第84話 無職、犬を飼うこと

無職、犬を飼うこと








頬に生暖かい感触がある。


・・・ナメクジかな?




「おはよう・・・サクラ」




「ひゃん!」




まあ、家の中にナメクジがいるわけないわな。


いたら怖いし。




サクラが俺の上に乗り、キラキラとしたつぶらな瞳を向けてきている。


うーん、朝から元気だなあ。




足元にまとわりついてくるサクラを撫でたりしながら、顔を洗う。


よし、目覚めもばっちりだ!


今日も1日がんばるぞい!




と言ったはいいものの、サクラをどうするべきか。


家に残していくのもかわいそうではあるが、かといって探索に連れて行くのも・・・


もう少し大きくなってからじゃないとなあ・・・


いくらゾンビが動物を襲わないからといってもなあ。


アホな生存者がいる可能性もあるし・・・


だが、残して行ってこの前みたいな奴らが来ても・・・


ううむ、悩む。




ふと気が付くと、座り込んだ俺の前にサクラが座っている。


小首を傾げながら。




「なあサクラ、俺と一緒に行くか?しばらくは自由にさせるわけにはいかんが・・・」




「わん!」




わかっているのか、いないのか・・・


だがまあ、俺が拾ったんだ。


俺がしっかり守って育ててやるんだ。




「よーし、じゃあお前は相棒見習いだ!よろしくな!」




「わん!」




尻尾をぶんぶん振り、嬉しそうに彼女は吠えた。








「や、こんにちは神崎さん。今日も張り切って行きましょうか!」




「はい、こんにちは田中野さん・・・?」




友愛の廊下で神崎さんに話しかけると、何やら怪訝な表情である。




「どうしました?」




「いえ、何かいつもと匂いが・・・シャンプーでも変えたのですか?」




鼻がいいなあ神崎さん。


シャンプーは変えていないが、多分あれだな。


サクラ用のノミ駆除シャンプーの匂いかもしれん。




「あー、昨日同居人が増えましてたぶんその」




「な ん と 言 い ま し た ?」




ヒエッ・・・


一瞬で距離を詰められた。


コワイ!!


おめめもコワイ!!!




「あのあのあの・・・せせせ説明しますので、とっとととりあえず車まで来てくだしあ」




「わ か り ま し た」




どどどどどうしたんだ急に!?


俺またなんかやっちゃいました!?!?!?




背中からどす黒いオーラみたいなものを出してるっぽい神崎さんに押され、必死で軽トラまで行く。


カタカタと震える鍵先でロックを解除すると、中からサクラが飛び出してきた。




「わっぷ!?」




中腰だから顔に飛びつかれてしまった。


前が見えねえ!!




「あの・・・まさか田中野さん、その子・・・」




「むごむご・・・ぷっは!!はい、同居人のサクラであります!!」




「ひゃん!」




じゃれてくるサクラを引きはがし、抱っこして神崎さんに見せる。


当のサクラは、神崎さんを不思議そうに見つめている。




「はあ・・・もう・・・ふふ」




何やら神崎さんが苦笑いをしている。


どうしたんだろう。




「初めまして、サクラちゃん・・・これからよろしくね」




「わん!」




神崎さんがそっと伸ばした手でサクラをひと撫でする。


サクラはくすぐったそうに身をよじって、神崎さんの手を舐めた。


振られた尻尾が勢いよく俺の顔にバンバンぶち当たる。


全然痛くねえ!気持ちいい!!






「そうですか、そんなことが・・・」




「ええ、見捨てることがその、できなくて・・・それに、昔から犬を飼ってみたかったですし」




「ふふ、田中野さんらしいですね」




「ははは、面目ない・・・」




どこへ行くともなしに運転している。


あのまま友愛にいれば、また面倒ごとに巻き込まれるかもしれないしな。


ちなみにサクラだが、神崎さんの膝の上でスヤスヤ夢の中だ。


・・・懐くの早すぎない???


あ、そうだそうだ聞くのを忘れてた。




「あの、神崎さんって犬アレルギーとかは・・・?」




「ありませんし、大好きですよ犬は。以前シェパードを飼っていました」




「シェパード!いいですねえ、かっこいいなあ」




「ええ、賢い子でした」




シェパード・・・似合う、似合い過ぎる。


なんか神崎さんが飼うと犬までかっこよくなりそうだ。




「何か変なことを考えていませんか?」




「い、いいえ?あの、ちなみに名前は・・・?」




「ノブツナです」




「・・・元ネタは上泉信綱ですか?」




「はい!」




・・・うん、強そうなお名前だ。


犬の名付けまでブレないなあ・・・武道好き。




「・・・ブンゴロウもかっこいいですよね」




「疋田景兼!よくご存じですね!」




「俺がすっごく疋田びいきになった漫画、今度貸しますよ」




「そんなものが・・・!楽しみです!」




あれは最後がすっごく切ないけど、それでもいいんだ。


俺もいつか「それは 悪しゅうござる」って言えるくらい強くなりてえなあ・・・




しかし、神崎さんが犬を飼っていたとは・・・これは幸運だ。




「あの・・・恥ずかしながら犬を飼うのは初めてで・・・もしよかったら色々教えてくれませんか?」




「私にできることでしたら、いくらでもお手伝いしますよ」




おおう・・・観音様や・・・


ありがてえ・・・




「何を拝んでいるのですか」




「いえ・・・つい後光が」




「はい?」






そんなわけで、ホームセンターにやって来た。


どんなわけかというと、ここのホームセンターにはペットショップが併設してあるからだ。




え?仕事?


・・・ここら辺に対応したファイルは持ってきてるし、アレだ。


もしかしたらホームセンターにいるかもしれないからな、捜索対象。


だから問題ないのだよ、うん。




「サクラ、俺とおねえさんはちょっと出かけてくるから、ここで留守番しといてくれな?」




「キュ~ン・・・」




起きてきたサクラを抱え上げ、目を合わせて言う。


わかっているのか、耳を伏せて寂し気に鳴く。


心苦しいが仕方ない。


もう少し大きくなればわからんが、子犬を連れていくにはいささか危険すぎる。




「ごめんな、すぐに帰ってくるからな?」




もう一度言うと、サクラは俺の鼻をぺろりと舐めてヒャンと鳴いた。


わかってくれたのだろうか。




助手席に毛布と水を置き、サクラに手を振ってドアを閉めた。


・・・今はいいけど、夏になったら高温の車内に置いておくわけにもいかんなあ・・・


何か考えないと。






「まるで話が通じているような様子でしたね、サクラちゃん」




「子犬ってあんなに賢かったんですねえ」




「いえ、そこはサクラちゃんが賢いだけかと。普通はもっと手がかかるものですよ?」




なんと、やはりそうなのか。


うちの子賢すぎ問題。


野良犬期間が長かったから、賢くならざるを得なかったのかもしれん。


・・・それなら不憫すぎる、もっと可愛がってあげよう。


おかあちゃんの分まで。




ホームセンターはいつものように荒れていた。


荒れすぎてゾンビすらいない。


そりゃあな、役に立つもの目白押しだからな。


だが俺たちのお目当てはペットショップである。




案の定、ほとんど荒れていなかった。


まだペットフードを食うほど追い詰められた人間はいないらしい。




「・・・これが子犬用の予防薬です、毎回の食事に混ぜて使用してください」




「なるほど」




「こちらはダニ避けの薬ですね、首元につけるタイプなので楽でいいかと」




「なるほどぉ」




うーん、神崎さんが頼りになりすぎる不具合。


なんか悪いなあ・・・いつもいつも。


なにか恩返しを考えねば。




「あとは狂犬病や各種伝染病の予防接種ですが・・・こればかりは獣医の管轄ですね」




あーそうか、そういえば犬を飼ってる友達がそんなことを言ってたなあ。


1年に1回しないといけないって。




「うまいこと避難民に獣医さんがいないかなあ・・・友愛で聞いてみようかな?」




「自衛隊にも獣医がいますので、こちらでも軽く当たってみましょう」




・・・軍用犬の管轄とかかな?よくわからんけども。


最悪、薬の種類をなんとかして調べて動物病院を探索するしかないかな・・・




「何から何まですいません神崎さん・・・」




「いいんですよ、私も犬は好きですし」




「そう言っていただけるのはありがたいですが、俺にできることなら何でもしますんで・・・」




「な、なんでもですか・・・」




何故か神崎さんは顔を赤くして立ち尽くす。


・・・マグロ釣って来いとかは勘弁していただきたいのだが・・・




「・・・では、これからもサクラちゃんと遊ばせてください」




「ええ?正直それだけじゃとても釣り合いがとれないんですが・・・」




「でしたら、考えておきます。じっくりと」




欲がなさすぎるよこの人!


ああもう歯がゆい、歯がゆいでござる!




その後も店内を物色し、色々と追加で回収。


首輪とか完全に忘れてた。


これから散歩もしたいし、頑丈そうなのを選ぼう。




リードは、なんか伸び縮みする巻き尺みたいなのを選んだ。


伸縮自在で強度も抜群らしい。


それに加えて、胸の前で固定するおんぶ紐みたいなポシェットみたいなものも。


子犬だから急に疲れて動けなくなっても安心だ。


それに、何かあればこれにサクラをパイルダーオンして逃げれるしな。




後は保存のきく食料を高くて犬によさそうな順で適当に持っていく。


安物よりは高級品の方が安心だしな。


なあに、最悪余れば俺が食えばいいしな。


醤油をかければけっこううまい・・・という話を聞いたことがあるし。




犬の服の前でしばし考える。


いるのか、これ・・・?


あ、でもこの合羽はかわいいな、もらっていこう。




「小型犬や室内犬は足の裏が弱いことがあるので、靴を履かせたりしますよ?サクラちゃんには真夏以外必要ないでしょうが・・・」




聞くと、アスファルトが危ないのだという。


なるほど、確かに熱には効果的かもな。


あまり熱いと肉球がはがれることもあるようだ、とてもコワイ。


靴下とかわいらしい靴を確保する。




「じゃあ服って・・・」




「・・・体毛のない犬種はともかく、犬は体温調節が苦手なので・・・」




つまり飼い主の嗜好という事か。


冬なんかは雪が降る地方ではいるかもしれないが、こっちではなあ・・・


というわけで服はキャンセルだ。


かわいらしい服を着せたくはあるが、俺の趣味でサクラが熱中症にでもなったら困る。




今回はこんなものだろうか。


消耗品はかなりの量を確保できたし、一旦はこれでいいだろう。




「いやあ、今日はお世話になりました。助かります」




「いいえ、お気になさらず。私もかわいい友達ができましたし」




神崎さんはいつものようにくすりと笑ってくれた。


うーん、お世話になってるなあ・・・




「あ、そうだ!今度モンドのおっちゃんとこに行きませんか?美玖ちゃんも会いたがってm」




「行きます!!」




おおう、判断が早い。


即断即決はいい兵士の証だって言うもんな。






「サークラ、ただいむもももも!?」




荷物を抱えて軽トラへ戻り、荷台に積んでドアを開けるとミサイルのようにサクラが飛びついてきた。


猫っぽい動きもするんだなあ。


ひゃんきゃんひゃんきゃん大騒ぎである。


寂しかったのかな。




「お父さんがいなくて寂しかったのよね、サクラちゃん」




先程までの悲しみはどこへやら、神崎さんに頭を撫でられて大興奮のサクラである。


ふむ、お父さんか・・・


種族違いの娘ができてしまった。




「おかあちゃんの分までお父さんが頑張るからな、サクラ」




目の前に持ち上げて言うと、サクラは不思議そうに首を傾げた。








「さーて、行くぞサクラ!」




「ひゃん!」




探索を早めに切り上げ(神崎さんが、ゾンビがむっちゃいたので撤退したと嘘報告してくれた)、家に帰った。


早速本日の戦利品を装備して散歩に向かうことにする。




・桜色の首輪(違和感があるみたいで気になっていたようだが慣れたようだ)


・伸縮自在リード


・胸の前に付けるおんぶポシェット




これらに加えて糞の処理用のスコップと袋。


それにいつもの木刀と脇差。


格好もいつも通りだ。




・・・なんだろう、すごく怪しい格好になった。


まあ仕方ない、いざ出発だ!!






周囲を確認して出発。


サクラは上機嫌で俺の前をてけてけ歩く。


時々こちらを振り返って、俺を確認するような仕草を見せる。


尻尾もふわふわでかわいい。




土手を上り、反対側の公園へ。


公園というか、河川敷が公園と野球やサッカーのグラウンドになっている。


ゾンビが出る前は、各種少年チームや子供たちの声がうるさ・・・賑やかだったが、今は誰もいない。


だだっ広いので遠くまで確認出来て安全だ。




サクラは周囲の草むらに飛び込んだり、地面の匂いを嗅いだりと忙しそうだ。


散歩の作法なんぞ知らないので、好きにさせておこう。


周囲の確認もしとかないといけないしな。


草むらの影とかに半身ゾンビとかいたら困る。




あ!いかんボール持ってくるの忘れた・・・


俺の夢が・・・そういえばフリスビー持ってくるのも忘れたな・・・


反省だ、次に活かそう。




グラウンドに入り、ゲートを閉める。


こうすれば安全なドッグランに早変わりだ。


サクラのリードを外してやる。




「さあサクラ!行け!!」




「ひゃん!!」




サクラは大喜びで走っていく。


おー、子犬とはいえ速い速い。


反対側まであっという間だ。




ひゃんひゃん嬉しそうにはしゃいでいるサクラを見ながら、周囲を見回す。


お、あれは・・・




「なんでここに・・・?」




何故か軟式のテニスボールがいくつも落ちている。


・・・ここは野球のグラウンドなんだが?


ぐにぐにと手の中でボールを変形させていると、サクラが俺のところまで戻ってきた。


足の間を高速8の字軌道で駆け抜けている。




「よーしよしよし・・・」




頭をどっかの動物愛好家めいてわしわし撫でてやりながら、思いついた。


ボールをサクラに見せる。


クンクン匂いを嗅いでいるな。




「ほーいっ」




下手でゆっくりと放ってやると、大喜びで追いかけていく。


何度か失敗した後、口いっぱいにボールを咥えた。


なんと何も教えていないのに俺のところまで持ってきた!


・・・やばい、うちのこ天才かもしれん。




「うーわー!賢い!サクラ賢いなあ!!」




これもう毛が抜けるんじゃないのか、っていう勢いで全身を撫で回す。


サクラも嬉しそうだ。


またボールを持ち上げると、キラキラした目でボールを見ている。


おいおいおいそんな目で見るなよぉ・・・


いっくらでも付き合ってやらあ!!!!!






「うん、調子に乗りすぎたわ、ごめんなサクラ・・・」




ボール投げを堪能しすぎてぐったりとしたサクラをポシェットに格納しつつ、俺は家へ帰ることにした。


早速役に立ったな・・・


時折わふわふと寝言のような鳴き声を上げながら、サクラは大層嬉しそうであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る