第85話 みんな犬が嫌いではないこと

みんな犬が嫌いではないこと








息苦しい。


なんかいい匂いがする。


あとモフモフする。




「起きない・・・昨日いっぱい遊んだもんなあ」




サクラが俺の顔を横断する形で器用に寝ていた。


持ち上げてそっと毛布に安置。


寝てても可愛いってずるいなあこの生き物。




顔を洗っていると、起きたのかひゃんきゃん声が聞こえる。


俺がいなかったからびっくりしたのかな?




「おーいサクラ、ここだここ」




声をかけた瞬間にバタバタと走る音。


並びにどこかに衝突する音。


おいおいおい落ち着きなさいよ。




洗面所のドアに衝突してパニックになっていたサクラを救出。


〇イブレード並みに高速回転してたわ。




「おーおー、痛くなかったか?もうちょい落ち着こうな?」




きゅんきゅん鳴きながら持ち上げた俺の手をベロベロ舐めてくる。


マルチタスクだなあ・・・




ソファーまで戻ってブラッシングをしてやると、ようやく落ち着いたみたいだ。


気持ちいいのか、そのまま俺の膝でわふわふ鳴きながらくつろいでいる。




しかし、結構毛が抜けるなあ。


換毛期・・・だっけ?


その時期には気を付けないとな。


この部屋結構精密機械あるし。




軽く朝飯をすませて武器の手入れをする。


刀は危ないのでサクラはケージでしばし隔離。


見える範囲に俺がいるで安心するのか、じっと見るだけで騒いではいない。


この脇差、何回か使ったけど本当によく切れるし頑丈だ。


おっちゃんには足を向けて眠れないなあ・・・今度方角確かめておこう。




手入れが終わったのでサクラと少し遊び、外出の準備をする。


今日は神崎さんをおっちゃん宅に連れて行こう。


ついでにあっち方面の探索をするか。








「おはようございます田中野さ・・・うわあ!かわいい!!」




友愛の門番をしていた森山くんが、助手席のサクラを見て目を輝かせる。




「おはようございます、かわいいでしょう?うちの子」




「豆柴ですねえ・・・かわいいなあ・・・ふわぁ~・・・」




褒められたのが嬉しいのか、サクラが森山くんに尻尾を振りながらわふんと一声。


森山くんが悶絶しながら体をくねくねさせている。


・・・まあいいんだけどさ、周囲の同僚の目線がすごいことになってるぞ。


撫でてもいいかと聞かれたのでOKしたら、助手席の窓から頭を撫でてさらに奇声を上げている。


おいうちの子が若干怯えてるだろ!?


奇声はやめろ奇声は。




名残惜しそうな森山くんを残し、駐車場へ。


サクラを残して行こうとすると、ダッシュで追いかけてきた森山くんが世話を買って出てくれた。


・・・うん、まあ犬好きだろうからいいけどさ。




「サクラが怯えるから奇声は上げないでくださいよ」




「はいっ!」




いいお返事だこと。


サクラにこのお兄ちゃんに遊んでもらいなと声をかけ、校内へ。


さーて神崎さんはどこかなあ。




「おや、田中野さん」




先に宮田さんを見つけてしまった。


聞くと、神崎さんは校長室の無線で定時連絡中とのこと。




「ほお、犬を・・・後で見せていただいてもいいでしょうか?」




立ち話のついでにサクラのことを話したら、ことのほか食いついてきた。


宮田さんも犬好きらしい。




「どうぞどうぞ、宮田さんも犬が好きなんですね」




「ええ、もうだいぶ前に亡くなりましたが・・・グレートデンを飼っていました」




それ、むちゃくちゃデカい犬種じゃないか!?


似合うなしかし・・・これでチワワとか言われたら腰を抜かすところだったが。




「名前はベンです」




「闘将ベン・・・!あ、いや、熊犬がヒグマと戦う漫画とかお好きですか?」




「おや、ご存じでしたか。あの犬が好きでしてねえ・・・そこから取ったんですよ」




意外と身近にファンがいたな。


正直あの漫画のファンでグレートデンの飼い主なら、オスはだいたいベンって名付ける気がする(偏見)。




おもしろいもんなあの漫画。


主人公の必殺技、俺が読んだバトル漫画史上一番かっこいい名前だと思っている。




「(そういえば・・・例の彼、のことですが)」




急に声を潜めて宮田さんが話しかけてくる。


名前を言ってはいけない例の・・・ああ、原田モート卿か。






「(どうやら夜に避難所を抜け出したようで・・・現在行方不明です。いやあ、困りました)」






全然困っていない声色だ。


・・・ああ、なるほど。


『そういうこと』にしたんだな。




「(ああーそれは残念ですねえ・・・まあ、彼ならどこへ行ってもやっていけるでしょう)」




「(ええ、『もう二度と』戻ってこないでしょうし・・・)」




お互いに白々しいやりとり。


うむ、これが大人の対応というやつだ。






さらば原田、名実ともに二度と会うことはないだろう。


・・・成仏しろよ?






連絡を終えた神崎さんと合流。


3人で車まで向かう。




「なんじゃありゃあ・・・」




軽トラの周りに警察の方々がいる。


なんかキャッキャしてるな。




「かーわーいーいー!」「こっち向いてこっち!」「あーん!もこふわー!」




主に婦警の方々のようだ。


視線の先には、助手席の窓から身を乗り出したサクラ。


いろんな婦警さんに愛嬌を振りまいては頭を撫でられている。




「サクラ大人気だなあ・・・」




「ほお、あれがサクラちゃんですか・・・かわいらしいですな」




宮田さんがすごく優しいオーラを出している気がする!これが地蔵の宮田か!!


あれ?そういえば森山くんは・・・


あ、いたいた。


婦警さんたちの圧力に押されて恨めしそうに輪の外にいる。


・・・不憫な奴よ・・・


今度また撫でさせてやろう。




「ただいまサクラ・・・おお!?」




近寄っていくと、俺に気付いたサクラが助手席の窓から飛び降りてこちらへ駆けてくる。


いかんな、ちゃんと窓は閉めておいた方がよさそうだ。


1~2センチ開けておくくらいがちょうどいいなあ。


駆けてきたサクラが俺の膝に飛びついてきたので、そのまま抱え上げて抱っこする。




「よかったなあサクラ、綺麗なお姉さんたちに可愛がってもらって。羨ましいなあ」




はふはふしながらぺろぺろしてくるサクラを揺らしながら軽口をたたく。


あっそうだ、宮田さんにも撫でてもらおう。




「宮田さん、この子がサクラですよ」




「かわいいですねえ・・・こんにちはサクラちゃん、よろしくね」




宮田さんがゆっくり手を伸ばし、サクラの頭を撫でる。


でっか!改めて宮田さんの手でっか!!


サクラの頭が隠れて見えないぞ!?


しかしサクラはその大きな手で撫でられてたいそう嬉しいらしく、それは尻尾が俺の顔をバンバン直撃することでよくわかる。






必ずまた連れてきて!と懇願する森山くん&婦警連合に別れを告げ、友愛を後にする。


ちなみに宮田さんは「いつでも預かります」とマジな顔で言った。


公私混同でござるな・・・まあ、ドッグフード持参ならほかの避難民からも文句は言われないだろう・・・最悪の時はそうしようかな。




「・・・」




それにしても、さっきから神崎さんが静かである。


膝に乗っているサクラも、不思議そうに見上げている。




「あの、神崎さん・・・どうかしましたか?」




体調でも悪いのだろうか?




「・・・でしたね」




「はい?」




「婦警の皆さん、美人ぞろいでしたね」




ぶっきらぼうに吐き捨てる神崎さんである。


お?どうしたんだいきなり。


なんか怒ってるのかな?




「そうですねえ、神崎さんといい婦警の皆さんといい、避難所は美人ぞろいで華やいでますねえ」




「んんんっ!!!!!!!!!」




うおっびっくりしたあ!?


一瞬で顔が真っ赤になったぞ神崎さん。


俺が神崎さんを綺麗だって思ってるのは、はるか昔に美玖ちゃんにバラされているから問題ないだろうし・・・




「た・・・田中野さんはぁ・・・もう!もう!!」




何やらお怒りであるが、どうしたものか。


俺とサクラは顔を見合わせ、揃って首を傾げるばかりであった。






よくわからんうちに神崎さんの機嫌はすっかり直り、膝の上のサクラを手でじゃらしている。


・・・サクラの甘噛みがことごとく宙を切っているな。


恐るべき手の速度・・・俺じゃなきゃ見逃しちゃうっていうか前見ないと事故るな。




そうこうしているうちにおっちゃん宅へ到着。


サクラをポシェットに収納し、車を降りる。




「こんにちはおじさーん!あ、凛おねーさんだ!!」




「久しぶりね、美玖ちゃん。元気だった?」




「うん!かわいい服ありがとう!!」




「ふふ、どういたしまして」




店から飛び出してきた美玖ちゃんがほぼ直角にコース変更、神崎さんに抱き着く。


久しぶりに会えて嬉しそうだ。




「こんにちは美玖ちゃん、今日はおじさんの娘を紹介しに来たんだ」




「ええっ!?おじさんの子供っ!?」




なにやらたいそうびっくりしている美玖ちゃんの前で膝を落とす。


おのずと、サクラと美玖ちゃんの目線がかち合う。




「ほーらサクラ、美玖ちゃんだよ。美玖ちゃん、サクラっていうんだ、仲良くしてあげてね」




「ひゃん!」




「わわあっ!?」




ぬいぐるみか何かだと思っていたのか、急に挨拶をしたサクラに驚いて目を丸くする美玖ちゃん。




「ふわぁ・・・ふわぁ・・・」




美玖ちゃんは目をキラキラさせている。


うん、気持ちはよくわかる。


すっごくかわいいもんな、豆柴の子犬。




「なっ・・・撫でていい?おじさん」




「どうぞどうぞ、いいよなあサクラ?」




「わふ」




美玖ちゃんはおずおずと手を伸ばし、ゆっくりとサクラの頭を撫でる。


サクラはくすぐったそうに目を細め、美玖ちゃんの手のひらをぺろりと舐めた。




「きゃあっ!・・・あははは、かわいい~」




「わふわふ!」




どうやら仲良くなれたようだ。








「あはは!待て~!」




「待て~!」




「待て~!」




「きゃんきゃん!」




おっちゃん宅の庭を、サクラと美玖ちゃんと由紀子ちゃんと比奈ちゃんが駆け回っている。


3人と1匹はとても楽しそうである。




あれから騒ぎを聞きつけてやって来た由紀子ちゃんたちもサクラにメロメロになり、こうして遊んでいるというわけだ。


もちろん、家主のおっちゃんの許可はしっかり取った上で庭に放している。


おっちゃんもおばちゃんも犬好きらしく、快く許可してもらった。


え?敦さんと美沙姉?




「サクラちゃんと遊ぶ美玖が信じられないほどかわいい・・・」




「一心不乱にカメラを回すあっくんもかわいい・・・」




見ての通りである。


ある意味似たもの夫婦であるなあ。


この空間に砂糖って含有されてたっけ!?






「神崎さん、美玖たちどころか私の服まで選んでくれて、ありがとうねえ」




「いっいえ、あの、急いで選んだので、お気に召していただけたのなら幸いです・・・」




おばちゃんは神崎さんを捕まえてこの前のお礼を言っている。


こういうのに慣れていないのか、貴重なしどろもどろ神崎さんである。




「犬かあ・・・どっかから拾ってきてやるかなあ、美玖に」




「俺の場合はたまたまいい子だったからよかったけど、野生化してたりしたら危ないと思うよ?」




「野犬なあ、確かにありゃ厄介だ。この騒動でさぞかし増えてるだろうなあ」




まあねえ、この状況で犬を飼おうなんていう酔狂な人間が多いとも思えないし・・・


なにより一家全滅してるところだって多そうだ。


なまじ俺を含めて周囲に戦える人間が多いので忘れかけているけど、一般市民にとってゾンビというのはやはり脅威なのだ。




「まあとにかくよ、こっちに来るときはあのサクラも連れてきてやってくれ。美玖たちが喜ぶ」




「サクラも一緒に走り回って遊んでくれる友達ができて嬉しそうだし、願ってもないことだよ」




これぞWINーWINというやつだな。




「ん?そういえばボウズが持ってるそのファイルは何だ?」




「ああこれ?避難所にいる人たちが探してほしい人の情報をまとめたものだよ、前に話さなかったっけ?」




・・・ちょうどいい、おっちゃんは古くからここに住んでるから誰か知っているかもしれない。


たまには真面目にお仕事しておこう。








「こいつは・・・永山の息子だな、この前ゾンビになってやがった」




「ふむふむ」




「こっちは梨田商店のオヤジだな、確か秋月町の親戚の家に一家で避難するって言ってたぜ・・・3週間くらい前かな」




「ほうほう」




「コイツは知らねえが、この住所のあたりはゾンビまみれになってるはずだ。おそらくもう・・・」




「なるほど・・・」




おっちゃんの情報を、対応したページに鉛筆で書きこんでいく。


捗る捗る。


やはり地元住民がいるとスムーズに進むなあ。




「こいつと、こいつがいる区画は特に略奪もないし大量のゾンビもいねえ。ひょっとしたらまだ生きてるかもな」




おっと、有益な情報が出てきたぞ。




「ふむ・・・一緒に行くかボウズ。片っぽは知り合いの娘だし面識はある」




おお、そいつはありがたい。


もし生きていたら説得とか説明の手間が省けるぞ。


ええとなになに・・・




・依頼人『中島篤俊なかじま・あつとし』




・氏名『小鳥遊香たかなし・かおり』


・年齢『26歳』


・性別『女』




ふむふむ、かっこいい苗字だな。


顔写真はなしと。




・依頼人との関係『義理の娘』




「義理の娘・・・?」




「おう、未亡人の母親が再婚してな。俺がよく知ってるのは死んだ父親の方だよ」




なかなか複雑な事情がありそうだな。




「再婚したのはたしか・・・6、7年前じゃねえか?養子縁組はしてねえから、親父の姓だな」




なるほど、そういうことか。


小さいうちならともかく、大人になって苗字が変わるのはめんどくさいもんな。




まあとりあえず行ってみるか、生きてるか死んでいるかもわからんし。


見つけられたら本人の判断に任せよう。


おっちゃんが来てくれるなら百人力だ。




「行きますか、田中野さん」




おばちゃんとの話が終わった神崎さんが近づいてくる。




「あー・・・それなんだがよ、神崎の嬢ちゃん。すまねえが留守番を頼みてえんだ」




おっちゃんが申し訳なさそうに言った。


・・・なんで?




「留守番・・・ですか?」




「おう、敦くんは病み上がりだし、それ以外は女だけになるからよ。美沙は多少は使えるが、一人だけで守らせるのはもしもの時にちょいと厳しいからな」




ふむ、なるほど。


たしかにおっちゃんがいなくなった場合、ここの戦力はかなり低下するな。


純粋なちからもそうだが、おっちゃんは『敵』と認めたら容赦なく殺せるメンタリティの持ち主だ。


美沙姉も薙刀の腕はなかなかだけど、そこらへんは未知数だからなあ。


ゾンビを殺すのと、人間を殺すのではどうも違うらしい。


俺にはよくわからんが、一般論はそうだ。




「な、頼むよ嬢ちゃん。この通りだ」




「あっ・・・で、ですが・・・」




頭を下げるおっちゃんに驚いたのか、神崎さんが動揺しながらこちらを見る。




「神崎さんにはサクラのことでもお世話になりましたし、ここでゆっくりしていってください」




ついでに、これを機に休んでもらいたいしなあ。




「しかし、田中野さんだけに仕事をさせるわけには・・・」




「神崎さん、友愛に自衛官は1人なんでしょう?張りつめているんだから、たまにはゆっくりしなきゃ」




おばちゃんの援護射撃も始まった。




「ですが、さすがに悪いです・・・」




「それにね・・・」




「・・・っ!!!!」




何やらおばちゃんが耳打ちすると、神崎さんは落雷にあったかのようにビクリと動きを止めた。


・・・どうしたんだろう。




「ね?」




「・・・ま、まことに心苦しくはありますが、こちらの防衛をさせていただきます、はい!」




・・・えらい変わりようだな。


おばちゃん秘蔵のおいしいお菓子でも出してくれるのかな?




「よし、決まりだ!ボウズ、準備してくるから待ってろ」




「ああ、うん・・・じゃあ神崎さん、ゆっくり休んでくださいね」




「・・・ええ、田中野さんもくれぐれもお気をつけてください」




なにやら視線をやたら逸らされるなあ。


休むのが決まりが悪いんだろうか、真面目だなあ神崎さんは。






「おーい、サクラ―」




縁側から庭で駆けまわるサクラに声をかけると、こちらへ猛然とダッシュで寄ってくる。


ああもうなんだこのかわいい子は!どこの子ですか!?


うちの子であります!!!




「お父さん、お仕事してくるからなー。ここでお姉ちゃんたちと遊んで待っててなー」




足元に来たサクラを持ち上げ、抱っこしながら言う。


こちらを見つめるサクラをガシガシ撫でてやると、キュンキュン鳴きながら手を舐めてくる。


寂しそうだ。




「すまんけどサクラを頼むよ、美玖おねえちゃん」




サクラを追ってきた美玖ちゃんに声をかける。




「私・・・おねえちゃん?」




「そうだよ、サクラはまだ赤ちゃんみたいなものだからね。だから美玖ちゃんはおねえちゃんだ」




「おねえちゃん・・・!うん!まかせておじさん!」




抱っこしたサクラを美玖ちゃんへ渡す。




「サクラちゃん、おねえちゃんといっしょにおじさんを待っていようね~」




「・・・わふ」




まだ少し寂しそうだが、美玖ちゃんは好きらしい。


由紀子ちゃんたちも、任せて!と張り切っている。


優しいおねえちゃんがいっぱいできたな、サクラ。




さて、おっちゃんを待って出撃だ。


俺は店先で煙草を吸うべく、美玖ちゃんたちに手を振って歩き出した。

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