官とか漫画でもないわそんなの。




それに、今まで散々一緒に死線を潜り抜けてきたし。


階級なんぞ大した問題ではないな、うん。






「俺と神崎さんは相棒!!・・・別に、それでいいじゃないですか?そんなことくらいで態度が変わるわけないでしょう?」






そう言うと、神崎さんの目からぽろりと涙がこぼれた。


ヴェ!?


泣かせた!?


うわあああああどうしよう!


殺さないでください!!!!




神崎さんは顔を覆い、うつむいてしまう。


・・・どうしよう、これ。




ええい、ままよ!




恐る恐る伸ばした手で、神崎さんの頭に触れる。


神崎さんの体がピクリと動く。




うわあすっごいガッサガサしてる。


・・・麦わら帽子被ってるもんな、そりゃ。




そのままポンポンと軽く叩く。


セクハラにならんよな、これ。




「・・・あの、泣かないでくださいよ神崎さん。俺全然怒ってないですし、むしろ嬉しいですし」




「う、嬉しい・・・ですか?」




「周りの誰にも言ってないことを打ち明けてくれたんでしょ?それだけ俺を信頼してくれてるってことじゃないですか・・・だからなんか嬉しくて」




・・・たぶん宮田さんとか太田さん、それにおっちゃん辺りは絶対気付いてるだろうけどな。


俺でも気付くくらいだもん。




「そ、そうですか?」




若干の鼻声で神崎さんが呟く。


その顔は見えないが、声の調子でなんとなく元気になったのはわかるな。


よかったよかった・・・




「はい、それに俺の方も神崎さんに隠してることなんて山ほどありますもん。あ!でも話さないからって信頼してないわけじゃないですからね?恥ずかしいから言わないだけなんですよ?」




大人なら隠してることの1つや100個あるもんだろう。


それが普通だ。




あ!いかんぞ頭ポンポン継続中だわ。


もう大丈夫そうだしやめておこ・・・




「あの、もう少し・・・お願いします」




「アッハイ」




まさかのリピーターである。


いったい何が琴線に触れたのだろう。


今度はこっちが落ち着かないぞ。






「・・・私の本当の階級は、二等陸曹です」




ええと?


陸士長の上が三等陸曹なんだっけか?


するってーと・・・陸士長が上等兵、んで三等陸曹が伍長・・・かな?


ということは、一般的な軍隊だと軍曹になるのかな?




「神崎軍曹ってわけですか。かっこいいですね!」




「そう、でしょうか?そう考えたことはありませんが・・・」




きょとんとした顔をする神崎さん。


正直、階級が違ったところで俺に思う所はない。


よくわからんしな。




でも、何故階級を低く言っていたのかってのは気になる所である。


・・・いや、なんとなくわかるけどさあ。






「あの、なんかこう・・・神崎さん、特殊部隊的な人だったりします?」






気になったので聞いてみる。


今のところ思い当たる理由はそれくらいしかないなあ。




「・・・ええ、そのようなものです。特殊と言えば特殊でしょうか」




やっぱり。




以前山田と戦った時に思ったことがある。




神崎さんの戦闘能力、高すぎないか?ってことだ。


いや、そりゃ個々人の資質はあるだろうが。


それにしたって射撃の腕前といい、格闘戦の力量といい。


明らかに、それほど年が離れていないであろう山田とは別次元だ。


山田の射撃能力はわからんけどな。




ふむふむ・・・




「・・・で、他に何かあります?」




「え?・・・他、とは?」




「階級と所属以外で、何か嘘とかついてたんですか?こっそり俺の家に爆弾仕掛けたりしたとか・・・」




「そ、そんなことしていませんよ!?田中野さんは私を何だと思っているんですか!?」




目を白黒させながら神崎さんがツッコんできた。




「いやあ・・・すっごく思いつめた様子だったんで、こう、実は闇討ちにでもするつもりだったのかなって・・・」




面目ない面目ない。


なら特に問題はないな。


部隊名とか聞いてもどうせ俺にはわからんし、ぶっちゃけそんなに興味も無い。




神崎さんは二等陸曹で、なんかすごい部隊もしくは所属だってことだ。


・・・この上聞きたいことって特にないよな。




「・・・さっき言ったじゃないですか、神崎さんは神崎さんですよ。別に負い目とか感じなくていいんですよ?俺全然気にしてませんし」




今まで仲良くやってきたしなあ。


『今までのことは全部嘘でござる!陰でオッサン死ねとか思ってたでござる!!』とか言われたらさすがにショックだけど。


階級云々が違うだけなら別になんてことない。




「・・・田中野さんは、優しいんですね、本当に・・・ありがとうございます」




お、やっと笑ってくれた。


うん、神崎さんには笑顔が似合う。


凄い美人だからドキドキしちゃうなあ。


・・・まあ、大体の人間には笑顔が似合うのだが。




「い・・・いやいや、面倒くさがりなだけですよ、ははは」




「そうでしょうか?・・・ふふ」




ふう、やっと元の空気が戻ってきたぞ。


これで一安心だn




「ひゃん!!」




おおおう!?


どうしたサクラ、急に体当たりしてきたりして!?


膝のあたりに頭をぐりぐり擦り付けてくる。




・・・まさか、俺が神崎さんの頭ポンポンしてるからか?


自分もやってほしいのか?




「きゅん!きゅ~ん・・・」




空いた手でサクラの頭をぐりぐり撫でると、嘘のようにおとなしくなった。




・・・正解だった。


まったくもう、焼餅焼きなんだから。


なにこのかわいい生き物。








「それで、階級のことはわかりましたけど・・・問題がどう絡んでくるんですか?」




神崎さんも落ち着いたようなので、話を仕切り直す。


サクラは俺の膝の上で夢の中だ。


ふう、やっと話題に入れそうだ。




「ええ、前提として私は詩谷駐屯地の所属ではありません」




「へえ、そうだったんですか。どこです?」




「神薙かむなぎ駐屯地・・・聞いたことがありますか?」




「ええ!?あんな遠いところなんですか!?」




遠いどころかこの国の首都にある基地じゃないか。


そんな都会のど真ん中から、なんだってこんな僻地へ?




「花田一等陸尉に用事がありまして、外泊許可を取ってこちらへ来ていたんです」




花田さんに?




「何か、自衛隊関係のことですか?」




「いえ、家族の話です」




かぞ、く・・・?






「一等陸尉は私の叔父なので。私の母の弟にあたります」






おじ・・・叔父ってなんだっけ。


一瞬アホなことを考えてしまええええええええええええええ!?


叔父さん!?


花田さんが!?




「でぃ、DNAってすごい・・・全然似てない・・・」




「なんですかそれ・・・あの、母とはよく似ているんですよ?私」




・・・つまり、お母さんに似たってことか。


よほど美人なんだろうなあ、神崎さんのお母さん。


しかしそれにしては・・・




「・・・親戚なのにこう、なんというか他人行儀というか・・・」




「仕事中は役職名で呼び、上官として接しています。私も叔父も、馴れあいを嫌いますので」




・・・なんか納得。


2人ともそういうことしそう。


仕事とプライベートはキッチリ分けるというか。




「秋月の避難所でも、このことは誰も知りません。・・・だから、内緒ですよ?田中野さん」




神崎さんは悪戯っぽく微笑んだ。


・・・秘密をどんどん打ち明けられて胃もたれしそう。




「祖父の卒寿のお祝いを兼ねて、家に泊まらせてもらう予定だったのですが・・・丁度詩谷に到着した朝にゾンビが発生しまして」




おおう・・・なんという最悪のタイミングだ。


卒寿ってたしか90歳とかだよなあ、おじいさん長生きだこと。




「先に基地へ挨拶に行っていた関係上、そのまま自衛隊として行動を共にし、今に至ります」




「周りにも階級を隠してたのはなんでですか?」




「・・・自分で言うのもなんですが、私の立場はかなり特殊なものですので。混乱を避けるためにそうしようと、叔父と話し合って決めました」




ははあ、そういうことだったのか。


それで単独行動を許されているのにも納得がいった。


元々所属が違うんだもんな。


集団ではなく、個人で対応できる人材でもあるし。


・・・改めて、神崎さんってすげえ。






「・・・あの、話の腰を折って悪いんですけど、詩谷基地ってどうなったんですか?」




「私も渦中にいたとはいえ、パニックと情報が錯綜していて正確なことはわかりませんが・・・少なくとも、全隊員の半数以上がゾンビになりました。初期の段階で、です」




「半分!?どこからかゾンビの大群でもやってきたんですか!?」




初手からエグいなそりゃ・・・


詩谷基地は近くに繁華街がある。


そこからドワッとなだれ込んできたのか?




「いえ・・・私は直接見ていませんが、無線では『それまで健康体だった隊員が突如として襲い掛かってきた』と言っていました」




・・・え?


噛まれたとかじゃなくていきなりゾンビに?


・・・駄目だ、もう頭が追いつかない。




・・・だが、基地が壊滅した理由はわかった。


俺でもある程度対処できるクソ雑魚ゾンビに、なんで自衛隊が負けたのかって疑問だったんだ。


いきなり仲間の半分がゾンビになって襲ってきたらそりゃあパニックにもなろうな。


初動の状態じゃ、いかにもゾンビ!って外見じゃなかったんだろうし・・・




「その後、生き残りの中で一番階級の高かった叔父が指揮を執り、物資を集めるだけ集めて秋月に脱出したというわけです」




「そういえば、なんでまた秋月に?詩谷にもでかい病院がありましたよね?」




「秋月総合病院は、周囲を確認しやすく守りやすい地形ですので。それに、詩谷中央病院は炎が上がっていたのを偵察隊が確認しまして・・・」




え、中央病院壊滅してたのか。


興味がないからあそこらへん行ってなかったしわからなかった。




「・・・あれ?宮田さんの話だと通信が途絶えるまで避難民を収容してたって話だったんですけど・・・」




「ああ、情報が錯綜していたようで、そのように伝わっていたようです。私も宮田巡査部長とお話するまで知りませんでした、避難民は秋月町の住民だけですね」




ふむ、まあなあ大パニックだったろうしなあ。




「んん?あの、俺と初めて会ったときに基地と連絡が取れないって言ってませんでした?残してきた隊員がいたんですか?」




そう言うと神崎さんは、バツが悪そうな顔をして目線を反らした。




「・・・その、あの時はまだ田中野さんがどういう人なのかわかっていませんでしたから・・・機密保持と言いますか・・・」




「見るからに不審者でしたもんねえ、俺。恰好は今の方がよりいかついですけども」




キャベツ丸かじりしてたしな。


ああ・・・キャベツが恋しい。


次に食えるのはいったいいつになるだろう。




「今は違いますよ!?信頼していますから!田中野さんのこと!詩谷で出会った誰よりも、信頼していますから!!」




真っ赤な顔をした神崎さんが、両手をぶんぶん振り回して弁解してくる。


慌てていらっしゃる・・・レア神崎さんだ。




そして急に詩谷市民信頼度ランキング暫定一位の田中野誕生である。


なんか照れ臭いなあ。




「ははは・・・その信頼に応えられるように頑張りますよ。すいません脱線して」




「い、いいえ・・・」




こほん、と仕切り直すように咳をした神崎さんはこちらをじっと見つめてくる。


真剣な目だ。








「田中野さん、私と一緒に龍宮市に行ってくれませんか」








ゆっくりと、力強く神崎さんはそう言った。




「定期的に詩谷市には戻りますが、長期間の危険な任務になります。終了の目安も、わかりません」




「・・・俺で、いいんですか。自衛隊の人とか・・・」




思わず言うと、神崎さんは真っ直ぐ俺の目を見て一言。






「あなたが・・・あなたが、いいんです」






・・・そう言われちゃ、こっちとしては何も言うことはないな。


答えは決まっている。






「・・・前に言ったでしょう?火の中でも、水の中でも・・・龍宮市でもご一緒しますよ」






右手を差し出す。




師匠に聞いたことがある。


利き腕を握手に差し出すことは、相手に全幅の信頼を寄せること。


「コイツになら腕を斬られてもいいや」っていう相手にしか、師匠は右手を差し出さないらしい。


・・・まあ、師匠なら斬られる前に斬りそうではあるが。




ともかく、俺にとってはこの握手はそういうことだ。




「これからも、よろしくお願いしますね」




「・・・はいっ!!!!」




神崎さんは、眩しいほどの笑顔を浮かべて俺の手を取る。




「ひゃん!」




いつの間にか起きたサクラが、たし、と前足をその上に。




「ははは・・・やるじゃん相棒見習い」




「わぉん!」




「ふふ、うかうかしてたら相棒の座を横取りされちゃうかもね。負けないわよ、サクラちゃん」




「うぉん!」




わかっているのかいないのか、ちょっとドヤ顔のサクラである。


神崎さんも笑っているがちょっと目がコワイ。


ナンデ?






長期間の任務については、後日秋月で花田さんを交えて打ち合わせることに決まった。


神崎さんも『龍宮市での長期偵察任務』としか聞いていないらしい。


その段階で俺に打診してくれたのか・・・信頼がコワイでござる。




「あ!!!」




「ひゃん!?」




「な、なんですか!?」




大声を出してがたんと立ち上がった俺に、神崎さんとサクラがビックリする。


あ、ごめん。


気付いたことがあったもんで。




「あの山田っての・・・それで俺に突っかかってきたんですか!?」




今話を聞いて繋がった。


あの時呟いていた「・・・んで、あんたなんかに・・・」って。


何でお前がってことだったのか!?




「あぅ・・・そ、そうです」




しゅん、と小さくなる神崎さん。


ああもう気にしなくていいんだってば。




「はぁ~・・・なるほどなるほど、納得がいきましたよ。ただのバトルジャンキーだと思ってましたけどそういうことだったんですか」




「彼女は・・・叔父とその話をしている時に偶然聞かれてしまって・・・それで強硬に立候補していまして・・・」




「ほほう、で、断る時に俺の名前を出したと」




「い、いえ・・・断られるかもと思ったので『もう相棒は決まっている、その人に断られたら単独で行く』とだけ彼女に言ったのですが・・・何故か気付かれてしまって」




その上で突っ走った結果ああなったということか。


アイツ人の話とか聞かなそうな感じだったもんな。




って単独で行く気だったの!?


・・・OKしてよかったあ・・・




「付き合いも短いのに、随分と慕われていましたねえ」




「というか・・・その・・・」




おや、神崎さんの様子が変だ。


何とも言い難い表情をしている。




「ひょっとして告白でもされましたか?なーんて・・・」




「・・・」




顔を覆って、大変恥ずかしそうな神崎さんである。




・・・冗談のつもりだったが、どうやらドンピシャだったらしい。


マジか!?


なんとかタワーってやつだな・・・




まあ、神崎さんかっこいいもんな。


さぞ同性にモテるだろう。




「・・・学生時代から、その、そういうことが多くて・・・いったい何故なんでしょう?私は同性をそういう対象として見れないのですが・・・」




「いやまあ、大多数の人間はそうですけどね、俺も男の人と付き合うのは無理ですし」




恋愛は自由だが、断るのも自由だしな。




異性間でも同性間でも。


俺はそういった経験はないが。


・・・なくていいが。




「神崎さん、きりっとしてて恰好いいですからねえ。某歌劇団の女優さんみたいで」




「あうぅ・・・あまり、嬉しくありません」




肩を落とす神崎さん。


今日はレア神崎さん祭りであるなあ。


サクラが心配そうに足元で見上げている。




「彼女にもキッパリ断ったのですが・・・その後もスキンシップが激しかったり、距離が近かったりで・・・正直、詩谷に行けてホッとしていました」




「同性は置いておいて、断ったのにしつこく付きまとわれるのは嫌ですねえ・・・俺はそんな経験ないですけど、お察ししますよ」




今度から山田を見る目が変わるな。


見たくないけど。


あ、でも任務とやらの打ち合わせに行かないといけないんだよな。


・・・会わずに済むように祈っておこう。


もしくは神崎さんから離れないようにしよう。






「まあ・・・これで数々の疑問も氷解しましたし、釣りの再開といきましょうよ、ね?」




「は、はい・・・」




まだ若干元気のない神崎さんを誘い、釣竿を渡す。


入れ食い状態になったら、悩みも気にしてる余裕はないだろう。




しかし龍宮市か・・・


詩谷でもそこそこ大変なのに、県庁所在地だからもっとえらいことになってそうだな。


偵察任務ってことは連絡も取れていないようだし。




でもまあ、色々消息を知りたい人もいるし行ってみるのもいいかな。


師匠とか先輩とか。


新と志保ちゃんのお母さんも気になる。




あ、野菜くんたちどうしよう・・・


もうすぐできそうな分だけ収穫しておこうかな。


ううむ、考えねば。




家もしっかり対策しておかないとな。


空き巣に入られたら目も当てられないし。




そしてサクラだ。


・・・連れて行こう、これは決定だ。


おっちゃんのとこなら喜んで預かってくれそうだが、拾った以上は俺が責任を持つ。


そのためにも色々考えておこう。


なにも明日出発ってこともないだろうし。




「あの、田中野さん・・・後悔して」




「なぁいですう!冒険の予感にワクワクしてますう!!」




おっとと、神崎さんを不安がらせるのはよくない。


OK出したんだから男らしくしないとな。




「向こうにも海はありますからね!釣りに行きましょうよ!それとも嫌で」




「行きます!絶対に行きます!!」




いいお返事だこと。




俺と神崎さんの間を行ったり来たりするサクラを構いつつ、俺は餌を付けた針を海へ放り込んだ。






その後、想定していたようにとんでもない入れ食いとなった。


大量に釣れた魚を一緒に捌く神崎さんは、とても楽しそうだった。




・・・なお、サクラの顔に付着したタコ墨が死ぬほど取れなかったことも併記しておく。


3回もシャンプーしちまったぜ。

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