第94話 帰路のこと

帰路のこと








「やあ、サクラちゃんをお預かりしていますよ、田中野さん」




突発的に始まった謎の女性自衛官山田との戦いが、神崎さんのクリティカル掌底で終わった後。


病院の入り口から出た俺たちを待っていたのは。




ベンチに座り、スヤスヤと眠るサクラを抱っこした花田さんだった。




うおお・・・なんというミスマッチ。


まるで大魔王の膝で眠る子猫のようだ。




「こっ・・・これは、申し訳ありません花田さん!ご迷惑を・・・」




「いいえ、私も犬が大好きでしてね。自宅でも飼っていますし・・・」




まあ、それはスヤるサクラを見ればわかる。


犬嫌いな人が、ここまで安心感を与えられるはずがない。




「花田さんも犬を?・・・ちなみに犬種とかは・・・」




「ウルフドッグが2頭います。いい子たちですよ」




似合う~~~~!!


狼犬か・・・イメージぴったりだ!


ん?自宅?




「自宅って言うと・・・」




「龍宮に実家がありましてね。そこに両親と妻子がいるんですが・・・今はどうなっていることやら」




花田さん結婚してたのか。


両親に妻子に犬・・・そりゃあ、さぞかし心配だろう。


自衛隊の仕事を投げ出して行くわけにもいかんし・・・辛いところだなあ、お偉いさんってのは。




「さて、それでは名残惜しいですがサクラちゃんをお返し・・・おや田中野さん、顔をどうされました」




サクラを受け取ろうと近付くと、花田さんが俺を見て表情を変える。


今までは日陰にいたからわからなかったらしい。




「え?顔って・・・ありゃ」




ぺたりと顔を触ると、ぬるりとした感触。


手を見ると結構な出血だ。


左頬がざくりと切れている。




・・・たぶん山田のパンチが掠った時だ。


アイツ、やっぱり何か握り込んでやがったな・・・


この感じだと小さめのナイフか何かだな。


くそ、見切りの訓練もう少しやっとくべきだった。




「た、田中野さん!?だ、大丈夫ですか?」




神崎さんが血相を変えて駆け寄ってくる。


あれから俺の顔を見ていないので、今気づいたらしい。




「うーん、大丈夫そうですけどね。ホラ、頬だし男前に・・・」




「見せてください!・・・あぁ、これは・・・傷が残りそうです・・・」




何故か俺よりショックを受けている神崎さん。


軽く涙目である。


そんなに気にしなくてもいいのに・・・




とにかく消毒と止血だということで、消毒液をしみ込ませたガーゼを当てられて固定された。


ぎゅうううしみるぅ。




またおばさんに心配されるといけないので、適当に転んだことにしておこうか。


縫うほどの傷じゃなくてよかった。




「・・・それで、その傷はどうされましたか?」




「一等陸尉、それについて私からお話が。田中野さんはここでサクラちゃんと待っていてください」




神崎さんと花田さんは連れ立って病院の中へ。


山田を回収するのかな?






「ふぁ・・・ぅん・・・!ひゃんひゃん!」




眠りから覚めたサクラが、抱っこ相手が俺になっていてびっくりしたのか騒ぎ出す。


尻尾が腕にポフポフ当たってくすぐったい。




「おー、ただいまサクラ。花田さんに可愛がってもらってよかったなあ」




「わぅ!わぅん!」




よしよしかわいい奴め。


あッ!ほっぺは駄目ほっぺは消毒液が付いてるから!




サクラをわしゃわしゃ撫でながらベンチでくつろぐ。


あ~、平和だなあ。


まあここが自衛隊の避難所だからだけど。


近隣でも一番安全なんじゃないか?


アホな襲撃者もさすがにここには手を出さないだろうし・・・


警察より反撃がヤバそうだ。


以前は気付かなかったけど、デカい機関銃が付いてる装甲車とかあるし、ここ。


あんなもんで撃たれたらどこに当たっても即死しそう。




そんな安全区域のど真ん中で襲われた俺っていったい・・・




いや、あれは向こうが悪い。


俺は悪くない!・・・と思う。


本当になんだったんだろう山田は。


人違い・・・じゃないよな名前聞かれたし。




う~ん、真相は闇の中だ。


もう二度と会いたくないし。


殺さないだけありがたいと思っていただきたい。


畜生、暗器持ってるんだったら手裏剣でも投げてやりゃよかったぜ。


しかし神崎さんの手裏剣は見事だったなあ。




「あらあら一朗太くん」




おや、病院からまたおばさんが出てきた。




「まだ帰ってなかったのねえ、あら~サクラちゃ~ん」




「ひゃん!ひゃん!」




おばさんは俺の横に腰かけ、寄って行ったサクラを抱き上げて頬ずりする。


・・・懐くなあ、サクラ。


まあ、おばさんの優しさオーラは凄いもんなあ。




「あ、そうそう!今そこでねえ、自衛隊の人が担架で運ばれていったのよ!」




井戸端会議をする主婦のように、おばさんが話しかけてくる。


ぎくり。




「どうしたのかしらねえ、両方の肋骨がひどく痛んでる様子なんですって!」




転んだにしてもおかしいわよねえ・・・と心配顔のおばさん。


犯人は拙者でござるよ・・・。




「へえ、そりゃ大変ですねえ・・・知ってる人でしたか?」




「たしか・・・神崎さんの後輩さんじゃないかしら?いつも先輩先輩って楽しそうに話しかけてたから」




ふむ、そういえば掌底の前にそんなことを言っていたような・・・?




「あら?一朗太くんほっぺどうしたの?ガーゼなんか貼って」




「あー、サクラと走り回って遊んでたらこけちゃって・・・神崎さんが貼ってくれました」




「もう・・・子供みたいじゃない。気をつけなきゃだめよ?」




「面目ない・・・」




ふう、なんとかごまかせたか。


それにしても山田は何であんなことを・・・?


もしや神崎さんが俺の陰口を言っていてそれで・・・とか?




・・・いやない、ないな。


神崎さんは陰口とか言わなそう。


不満があるなら正面から言ってくるはずだ。




ああもう、やめだやめ!


脳の容量をあんなのに割り振るのはやめよう!


時間と人生の無駄だ!


そんなんするより、サクラと遊んだほうがなんぼか建設的というもんだ。




「あ、そうそう。今ね、予防接種が終わった警備犬と、中庭で子供たちが遊んでいるんだけど・・・よかったらサクラちゃんもどう?」




なぬ!?そりゃ願ったりかなったりだ。


俺もサクラと行こう!




今日は予防接種で怖い思いをさせちゃったしな。


思う存分遊ばせてやろう!




「行くぞサクラ!」




「わん!」








「待て待てー!」




「きゃん!」




「待てー!」




「ひゃん!」




目の前には、避難所の子供たちと楽しそうに中庭を駆け回るサクラ。


・・・うん、まあそうなるよなあ。




目一杯遊んでやろうと中庭に行くと、サクラはあっという間に子供たちのアイドルとなった。


シェパードまみれの中、1匹だけ豆柴だもんな、無理もない。


シェパードはかっこいいけど、小さい子供からしたら怖いってのもあると思う。


俺は大好きだけども。




というわけで、サクラは子供たちの心のケアに大いに役立っている・・・と思う。




俺?




「ヴォフ!」




「え?ここ?ここかなあ?」




「ゥーウ!」




「ほいほい了解」




俺はと言えば、サクラと離れて1人寂しくベンチに座っていると、見かねたのか1匹のシェパードが寄ってきた。


そう、先程のチェイスくんだ。


おとなしくベンチの前で座るチェイスくんの背中に、ちょいと毛玉てきなものを発見したのでサクラ用のブラシで毛繕いしてやったのだ。


彼は喜んだようで、先程とは違って俺の顔をベロベロ舐めてくれた。




その結果、いつの間にか俺はシェパードの群れに囲まれていた。


周囲の自衛官もまさかの事態に苦笑いである。


俺もびっくりだよ。


普段ブラッシングしてないわけじゃないだろうしな、警備犬たち。




「クゥン」




「おおすまんすまん、次ね」




ご新規様ごあんなーい。




・・・世界がまともに戻ることがあったら、トリマー業で食っていこうかな、俺。








「なんとまあ・・・面白い光景ですね」




全手動トリマー装置と化していたら、花田さんが後ろから声をかけてきた。




うお、すっごいな。


周囲の自衛官が一斉に敬礼した。


・・・普段は普通に接してるけど、お偉いさんなんだと実感する。




「ははは・・・気が付いたらこうなってましてね」




「うらやましいことです・・・そういえば、例の自衛官のことですが・・・」




「ああ、山田・・・さんのことですか」




小声で話してくるので、俺も話を合わせる。


自衛官に襲われた~、なんて言ったらここの士気もガクンと下がりそうだしな。


アイツ個人は大嫌いだが、自衛隊に対する好感度は最大だ。




「・・・山田、そう名乗ったわけですか」




おや、違ったのかな?


一瞬花田さんの雰囲気が剣呑なものとなる。


・・・偽名というわけか。


しかしなんで偽名を?




「・・・まあ、それは今重要ではありませんね、こちらの問題です。彼女のことですが・・・申し訳ありません」




いきなり俺に頭を下げる花田さん。


やめて!こんな衆人環視の環境で頭なんて下げないで!!


すっごいザワついてるから!!


周囲の視線が痛い!死ぬゥ!!




「以前、私と手合わせしたことを覚えていますか?」




「・・・そういえば、そんなことがありましたね」




どっちかと言えば不意打ちみたいなもんだったが。


それにありゃあ小手調べに等しい。




本気でやり合えば、おそらく徒手格闘では俺に勝ち目はあるまい。


掴まれた瞬間に関節を極められるか折られるだろう。


勝ち筋があるとすれば各種搦め手を使った剣術かな・・・なんで戦う前提で考えてんだ俺は。


まったく、師匠や先輩じゃないんだから・・・




「あれが噂となっていましてね・・・腕自慢の自衛官が同じことをしようとした結果が、今回の原因です」




はあ、あいつもバトルジャンキーだったわけか?


でもナイフまで抜こうとしていたが・・・


・・・一抹の疑問は残るが、首を突っ込んで蛇でも出てきたら困る。




「なるほど・・・」




「私の不徳の致すところです、以後このようなことがないように徹底させますので・・・どうか、お怒りを収めてください」




「いやあの、お気になさらず。大したこともありませんでしたし」




頬の傷くらいだしな。


以前の立ち合い?は俺を試す意味合いもあったんだろうし、別に怒ってない。




今回のは別だけどね。




最高責任者と下っ端では俺の対応が変わって当たり前だろう、うむ。


前のアレはお互いに本気じゃなかったし。


山田は明らかに俺を殺す気だったもんな。




「(むしろあっちに結構な怪我させちゃったんですが・・・そこは大丈夫ですか?)」




「(身の程知らずには良い薬です、お気になさらず)」




・・・おっそろしく冷たい声だ。


うん、上がいいって言ってるんだからこれ以上考えないことにしておこう。




「(傷を見ましたが、本来は胸骨を砕いて内臓にダメージを与える技でしょう、あれは。そうしなかったお気持ちだけで十分です)」




嘘だろ。


技の本質までバレてるぞおい。




「(私が田宮先生に初めて負けた時に使われた技ですから。懐かしいですね・・・『双輪』でしたか?2カ月入院しましたよ)」




・・・師匠の打突をモロに喰らって、たったの2カ月ゥ!?


うん、俺もう絶対この人に逆らわないと今決めた。


無理無理無理。


師匠のアレがクリーンヒットして、死なないどころかその程度で済む人間・・・人間?なんか相手にしてられるか!


あの爺さん、アレで丸太の側面を陥没させたんだぞ!






「キュン!」




おっとシェパードの・・・確かこの子はノルンちゃんだったな。


待たせていたようだ、ごめんね~。




「いやあいい毛並みだ、美人さんだなあ」




「クゥン」




「旦那さんには苦労しなさそうだなあ」




大事にされている証拠だ。


うむ、やはりデカい犬は可愛くてカッコよくて最高だな。




こらこら、俺の肩に手を置いてよりかかるキミぃ、順番は守っておくれよもう。


首筋を舐めるんじゃあない!手元が狂うでしょ!




うーむ、こんな仕事ならいつでも大歓迎なんだけどなあ。


・・・本職のトリマーさんが聞いたらシャイニングウイザード放ってきそうだけど。






「はっはっは、いやあよく懐かれていますねえ、定期的にお願いしたいくらいだ」




「こちらとしても犬は大好きなんで、是非また寄らせてもらいますよははは」




お互いに大人の対応でお茶を濁そう。


これが人生を面白おかしくする秘訣だ・・・たぶん。








その後、神崎さんと合流し、シェパードたちのブラッシングを全て済ませて病院を後にした。




「・・・後輩が・・・すみません・・・」




助手席で小さくなっている神崎さん。


サクラは不思議そうにそんな神崎さんを見つめている。




「いやいやそんな、気にしないでください。神崎さんのせいじゃないですよ」




「しかし・・・」




「いいですってば、本人はボッコボコにしてやりましたし」




努めて明るい様子で返す。


本当に神崎さんに対し、思う所はない。


むしろあんな後輩がいてかわいそうである。




「それより、手裏剣お見事でした。あれがなかったら脇差を抜くしかなかったです」




「いえ・・・いっそ抜いて斬り付けていただいても・・・・」




「自衛官を斬るわけにはいきませんよ。アイツが自衛隊じゃなければやってましたけどね」




かなり落ち込んでいるなあ。


そんなに気にしなくていいのに。




「しっかし、大分タフな相手でした。翡翠の双輪を叩き込んで起きてくるなんて」




「・・・・・・翡翠、それに双輪というのは?」




お、やはり食いついた。


さすが武術マニア。


恥ずかしいが、今回は元気を出してもらうためにこちらから説明をしよう。




「翡翠っていうのは、徒手の型の一つでしてね・・・」








「あの、気を遣っていただいてすみません」




武術談議で盛り上がり、いつも通りの空気になったころ。


神崎さんにもう一度謝られた。




「相棒ですからね、当然のことですよ。はい!だからあんなめんどくさい話はここで終わりです!」




「・・・そうですね、ふふ・・・」




「ひゃん!ひゃん!」




神崎さんが元気になってサクラも嬉しそうだ。


変な後輩がいて、神崎さんも大変だなあ。


この話は終わりにしよう。


・・・アイツがまた絡んでこない限りは。




自衛隊もこんな状況では大変なんだろう。


せめて探索とかこういう息抜きの時間くらい、神崎さんには楽しそうに過ごしてもらいたいものだ。


相棒が沈んでいると俺まで沈むしな。




「そういえば傷・・・すみません。私の責任です」




「まーたそんなことを・・・神崎さんのせいじゃないでしょ」




「・・・いえ、これは私のけじめです。もし田中野さんが私の立場なら、どうしますか?」




・・・むむ?


・・・俺の知り合いとか後輩が、神崎さんの顔に消えない傷を付けたら・・・?


そりゃあ・・・






「・・・とりあえず9割9分9厘殺しくらいにしますね、はい」






「・・・!」




なんだその「しまった!」って顔は。




「田中野さん、すみませんが引き返して」




「あー違う!今のなし!ノーカン!半殺しです半殺しにしますからね!もうやんなくていいですからね神崎さんは!俺がやったんですし!」




やっべえこれトドメ刺しに行く顔ですわ。


半殺しに半殺しを足したら全殺しになるでしょ!


物騒すぎる。




「し、しかし・・・」




「男の傷と女の傷じゃあ価値が違うんですよ価値が!それに、宇宙海賊っぽさが増してかっこよくなったでしょ!?」




「それはそうですが!・・・えぅ、あの、でも・・・」




・・・なぜ急に赤くなる。




「んーと、じゃあまた缶詰ください缶詰!あれ美味しかったんで」




「・・・私の裁量で動かせる量は2トン前後ですが、それでいいなら」




「いいわけないでしょ!?缶詰屋田中野が開店しちゃいますってば!」




探索者田中野からブローカー田中野になっちゃう!!


そして裁量が2トンってなあに!?


あっ聞きたくないし知りたくなあい!!




「ひゃん!わん!」




遊んでると勘違いしたのか、サクラが俺たちの間を行ったり来たり回転したり。


かわいいけど危ないから!運転中だから!!




まったくもう。




・・・まあ、こんなのも悪くはないかな。




それなら自宅防衛用の爆薬をプレゼントする、と更に物騒なことを言い出した神崎さんをなだめつつ、俺はアクセルを踏み込んだ。


・・・しかし煙草が吸いてえ・・・


今日は色々あって疲れたよ〇トラッシュ・・・

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