第99話 大木くん大爆発のこと

大木くん大爆発のこと








宇宙船の格納庫で、巨大な怪物が暴れている。


床下に隠れた幼女は、必死に身を隠しているがついに見つかってしまった。


一枚、また一枚と、側溝の蓋が怪物によって取り去られていく。


ついに追い詰められた幼女が、迫りくる怪物に悲鳴を上げたその時。




ブザー音と共に、隔離扉がゆっくりと開いていく。


その中から現れたのは、工業用のパワードスーツに乗った主人公だ。




どすん、と重厚な足音を立てて怪物に相対した彼女は、強い視線で睨みつけながら言う。






『その子から離れなさい・・・化け物ォ!!』






異星の怪物と主人公。


二人の『母親』による最後の戦いが始まろうとしていた。






エンドロールを見ながら、横に座っているサクラの背中を撫でる。


ふう、何度見てもいい映画だ。


ハラハラドキドキ、ちょっとグロい所もあるけど最後は未来への希望を感じさせて終わる。


大好きだ・・・このシリーズでは一番好きだ。


最終作だしな。




え?3?4?


・・・知らないそんなの。


俺の中では2で終わってるからこの映画。


大人の事情で、過去登場人物が可哀そうなことになった3と、厳密に言えば主人公が違う4なんか知らない!!


知らないったら知らないのだ!!






「初めて見ましたけれど、いい映画でしたね・・・主人公、そんなに私に似ていますか?」




「いや、なんていうか強くて芯が通った所が似てるなって・・・」




「そうですか。・・・母は強し、ですね」




「両方母親ってのがこの映画の深いところなんですよね。最後の『ママ・・・』って抱きしめるところ、大好きなんです」




「アンドロイドの彼もいいキャラクターでしたね・・・最後のセリフ、皮肉が効いていて好きです」






ここは自宅。


神崎さんと、以前約束した映画を一緒に見ている。




山中姉弟を送り届け、ギャル子から逃走した後にまっすぐ戻ったのだ。


軽トラに乗り換えて探索しようかと思ったが、なんか最後のアレで一気に疲れたから行くのを辞めた。




ちなみに何故か悪かった神崎さんの機嫌だが、一緒に映画を見ませんかと誘ったあたりで急速に回復した。


なんでじゃろ?


神崎さんも息抜きしたかったのかもしれんなあ。






とにかく、良い映画を見たので元気が回復した。


丁度いい機会なので、ギャル子のことを神崎さんに相談しよう。




「あの、神崎さんちょっと相談がありまして・・・」




「井ノ神さんのことですね?」




井ノ神・・・ああギャル子のことか。


・・・自衛隊はエスパーを育成しているに違いない。




「出がけのあの様子を見ればすぐに想像できます・・・」




苦笑いする神崎さんである。


なるほど、必死で逃げたからなあ。


今思えば逃げる必要あんまなかったけども。




「そ、そうですね。・・・それで、どうしましょっか?無視してたんですけどあの様子なんで・・・」




「確かに、アレはこの先どんどんエスカレートしていきそうですね。・・・ここらで一度、キッパリ断るべきかと思いますが」




「やっぱそうですよね。あああめんどくさい、自分で探しに行きゃいいのになあ・・・やだーもう、ずっとおうちにいたああああああああああい」




ごろんごろんと床を転がる。


新しいタイプの遊びだと勘違いしたサクラが、わふわふ興奮して飛びついてくる。


やめなさいサクラ!巻き込んじゃうから!!


のしイカみたいになったらどうする!!!




「田中野さんは・・・」




ごろごろわふわふしていると、神崎さんが話しかけてきた。


お?なんじゃろ?




「やりたいことと、やりたくないことをキッチリ主張できます・・・羨ましいです」




・・・?自分勝手なだけでござるが?


何か悩みでもあるんだろうか?




「・・・神崎さんは自衛隊なんだし、俺みたいなお気楽無職じゃ考えられないほど大変なんでしょうねえ」




いやもう、本当に尊敬する。


俺がその立場だったら即逃げるね、うん。




「ふふ、そんなこと言って結構働いていますよ、お気楽無職の田中野さん」




・・・確かにそうだな?


うごご・・・無職とは・・・うごごご・・・




「あの、田中野さん」




「はい?」




ぬ、真面目な顔だ。


この状態で聞くのはあまりにも失礼だな。


正座に姿勢を変える。


サクラは抱っこした。




「私が・・・問題を抱えていて、その解決をあなたに手伝ってほしいと言ったら、どうしますか?」




「え?手伝うに決まってるじゃないですか」




ぽかんとしたレア表情を見せる神崎さん。


お、かわいいなこの顔。




「井ノ神さんの依頼は断るのに、ですか?」




( ^ω^)・・・?


何をおっしゃるのか。




「当たり前でしょ?今まで俺がどれだけ神崎さんにお世話になってると思ってるんです?」




「・・・でも、田中野さんはずっと家にいたいんですよね?」




人を自宅警備員最終進化型みたいに・・




「家は落ち着きますし、くつろぐのも好きですけど、それとこれとは別問題でしょう?」




「そっ・・・それは、相手が、私・・・だからですか?」




「はい、そうですよ?」




「・・・っ!!」




息を呑む神崎さん。


・・・なんで?


俺、そんなに薄情な人間だと思われてたのかな?




「・・・なんか問題抱えてるんですか?本当に?」




「え・・・ええ、本当です。もしかしたら、お願いするかもしれません・・・いい、でしょうか?」




いつもの即断即決神崎さんからは考えられないほどの姿だ。


それほど問題とやらが大きいのかもしれない・・・いや、きっとそうだ。






「むしろ任せてください、火の中でも水の中でもお供しますよ、俺は」






「・・・、しゅ、しゅこし、洗面台をお借りしましゅ・・・・」




急に立ち上がった神崎さんは、凄い勢いで風呂場へ消えていった。


後に残された俺は、胸元のサクラを顔を見合わせる。




「・・・なんだろうなあ?サクラ」




「わふ・・・ふわぁ」




でっかいあくびだなあ、綺麗な犬歯が丸見えだ。


あ、虫歯にならないように骨型ガムを定期的に与えようそうしよう。






神崎さんは、さっぱりした顔で戻ってきた。




「あの、その・・・」




「もう1本、映画見ましょうか」




「え?」




「前に大木くんと話してたやつですよ、まだまだ時間はありますし」




「・・・はい!」




何故か目が赤い事には触れず、本棚からブルーレイを取り出す。


・・・色々あるんだろう、神崎さんも。


なまじ完璧っぽいから、誰にも相談できなかったに違いない。


俺にくらいは簡単に弱音でもなんでも吐いてほしいものだ。


相棒なんだからさ。








『人生って、ずっと辛いの?・・・それとも、子どものときだけ?』




『・・・ずっとさ』




孤独な殺し屋が、傷ついた少女に返す。






・・・あー、この子綺麗すぎ。


なんていうか人間じゃないみたいだ。


今でも綺麗なのは凄いよなあ、真の美少女は劣化しないのか。




画面の中では、天涯孤独の少女と殺し屋の奇妙な生活が始まっている。


・・・うう、結末を知っているだけにもう涙腺がヤバい。


畜生、なんで幸せになれないんだこの2人は。




神崎さんは初見なので、食い入るように画面を見ている。


さっき聞いたが、殺し屋役の俳優が好きだそうだ。


わかる、すっごいわかる。


かっこいいもん・・・俺が好きなアクション俳優たちとは違う、なんていうかハードボイルドなかっこよさがある。


どっちがいいかって話じゃないんだがな。






『あなたに恋したみたい。初めての恋よ』




少女が殺し屋に告げる。


狼狽する殺し屋。


まるで年齢が逆になったみたいだ。






・・・殺し屋をロリコン扱いした高校の先輩と、喧嘩になったことをふと思い出す。


殴られたので殴り返したら、先輩が一撃で失神して大騒ぎになったなあ。


相手が空手部だったから不問になったけど。


俺剣道部だったし、素手だったから。




違うんだ、この2人の関係はそんな下世話なもんじゃない。


少女に殺し屋しかいなかったように、殺し屋にも少女しかいなかったのだ。


もっとこう・・・無償の愛的な美しい何かがあるのだ。


やべえ、高校時代から一切語彙力が発達してないな、俺。




ちなみに神崎さんは目をキラキラさせながら夢中である。




さーて、こっからがしんどいんだ。


見るけどさ。






2人のささやかで優しい生活は唐突な終わりを迎える。


突入する警官隊、激しい銃撃戦。


少女を逃がそうとする殺し屋と、一緒にいると泣き叫ぶ少女。




『あなたを、失いたくない』




涙を流す少女に、殺し屋が優しく語り掛ける。




『君は俺に人生の素晴らしさを教えてくれた・・・大地に根を張って生きたい。決して君を独りにはしない』




『・・・愛してる』




『・・・わたし、も』






もう、もう駄目だもう。


画面が滲んできやがった・・・


悲しい・・・悲しすぎる。






『贈り物だ・・・あの子、からの・・・』




『・・・ああ、クソ』




殺し屋はその人生を全うし、その幕を閉じた。






残された少女は、殺し屋の部屋からただ一つ持ち出せた観葉植物を抱えて歩く。


やがて足を止め、大地にそれをしっかりと植える。




『・・・もう、大丈夫よ』




愛おしそうに彼の名を呟く少女。


ゆっくりとカメラが上空へ登っていき、悲し気なギターの旋律が聞こえてくる。






一見悲しいラストに見えるが、少女はこの先も強く生きていくことだろう。


植えられ、大地に根を張ることになるあの植物のように。




だがそうは言ってももう涙腺が滅茶苦茶だよ・・・何回も見てるのに毎回こうなる。


タオルを顔に押し付けながら、ちらりと神崎さんの方を見る。


おおう・・・ぼろ泣きじゃないか。


表情こそいつもの神崎さんだが、その両目からは俺と同じくらいの量の涙がぽろぽろ零れている。


・・・神崎さんも綺麗すぎて映画みたいだ。




あまり見ないようにしながら、きれいなタオルをそっと差し出す。


神崎さんはそれを素早く受け取ると、顔全体を覆い隠した。






「悲しい・・・とても悲しい映画ですが、でも・・・でもそれだけじゃない、いい映画です。見れてよかった・・・」




「もうね・・・もう・・・『いい』以外の言葉が出てこないくらい、いい映画ですよ・・・くっそう、俺のクソ雑魚語彙力が憎い・・・!」




2人して脱力しながら話す。


この感想を共有してくれる人でよかった・・・




ぶわ!?ちょっとサクラやめて!やめなさい頬を舐めまわすのは!!


あああ!今度は神崎さんに突撃した!!




「にゅあ!?サクラちゃんっ!?ちょっと!?」




その後2人で顔を見合わせ、なんだかおかしくなって笑ってしまった。


サクラも嬉しそうである。






「・・・他にも、いい映画がこんなにいっぱい、あるんですね」




本棚を見ながら神崎さんがこぼす。


・・・いや、申し訳ないですけど6割がアクション映画です。


人が死んでビルが爆発してやったぜ!完!!みたいなのが多いです・・・


まあ、泣いちゃうやつもあるけどさ。




妻子を失った剣闘士の話とか、ドラゴンと騎士の話とか、隕石を破壊するお父さんの話とかな。


流石に立て続けで見ると情緒が死んでしまうので、今は見ないけど。




「また、見ましょうね」




「はい、楽しみです」




次は軽めのスカッとする奴にしておこう。






さてと、いい映画を見たので精神力が回復した。




ギャル子と対決といこう。


このままじゃ友愛に行く度に悩まされることになるしな。




おっと、その前にジャンル的には一応関係者の大木くんに話を通しておこう。


・・・厳密にはもう無関係なんだが、俺が「大木くんがこう言ってるよ」って言うだけじゃアイツ絶対納得しないもんな。


ビデオメッセージでももらってこようかな。




そうと決まれば話は早い、早速大木くんの所へ行こう。








「よし、行きましょう友愛へ」




「えっ」




大木くんの家に向かい、経緯を話すと何故かそう言われた。




「いやあの・・・ビデオメッセージとかでいいんだけど・・・?」




「いえ、元はと言えばあの場でもっとキッパリ拒絶しておくべきだったんです。・・・もう嫌だ、もうこれ以上あの姉妹に僕の人生を引っ掻き回されるのは御免なんですよ!!!!!」




「お、おう・・・」




闇が・・・闇が見える。


大木くんの背中から立ち上る深い闇が。


サクラがすっごい怯えている。


神崎さんに抱っこされているのでパニックにはなっていないが。


・・・サクラ、大木くんはいい人だからね~




「連れて行ってください、田中野さん。僕の黒歴史を終わらせるために」




「・・・よし、わかった。ケリをつけよう」




「はい!!」




大木くんの決意は固いようだ。


ならば言い出しっぺとして俺も腹を括ろう。




いざ、戦場へ!








親父の普通車に乗り換え、3人で友愛に向かう。


車内での大木くんは無言で真っ直ぐ前を見つめていた。


戦う男の目をしている。


彼は今日、人生に一区切りをつけようとしているようだ。






「お疲れ様です田中野さヒイィ!?」




「サクラをよろしくね、森山くん。このポシェットにおやつと遊び道具入ってるから・・・特に紐の引っ張りっこが好きだよ」




「ひゃ・・・ひゃい!!お任せくだしゃい!!!」




大木くんの迫力に驚いた森山くんに、そっとサクラを預ける。


これからはちょいと刺激が強そうだからな、退避させておかないと。




宮田さんに事情を話し、音楽室にギャル子を呼び出してもらう。


あそこなら、声が外に漏れる可能性を少なくすることができるしな。




宮田さんが立会人にもなってくれるそうだ。


・・・確かに第三者の目があったほうが、後でない事ない事言われなくてすむしな。






待つことしばし、扉が開いてギャル子が入ってきた。




大木くんは部屋の中央に立っている。


俺と神崎さんは左右の壁に寄りかかって立ち、宮田さんは大木くんの後ろで静かに立っている。




「大木さん!来てくれたのね!!」




「・・・」




嬉しそうなギャル子に対し、大木くんは無言。


恐ろしい目線を向けている。




「この前はごめんなさい、気が動転してひどい事言っちゃって・・・私、ずっと後悔してたんだよ?」




涙目で大木くんの前に来たギャル子は話し続ける。


自分のことに夢中で、大木くんの態度に気が付いていないらしいな。




「ね?大木さんが辛かったのはわかるけど・・・私にとってはたった一人のお姉ちゃんなの!今までのことは謝るから・・・お姉ちゃんを探してほしいの!!」




・・・『探して』と来たもんだ。


一緒に行く気もないらしい。




「大木さんだって、心の底ではお姉ちゃんをまだ愛してるんでしょ?だからあんなにひどい事言ったんだよね?」




「・・・」




「好きの反対は無関心って言うんだから・・・怒るってことはまだ未練があるんだよね?」




よくもまあ、1人で延々としゃべり続けられるもんだな。


姉のしたことを棚に上げて。




「確かにお姉ちゃんは悪いことをしたけど、見捨てるほどひどいことなのかな?・・・就職、駄目にしたのって大木さんがアレを送ったからなんでしょ?」




「・・・」




「いくらなんでも、就職を駄目にするなんて・・・ひどすぎるよ?ね?お姉ちゃんは十分罰を受けたじゃない、受けすぎたぐらいよ!だから・・・」




ぎしり、という音。


大木くんが歯を噛み締める音だ。




「・・・か?」




「え?」




大木くんが歯の隙間から声を絞り出す。


聞き返したギャル子に向かって、大木くんが口を開いた。






「言いたいことは、それだけかああああああああああああああああ!!!!!!」






ビリビリと空気が震えるほどの大声。


・・・これ防音大丈夫かな?




「あのさあ!!!!」




「っひ!?」




ここまできてやっと大木くんの目に気付いたらしいギャル子が、短く悲鳴を漏らす。




「さっきから黙って聞いてればさあ!!よくもまあそんな世迷言がほざけるもんだよねえ!!!!」




大木くんが堰を切ったように喋り出す。




「婚約中の身で!!よその男と!!寝るような阿婆擦れの!!どこが可哀そうだってのかなあ!!」




「~~~っ!?」




「しかも妻子持ちと!!望んで!!寝るようなカスの!!どこが!!可哀そうなんだよ!!」




「ひっ・・で、でも」




「ああずっと好きだったよ!!ああ愛してたよ!!じゃあ!!それを最悪の形で裏切ったのは誰だ!!」




「瞳だろうがあああああああああああああっ!!!!!!!」




大木くんは勢いよく机を蹴り飛ばす。


ギャル子には当たらない方向へ。


はあはあと息を吐き、呼吸を整えた大木くんはまた叫ぶ。




「ねえ!?僕はこの上何をすりゃいいのかな!?アレを探して元鞘に戻れって言うのかな!?まっぴら御免だねぇ!!!」




ギャル子は床にへなりと座り込んでいる。


その顔は真っ青だ。




「僕はそんなにお人よしかなあ!?そこまでされて、ヘラヘラヘラヘラ笑ってりゃいいのかなあ!?」




「ふ!!ざ!!け!!る!!な!!」




今度は反対側の机を蹴る。




「それに!!お前さあ!!僕のこと嫌いだよねえ!?さんっざん嫌味やらいやがらせやらしてたよねえ!?」




「そ、そんな」




「ふさわしくないとか!!腐れ縁の幼馴染だとか!!姉はお情けで付き合ってるだけだとか言ってたよねえ!!」




「・・・っ!」




「初めて意見があったね!!瞳のことはあれ以来大っ嫌いだけどさあ!!お前のことはずうううううっと前から大嫌いでしたよお!!僕はあ!!」




ぜいぜいと体を折る大木くん。


汗がすごい。


全身全霊を込めているんだろう。




「今日ほどアレと結婚しなくてよかったって思う日はないねえ!!なぜならさあ!!結婚したらずっといやがらせされるんだろうしさあ!!」




「ひぐっ」




「なあ!!僕の人生返してくれる!?それが無理なら僕のこれからに!!もう!!二度と!!かかわって!!こないでよ!!」




もはやこれは絶叫に近い。


血を吐くような絶叫だ。




「空気の読めない最悪の馬鹿でもさあ!!ここまで言えばわかるでしょう!?」




「僕の心を!!勝手に!!決めるな!!好きの反対は無関心!?ハッ!!僕の場合は憎悪ですぅううううううううう!!」




言い切ると、大木くんは膝に手を置いて息も絶え絶えだ。


大きく深呼吸し、額の汗を乱暴に拭った。




「・・・これが、僕の気持ちだ。お前が勝手に推測した気持ち悪い妄想じゃない、僕の、僕だけの気持ちだ」




一転して、穏やかですらある口調で告げる。




「さあ言ったぞ・・・お前はこの上で、僕に頼むの?姉を探してくださいって、そう、頼むの?正気で?」




青ざめ、涙をこぼすギャル子にギリギリまで顔を近づけた大木くんは、今日一番の冷たさで吐き捨てた。






「そんなの、死んだって、御免だね」






しばらくして、大木くんが俺を振り返る。


その顔はさっきと打って変わって初夏の青空のようにさわやかだ。


言いたいこと全部言ってすっきりしたんだろうな、




「・・・田中野さん、僕、駐車場でサクラちゃんと遊んでますね」




「おう、紐を引っ張るのがお気に入りだぞ」




「・・・動画撮ってもいいですか?」




「飛び切り可愛く撮ってくれよな」




「お任せください!」




俺に親指を立てて、大木くんはにこやかに音楽室を出ていく。




「これで自由だああああああああああああああああああああ!!ヒャッハー!!!!!!」




動画撮影時のようなテンションの高さと、軽やかな足跡を残して。


・・・はっや、100m10秒台いけるんじゃないのか、あれ。






それきり、音楽室は静寂に包まれた。


床に座り込んだギャル子は顔を覆って震え、しゃくり上げている。


望みは完全に断たれたからな、まあ今までの自業自得ではあるが。




「・・・打ちひしがれているところでもう一つ悪いが、捜索の順番は完全にランダムだ。俺にやいやい言われても困るぞ」




ついでに言っておく。


俺にまで寄りかかられちゃ困るしな。


あんな何もないとこ行きたくないし。




「じゃあ・・・」




ぽつりとギャル子が鼻声でこぼす。




「じゃあわたしは、どうすればいいのよぉお・・・」




「・・・?自分でなんとかするか、順番が来るまで待つしかないんじゃない?」




たぶん順番は最後だろうけど。


知らないけどきっとそう。




「自分でなんて、できないわよぉ・・・できるわけないじゃない・・・」




「そんなん、俺に言われても困る。じゃあ待つんだな」




心苦し・・・くはないな一切。


俺は大木くんサイドの人間だからな、普通に贔屓するし。


そうじゃなくても、頼み方一つなっていない小娘の依頼をヘいヘい聞いてやるほどお人好しじゃない。




「田中野さんの捜索活動は、完全な善意で行われています。こちらから無理強いもできませんし、我々としてはそうする気もありません」




宮田さんがゆっくりと告げる。


口調こそ穏やかだが、その内容には一切の妥協もない。




「・・・そんなのおかしいわよ!それじゃあ警察が探してきてよ!!」




おかしいのは高確率でお前の頭ではないのか。




「我々はここの防衛が精一杯です、自衛隊との連携作戦も計画されていますが、それは避難所周囲の安全確保が第一であって行方不明者の捜索は含まれていません」




へえ、連携作戦は進んでるみたいだな。


まあなあ、そっちの方が優先順位は高いだろう。


生きてるかどうかもわからん、いる場所も定かではない行方不明者より生きてる人間の方が大事だしなあ。


当事者にしてみりゃ他人より家族だろうが、それなら自分でなんとかしろってこった。


平時じゃないんだし。




ぶっちゃけ警察や自衛隊がこうして避難民を守ってるのって、かなり恵まれてると思う。


それぞれの避難所が、それぞれの善意で運営してるんだしさ。


上との連絡も途絶してるってのに、それでも他人のために一生懸命。


頭が下がるよ、本当に。


俺には真似できないなあ。




「ま、そういうわけなんで。神崎さん、宮田さん、俺はこれで失礼しますね」




「はい、お疲れ様でした田中野さん」




「お疲れ様でした、また後日・・・ですね」




2人に軽く頭を下げ、音楽室を後にした。


ギャル子は最後まで俺の方を見もしなかった。


そういうとこだぞ、お前。






ふう、心が軽い。


健全な精神あってこその面白おかしい生活だ。


気楽に、気楽に。




「あ!おじさん!」




「よう新、元気そうだな」




階段を下りたところに新がいた。


手には洗濯物を満載した籠を持っている。


えらいな、早速お手伝いか。




「ねえねえ今さあ!バンザイしながらすっげえ速さでダッシュしてた人がいたんだよ!!」




・・・それだけ聞くと新種の妖怪みたいだな。




「『自由最高!自由最高!!』って言ってた!・・・なにかいい事あったのかなあ?」




「・・・ああ、うん、あったんだろうな、すっげえ嬉しいことが」




新の頭を撫でながら、苦笑い。


・・・大木くんの前途に幸あれ。






新と別れ、玄関から出るとそこには。




「いいよいいよお!サクラちゃんいいよお!その角度いいよお!天使!フウウウウウウウ!!!」




「わふん!わぉん!」




「尻尾いいねえ!いいねえ!ちょっとカメラに鼻つっくけてみよっか!いいよおおおおお!!」




奇声を発しながら物凄い角度でビデオを構える大木くんと、楽しそうに遊んでいるサクラがいた。


周囲の森山くんと婦警さんたちは少し・・・いやかなり引いている。




「た、田中野さん・・・大丈夫なんですか、彼?」




「ちょっと今日すごく嬉しいことがあったみたいで・・・今日だけは許してやってください。悪い人間じゃないんで、はい」




「まあ・・・サクラちゃんも懐いているみたいですしねえ・・・よほどいいことがあったんですねえ、ははは」




「そうですよ、はははは」




うん、大人の対応って大事。


本当にそう思った。








結局その日は大木くんを家に泊め、映画マラソンをすることになった。


なんか1人にするの怖かったし。


進呈した親父のウイスキーをガボガボ飲みながら、彼はこの上なく楽しそうにZ級映画に突っ込みを入れていた。

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