第74話 詩谷水産センターのこと

詩谷水産センターのこと








「俺の後ろ!軽トラの横まで走れ!!」




「ああっ!き、君はこの前のっ!ありがとう!」




「いいから走れっ!!」




逃げてくるおっさんたちとすれ違い、前方からこちらに迫るゾンビを見る。


数は・・・とりあえず7体!!


バラバラに走ってくる。




「田中野さんっ!トドメはお任せを!!」




後方から聞こえる神崎さんの声。


なんと頼もしい。




よし!とりあえず転ばせることを第一に考えるぞ!!






「アアアアアアア!」「グウウウウウウウウウ!!」「ギャシャアアアアアアアアアアアア!!!」




やかましい!死体は死体らしくしてろってんだ!!




「おおおおおおおおおっ!!!」




俺も負けじと叫び返しながら突っ込む。




「っぜやぁ!!」




まずは向かって左端の1体の足を刈る。


ごぎん、と鈍い感触。


折った!!




「おおっ!!」




そのまま体当たりで吹き飛ばして2体を巻き込む。




「ッシ!!」




俺に手を伸ばして掴もうとしてくる1体の胸に突きを叩き込む。


これで殺せはしないだろうが、目論見通りに後ろにひっくり返った。




神崎さんの射線を確保するために、倒れたゾンビ共の上を飛び越える。




「しゃあっ!!」




その勢いのまま、もう1体の顔面に跳び蹴り。


首から鈍い感触が伝わる。


ゾンビの顔に足を乗せたまま、地面に打ち倒しながら着地。


後頭部が割れ、何かがぶちまけられる。


よし次ィ!




動け動け!動き続けろ!!


止まったら死ぬぞ!!




後方から何度も銃声が響く。


神崎さんが処理してくれているみたいだ。


ありがたい!!




着地の勢いを殺さず、そのまま前転。


勢いよく立ち上がりながら、前方の1体の脛を砕く。


次ィ!!




「ぬぁあっ!!」




振りぬいた勢いを維持しつつ、回転して体重をさらに乗せた一撃を最後の1体に叩き込んだ。


唸りをあげる木刀が、そいつの膝関節を逆方向に捻じ曲げて吹き飛ばす。






南雲流、『転ころび』






防御の難しい下段よりさらに下の位置を転げまわりながら、縦横無尽にひたすら足のみを叩き斬るという大変に性格の悪い技である。


・・・木刀でも無理やり使えたな。


リュックを下ろしていてよかった・・・






息を整えつつ、周囲を確認する。


どうやらおかわりは来ないようだな・・・


神崎さんと合流しよう。




俺が引き倒したゾンビ共は、揃って頭を撃ち抜かれて成仏している。


うーん、さすがの精度だ。


やっぱり神崎さんパねえ!






「神崎さん!ありがとうございます!」




「田中野さんこそ、お見事でした」




「いやいや、やっぱり神崎さんは頼りになりますねえ」




「そっんな!・・・ふふ」




神崎さんの後方、軽トラの影に隠れたおっさんたちにも声を掛ける。




「もう出てきて大丈夫ですよ。怪我はありませんか?」




安心したのか、2人のおっさんが恐る恐る顔を出す。




「い、いやあ・・・助かったよ、一時はどうなることかと・・・」




「そうそう!ありがとう、もう駄目かと思ったよお!」




そういえば、おっさんたち前回は4人だったな。


残りの2人はどうしたんだろう。




「前に、ここらはゾンビが少ないって言ってましたけど・・・何かありましたか?」




「あ!そうだった・・・!」




1人がはじかれたように立ち上がる。


すぐさま俺に向かって深々と頭を下げた。


もう1人も同じように。




「ほぼ初対面の君に頼みにくいんだけど・・・すまない!助けてほしい!子供が危ないんだ!!」




「いきなりこんなことを頼むのもどうかと思うんだけど・・・その腕を見込んでお願いしたい!」




「・・・なんですって?」




そいつは穏やかじゃないな。




「とにかく、よかったら水産センターまで来てくれないか!?行きながら説明するから!」




「お礼ならできる限りのことはする・・・この通りだ!」




2人は揃って地面に手をつき、ほぼ土下座のような姿勢にまでなった。




・・・この人達には前回色々教えてもらったし、頼み方も上から目線でもなく真摯なものだ。


礼儀には礼儀で答えなくてはな。




神崎さんに視線を向けると、微笑みながら小さく頷いてくる。


・・・お見通しってわけか。


まったく最高の相棒だなあ。




「・・・わかりました。すぐに行きましょう!」




ええい、こうなったら仕方がない!


誰を助けるか見捨てるかは俺の自由じゃい!


ここで「あ、そっすか。じゃあ帰りますぅ~」とは言えないからなあ。






軽トラから手裏剣と脇差、それにヘルメットを回収した。


水産センターはもう目と鼻の先なのでこのまま歩いて行こう。




道すがら、おっさん2人から事情を聞く。




なんでも、先程急にフェンスが壊れたと思ったらいきなりゾンビがなだれ込んできたらしい。


おっさんたち4人はいつものように釣りに行こうとしていたらしい。


2人はそのまま俺たちの方へ逃げたが、残りの2人は避難所の子供がゾンビに襲われそうになっているところを発見。


なんとか子供たちを救助し、駐車場のトラックの上に避難した。


逃げる2人はなんとか合流しようとしたが、ゾンビに遮られて泣く泣く逃走。


そういう状況らしい。




「子供は何人ですか?」




「えーと、たしか4人・・・だったと思う。何分必死で・・・」




「4人だよ、たぶんどこも噛まれたりはしていないと思う」




ふむ、トラックの上にいてくれれば安心できるな。


何せゾンビは頭までゾンビ。


登るという動作はしない。


数の暴力でトラックがひっくり返されない限りは大丈夫なはずだ。


・・・フラグじゃないぞ?






水産センターに近付くにつれ、ゾンビ共の叫び声と子供の泣き声が聞こえてきた。


よかった、まだ無事なようだな。




「すまない・・・こちらから頼んだのに・・・」




「俺たちがもっと腕っぷしが強けりゃ・・・」




「いいんですよ、餅は餅屋。専門家にお任せを」




おっさん2人は非戦闘員なので、水産センターの塀に登って待機していてもらう。


武器も持ってない民間人を守りながら戦うのはさすがに無理だからな。


・・・俺もカテゴリー的には民間人だったなそういえば。




何度も頭を下げる2人に手を振り、神崎さんと足音を殺しながら敷地に踏み込んだ。






水産センターの前にある駐車場。


たしかにそこにはゾンビがいた。


数は・・・えーと・・・




「(25体ですね)」




神崎さん数えるの早いな!


25体・・・意外と多いぞ。




神崎さんとアイコンタクトをかわしつつ、観察する。




壊れたフェンスってのはあれか。


地面に倒れてるなあ。


ただ、その先にゾンビの姿は見えない。


ということは、この25体のゾンビをどうにかすりゃいいわけだ。




ゾンビの群れの中央に、中型トラックが駐車している。


その荷台の上には、いつぞやのおっさん2人と4人の子供たち。


泣きわめく子供たちを、おっさん2人が必死に抱きしめている。


その泣き声に呼応するように、周囲のゾンビもギャンギャン吠えている。


ゾンビ共が体をぶつけているのか、トラックはぐらぐらと揺れている。


・・・そのうち何かの拍子にひっくり返されるかもしれんな、危ない。




視線を水産センターに向ければ、正面の扉の向こうに避難民の姿が見える。


母親だろうか、若い女性が今にも飛び出そうとしているのを何人かが羽交い絞めにして止めている。


・・・膠着状態だな。


助けようと扉を開ければ、そこからゾンビが殺到する可能性もあるしな。


これが正しい対処何だろうが、そりゃ肉親は嫌だろうなあ。




「(神崎さん、手りゅう弾持ってます?)」




「(いつでも持っていますよ・・・今日は2発です)」




さすが。


それならなんとかなりそうだ。


手短に作戦会議をする。




「(・・・無理はしないでくださいね?)」




「(車もいっぱい停まってるんで大丈夫ですよ)」




渋々といった感じで神崎さんも認めてくれた。


よし、じゃあやるか!






木刀にタオルを結び、音を出さないようにゆっくり大きく振る。


何度か振ると、おっさんのうち1人が気付いて目を丸くしている。




ジェスチャーで、「床に伏せろ」と伝える。


何度か繰り返してわかったのか、おっさんたちは子供を抱え込み、荷台の床に伏せた。






「(神崎さん、お願いします!)」




「(了解です!)」




いつでも走り出せるように身構え、木刀を担ぐ。




神崎さんが腕を大きく振り、手りゅう弾が飛ぶ。


放物線を描いたそれは、狙い通りゾンビ集団の一番外側に落ちた。




一拍置いて爆音。




閃光とともにゾンビを何体か吹き飛ばす。


空中に散らばる何らかのパーツ群。




もう一度投擲。




ぽっかり空いた穴の部分に落ち、再びの爆音。


さっきより多くのゾンビが吹き飛んだように見える。




それを見届けると同時に走り出す。




一直線にトラックまで行き、適当なゾンビを後ろからしばき倒していく。


5体目の後頭部を砕いたところで、やっと俺に気付いたゾンビ共が咆哮。


ターゲットを俺に移す。




そうだ!こっちに来い!追いかけてこい!!


壊れたフェンス方面に向かって走り出す。




行くぞ!掟破りの幕末志士戦法!!




そのままゾンビを引き連れてひたすら走り回る。


たまに振り返り、先頭のゾンビをぶっ叩いてまた走る。




疲れたら前のように駐車場の車に飛び乗って休憩。


以前と違うのは、後続のゾンビを神崎さんが狙撃してくれること。


あのままトラックの周りにいる状態で撃つと、跳弾やらなんやらが荷台のおっさんたちに当たるかもしれないからな。




よし!このまま一気に殲滅だ!!




駐車場の軽トラから飛び降りつつ、適当な1体の脳天を叩き割る。


体当たりで後ろのゾンビを巻き込みつつ、横の1体の喉を突く。




「うぅおおおっ!!!」




足をへし折る。


首を砕く。


顔面を陥没させる。




そんな風に暴れ回ることしばし。




「はぁっ!!」




最後のゾンビの喉に、体重を乗せた突きを放つ。


腕に伝わる感触で、会心の一撃を実感する。


頭が反対方向まで倒れ、そいつは活動を停止した。


・・・駐車場のゾンビはこれで残らず成仏したな。




「ふう・・・はあ・・・結構きつかったな・・・」




さすがに25体は多かった。


まあ、手りゅう弾と銃撃で半分以上は減っていたが。




「お疲れ様です」




神崎さんと合流し、おっさん2人と子供たちのトラックへ近づく。




「おーい、もう大丈夫ですよ」




声を掛けると、恐る恐るといった様子でおっさんたちが顔を出す。




「やっぱり!君は前会った人だね・・・うわぁ・・・」




「どうもありがとう!もう駄目かと・・・うわあ・・・」




揃って駐車場の惨状を見てドン引きしている。


振り返ってみるとなかなかの大惨事だ。


・・・こりゃあ子供には見せられないなあ。




「マモル!」「カナ!」「クミぃ!」「タカシっ!!」




そう思っていると、水産センターのドアが開いて4人の女性が走ってくる。


母親だろうか。






子供たちは、それぞれの母親に抱かれてわんわん泣いている。


ショックは大きいようだが、見たところ噛まれたりはしていないな。


よかった・・・




「ありがとう・・・本当にありがとう!」




「いやいや、成り行きだから気にしないでください」




涙を流すおっさんが俺の手を取りぶんぶんと振り回してくる。


こっちの2人にも怪我がなくてよかった。


おっと、塀の上のおっさん2人に無事を報告しないとな。








「いやあ、いろんな意味で大収穫でしたねえ」




「はい、実にいい日でした」




咥え煙草で運転する車内で、神崎さんと話す。




「まあでも、後ろが見えないのはちょっと困りますけどね」




バックミラーをちらりと覗く。


うーん、青一色だ。




「まさかこんなにお礼をしてもらえるとは・・・」




荷台に紐で固定されたブルーシート。


その中身は、水産センターで作られた大量の干物である。




あの後、暫定的な避難所の責任者である漁師さんたちにお礼としていただいたものだ。


ここは元々警察が運営していたらしいのだが、詩谷市内の状況を確認しに行って現在まで行方不明だとか。


残された避難民を地元漁師さんたちがまとめ、運営しているらしい。


すごいな漁師。




こんなにもらえないと言ったのだが、大量に作って保存しているので大丈夫だと言われ、あれよあれよという間に軽トラに積みこまれた。


干物とはいえこれだけの量があると結構な重さである。


・・・前輪浮かないかな?




おっさんたちには、詩谷市周辺の秘密の釣りスポットを大量に教えてもらった。


初めは、彼等の持ち物である高級な釣り具や酒類それに貴金属などをくれようとしていたが、俺が断ったのだ。


酒は飲まないし、釣り具はどっかで回収すればいいし。


貴金属なんてもってのほかだ。


・・・おっさんよ、感謝は伝わってくるけど結婚指輪はさすがにもらえないよ・・・重い・・・


正直俺にとっては情報の方がありがたい。


・・・ていうかあんな超絶高級釣り具、もらうのは気が引けるしな。


竿なんか楽に10万超えるじゃん。


あの人たちはおやじと同じ、年季の入った釣りキチだな。


今度こそ一緒に釣りをしたいものだ。




「野菜と魚の定期的な交換とかできるようになればいいですね」




「そうですね、まともな人間のコミュニティは貴重ですし」




まあそれは宮田さんたちにまかせるとするか。


俺には関係ない。


なお、あそこには捜索依頼対象の人物はいなかった。




この後は神崎さんと干物を降ろして、モンドのおっちゃん宅へおすそわけに行くとするか。




「田中野さん、また釣りに連れて行ってくださいね?」




「ええ、是非行きましょう!」




「・・・約束ですよ?」




「・・・指切りしますか?」




冗談で言ったが、本当に指切りする羽目になった。


・・・嘘ついたら、針千本じゃなくて銃弾千発を(体に)飲まされそう。


その想像に若干の寒気を感じながら、俺はアクセルを踏み込んだ。




「田中野さん、そういえばあの地を這うような技のことなんですが・・・」




よく見てますね毎度毎度!!

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