第79話 やりきれないこと

やりきれないこと








「なんかっ!ここっ!ゾンビっ!多くないですかっ!?」




「ええ・・・はっ!確かに・・・ふっ!いつもより、多いっ!ですねっ!!」




木刀を縦横無尽に振り回しながら、背後の神崎さんに話し掛ける。


どちらかというと当たるを幸いとぶん回す俺に比べ、銃剣で的確に急所を貫く神崎さん。


うーん、冷静だなあ。


迫りくるゾンビの脳天を叩き潰しつつ、俺はそんなことを考えていた。








さーて、今日も今日とて探索でござる。




なんか最近、ゲーム屋に行こうとするたびに邪魔が入る気がするなあ。


もういっそ、また大木くんの家に行った方がいいかな。


が、もう1回くらいトライしてみるとしようか・・・




そんなわけで、友愛からそう離れていない場所にやってきた。


入店したことはないが、ここらへんにも1軒あったはずだ。


そんなに大きくなかったけど、個人経営のこじんまりした店が。


俺が探してるのは、どちらかというとレトロゲーなのでこういう店の方が可能性はある。


大きいチェーン店だとそもそもコーナー自体がないこともあるしな。




「すいません神崎さん、付き合わせちゃって」




「お気になさらず、私も楽しいですから・・・探索」




ありがたい相棒だなあ・・・


また釣りに誘ってみよう。


他に行きたいところとかも聞いてみようかな。




以前のことがあるので、かなり周囲を警戒しつつ進む。


ゾンビはもとより、ややこしい生存者もだ。


いきなり殴りかかってくるくらいなら、いくらでも対処できるけど。


さすがに弓とか銃とか持ち出されたら手こずるし。




「お、見えてきましたね。・・・今回は何の罠もなさそうだ」




「最近何かとありましたからね・・・」




何事もなく、お目当てのゲーム屋が見えてきた。


・・・ここで気を抜くなよ俺。


何があるかわからんぞ。




ゆっくりと進み、店の前へ。


ふむ、鍵はかかったままだ。


荒らされた様子もない。




・・・そりゃ、こんな状況でゲーム屋に用があるやつもいないわな。


俺みたいな世捨て人無職以外は。




鍵のかかった自動ドアに、ゆっくりと力を加えて鍵を破壊する。




中にゾンビがいる可能性もあるので、音を立てないように店内へ。




「(た、た・・・宝の山だ・・・!!)」




なんてことだ、ここは・・・レトロゲーの専門店だったのか!!




ふらりと足を踏み出すと、視界の隅で何かが動く。


考えるよりも先に体が動いた。




前蹴りで壁にゾンビを釘付けにし、そのままの状態で脇差を抜く。




「邪魔すんじゃねえ!!」




叫ばれるより先に首を薙ぐ。


おっちゃんの脇差はすさまじくいい切れ味で、ゾンビの首はスパリと半分切れた。




まったく!いい気分が台無しだ。


・・・しかしよく切れるなこの脇差。




「田中野さん・・・今の、すごい早業でした!」




何故かキラキラとした目の神崎さんが褒めてくれる。


・・・咄嗟に動いたのに、いい動きができたな。


脇差のおかげだな?




「ははは、まぐれですよ、まぐれ。さてと・・・」




他にゾンビの姿はなし、か。


・・・楽しい楽しいスカベンジの時間じゃい!!






ガラスケースの中に、多種多様なソフトが並んでいる。


俺が欲しかったハードのものや、それよりも前のものもある。




こ、これは!オークションサイトで最後まで競り合って諦めたあのソフトじゃあないか!!


こっちも!某大手通販サイトでとんでもないプレミア価格で取引されているアレだ!


うわあ!他にもいろいろとお宝が!お宝が!!




「楽しそうですね、田中野さん」




「はい!見てくださいよ神崎さん!これは倒産した会社が作ったソフトで、こっちはバージョン違いの・・・」




「そ、そうですか・・・ふふ」




「そうなんですよぉ!」




いつまた来れるかわからんからな!


この機会に片っ端から欲しかったものを回収していこう!




おお!これは気になっていた旧世代機の名作・・・!


ええい!全品無料セールだ!!本体ごと持ってってやらぁ!!






ふと気が付くと、リュックサックはパンパンだ。


俺も汗だくである。


・・・いかん、夢中になりすぎた


神崎さんを見ると、さすがに苦笑いである。


・・・申し訳ない。








「・・・え?服ですか?」




ホックホクで軽トラまで戻った後、忘れていたことを思い出した。




「ええ、美玖ちゃんに何か服を・・・って考えていたんですが。何がいいかわからず・・・」




以前考えたことがあったが、いかんせん俺のファッションセンスは壊滅どころか焼け野原だ。


神崎さんはいつも軍服で私服を見たことはないが、さすがに俺よりはそこらへんに詳しいだろう。


いつも清潔にしているしな。


・・・俺が不潔ってことではないぞ?




「私もあまり得意というわけではありませんが・・・お手伝いしましょう」




やったぜ。




「・・・由紀子ちゃんたちの分はいいんですか?」




・・・もういっちょ忘れてたぜ。


そうと決まれば服を・・・服屋ってどこだっけ?


あれ?俺っていつも服をどうやって買ってたっけか・・・?




いかん、よく考えたら俺の私服って釣りとか作業用のものばっかりじゃねえか!


仕事用のスーツとワイシャツ以外はマジでそればっかりだ!


楽だからって〇ニクロとか〇-クマンでしか服を買った記憶がないぞ!?


・・・俺のオシャレセンスは焼野原どころか絶滅していた・・・?




「あ、あの、今は〇ニクロでもかわいいものがありますから・・・ね?」




路肩に停めた車で黄昏ている俺を、神崎さんが励ましてくれている。


ううう・・・優しさがかえってダメージを与えてくる・・・!




とりあえず近隣の服屋をカーナビで検索。


神崎さんが知っているチェーン店を見つけたのでそこへ行くことに。


ふう、持つべきものは頼れる相棒だな。






ゲーム屋とは違って、服はこの状況下でも重要なのでもちろん店は荒らされていた。


ゾンビもちらほら見える。




俺は木刀、神崎さんは銃剣を持って突撃した。






そして冒頭の場面へ戻る。




店に入った途端、四方からゾンビがわらわら出てきたのだ。


どうやら買い物に来ていた主婦の皆様や店員らしい。




大きな通路まで走り、左右から来るゾンビを背中合わせになって迎撃する。


戦術やら戦法やらとは無縁のゾンビだから楽でいい。


かといって力は強いし、嚙まれたら一発でアウトなので油断はできないが。




「おぉっりゃあ!」




「・・・ふっ!!」




最後のゾンビの脳天を叩き割る。


神崎さんの方も、喉を串刺しにしてフィニッシュのようだ。




「ふう、いい運動になった」




「・・・後続はないようですね。戦闘音につられて来るかもしれませんから、手早く済ませましょう」




とりあえず、俺には女性服のことなんてわからんので指示に従う。


レジから大きい袋をいくつか調達して、神崎さんの後ろをついていく。




「サイズは・・・少し大きめのものを選んでおきましょうか」




動きやすそうな服を、ぽいぽいと選んでいく神崎さん。


正直ただのズボンや上着と何が違うのかわからんが、何かが違うんだろうさ。




「ここでお待ちを。・・・袋をもらいますね」




しばらくすると、神崎さんは袋を受け取って先に進んでいく。


一体急になんで・・・あっ(察し)


俺は下着売り場に背を向けて、腕を組んで待つことにした。


・・・さすがに服以上にこれはわからなさすぎる。


未知の領域だもん。




しばらくすると神崎さんが袋をパンパンにして帰ってきた。




「・・・中身は見ちゃダメですよ?」




セロテープでぐるぐる巻きに封印しておこう。


事故で死にたくはない。




あ、そうだ。




「神崎さんは選ばないんですか?服」




「インナーと下着があれば大丈夫なので。これを脱ぐわけにもいきませんし」




・・・そういえばそうだ。


俺と同じく仕事服だもんな、それ。




「お互いに、オシャレはこの騒動に片が付いてからですなあ」




「じゃあ、そうなったら服を選ぶのに付き合ってくださいね?」




「俺の服もお願いしますね、それじゃ」




神崎さんが少し恥ずかしそうに頷いた。


・・・うん、その時までにファッションセンスを磨いておこうか。


いつになるかわからんが。


いつか来ればいいな、そんな時が。






戦利品を荷台に積み込む。


早速美玖ちゃんたちに届けてあげようか。




「田中野さん!」




神崎さんの声に顔を上げると、よろよろと近づいてくる影が一つ。


おっと、はぐれたゾンビが寄ってきたのかな?


逃げるには距離が近い。


ここで成仏させて・・・ん?




違う、ありゃあ人間だ!!




「お、おい!大丈夫か!!」




走り寄ると、俺の目の前で人影は力尽きたように倒れた。


咄嗟に手を差し出して、顔面から倒れるのを防ぎ、地面にそっと横たえた。




女性だ。


年齢は俺より少し下ってところか・・・?


動きやすい服装をしている。




「おい!しっかりしろ!」




・・・首筋と右手首、それに両方の太ももに大きな噛み傷があって出血がひどい。


もう手遅れだ。


これじゃ、ゾンビになる前に失血死してしまうだろう。




駆け寄ってきた神崎さんを見る。




「・・・っ」




神崎さんは女性をさっと見た後、首を横に振る。


俺と同じ見立てのようだ。




「・・・が・・・て」




口から血を溢れさせながら、女性が何事か呟く。


遺言だろうか・・・それくらいなら聞いてやろう。




「どうした?」




耳を口元に寄せる。




「こども・・・た、ちが・・・ほいく・・・えんに・・・たす、け・・・てくだ・・・さい」




保育園?


そのまま胸ポケットから出したスマホで地図検索。


・・・ここからすぐのところに保育園があるな。




「『山中こども園』か?」




彼女はこくりとかすかに頷いた。




「おね・・・が・・・」




「・・・わかった、俺に任せろ」




彼女の目を見て答える。




「神崎さん、この人を頼みます」




「・・・無理は、しないでくださいね」




心配そうに俺を見て、彼女に包帯を巻き始める神崎さんに頷く。


ここで治療の知識があるのは神崎さんだけだ。


リュックを預け、木刀を持って走り出した。




聞いちまったもんは仕方ない。


俺だって、死に際の頼みを無視できるほど鬼じゃない。


やりたいからやるだけだ!






保育園が見えてきた。


針金で補強された門が開いている。


園内からはゾンビの声。




・・・手遅れか!?




門を飛び越えると、園内に点在するゾンビが見える。


その奥にはガラス戸があり、今にも破られそうだ。


怯える子供たちと、職員の姿が見える。


・・・間に合ったか!




「こっちだゾンビどもおおおお!!!!」




叫びながら、適当な1体を後ろからぶん殴る。


続けざまに2体目、3体目。




「おおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」




雄たけびを上げながら駆け回り、俺に注意を向けていないゾンビを片っ端からぶん殴っていく。


足だ!とにかく足をぶち折る!!


とどめは後回しだ!とにかく機動力を奪う!!


変形の脇構えで、地面すれすれの斬撃を繰り返す。




「ぬううあああっ!!!」




最後のゾンビの膝を砕き、その勢いで地面に引き倒す。


空中で木刀を持ち替え、逆手で延髄に突きをぶち込んだ。




これで終わりだな・・・


地面でのたうつゾンビに1体1体とどめを入れながら息を整える。




門まで歩き、元通りに閉めて破れた針金をつなぐ。




「あの・・・、ありがとうございます!」




そうしていると、園内から中年男性が出てきた。


園長さんだろうか。




「中には入ってませんか?ゾンビ」




「はい、大丈夫です。なんとお礼をしたらいいか・・・」




「いいんですよ、ここの先生に頼まれただけですから」




よし、門はこれで元通りだな。




「酒井先生に!?・・・本当に助けを呼んできてくれたのか・・・」




酒井さんってのか、あの人。




「あの・・・彼女は?」




声を潜めて聞いてくる。


子供たちに聞かれないようにしているのか。


俺は首を横に振る。




「酒井先生は噛まれて・・・助けを呼んでくると走って行ってしまって・・・」




男は震えながら言った。




「助けようとしたんですが・・・もう噛まれたからダメだ、絶対に出てくるなと・・・」




それで俺のところまで来たのか。


あの傷で・・・大したもんだ。




「ここには何人います?もし大きい避難所に行きたいなら、俺が繋ぎますが・・・」




「子供が5人と、保育士が私を入れて3人です。よろしければお願いしたい、もう食料も尽きてきてしまって・・・」




8人か。


まあ、なんとかなるだろう。


友愛ならまだ空きがあるらしいし。


駄目なら隣町か、中央図書館という手もある。




「少し待っていてください、また来ますんで」




門を乗り越えて道に出る。


一旦戻らなければ。


あの人に、伝えてあげなければ。






「田中野さん!ご無事で・・・」




軽トラの脇で神崎さんが待っていてくれた。


酒井先生は、包帯まみれで寝かされている。




「(彼女は・・・?)」




「(手は尽くしましたが、出血が多すぎて・・・)」




酒井先生の顔色は真っ青だ。


俺でもわかる・・・もう長くない。


それに・・・こうも噛まれちゃ、たとえ助かっても・・・




俺に気づいたのだろう、彼女が口を開いた。




「あ・・・」




しゃがんで顔を寄せる。




「こ、ども・・・た・・・ち、は・・・・」




無事な方の手を握る。


手袋越しでも氷のような冷たさだ。




「大丈夫、大丈夫だ!みんな元気だぞ!」




「あ・・・」




「あんたのおかげだ!酒井先生!みんな、あんたのおかげだ!!」




もう耳もあまり聞こえていないだろうから、大声でゆっくり発音する。




「よくやった、よくやったな!みんな元気だ!!あんたを心配してるから、早く元気になってくれよ!!」




「ああ・・・」




酒井先生の虚ろな目から、一筋の涙が落ちた。






「よかっ・・・たぁ・・・」






それが最期だった。


安心したように息を吐き、微笑んだまま酒井先生は永遠に動きを止めた。




俺は、開いたままの目を手で閉じてやることしかできなかった。






「ああ・・・」




立ち上がる。




「畜生、なんでいい人ばっかり死んじまうんだよ・・・」




俺にはどうしようもできない。


この瞬間にもいろんなところで誰かが死んでるんだろう。


当然だ、俺は神様でもヒーローでもない。


全員を助けるなんてできない。




アホや害悪な連中がいくら死んでもなんとも思わない。


むしろ積極的に滅ぼしてやりたい。




だが、こういう人は別だ。


・・・立派な人だ。


俺なんかよりよっぽど。


力が強いとか弱いとかじゃなくて。


うまく言えないが、なんというか・・・そう、この世に必要な人間なんだろう。




「畜生・・・」




肩に手が置かれた。


振り向くと、神崎さんがこちらを心配そうに見ている。




「田中野さんは・・・田中野さんは、何も悪くありませんよ?」




少し目が赤い。


・・・いかんな、心配させてしまった。




懐から煙草を取り出し、火を点ける。


あーあー・・・目に染みるなあこれ。


副流煙がひどいや、不良品だな。




「さぁて、神崎さん。ちょっと保育園に行きましょう・・・避難民がいます」




「はい・・・」




これからの段取りをせねば。




地面に横たわる酒井先生を抱えて、荷台にそっと乗せる


子供たちに見えないように、上から幌をかぶせた。


頃合いを見て、あの保育園に埋めてあげよう。




彼女も、それを望んでいるだろうから。


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