第73話 無職と美女の釣り日和のこと

無職と美女の釣り日和のこと








「うーみーは、ひろいーな、おおきーいなー」




「いい天気でよかったですね、田中野さん」




「そうですねえ神崎さん、今日は楽しみましょう!」




「はい!」




潮風の匂いを嗅ぎながら、大きく背伸びをする。


見上げた空は、雲一つない晴天。


うーん!絶好の釣り日和だ!








安住の地である自宅周辺にまでアホが湧いた次の日。


俺は疲れていた。


正確に言うと心が。


自分の聖域に敵が踏み込むというのは、思った以上にストレスになるらしい。


ああくそ、SF映画の世界なら塀の上にビーム式のセントリーガンとか並べてやるのになあ。






そんなわけで、今日のお仕事は休むことにした。


まあ、お仕事じゃないけども。




・・・久しぶりに釣りにでも行って、のんびりするか。


いい考えだ!早速準備しよう!!




ウキウキと準備していると、ふとこの前神崎さんを釣りに誘っていたことを思い出した。


・・・せっかくだし、声を掛けてみるか。


となると、道具も多めに準備せにゃならんな。


でも断られることもあるよな・・・神崎さんは俺みたいなおきらく無職じゃないし。


だが、備えあれば嬉しいなってやつだ。






友愛に行くと、入り口を入ってすぐの所に神崎さんがいた。


周囲に人影はいない。


こいつは丁度いいや。




「おはようございます、神崎さん。あの、ちょっと今日は釣りにでも行きm」




「おはようございます!行きます!!」




即決であった。


・・・そんなに行きたかったのか、釣り。




宮田さんから、対応した場所の依頼バインダーをもらう。


そして、今日もお仕事頑張ります!的な感じで出発した。


勿論、荷台の釣り道具はしっかり隠してある。






港まで行く途中、釣具屋を見つけたので冷やかすことにする。


前回はこのルート通ってないから気づかなかった。




・・・やっぱりここもひどい悪臭だ。


生餌と海水の腐った臭いがたまらない。


車に残っていてもいいと言ったのに、付いてきた神崎さんもさすがに顔をしかめている。


とっとと何か回収して撤退しよう。




ふむ、竿やリールがいくつか持ち出されているようだ。


食料確保の大事さに気付いたやつがいたらしい。




「よい・・・しょおっ!!」




店内にいた店員ゾンビをぶん殴って成仏させ、周囲を再確認。


・・・もう他にはいないようだな。






「田中野さん、これがルアーですか?」




「あーいや、それはイカを船で釣る時に使う疑似餌ですよ。ルアーはこっちです」




「そうですか、色々ありますね・・・どれがいいのでしょう?」




「とりあえず光物系とワーム系があれば・・・」




神崎さん、釣りは全くの素人らしい。


「山中での狩りなら、経験はあるのですが・・・」なんて言ってたな。


自衛隊の訓練ってすごいんだな・・・




「あのこれ・・・値段間違っていませんか!?」




「間違ってないんですよそれが・・・」




竿やリールの値段を見て目を丸くしている神崎さん。


釣りをやらない人からしたら驚愕だよな。


天井知らずだしこんなもん。


だが今は全品無料セール中なのだグフフ。




適当に値段の高いものを選び、ウキや重り、テグスなんかも持っていく。


・・・釣り針って家のトラップに使えるな、もっと持っていこう。


こんなんいくらあっても困らないですからね!




こっ・・・これはポータブル魚群探知機じゃないか!


正直港での釣りでは無用の長物だが貰っていこう。


前から欲しかったし。




あ、ベストも補充しておこう!グローブも!!


いつか素潜りもしたいし水中銃と銛も!!


なんだここは!宝の山じゃないか!!!




「ふふ・・・楽しそうですね」




「はい!」




ふむ・・・フリーズドライのワームなんてのもあるのか。


カラッカラになったワームが袋詰めになっている。


海水で戻せばいいのかあ。


知らなかった。


技術の進歩はすごいなあ。




「あっ・・・あの・・・そ、それが餌ですか?」




恐る恐る聞いてくる神崎さん。


おや、虫は苦手なのか。


意外な弱点だ。




「へ、蛇なら大丈夫なんですが・・・にゅるにゅるした虫は・・・ちょっと・・・」




・・・嫌がっているモノを無理に使うことはないな。


これは俺が今度個人で使うとするか。




「よーし、こんなもんかな。お待たせしてすいません、行きましょう」




「はい!楽しみです!」




グッと拳を握る神崎さん。


・・・マグロでも釣れそうな気迫だなあ。






市街を車で走り抜ける。


どっかに生き残りはまだまだいると思うんだけど、静かなもんだ。


ビルの窓から見えるのもゾンビばかり。




「外国もこんな感じなのかなあ・・・」




「銃規制が緩い国では、ゾンビよりも暴徒や略奪が問題になっているそうです」




「やっぱ、一番怖いのは人間ですねえ」




あー、前にもそんなこと言ってたな。


どうかとち狂ってニュークリア的なものを撃たないでほしいなあ。


ゾンビ災害よりよっぽど後始末が大変だ。




「同時多発的にゾンビが発生したようなので、我々も未だに現状維持が精一杯という状況ですね」




「うーん・・・一体何が原因なんだか・・・」




「国の研究機関が動いているという話も聞くのですが・・・まずは首都からでしょうね」




「となると、こんな地方都市は後回しですね・・・気長に待とう」




俺には何もできんしな。


餅は餅屋だ。




「・・・田中野さんは、本当に前向きですね」




「悔やんでも過去に戻れるわけじゃないですからねえ、常にこう・・・前を見据えとかないと!ははは!」




正直なところ、考えるのも面倒だし今の生活が性に合ってるからな。


完全な社会不適合者である。




「あなたを見ていると、勇気が湧きます。・・・憧れも、でしょうか」




不意に、こちらをまぶしそうに見つめてくる神崎さん。


不覚にも美人過ぎてドッキリしちゃった。




「・・・だ、駄目ですよ真似しちゃあ、無職になっちゃいますよ!」




照れ隠しも込めて、アクセルを踏み込んだ。


美人は一挙手一投足が破壊力があってヤバいな・・・








そして、何事もなく漁港に到着した。


・・・うん、以前と特に変わった様子はないな。


2人で軽く索敵してみたものの、ゾンビの気配もない。




とりあえず、前の所で釣るとするか。




前回と同じようにまずはルアーを使い、何かが釣れたらそれをバラして餌にすることにしよう。


ということで、竿を4本用意した。


おっと、忘れずに麦わら帽子をかぶっておかねば。


神崎さんの分も確保してある。






「ええと、こうっ・・・ですか?」




「おー、そうですそうです。うまいうまい」




さすが神崎さん。


ちょっとやり方を教えただけで、すぐに飲み込んでしまった。


竿さばきもしっかりしたもんだ。


マルチな才能ってこういうのかもしれない。




連れだって立ち、ルアー釣りを開始する。


さーて、釣るぞお。




「よっしゃ!フィー――――――ッシュ!!!」




「わぁっ・・・!」




やはり釣り人の絶対数が少ないのか、素直に喰いついてくるな。


おー、いい引きだ!これはデカそうだぞ!


神崎さんも興味津々だ。


引き寄せて、一気にごぼう抜きじゃあ!!




「・・・フグこの野郎!!!!!!!!!」




天丼かよォ!?


いらねえんだよそんな展開はぁ!!




針を抜いて、大きく振りかぶりなるべく遠くまでぶん投げてやる。


畜生!もう戻ってくるんじゃねえぞ!!


・・・せめてハコフグなら食えたんだけどな・・・




「きゃ!た、田中野さんっ!」




振り向くと神崎さんの竿が大きくしなっている。




「おーやった!そのまま竿を立てながらリールを巻いてください!」




「は、はいっ!」




くそう、どうやら食える魚第一号は神崎さんが釣りそうだな。




「え・・・ええと、ふぃ、ふぃーっしゅ!」




かわいい。


・・・あの、それ無理に言わなくてもいいんですけども。


さて、何が釣れたんだ!?




日光を反射してきらりと光る魚体!


その細長い憎いヤツ!!


・・・ん?細長い??


ああ駄目神崎さん触っちゃダメぇ!!




「・・・ゴンズイこの野郎!!!!!!!!!」




毒針に気を付けながら針から取り外し、用意していた火箸でつまんで放り投げる。


もう戻ってくるんじゃねえぞぉ!!!!!!!!!


・・・あ、ノリで放り投げちゃった。


まあいいや、もっとうまいものがいくらでも釣れるし。




「今のは食べられないんですか?」




「いやまあ、食えるっちゃ食えるんですけど毒針がヤバいんですよ。最悪入院します」




「それは怖いですね・・・対処法はあるんですか?」




「うーん、刺さっちゃったら口とか手で毒を吸い出すといいって聞きますけども。あとは50度くらいのお湯につけるとか」




「く、くちっ・・・!こ、怖い魚ですねっ!」




目を白黒させてるな。


うん、この状況では怪我の治療もままならんし、当然の反応だ。




・・・待てよ、ゴンズイの針毒って死んでも消えないって聞いたことがある。


集めて罠に使えないかな・・・?


・・・いや、やめとこう。


俺が被害を受ける未来が見えた。




さあ、気を取り直して再開だ!






「わっ!釣れた!釣れましたよ田中野さん!これがアジですね!!」




「おお!いい型ですね!おめでとうございます!」






「わぁっ!またです!また釣れました!」




「おー!調子いいですね!」






「田中野さんっまたですっ!きゃあっ!」




「オメデトウゴザイマース!!」






・・・おかしい。


何故こうも神崎さんばかり・・・




ハッ!?まさかこれが回収した高級カーボンロッド(定価8万円)の力だと言うのか!?


・・・いやいや馬鹿馬鹿しい上にに女々しいぞ俺。




勝負も釣りも時の運!


腐らずに俺も続くのだ!!


唸れ俺の竿!走れルアーっ!!






「・・・ウミケムシこの野郎ォ!!!!!!!!!!!!!!!」






ナンデ!?お前夜行性だろおおおおお!?


しかもなんでルアーに釣られてんだよ!?


笑いの神でも降りてきてんのか俺には!?




「ひゃあああ!?・・・ななななんですかそれは!?」




神崎さんにもとばっちりで大ダメージを与えたウミケムシくんは、火箸を使った遠投によって海の彼方へ消えていった。


うん、キモイもんねコイツ。


しかも毒までありやがる。


存在自体が嫌がらせみたいな生き物だよ本当に。


夜釣りでうっかり触って地獄を見た記憶が蘇るぜ・・・






まあ、そんなこともあったが無事に俺も釣れ始めた。


うーん、アジがよく釣れるなあ。


餌にもなるし食うと美味いし最高だ。


一時はどうなることかと思ったが、よかったよかった。




大分釣れたので小休止にしよう。


またしてもバケツがミチミチだ。


前回よりデカいバケツを持ってきたのにこの始末である。


母なる海は最高だな!!




充電式保冷機で冷やしておいたお茶のペットボトルを出す。


ペットボトルの飲み物は封を切らなければ1年は持つので、こういう状況では重宝する。




「神崎さん、休憩しましょう。はいどうぞ」




「ありがとうございます。釣りって楽しいですね、田中野さん」




「喜んでもらえて何よりですよ」




神崎さんはニコニコしながらお茶を受け取った。


いつもと違って、年相応の女性っぽい。


キリっとしてる神崎さんもカッコいいけど、たまにはリフレッシュしないとな。


毎度毎度お世話になってるし、少しでも楽しんでもらえるとありがたい。




「海でも川でも釣りはできますからね、最強の趣味ですよ。今は実益も兼ねてるし」




「そうですね!是非川にも行ってみたいです!」




すっかり釣りの魔力・・・いや魅力に取りつかれたみたいだな。


しかし、海と違って川は中々食える種類の魚が少ない。


それに何より、餌はミミズが主である。


行くなら練り餌も準備しておくかな。




一服した後、早速アジをさばいていく。


食うにしろ餌にするにしろ、早めに処理しておかないとな。


俺のやり方を見て、神崎さんも手際よく手伝ってくれる。


・・・そのラ〇ボーみたいなナイフでよくもまあ捌けるものだ。




ブラックライトで確認した後、刺身で少しいただくことにした。


貴重なミネラル分だ!


神崎さんも刺身は好物だそうなので、サイズがいいものを2匹ほど選ぶ。


今回はチューブのショウガも持ってきたからな。


ワサビもいいけど、アジにはショウガ派だ。




「んあーっ!!美味いっ!!相変わらず美味すぎる!!」




鼻に抜けるショウガの香り!


アジの生臭さをしっかり消し、しかし風味はそのままにしている!


無限に喰えそうだ!




「~っ!おいひい!おいひいれす!!」




神崎さんも目をキラキラさせて喜んでいる。


・・・頬張り過ぎじゃないそれ?


美人は何をしても絵になるなあ・・・




釣った魚をそのままいただく・・・最高の贅沢だ!




そうだ、クーラーボックスもあるし、モンドのおっちゃん達にも持ってってやろう。


この状況じゃ生魚なんて中々食えないしな。


おすそ分けの分もじゃんじゃん釣るぞ!!






餌用のアジを細かく切り、餌釣りに入る。


先程とは打って変わって、ウキを見つめるゆったりとした時間だ。




「・・・この釣り方の方が、私は好きかもしれません」




「俺もですよ。待ち主体の釣りもいいもんです・・・まあ釣れれば何でも楽しいですけど」




「ふふ、そうですね・・・」




2人並んで堤防に腰掛け、とりとめのない話をする。


こういう時間もいいもんだなあ。




サバもツバスも、以前と同じようによく釣れた。


今日も素晴らしい釣果だ。


でかい魚は引きが強くて釣り甲斐がある。




さてと、名残惜しいが今日はこの辺にしておこうかな。


これ以上釣れても持て余しちゃうし。


避難所に持って帰ると一日遊んでいたことが一瞬でバレるので、心苦しいが神崎さんへのお土産は無しだ。


かわりに俺が干物を作って、外に出た時に一緒に食べることにしよう。


漁船でも使わなきゃ避難所全体にいきわたる量は取れないし取る気もない。


警察の皆さんには分けてあげたいけどな・・・




「田中野さんの手作り・・・!それは次の楽しみができました!」




本当に釣りを気に入ってくれたみたいだ。


いやあ、ここまで楽しんでもらえると嬉しいなあ。




釣り道具を片付け、釣った魚の処理を手早く済ませていく。


干物用に、海水を入れたケースに魚をぶち込む。


それ以外はクーラーボックスへ。


2人だと処理が早いなあ。




あ、そういえば前に会った釣り人のおっさん達元気かな。


今日は会えなくて残念だけど、今度は会えたらいいなあ。






「おーい!!だっ誰かっ!!たすっ助けてくれえ!!」






帰り支度を済ませたころ、悲鳴が響いた。




声のする方を見ると、いつぞやのおっさんたちがこっちへダッシュしてくる。


後方には・・・ゾンビ!?




あーもう、今日はせっかくのレジャーだってのに!


ただ、あのおっさんたちはいい人だからな。


仕方ない!




「神崎さん、あの人たちは知り合いなんですけど・・・」




「行きましょう!田中野さん!」




一瞬で戦闘モードになった神崎さんがこちらを見る。


・・・話が早くて助かるぅ!






「こっちだ!こっちにこおおおい!!」






おっさんたちに向けて叫ぶと、木刀を握りしめて走り出した。


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