第83話 同居人?のこと

同居人?のこと








子犬と出会ってからしばらく後、俺は車を走らせていた。


助手席にはきちんとお座りの体勢の子犬が1匹。


さっきまで俺の股の間に陣取っていたけど、聞き分けはいいようだ。




子犬は、流れる車窓の風景を不思議そうに見ている。


時々ふさふさの尻尾が、右へ左へぱたぱた揺れるのが面白い。


いつまでも見ていたいが、事故を起こすと困るので心を鬼にしつつ運転する。






「さ、着いたぞ」




ひゃん、という鳴き声は返事のつもりなのだろうか。


車を降りると、子犬もぴょいんと器用に降りてくる。


さすがワンちゃん、小さくても運動能力は高いようだ。




庭を横切って農機具入れからシャベルを取り出す。


子犬は物珍しいのか、庭のあちこちの匂いをフンスフンス嗅いで回っている。


かわいい、なんだあの生き物。




さて、まずは母犬のお墓を作るとするかな。


これから一緒に暮らす予定なんだ、おかあちゃんの墓はしっかり作っておきたい。




あんまり畑に近いのも、かといって日当たりが悪いのもかわいそうだ。


両方の中間地点にしよう。




ザクザクと地面を掘っていると、興味があるのか子犬が寄ってきた。




「危ないから近付くなよ」




なんて言ったら、わかっているのかいないのかヒャンと返事。


その場に伏せてじっと見ている。


・・・え、かしこすぎないこの子?


子犬ってこんなにかしこいものなの???




疑念を抱えながら穴を掘る。


しっかりと深い墓を掘らないとな。


掘り返されちゃかわいそうだ。




なかなかの縦穴ができたので、軽トラの荷台から母犬を包んだシーツを抱えて戻る。


匂いで母犬とわかるのか、先ほどまでとは違いキュンキュンと鼻声で鳴いている。




「そうだ、お前のかあちゃんだぞ」




一旦地面に下ろし、子犬の前に。


子犬は鼻面でシーツをつつきながら、キュンキュンと悲しげに鳴いている。


頭を撫で、顔を近づけて言う。




「お前を守った立派なかあちゃんだ、休ませてやろうな」




子犬は鳴くのを止めて俺を見た。


つぶらな瞳に俺が映っている。




「悲しいだろうけど、いつまでも悲しんでいるわけにもいかないだろ?・・・な?」




子犬は俺の手をペロリと舐めて、また母犬に視線を移す。


不思議なことに、もう鳴かなかった。




穴の中に母犬をゆっくりと置き、外に出る。


子犬はお座りの姿勢でじっと見ている。




「南無阿弥陀仏・・・」




母犬にわかるかわからんが、一応お経を唱える。


成仏してくれますように。




さて、こっからが一番しんどいところだ。


シャベルを持ち、周囲の土を戻していく。


徐々に母犬を包んだシーツが見えなくなっていく。


子犬が不意に立ち上がった。


おっと、穴に入るのなら止めなきゃ・・・




その時だった。






「・・・ァオオオオオオオォォォォ―――――ン!!」






この小さな体から出たとは思えないほどの、大きな遠吠え。


喉を体ごとのけ反らせ、天空に向かって伸びていくような姿勢だ。


・・・わかっているんだろうな、犬なりに。


もう二度と母犬に会えないという事が。




勇壮なのに、悲しみが凝縮されているような声だった。


こんな悲しい遠吠えを、俺は今まで聞いたことはない。




胸が詰まるのを無視しつつ、ひたすら土をかけ続ける。


無心で作業することしばし、そこには立派・・・かどうかはわからんが、土饅頭が出来上がった。


子犬は一回遠吠えをした後は、ずっと伏せて俺の作業を見つめていた。




「さて・・・風呂にでも入るか」




上半身裸になって汗を拭き、汚さないようにベランダに寝具を上げる。


とりあえず2階に放り込んでおこう。


子犬は墓の前でまだじっとしている。


しばらくそっとしておこうか、封鎖されてるから庭から出ないだろうし。




風呂を沸かす用意をして庭に出ると、子犬は墓の前でスヤスヤ寝ていた。


・・・そういえばもう昼過ぎだな。


俺と子犬の食事の用意をするか。




本日の昼食、俺と子犬双方缶詰!!


・・・期せずして同じようなものになってしまった。


ちなみに子犬は牛肉缶(子犬用)、俺はサバの味噌煮である。


あれ?・・・犬に豪華さで負けてる・・・?


まあいいや、今日は記念すべき俺たちの記念日だからな。




「おーい、飯にするぞ~」




声をかけると子犬は起き、周囲をキョロキョロ見回して俺を見つけた。


てふてふと速足で寄ってくると、俺の手の中の缶詰を不思議そうに見つめている。


おっと、アレもあったな。


子犬用のミルク缶詰もあったんだよな。


たしか、人間用の牛乳は飲ませたら駄目だったはずだ、理由は忘れたけど。




ペットショップから回収した2つの皿が連結しているドッグボウルに、片方は肉、片方はミルクを入れていく。


ふむ、見かけは人間用の牛乳と同じようだな。


「限りなく母乳に近づけた~」なんて謳い文句が書かれていたのでこれを選んだ。


値段は俺の鯖缶8個分くらい。


・・・ペットフードって高いのなあ、まあ今なら無料だけど。




子犬の前にボウルを置く。


俺も鯖缶を開け、子犬の前に座り込む。




子犬は目の前のものが食べ物だとわかっているのかいないのか、スンスンと匂いを嗅ぐばかり。


あ、人間の方が先に食事を始めないと順位付けがバグるんだっけか?


とりあえず、フォークで刺した鯖を口へ運ぶ。


いつ食っても安定した美味さだ。




「うまい!お前も疲れたろ?ほら食え食え」




子犬はこちらを見て首をかしげている。


うーん、どうしたものか。


見慣れてないのかな。


・・・よし。




俺は手をしっかり拭いて消毒液をすり込むと、ミルクを少しつける。


変なばい菌とかいたら子犬がかわいそうだしな。




「ほれ、美味いぞ~?」




それを子犬の口に近付け、口元にぺしゃりと付ける。


子犬はぺろりと俺の指を舐めた。




効果は抜群であった。


ミルクが美味しいと気付いたのか、子犬は猛然とボウルに突撃。


顔を半分水没させながらミルクをがむしゃらに飲み始めた。


よしよし、これで一安心だな。




俺が鯖缶を食べ終わるころ、子犬はミルクを飲み終えた。


牛肉は手つかずだったので、さっきと同じことをするとまた猛然と食べ始めた。


よしよし。


いっぱい食べて大きくなれよ~。


・・・あ、豆柴だからそんなに大きくならないのかな?


まあいい、立派になれよ~。






「のどかだなあ・・・」






庭のベンチで食後の一服。


子犬は目の前を走り回って遊んでいる。


お腹一杯になったからか、とてもアグレッシブだ。


今はいいけど、散歩とかもしないとな。


ここら辺はゾンビも少ないし、土手の上なら見晴らしもいいから危険は少ないだろう。




む・・・そろそろ風呂が準備できた頃だな。


煙草を消す。




「おーい、こっちにおいで」




声をかけると、ひゃんひゃん鳴きながら子犬がダッシュしてくる。


それなりに馴れてくれているのかな? 


伸ばした手にじゃれついてくるのをいなしながら、抱え上げる。


毛並みはまあまあ綺麗だが、やはり野良犬生活だったので結構汚れている。




「よーしよし、一緒に風呂に入ろうな」




胸に抱え込むと、首筋をぺろぺろ舐めてくる。


こしょばい。






風呂に入ると、意外にも子犬は怖がらなかった。


むしろひゃんひゃん大喜びである。


手桶でぬるま湯をかけ、十分に毛に水分を含ませた後に犬用シャンプーで洗っていく。


ああもうじっとしなさいよ!


ぐわあ!ブルブルしたら全身が泡まみれに!


はははは!なんか楽しくなってきた!!




四苦八苦しながら子犬を泡まみれのオブジェと化し、ぬるま湯ですすぐ。


結構汚れてたんだなあ、茶色い水が流れてくる。


もう1回シャンプーするかな、基本は家の中で飼う形になると思うし。


うわあ!ブルブルはやめなさギャアア!目に入ったあ!!!




「ふう・・・風呂はいいなあ」




「キュン!」




湯船の中で体を伸ばす。


子犬はぬるま湯を入れた桶に入って、俺の目の前に浮かんでいる。


桶の中から手を出してお湯を掻き、こっちに近付いて鼻面を顔に押し付けてはペロペロ。


押しやってやると、また掻きながら近付いてくる。


ふふふ、かわいい。


風呂が好きとは珍しい犬だ。


あっそうだ。




「お前にも名前を付けてやらんとなあ・・・」




押し付けてくる鼻をプッシュしながら呟く。




いつまでも子犬やチビだとかわいそうだ。


ふふふ、こちとら子供のころからもし犬を飼ったらどんな名前にするかって、ずっと考えてきたんだ。


候補は豊富にあるぞ!


さーて何にするかな。


銀・・・リキ・・・赤目・・・ベン・・・ウィード・・・オリオン・・・うーん悩む。


ハヤテとかもいいな!虎狼丸とかもかっこいいし・・・




・・・あっ!


肝心なことを忘れていた!




「ほーいこっちおいで~」




高々と抱え上げ、とある場所を確認。




・・・没!!


今上げた名前は全部没でござる・・・!!!




「お嬢ちゃんだったのか・・・お前・・・」




わふん、みたいな何とも言えない鳴き声で抗議?された。


さて、それじゃあ考え直すぞ。


雌だった場合をあまり想定していなかったが、それでも候補はある。






「よし決めた!」




のぼせる寸前まで考えて、彼女の名前は決まった。




「サクラ、お前の名前はサクラだ!」




右前足に桜の花みたいな模様があったのが決定打だった。


あまり奇をてらうのもアレだし、シンプルでかわいいものを選んだつもりだ。




「これからよろしくな、サクラ」




湯船の中で抱え上げて言うと、彼女はひゃんと鳴き、尻尾をぶんぶん振った。


・・・たぶん気に入ってくれたのだろう、うん、わかんないけどきっとそう。






「キューン!キューン!ヒャン!ヒャン!」




「サクラ、お前・・・風呂は大丈夫で何でドライヤーが駄目なんだ・・・?」




タオルで大まかに拭いた後、ドライヤーで乾かそうとしたらサクラは怯えて震えている。


おおすげえ、尻尾がお腹にぺたんと張り付いている。


しかし半乾きで風邪でも引いたら大変だ。


なんとかなだめすかしながら乾かし、軽く犬用ブラシをかけると見違えるように綺麗になった。




「おおー、別嬪さんの出来上がりだなあ!いい子いい子!!」




頑張ってドライヤーに耐えていたので、大袈裟なほど褒めて撫で回す。


機嫌は直ったようで、撫でる手を舐めたりじゃれついたり甘噛みしたり大騒ぎだ。


しかし本当にいい手触りだあ・・・モフモフじゃないか。


いい匂いもするし。






「よーし、ちょっと待ってろよ。今最高の家を作ってやるからな~」




1階の居間に戻り、調達してきたケージと内部の犬小屋を組み立てる。


えーと・・・ボウルはここで・・・ここがトイレか、んでこっちに小屋を・・・


子犬用だから楽に組めるなあ。




サクラは部屋中をすんすん嗅ぎながら探検中だ。


危ないものはすべて高いところに置いているから大丈夫だろう。


今のうちに組んでしまおう。




作業することしばし。


毛布やらなんやらを追加し、中々に快適そうなスペースができた。


サクラを呼んで抱っこしながら見せる。




「さあ、ここがサクラの家だぞ・・・気に入ってくれると嬉しいんだけあひゃひゃひゃっやめろやめろ」




もう顔中ヨダレまみれだ。


気に入ってくれた・・・んだなたぶん!




ケージの中にサクラを放すと、さっそく匂いを確かめている。


とくに寝床が気に入ったようで、きゅんきゅん鳴きながら体をこすりつけている。


寝床の毛布の中には、母犬を包んでいたシーツの一部を入れておいたのだ。


かあちゃんの匂いがするなら、寝るときも多少は安心だろう。


もちろん匂いはいつか薄れていくだろうが、それまでもそれからも目いっぱい可愛がって寂しがらせないつもりだ。




風呂上がりに作業したら結構疲れたなあ。


昼寝でもするか。


サクラが出ていかないように部屋の戸締りを確認し、ぽすんとソファーに倒れ込む。


座布団を頭の下に敷いて寝る体勢になっていると、ケージから出てきたサクラが俺の腹に飛び乗ってくる。




「お?一緒に昼寝するか?」




サクラはそのまま腹の上で伏せ、顔を胸にぺたんと付けてきた。


ゆっくり撫でてやると目がトロンとし出し、大きなあくびをしてから目を閉じた。


寝つきがいいなあ、いい子だ。




・・・神崎さんの件に続き、いよいよ俺も簡単に死ねなくなったな。


これからはこれまで以上に気を引き締めて行動せねば・・・


そんなことを考えながら、俺は眠りに落ちた。






サクラに鼻を舐められて目を覚ます。


悪夢的なアレは見なかった。


毛皮の掛布団ことサクラの効果かな。




「うむ・・・5時か、なんか映画でも軽く見て飯にするかあ」




サクラを撫でつつ、棚のDVDを物色。


どうせなら犬の映画を見よう。


・・・あんまりないな。


あー・・・そういえば犬映画ってなんか最終的に死ぬのが多いから嫌いなんだった。


安易に犬猫を死なせて感動させる路線はあまり好きではない。




お、こいつにするかな。


買ったはいいけど見てなかった外国のCGアニメ映画だ。


スーパードッグ・・・の俳優犬がいつしか本物のヒーローになっていく・・・ていうストーリーだ。


中々面白かった、今度美玖ちゃんに持っていってあげようかな。


サクラは俺の隣で転がって、おとなしく映画を見ていた。


画面を一心に見つめていたな、犬が出てくるから興味があったのかしら?




「そうだ、今度美玖ちゃんたちのとこに遊びに行こう。お姉ちゃんたちが可愛がってくれるぞ、サクラ」




それに、動物との触れ合いは情操教育にもってこいだって言うしな。






夕食はサクラにはドライフードとミルク。


俺は自衛隊の缶詰一式だ。




「ほれほれ、あ~ん」




ドライフードをひとかけらサクラの口に放り込むと、昼食と同じようにガツガツと食べ始めた。


尻尾がもう扇風機の羽めいて回転している。


うむ、いい食いっぷりだ。


ミルクも気に入ったようで何より・・・だが顔ごと水没するのは何とかならんのか君は。


あ、今度ペットショップに行ったら薬も買ってこなきゃな。


マラリアだかフィラリアの予防薬があるらしい。


予防接種とかができない今、犬の病気には気を付けないといけないな。


もっと本を読んで勉強しておこう。






夕食後、腹ごなしを兼ねてサクラと遊ぶ。


なんか綱的なものを引っ張りあう遊びをしたり、噛むと音の出るボールを投げたり。


ああ、いいなあ。


俺の幼い日の夢が期せずして叶ってしまった。


もっともっと!みたいに鳴きながら、俺の膝に咥えた綱をビシビシ叩きつけるサクラを乱暴に撫でまわす。


よーし!いっくらでも遊んでやるぞお!!




・・・うん、疲れるよね子犬だから。


遊び過ぎて電池が切れたように横たわるサクラを見ながら反省。


抱え上げてケージの中に入れ、鍵をかける。


いい時間だし、もう寝るとするかな。




2階の自室に、今日手に入れたデラックス寝具を運び込む。


うーん・・・まるで高級ホテルの部屋みたいだあ。


これで今夜はぐっすり眠れそう・・・




「ひゃん!ひゃん!!」




お?


どうしたサクラ!?




急いで階段を下りると、ケージにしがみついてきゅんきゅん鳴いているサクラがいた。


俺の顔を見るなりまたきゅんきゅんひゃんひゃん大騒ぎである。


・・・寂しかったのかな。


そりゃそうだよなあ、初めての家で気がついたら独りぼっちなんて。


すまないことをしたなあ。




座布団と適当なタオルケットを持ってケージの横へ行く。




「ごめんなサクラ、一緒に寝ような」




頭を撫でてやると、サクラは俺の手を舐めて寝床へ入っていった。


よしよし、これで一安心・・・と思っていたら、毛布を咥えて戻ってきた。


しきりにケージの扉を手でかいている。


・・・一緒に寝たいのかな。


まだ子犬だし、心細いのかもしれない。




「よしよし、ほらおいで」




ケージを開けてやると、嬉しそうに俺の足元を毛布を咥えたままちょろちょろしている。


座布団を枕代わりに置き、床に横になる。


すぐさまサクラが俺の横に来る。


毛布でくるんでやり、抱える。




「明日は、綺麗なお姉さんに会わせてやるからなサクラ。お休み」




ぽんぽんと毛布を軽く叩き続けていると、サクラは昼寝の時のようにすぐ眠った。


・・・今度は、居間に寝具を持ってきておいたほうがいいなあ。


若干固いフローリングに顔をしかめつつ、俺は目を閉じた。






その晩も悪夢は見なかった。


代わりに、広い草原を嬉しそうに走り回るサクラと母犬の夢を見た。

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