第82話 小さなサバイバーのこと

小さなサバイバーのこと








ファッションショーに明け暮れたりした翌日、俺は自宅に戻った。


パジャマ装備で寝ぼけ眼の美玖ちゃんが、「早く帰って来てね!」と見送ってくれた。


手を振り返しながら車を発進させた後で、何か間違ってることに気づいたが。




俺・・・単身赴任のお父さんみたいなポジションになってないか?


いや・・・どっちかというと心配ばっかりかけてる叔父さんポジションだな。


パパは敦さんがいるし。


しかし、すまない美玖ちゃん!おじさんはおうちという天国がやっぱり落ち着くんだよ!






「やっぱり家のベッドが最高でござるなあ・・・!」




ごろりと横になり、大きく伸びをする。


そうだそうだ、今度寝具屋に行ってみよう。


いつもならとても買えないレベルの高級羽毛布団とか探してみようかな。




そんなわけで、今日はオフの日だ。


まあ厳密にいえば毎日がオフなんだが・・・最近真面目に働きすぎたな。




しかし、快適な無職ライフを追求すればするほど忙しくなるのはなんでじゃろか?


・・・うーん、難しい問題だなあ。


人生に対する永遠の課題かもしれん・・・


まさか世界がこんなになってから、究極の問題にたどり着くとは・・・


楽をするためには辛いことに耐えねばならない・・・その繰り返し・・・


うーむ・・・うーむ・・・




・・・なんだこれ、頭がこんがらがってきたぞ。


あーやめやめ!やめよう!!


休みの日は休む!!


これが鉄則だ!!


というわけで昼寝っていうか朝寝と洒落こもう!


後のことは起きた後に考えるに限るぜ~


ぽやしみなしあ・・・








・・・まーたこの夢かよ、おい。




なんかこう・・・陰気臭い空間。


赤黒い空模様。


そして目の前には亡者の群れ。


・・・低価格クソゲーだってもうちょい敵のバリエーションあるぞ。




「お前のせいだ」「なんで殺した」「地獄へ堕ちろ」




なんとまあ、飽きもせず恨み言をほざけるもんだ。


世迷言だがな。




おっかしいなあ・・・俺、そんなにストレスたまってないぞ?


あれか?普通なら自責の念とか後悔とかに圧し潰されているところなのか?


どうやら俺のメンタルは存外に強靭らしい。


・・・狂人とも言えるかもしれんが。




ふうむ、深層心理が見せる自己断罪の夢とかなのかなあ?


寄ってくる亡者に蹴りをぶち込みながら考える。




うーん・・・漫画や映画なら汗びっしょりで飛び起きるシーンなんだろうが、あいにくとそうはならない。


トラウマにもなりようもない。


ならなんでこんな夢を見るんだろうなあ・・・


・・・ひょっとして神様的な存在が見せてるとか?




ははは、ないない。


もし本当に神様がいるなら、世界がこんなになってるはずは・・・


いや、いるからこそこうなってるのかもしれんな。


なんか神様って性格悪そうだし。 




抱え込んだ亡者の首をへし折りながら苦笑い。


夢の中でまで小難しいことを考えているなあ。


・・・しかしいつになったら目が覚めるんだろう。


全員ぶち殺したら覚めるのかねえ・・・






「・・・おかわり2回で目が覚めたな」




頭をぼりぼりと搔きながらあくびを一つ。


時刻は昼前・・・3時間ばかり寝た計算だな。


しかし、また見るんだろうか、あんな夢を。


正直、ネトゲのデイリー消化より何とも思わないんだけどなあ・・・いやマジで。


あっそうだ、どうせ夢なんだからもっと考えて戦おうかな。


失敗しても死ぬわけじゃないし、技の確認とかもしておこうか。




夢の中で運動したからか、やけに目覚めがいい。


腹も減ってるし。


・・・朝昼兼用に何か腹に入れとこう。


アニメでも見ながらダラダラ食うとしようかなあ。


録ったはいいけど、見てないアニメがわんさかあるんだよな。


放送中のやつは恐らく永遠に完結しないので、完結したやつを見よう。


気になる終わり方でブツ切りにされたら発狂してしまうしな。




乾パンを齧りながら野菜ジュースで流し込みつつ、アニメも流し見で食事は終了。


うーん・・・あんまり面白くねえなコレ。


主人公があのハーレム神森に見えてきて生理的に無理だわ。


・・・アイツ、あれから少しはおとなしくなったのだろうか。


どうでもいいけど。


太田さんは結構キツそうだから、あんまり無茶やってると早い段階で原田みたいになっちゃうぞ。


・・・そういえば原田はどうなったんだろうか。


宮田さんがあれほど言うのだから、キッチリ片を付けてくれたと思いたいが・・・


今度絡まれたらノーモーションで殺しちまいそうだから、もう会いたくないなあ。




煙草を吸い終え、これからの予定を考える。




・・・そういえば近所に寝具屋があったなあ。


妙な夢を見るのも、ひょっとしたら寝具のせいかもしれん。


おっちゃん宅や友愛で寝たときは見ないし。




ふむ、どうせ予定もないし行ってみるとしようかな。


善は急げ、だ。






あっという間に到着した寝具屋の駐車場に車を停める。


ここは寝具屋だけでなく、クリーニング屋とコンビニ、それと喫茶店の店舗の合同の駐車場だ。




自宅周辺は以前のアホ襲来以来平和だ。


ゾンビはたまーに見かけるが、ややこしい生存者は今の所確認できない。




まあ火炎瓶はいつでも使えるようにストックしてあるし、塀には釣り針を使った罠を大量に用意してある。


釘を避けて手を置いたら、クロダイ用の巨大な釣り針が手にザクザク突き刺さることだろう。


ちなみに針先には、いらない鍋で煮出した煙草由来の液体を霧吹きで吹きかけてみた。


間違っても触らないように細心の注意を払った上でだ。


某名探偵の孫はこれで人が死んでたし、死なないまでも大ダメージは与えられるだろう。


揮発する可能性も考慮し、家を出るときに毎回シュッシュしていくことにしよう。


なんとかこれで、もし変なのが来てもなんとかなるだろう。


ベランダのガラスには破れにくくするフィルムを貼ってあるし、鍵も外付けのしっかりしたやつを付けた。


・・・これ以上厳重にすると俺がなんかの拍子で罠にかかりそうだしな。




さてと、気を取り直して物色だ物色。




ざっと見たところ、荒らされた形跡はない。


ガラスも破られていないし、入り口はしっかりと閉められている。


食料とかと違って優先順位は低いもんな、ゲーム屋とかと同じで。


まあそれでも店舗は店舗。


中には店員もいたことだろうし、注意して行動せねばならんな。




・・・隣接してるコンビニの入り口は見事に破壊されているな。


先にそちらを偵察しておこう。


煙草があるかもしれないし。






お邪魔しますよっと。


音を立てないように気を付けながらコンビニに入店。


乱雑に物色された店内を見回す。


例によって弁当やサンドウィッチは全滅だな。


あっても腐ってるだろうからいらんけども。


ふむ、ゾンビの姿はない。


バックヤードも忘れずに確認しないとな・・・




かなり念入りに物色されたようで、保存がきく食料も全滅だ。


ポピュラーな銘柄の煙草たちも、カートンごと持ち去られている。


ご丁寧にライターすら残っていない。


しかし、そんな状況でも俺のマンドレイクは無事だったのでありがたくいただいていこう。


・・・不人気銘柄でよかったなあ・・・






というわけで周辺の安全も確保されたので、いよいよお目当ての寝具屋に潜入しよう。


いつものように自動ドアをゆっくり力を加えて破壊し、足音を忍ばせつつ店内へ。


ふわー・・・当たり前だけど布団がいっぱい。


早速物色したいところだが、まずは安全の確保だ。


・・・おっと、第一ゾンビ発見。




「・・・ッ!!」




物陰から飛び出し、真っ直ぐゾンビの喉に突きを入れる。


ごぎり、という感触と共に弛緩したゾンビが背後の布団にぽすりと倒れた。


よし、次は・・・おっと、あっちにもいるな。




「・・・っふ!!」




背後に回り込み、後頭部をぶん殴る。


前のめりに倒れたゾンビは、マットレスの上にぽふりと倒れた。


・・・音もしないし楽でいいや、これ。




店内と従業員の休憩所をくまなく捜索し、おかわりゾンビがいないことを確認。


これでようやく探索に専念できるな。




・・・ほほう、力学的に優れた形状、頭部を包み込み素晴らしい睡眠体験をあなたに・・・ときたか。


値段がとんでもないな、今俺が使ってる安物の枕が100個は買えるぞこれ。


以前なら絶対に買わないが、現在は全品100%オフだしありがたくいただいていこう。




ふわあ、なんじゃこの布団超気持ちいい!!


一応今使ってるのも羽毛布団だが、モノが違うぞこれ・・・


早く帰ってこれでスヤスヤしたい。




えっなにこのマットレスの値段は・・・(ドン引き)


原付どころか中古の2輪が買えちゃうんじゃない・・・?


しかも軽っ!?


片手で持てちゃう!?


科学の進歩ってスゲー!!






ふう、実りある探索であった。


荷台に積まれた寝具を見る。


これで寝るのが楽しみだわほんとに。




さて、今日はオフだからここらで帰宅しよっと。


明日は神崎さんと探索に出にゃならんし。


捜索者のことは正直どうでもいいけど、神崎さんと探索すんのは楽しいんだよなあ。


気の置けない友人兼頼れる相棒・・・って感じだな。


神崎さんも楽しんでくれているようだし、ひいき目に見なくてもいいコンビだと思うぞ・・・たぶん。




明日の行程をふわっと考えながら運転席のドアを開ける。






・・・






・・・?


今何か聞こえたような・・・


ゾンビか?


動作を止め、耳をすませてみる。






「・・・ン」






聞こえたな。


コンビニの裏あたりかな?


ゾンビではないようだ。


あいつらアアアア!とかグアアアアア!みたいにデカい音出すし。


・・・ちょっと見に行って見ようかな。




足音を殺しつつ歩く。


脇差はすでに抜いている。


音がだんだんと近づいてくる。


これは・・・






「ヒャン!・・・・ヒャン!」






コンビニの裏。


そこにいたのは2匹の犬だった。




1匹が倒れ込み、もう1匹がもこもこ動いている。


成犬と子犬だ。




倒れているのは成犬。


ピクリとも動かない。


動いているのは子犬の方だ。


くるんと丸まったふわふわの尻尾が見える。


柴犬・・・いや、成犬のサイズから見て豆芝ってやつだな。




近付くとさすがに気付いたのか、子犬の方が俺に顔を向けた。




「ヒャン!ヒャン!」




随分とまあ気の抜けた鳴き声だなあ。


威嚇のつもりだろうか?


若干俺の方に駆け寄り、飛び掛かる前段階のような姿勢を取っている。


お尻がぷりぷりしていてかわいい。




近寄ったことで、倒れている方の犬がよく見えるようになった。


俺は、思わず動きを止めてしまった。






だらりと垂れた舌。




閉じられた目。




アスファルトに染みだす鮮血。




そして、体に突き刺さった3本の矢。






・・・狩られたんだろうか。


いや、犬をわざわざ食わなくても食料はまだあるはずだ。


脳裏に浮かぶのは、強制成仏させてきたアホどもの顔。




面白半分に矢を射った可能性の方が高い。


・・・胸糞が悪いな・・・




見れば、点々と血の跡が続いている。


どこかでやられて、ここまで逃げてきて力尽きたのか。


片側にしか矢が刺さっていないな。


子犬をかばったのかもしれない。


・・・親犬だったんだろうか。




乳房が張っているのが見える。


母犬だな・・・




さらに近付くと、子犬が俺の前をふさいでさらにヒャンヒャン吠える。


そこで違和感に気付いた。




「そうか、お前・・・」




気の抜けた声じゃない。


吠え続けて枯れた結果がこの声なのだ。


死んだ犬に向けて、ずっと吠えていたんだろう。


今も俺を近付けないように必死で吠えているのだろう。




なんともいじらしい犬だ。


そこらへんの人間よりよっぽど愛に満ちているなあ。




その位置で止まり、少し考える。




さて、どうしたものか。


見たところ生後半年も過ぎていないだろう。


このままほっとけば、遠からず死んでしまうかもしれない。


回れ右して帰るのはなんというか・・・心苦しい。




うーむ・・・


そこまで考えて、ふと思い至った。




・・・別に飼ってもいいんではないか?


俺今1人暮らしだし。


誰に許可を取らなきゃいけないこともないし。




元々、子供のころから犬と暮らしたかったんだよな。


おふくろとおやじが、命に関わるレベルの犬アレルギー持ちだから泣く泣く断念していたけど。


働いているときはマンションだし激務だしで飼えなかった。




子犬の前にしゃがみ、話しかける。




「なあ、俺んとこ来るか?」




しっかりと目線を合わせ、ゆっくり話しかける。


ひゃんひゃん吠えていた子犬はしばらくすると口を閉じ、俺の顔を見て首を傾げた。


すごくかわいい。




しばらくそのままでいると、おずおずと俺の方へ歩いてくる。


手を下手の状態で前に出す。


こういう時に上から差し出すと怯えさせるってどっかで聞いたからな。




子犬は俺の指先の臭いをスンスン嗅いで、遠慮がちにぺろりと舐めてきた。


こしょばい。




ゆっくりと頭を撫でると、目を細めてされるがままになっている。


とりあえず、敵じゃないことはわかってもらえたかな。




「よしよし、じゃあ一緒に帰ろうか・・・お前の母ちゃんも埋葬してやらんとなあ」




シーツがいるな。


寝具屋に戻り、一番値段の高いシーツを確保。


子犬のところに帰ると、しっかりと成犬の前に座って待機していた。




「いい子だな、母ちゃん守ってたのか」




頭を撫でつつ、母犬に手を合わせる。


痛々しいので、手を添えてゆっくりと矢を引き抜く。


・・・3本とも、かなり深くまで刺さってるな。


よくここまで逃げてこれたもんだ。


母は強し、ってやつかな。




矢を抜いた後、綺麗なシーツに包む。


子犬は吠えるでもなく、じっとそれを見ていた。


わかっているのだろうか。


母親がもう二度と動かないという事が。




母犬を抱えて軽トラに戻る。


子犬はとてとてと後ろを付いてくる。


一挙手一投足がことごとくかわいい。




「お前はこっちな」




母犬は荷台に載せ、子犬は助手席へ。




「だーいじょうぶだ、一緒に帰るから」




引き離されると思ったのか、また少し吠えたが、持ち上げて荷台を見せてやるとおとなしくなった。


・・・しかし、子犬ってこんなに賢いのか?






帰りながらペットショップに寄る。


まさかアルファ米やらを食わせるわけにもいかんし、色々身の回りのものも必要だからな。


小規模な店舗だったので動物はいなかった。


・・・よかった、死体とかに遭遇したら気まずいもんな。




店員ゾンビはいないようだ。




えーと子犬用・・・これだな。


ドライフードと缶詰を持てるだけ持って帰る。


いくらあっても困らないし、その気になれば人間も食える、らしいしなあ。




それにケージに寝床用の布団、組み立て式の犬小屋も確保。


おもちゃもよさそうなものを選んでいく。




おおっと、首輪とリードもいるな。


さすがに放し飼いにはしたくない、危ないし。


今までの経験から、ゾンビどもは何故か動物には見向きもしないことがわかっている。


しかしあの母犬のように、人間に狙われるかもしれないしな。




『サルにも飼える!はじめてのワンちゃんとの生活!!』




・・・タイトルに不安は残るが、しつけや飼い方の本もゲットした。


サルが犬飼ってどうすんだよ・・・?




「さーて、帰るかおチビちゃん」




返事のつもりなのか、ひゃんと鳴く子犬。


そうだ、名前もつけてやらんとなあ・・・


ケージも組み立てないといけないし・・・




これからの生活に思いを馳せながら、俺は煙草に火を・・・


ちょっと!股の間に来るのはやめなさい!


事故っちゃうだろぉ!?


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