第80話 逝く人と残るカスのこと

逝く人と残るカスのこと








「田中野さん、友愛と連絡取れました。8名収容可能です」




保育園の前に停めた軽トラの中から、神崎さんが出てくる。


宮田さん・・・ありがとうございます。




酒井先生を看取った後、俺たちは保育園に来ていた。






「あの・・・」




門の中から、中年男性が心配そうに声をかけてくる。


さっき聞いたが、やはり園長先生らしい。




「園長先生、空きはあるそうですよ。みんないっしょに友愛に行けます」




「そ、そうですか!・・・よかった・・・!」




「暗くなる前に移動しましょう。あの、園バスみたいなのはあります?」




「はい!送迎用のワゴン車ならみんな乗れます!ガソリンも満タンです!」




ふう、さすがに8人を荷台に乗せるのは怖かったからな。


これで一安心だ。




「みんな!今から安全なところに行くからね!お着換えだけ用意して!」




園内では、生き残りの保育士さんが子供たちに声をかけている。




「神崎さん、すいませんけど子供たちをお願いします。俺は・・・」




ちらりと荷台に目をやりながら、神崎さんに言う。


・・・酒井先生の亡骸を、子供たちに見せるわけにはいけない。


幸いというかなんというか、先ほどの大立ち回りによって俺は子供たちに大層怖がられている。


わざわざ寄っては来ないだろう。


まあなあ、雄たけび上げながら木刀でゾンビをボッコボコにしてたもんなあ。


そりゃあ怖かろう。




「はい、お任せください」




神崎さんが離れていったので門を開け、バックで軽トラを園に入れる。


さて、どこに埋めてあげようか。


いくらなんでも剝き出しはかわいそうだ。


園からカーテンか何かをもらってこよう。




園に入る。


申し訳ないが土足で勘弁してもらおう。




「あ、あの・・・」




若い女性の保育士が声をかけてきた。




「ああ、ちょうどよかった・・・何か布みたいなもの、もらえますか?・・・酒井先生を・・・」




「あっ・・・はい、お待ちください」




そう言うと、その保育士はすぐに奥へ走っていく。


しばらく待つと、なにやらシーツのようなものと紙束を持って帰ってきた。




「これシーツです・・・私も、お手伝いしていいですか?」




ちらりと見た紙束には、クレヨンで何やら絵が描かれている。




「酒井先生のお誕生日に、子供たちが描いたものなんです・・・一緒に埋めてあげたくて・・・」




そうか。


人気のある先生だったんだなあ・・・




「子供たちは、いいんですか?」




「みんなしっかりしていますし、あの自衛官の方が手伝ってくれていますから・・・」




「わかりました・・・あの、スコップってあります?」






先生(村西と名乗った)に案内され、園の裏庭へ行く。




「これ・・・去年みんなで植えた桜の木なんです。ここに、埋めてあげたくて・・・」




小さいながらもしっかり根付いた木がある。


うん、ここならよさそうだ。




軽トラから幌に包まれた酒井先生を運んでくる。


神崎さんが綺麗に拭いてくれたので、顔だけ見ればまるで眠っているような穏やかな顔だ。




「うう・・・、先輩・・・美幸先輩ぃ・・・」




村西先生が、酒井先生の頬を撫でながらぽろぽろと涙をこぼしている。


・・・仲、よかったのかな。


しばらく、お別れさせてあげよう。




スコップを取り、桜の根が届かないくらいのところを掘り始める。


もともと畑か花壇だったのだろうか。


土が柔らかくて掘りやすい。


これなら十分な深さまで掘れそうだ。


この人を野犬の餌にするわけにはいかないからな。




「みんな!そっちに行っちゃ駄目よ!」




村西先生と必死に掘っていると、背後から声。


振り返ると、ばらばらと子供たちが走ってくるのが見えた。


おいおい、そっちで止めておいてくれよ!


だがもう間に合わん、村西先生はなんとか止めようとしているが無理だ。




「せんせえ!」「さかいせんせい!」「せんせえっ!!」




子供たちは、酒井先生の遺体に縋り付いて口々に叫んでいる。


後ろから神崎さんも走ってきた。




「すみません田中野さん!目を離した隙に・・・」




いやまあ、5人もいたんじゃ大変だろうしなあ。


遅れて、園長先生ともう1人も走ってくる。


・・・こうなっちゃ仕方ない、簡易的なお葬式といこう。


子供たちのトラウマにならないように、しっかりと送ってあげよう。




「・・・みんな、酒井先生にお別れを言いな」




子供たちに声をかける。




「せんせえ・・・しんじゃったの?」




一番近くにいた子が、目に涙をいっぱい溜めて俺を見る。




「ああ、そうだ」




しゃがんで目線を合わせながら言う。


残酷だろうが、ここでごまかしても子供のためにならない。


もう見られちゃったしな。




ついにこらえ切れずに泣き出したその子の頭を撫でる。




「みんな・・・泣くな、とは言わないよ。だけどほら、酒井先生の顔、しっかり見てごらん・・・どんな顔してる?」




「わ、わらってる・・・」




しゃくりあげながら子供の1人が言う。




「そうだ、先生は痛くて苦しくて悔やみながら死んだんじゃない。みんなが助かったから嬉しくて・・・安心して眠ったんだ」




「う・・・うれし、い?」




「ああ、みんなが大切だから、大好きだから・・・だから、こんな顔をしてるんだよ」




本当のところはわからん。


悔しかったし、苦しかったのかもしれない。


だけど、最期のあの顔・・・あの顔は本当に安らかだった。




「でもな、こんなところに寝かせっぱなしにしてちゃ、先生がかわいそうだろう?」




5人の顔を1人1人見ながら、ゆっくり言う。


・・・どいつもこいつも、ボロボロ泣きやがって。


よっぽど好きだったんだろうなあ。




「暖かい土の中でさ、ゆっくり休ませてあげような・・・先生、一生懸命頑張ったんだからさ」




「・・・」




「な?」




「・・・う、うん・・・」




じっくりと視線を合わせ、噛んで含めるように言うと、みんなこくりと頷いた。


うん、いい子たちだ。




「よし・・・それじゃ、お別れだ。その絵、みんなが描いたんだろ?自分たちで入れてあげな」




酒井先生をシーツで優しくくるみ、持ち上げる。


神崎さんも手伝ってくれた。




掘った穴の底に酒井先生を横たえ、穴から出る。




「せんせえ、ありがと」「ありがとう・・・だいすき」「さようなら、ありがとう」「うう・・・あり、ありがとう・・・」「ばいばい、せんせえ・・・だいすき」




子供たちは思い思いの言葉をかけながら、絵を穴に入れていく。


ありがとうと言って送られる人か・・・生前の人柄が偲ばれる。


・・・俺もいつかはそうなりたいもんだ。




園長先生たちも、目を潤ませながら手を合わせている。




「南無阿彌陀仏・・・」




節を回した歌のように唱える。


うちは浄土真宗だからな。


酒井先生の宗教は知らないけど、素人念仏で勘弁してもらおう。




土をかけ始めると、子供たちの泣き声が一層大きくなった。




泣け泣け、俺のお経なんかよりもずっと先生のためになる。


もしゾンビが寄ってきたら、俺が片っ端からぶち殺してやるから心配すんな。




みんなで土を盛り、簡単なお墓を作った。


園の中から子供が板切れを持ってきて、みんなで一生懸命字を書いていた。




『さかい みゆきせんせい』




立派な墓になったな。


そんじょそこらの墓が裸足で逃げ出すぞ、こりゃあ。




「さあみんな・・・車に乗ってね」




園長先生が、ぐすぐす泣いている子供たちを促して歩き出す。


・・・俺も先導しないといけないから、そろそろ行くか。




「酒井先生、子供たちのことは任せてくれよ・・・ゆっくり、眠りな」




最後にそう声をかけ、軽く手を合わせて歩き出した。








無言のまま運転し、友愛高校へ。


時々後方を確認して、ワゴン車がついてきているのを確かめる。


神崎さんも察してか、話しかけてこない。


うーん、気まずい。


煙草でも吸って間を持たせるか・・・あれ?火がつかない?


オイル切れかよ・・・間が悪いなあ。




「どうぞ」




神崎さんが火のついた煙草を差し出してくる。


先端同士をくっつけ、息を吸う。




「すいません・・・なんか、しんみりしちゃって」




「いいえ・・・仕方がないですよ。・・・田中野さん、お経なんて上げられたんですね」




「ああいや、おやじの田舎の法事では親族みんなで唱えるんで、覚えちゃって・・・」




ふう、ようやくいつもの空気に戻ってきたな。


よかったよかった。






「田中野さん、お疲れ様です」




友愛に入ると、玄関まで宮田さんが出迎えに来てくれていた。




「どうも宮田さん・・・すいません、捜索者とは関係のない人を連れてきて・・・」




「いいんですよ、気にしないで。私も同じことをするでしょうし・・・(避難民には、捜索依頼があった人だと言っておきます)」




おおう、手まで回してもらえるのか。


ありがたいことであるなあ。




「警察の方ですか?この度は本当にありがとうございます・・・!」




「いえいえ、お疲れでしょう?すぐにお食事を用意しますので・・・」




森山君や何人かの警官が、園長先生たちに対応している。


・・・マジで戦闘力と、神崎さんが絡まなければいい人なんだよなあ、森山くんは・・・




「おじちゃん」




「ん?」




くいくいとズボンの裾を引っ張られた。


見ると、頭を撫でてあげた子だ。




「・・・ありがと、こわがってごめんなさい」




・・・ちょっと胸がグッと来てしまった。


気にしないでいいのになあ、そんなこと。


思わず抱き上げてしまう。




「なんだなんだ、気にすんなよそんなこと!・・・ここにはお友達もいっぱいいるからな、元気出せよ!」




「・・・うん!」




「おっと、そういえばヒヨコちゃんもいるんだぞ!後でみんなで見に行きな!」




わしゃわしゃと頭を撫でて解放してやると、嬉しそうに保育園の仲間のところに走っていった。


子供は元気が一番だな!




「田中野さんは、子供に優しいですね」




いつのまにか後ろにいた神崎さんが言う。




「ははは、精神年齢が同じくらいだからじゃないですかぁ?」




「ふふ・・・大きい子供ですね」




軽口をたたきながら、こちらに手を振って校舎に入っていく子供たちに振り返す。


早く慣れてくれりゃあいいな。






せっかく友愛に来たし、ちょうどいいので手裏剣の増産をしていくか。


まだ昼過ぎだし、それからおっちゃん宅にいこう。




宮田さんに許可を取って技術教室へ向かう。


・・・何故か子供たちがついてくる。


保育園の子と、前から仲がいい何人かの子供たちだ。


物珍しいのかな。


・・・神崎さんも当然のようにいるな、もう気にしないことにする。




「おーい、危ないから近寄るんじゃないぞ」




「「「「はーい!」」」」




いいお返事だこと。




いつものようにカンコンギュリギュリやって手裏剣を量産。


うーむ、慣れてきたなあ。


・・・子供たちのキラキラした目に負け、木製十字手裏剣を人数分作ってあげた。


もちろん、刃は付いていないし、ヤスリで角を丸めた安心仕様である。




「絶対に人に向けて投げるなよ、絶対にだ!もしやったらケツが倍になるまでひっぱたくからな!」




さんざん注意して渡してやると、みんなキャッキャしながら運動場に走っていった。


え?俺も人に向けてる・・・?


ジャンル的には人じゃないからあいつらは。




ふふ・・・元気なこった。


子供はすぐに仲良くなるなあ。


あれなら、酒井先生も浮かばれるだろうさ。




「今日はこれから、中村先生のところへ?」




「はい、さっそく神崎さんチョイスを美玖ちゃんたちに渡してあげたくて・・・」




「そ、そんないいものじゃないですよ!?」




いやあ、俺よりは100倍マシでしょうよ。


・・・いや待て、0になにをかけても0だわ・・・




さて、行くとするかな。




神崎さんに別れを告げ、ついでに宮田さんへの伝言を頼む。


もうすぐ校舎を出る、というところで視界の隅に誰かがいた。


・・・原田か。


シカトしていこっと。






「へっ・・・ガキばっかり連れてきやがって・・・何の役にも立たねえじゃねえか」






言われた瞬間に体が動いた。




「ごっ・・・!?」




気がついたら、右手で原田の首を掴んでいた。




「なんだと、この野郎・・・!!!」




「・・・!!・・・っ!?」




ぎちぎちと手に力を込める。


原田の手や足が体に当たるが、何の痛みも感じない。




酒井先生の最期の顔が脳裏に浮かんだ。




「子供をなあ!命懸けでなあ!!守った人がいるんだよ!!」




「か・・・ひ・・・!!」




あの少し誇らしげな、優しい笑顔が。


こぼれた涙が。




「役に立たねえだ・・・!?何にもできねえ!口しか出せねえ!無能の穀潰しの分際でよぉ!!!」




視界が怒りで歪む。




「なんでだ!!なんでっ!!」




壁にそのまま原田を叩きつける。


原田はもう涙目で懇願するような視線を向けてくる。




「なんであんな立派な人が死んで!!てめえみたいなカスが生きてやがる!!!!」




「田中野さんっ!!!」




腕を掴まれる。


すごい力だ・・・宮田さんか、これ。


はは、すげえな、腕が動かねえ。




「・・・お気持ちはわかります、わかりますが・・・もう、このへんで」




射貫くような目で俺を見てくる。


一瞬で冷静になれた。




・・・もう少し力を込めれば、原田の首は折れる。


が、そうした瞬間に俺の肘なり肩なりを外しにかかってくるだろう。


・・・まあいいか、関節と引き換えにするほど価値のある奴じゃない。




「ごっは・・・くぅう・・・」




ずるずると、壁に沿って原田が腰を落とす。


・・・この先もコイツに絡まれ続けるのは御免だな。




「おい、カス」




若干髪の生えた坊主頭を掴み、目線を合わせる。




「ここにいるのはいいけどよ・・・もう俺に絡んでくるんじゃねえぞ」




額がぶつかるほど顔を近づけ、睨みつける。




「今度は、ねえ。・・・話しかけたら・・・ぶち殺してやる」




「っひ・・・ひぃ・・・」




「返事ィ!!!」




「は、はひ!!」




げ、こいつも漏らしやがった・・・




気まずいなあ・・・とっとと退散しちまおう。




「いやあ、ご迷惑をおかけしました。ちょいと熱くなりすぎましたよ・・・」




「いえ・・・無理もないかと」




宮田さんに頭を下げ、玄関を出る。


・・・ついてくるな、宮田さん。


そのままの状態で車まで歩く。




「(彼の最近の行動は、さすがに目に余ります・・・近いうちに・・・)」




「(・・・俺が、やりましょうか?)」




「(いえ、御心配には及びません)」




なーるほどね、そういうことか。


同情はしないぜ、原田よ。


二度と会うことはなさそうだな。








すっかり夕方になっちゃったな・・・


こりゃあ、今日も泊まりになりそうだ。


目の前におっちゃんの店が見えてくる。




「おじさん!」




いつものように車を停めると、すぐに美玖ちゃんが飛び出してくる。




「やあ、美玖ちゃん」




足にまとわりついてくる美玖ちゃんを抱き上げる。




「・・・どうしたの、おじさん」




美玖ちゃんが不思議そうに見つめてくる。




「どこかいたいの?」




ペタペタと俺の顔を触ってくる。


・・・鋭いなあ、子供は。




「いやあ、ちょっと嫌なことがあってねえ・・・あっそうだ!今日はねえ、すっごいお土産があるんだぞ!!」




「えっ!?なーに!?」




「へへーん!かわいい服がいっぱいだぞ!由紀子ちゃんやみんなも分もあるからね!」




「わーい!!」




喜ぶ美玖ちゃん。


・・・せめて、せめてこの子だけは。


この子だけは・・・幸せに過ごせるようにしてやりたいなあ。




「服と聞いて!」




「やってきました!!」




「私も!!」




荷台から大喜びで服の袋を取り出す由紀子ちゃんたちを見ながら、俺は煙草に・・・美玖ちゃんいたわ。


やめとこう。


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