第72話 何もなかったらよかった日のこと
何もなかったらよかった日のこと
「う~ん・・・7時か・・・」
暗がりの中でごそごそと起き、目覚まし時計の文字盤を確認する。
窓を閉め切って封鎖しているので、いまいち朝の感覚がない。
かといって窓を開けるのは不用心すぎるから仕方ないけども。
寝ている間にゾンビに丸かじりされるのは御免だ。
眠いが二度寝するほどではない。
目をこすりつつ、台所へ向かう。
溜めておいた井戸水で顔を洗う。
うぅ~!冷たい!!
一瞬で目が覚めるぅ!!
軽く口をゆすいでから、背伸びして体を伸ばす。
うおお・・・寝相が悪かったからか知らんがボキボキ鳴るな。
軽く柔軟体操をする。
寝間着を脱いで、部屋着に着替える。
今日は休日だ!
・・・いやまあ、365日が休日と言えば休日なんだけどさ。
今日は避難所に行く予定も、おっちゃん宅に行く予定もない。
一日中ゴロゴロできる日!
つまりは休日である!!
人間、たまには休まないとダメだしな。
特に俺なんかはこの騒動が起こってから結構頑張ってると思うし。
うんうん、稀にゴロゴロしても罰は当たらんだろう。
え?捜索依頼?
アレはアレだから、ボランティアだから・・・
「えっと・・・Aの①がここだから・・・ああ、ここにハマるのか」
充電式電気スタンドの光を頼りに、パーツとパーツをはめ込む。
うーし、右腕完成。
この前大木くんの住んでいる古本屋から貰ってきたプラモを組んでいる。
工具なんかは以前使っていたものがまだ残っていたからよかった。
高校時代はたまに組んでたんだよな、プラモ。
しっかし、最近のプラモの出来はいいなあ。
色を塗らなくてもカッコいいんだもんな。
あ、でもスミ入れとつや消しくらいはしておこうか。
お気に入りの映画を流しながら、緑色の量産型ロボットを黙々と組み立てていく。
左腕、胴体、両足、そしてマシンガンとバズーカ・・・ヒート斧は刃先だけでも塗るかなあ。
説明書の手順を無視して、頭部は最後に組む。
なんか昔からロボットを作る時はそうしてるんだよな。
こう、実際にロボットを作ってるみたいでテンションが上がる。
「う~ん、カッコイイ!これはしっかりと飾っておこう!」
がっしりと大地を踏みしめ、赤熱する斧を握りしめた緑色の量産機が完成した。
うわあ、やっぱりいいわあ、こいつ。
さっそくDVDの棚の開いている所に飾る。
あ、元作品のボックスを隣に置いてやろう。
こうなると、敵側の量産機も作りたくなってきたな。
量産機はいい。
特にこう・・・絶妙に弱そうな感じがたまらん!
主役機は・・・初代だけでいいかなあ。
なんか羽とかいっぱい付いてるのは好きじゃないんだよなあ。
何はともあれ、また回収してきて作ろう。
こんな状況だし、まさか俺みたいな酔狂な奴はいないだろう。
今日は休日だけど、雨の日の暇つぶしにももってこいだし。
今何時かな。
結構時間使ったような気もするし・・・10時くらいかな?
えっ、もう昼ゥ!?
・・・楽しい時間が過ぎるのは早いもんだな。
朝飯も食ってないし、今日は何にしようかな?
賞味期限が近い塩味の即席ラーメンを作ることにした。
具は庭の片隅で育っていたネギのみ。
シンプルイズベストだ!
・・・卵とかハムとか入れたいなあ。
うまかった。
塩もたまにはいいな。
食後に野菜ジュースとビタミンサプリを飲んでおく。
そろそろ庭の野菜もできそうだし、楽しみだ。
うーん、近いうちに牧場を探そうかな。
友愛のヒヨコちゃんを分けてもらうわけにもいかないし。
近所は無人なので、ニワトリが見つかったら申し訳ないが適当な庭を改造させてもらおう。
恐らく誰も帰ってこないだろうし。
なあに、帰ってきたら謝ればよかろう。
腹ごなしに鍛錬をする。
庭に出て上半身裸になり、木刀を振り回す。
振りの遠心力を殺さずに、繋がるだけ連撃を繰り返す。
息の続く限り繰り返す。
多数相手の戦いでは、動きが止まれば死ぬ。
どんなに弱い相手でも、武器で殴られ続ければ致命傷だ。
一撃で急所を打ち、次へ次へと動き続けることが大事だ。
弾む息を整え、刀に持ち替えて型稽古。
漫画や映画みたいに胴体をズパンと斬り倒すのは不可能なので、やはり急所を狙うことを考える。
まあ、木刀と違って刀なら動脈や神経を切るのは簡単だ。
大事なのは斬撃の速度。
相手に反応する隙を与えない速度での正確な斬撃。
それを型として体に覚え込ませる。
俺には才能がないから、ひたすらに練習することしかできない。
記憶に残る師匠の体捌きをなぞってひたすらに反復練習。
ふう、随分と汗をかいた。
風呂を沸かしておこう。
発電機のスイッチを入れ、電気を確保。
井戸水を張った風呂桶に電熱湯沸かし器をぶち込む。
このまま3時間ほど放置すれば温かい風呂になる。
文明の利器、最高!!
風呂が沸くまでにはまだ時間がある。
ついでだ、もう少し運動しておくか。
塀を伝って、坂下家とは反対の家の庭に入る。
ここは一人暮らしのおばあちゃんが住んでいた。
老人会の旅行とやらで出かけて以来、帰っていない。
無事でいればいいのだが・・・
「お、あったあった」
目の前には、雑草が生えた畑らしきものがある。
おばあちゃんが趣味で育てていた家庭菜園の成れの果てだ。
ウチの庭とは違い、かなり大きな面積が畑になっている。
ここを使わせてもらおう。
まずは雑草の草むしりからだな。
タオルを頭に巻き、中腰になって草むしり開始だ。
元が畑だから結構楽に抜けるな。
数は多いけど、これならすぐに終わりそうだ。
あらかた抜いたので休憩。
ペットボトルに汲んでおいた井戸水を飲んで一息入れる。
ぐあああ、背伸びすると腰が痛い!
・・・もっと筋トレの量を増やそう。
さて、もうひと踏ん張りだ。
家から持ってきた鍬を使ってひたすら耕していく。
ある程度土が柔らかくなったら、おばあちゃんが庭先の倉庫に入れていた肥料をばら撒く。
たまに畑仕事を手伝っていたから、勝手知ったる他人の庭である。
さらに鍬で土を混ぜ合わせ、大体畑っぽくなった。
畑、ヨシ!
この畑にはジャガイモとトマト、それに大豆を植えよう。
種はホームセンターで確保してるし。
俺一人が喰うならこれくらいの量で充分だろう。
大豆とジャガイモは保存がきくしな。
トマトはただ単に俺が好きだから植えた。
ふう、今日はよく働いたなあ。
腕時計を確認すると時刻は4時前だ。
風呂に入ってゴロゴロしながら映画でも見よう。
明日はおっちゃんの家に顔を出そうかなあ。
実に充実した休日である!
とまあ、ここで終わっていればいい休日だったんだけどな。
家に帰り、風呂に入ろうかとタオルや下着を用意していると、開けっ放しにしている2階の窓から何か聞こえてきた。
即座に音を立てないように2階へ移動。
手裏剣と刀を装備しながら耳をすます。
「ここ、当たりじゃない?」
「うお、あれたぶん発電機だぜ、コード伸びてるし」
「車まであんじゃん!カスタムしてあるぜ!」
若い男女の声が聞こえる。
男が2人に女が1人だろう、たぶん。
ウチの塀の前にいるようだ。
・・・ついにここら辺まで探索の手が伸びてきたか。
さて、どうするか。
「くっそ!なんだこの鍵!?」
「おい、もう塀を乗り越えちまおうぜ!釘に隙間あるし」
おっと、もう来るのか。
先制攻撃してもいいが、あまり自宅周辺で人死には出したくないなあ。
まあ、無駄だと思うが一応警告しておこう。
「おいお前ら、ウチに何の用だ!」
ベランダに出て叫ぶ。
視線の先にはこちらを見上げる3人。
20代ってとこかな。
今風の若者っぽい。
武器は・・・金属バット、鉄パイプにレンチか。
飛び道具は無し。
防具も身に着けていないな。
「ここは俺の家だ、入ってこないでくれるかな?」
もう一度警告する。
「・・・すいません!俺たち疲れててぇ、休ませてくれませんか?」
「お願いしますよ、もう腹ペコで・・・」
「おじさぁん、おねがーい」
・・・ナチュラルに集る気だわ。
敬語も滅茶苦茶だし、ヘラヘラ笑う顔も気に入らない。
「申し訳ないが、人に分けられるほど食料は潤沢じゃない。この付近は空き家だらけだからそっちを探してくれるか?」
最大限の譲歩だ。
こいつらが本当に休む場所が欲しいなら、空き家で十分だろう。
だが、さっきの発言を見るに俺の車や発電機が目当てのようだ。
ここで引き下がれば見逃してやるが・・・そうなればいいなあ。
「ね~、そんなこと言わずに頼むよォ!」
「困ったときは助け合いだろぉ~!?」
「入れてよ~!」
はい、そうなるわな。
仕方あるまい、最後通告だ。
「無理!無理無理無理!!ここは俺の家だ!!誰を入れるかは俺が決める!!」
先程より語気を強める。
「いいか!?その塀を乗り越えたらぶち殺すぞ!!とっとと消えろガキ共!!!」
3人は俺を睨みつけ、1人の男が無言で塀に手をかける。
「2度は言わねえぞ!やめろ、帰れ!!」
言うが、男は無視しつつニヤニヤ笑いながら釘の隙間に手をかける。
後続の2人も続く体勢だ。
俺1人なら何とでもなると思ったんだろう。
あーあ、知らねえぞ、もう。
ベランダから脚立を庭に下ろして、俺も降りる。
丁度1人目が塀の上に立ったのと同時だった。
「おい、クソガキ、降りろ、か、え、れ、」
区切って言うが、そいつは馬鹿にしたように見てくるだけだ。
そいつはおもむろに庭に向かって飛び降り・・・
「ぎゃああああああああ!!!あああああ!!!あああっ!」
土に埋めて隠しておいた釘板を思い切り踏み抜いた。
おーおー、五寸釘が両方の足先を見事に貫通してるな。
「おっ!おい!どうし・・・!?」
2人目の男が塀の上に立って俺を視認し、絶句する。
俺が抜いた刀が見えたからだろう。
「あああああ!!イッテ!!イテエ!!たすけて・・・!!!」
「ヒッ・・・!おいミカやべえ!!あいつ刀持ってる!!」
「た、助けてェ・・・!」
男はすぐさま道に飛び降りると、女の手を引いて走って逃げていく。
「ちょっとォ!?ダイスケは!?」
「うるせえ!!逃げろ!!殺される!!!」
清々しい程の逃げっぷりだ。
あっという間に角を曲がって見えなくなった。
さて、とりあえずダイスケくんを何とかせにゃならんな。
「ヒッ・・・!す、すんません勘弁してください!!」
毎度毎度思うんだけどね、そういうのはもうちょい前に聞きたかったなあ・・・
さて、現在俺はわけあって暗がりに潜んでいる。
なんでかっていうのは・・・もうすぐわかるだろう。
できれば予想は外れて欲しいが・・・
あ、来た。
視線の先には武器を持った8人の集団。
さっき逃げていった2人がいるのも見える。
はあ、やっぱり戻って来たか。
ああいう奴らの思考回路が読めるようになったのがなんとも悲しい。
奴らは意気揚々と歩いてくるが、あるものを見つけて走る。
「ダイスケ!」「ダイくん!?」「おい!!」
目につくように壁に立てかけておいた元ダイスケくんだ。
俺の家から路地を抜け、2人が曲がった角の所に安置しておいた。
「ダイス・・・死んでる・・・死んでるよお!?」
「あの野郎・・・ぶっ殺してやる!!」
「こんだけいりゃあ刀持ってても・・・!」
はい、殺意いただきましたー。
手元でライターに火を点け、あるものに点火。
暗がりから飛び出し、ダイスケ君を偲んでいる集団のちょうど真ん中に投げる。
「えっなに」「クサッ」「なん・・・」
「あっ!あああ!!ああああああああああああああああああああああああ!!!!」
住宅地に立ち上る火柱。
俺が投げたのは即席火炎瓶だ。
いつぞやのホームセンターの件でその有用性を学んだため、ひそかに作って備蓄しておいたものだ。
駄目押しにもう1本投げ込み、潜んでいた近所の屋根から道路へ飛び降りる。
あっやべ、踏み切りで瓦が壊れた!すいません城之内さん!!
悲鳴を上げながら混乱している集団に走り寄り、抜刀して傷が浅い奴から斬りつける。
「ぎゃ!」「ごぶ!?」「ひぎ!?」
まるで手ごたえがない。
楽でいいや。
あっという間に片が着いた。
「ぉねが・・・たしゅ・・・たしゅけ・・・」
最後まで呻いていた奴をさっくり成仏させて周囲を確認。
・・・ゾンビが寄ってくる様子はないな。
本当にここら辺にはいないらしい。
男が6人、女が2人。
・・・そういえば、女を殺したのはこれが初めてだな。
だいぶ前に見殺しにしたことはあったけど。
だからといって、どうというものでもない。
敵は皆殺しだ。
男女平等の精神で行こう。
だいたい、あんだけ丁寧に警告してやったのにお礼参りに来るんだから仕方がない。
ここで全滅させとかなきゃ、とち狂って焼き討ちとかされそうだし。
今日は俺がいたからよかったけど、不在の時に入り込まれていたらと思うとぞっとする。
・・・これ以上の仲間はいないと思いたい。
留守中に侵入されないように、1階部分と塀にはさらなる防御が必要だな・・・
で、だ。
こいつらの死体をどうにかしないとな・・・
さすがに自宅近所で腐られたら困る。
「あーくそ、作業おかわりだなあ」
ひいこらひいこらしながら穴を掘り、奴らは一緒の墓に入ってもらうことにした。
場所は公民館の横の空き地だ。
野犬とかゾンビに見つからないようにかなり深い穴を掘ったので、まあとにかく疲れた。
重機があれば便利なんだけどなあ・・・
あ、そもそも免許持ってないわ俺。
全ての作業が終わったのは、夜の8時近くになってからだった。
あまり遅くまで作業していてゾンビに嗅ぎつけられても困る。
なんとか間に合ってよかった・・・
疲弊した体を動かし、家に帰る。
すっかり冷めてしまった生ぬるいお湯につかりながら、ため息をつく。
ちくしょう、最後の最後で最悪の休日になっちまった・・・
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