第70話 けじめのこと

けじめのこと








「ママッ!」




「由紀子!」




俺の目の前で、由紀子ちゃんと坂下のおばさんが抱き合って再会を喜んでいる。


ここは秋月町の避難所である。


ここに俺たちがいる理由、それは昨日に遡る。






大木くんの婚約者がらみのいざこざが終わり、どっと疲れたので家に帰るなり泥のように眠った。




あ、ちなみに帰る前に見送りに来てくれた宮田さんに聞いたんだが、婚約者の妹は姉の捜索依頼も出していた。


・・・まあ、近くに行ったら探すかもしれん。


もっとも、その場所というのが大学以外なんにもないという僻地なので、行くことは多分というか絶対ないが。


探してくれと頼んだくせに悪態までつきやがったからな。


俺は結構根に持つタイプなのである。




探したけりゃ自分で探すこったな。


それに、大木くんの話を聞いたから元婚約者に対する俺の好感度はゼロどころかマイナスだし。




とまあこういうわけで、気楽にゴロゴロしながら映画でも見ようかなんて考えていた。






が、そこでふと思い立った。




そろそろ、オッサンのことを由紀子ちゃん達に伝える頃合いかもしれないと。




由紀子ちゃんは避難所を出て安全な場所にいるし、おばさんもそうだ。


ここらで親子を再会させ、オッサンについても知らせておいた方がよさそうだ。




以前からオッサンの家族内評価が最低だっていうのはわかっていたが、それでもジャンル上は父親で旦那。


教えておく必要がある。




その結果、俺が蛇蝎のごとく嫌われようと、石を投げられようと仕方がない。


俺がやっちゃったんだから、しっかり責任は取らねばならん。


・・・あの2人がそうする所が想像できないが。




そこらへんをうろつくゾンビならいざ知らず、昔からお世話になったおばさんと、可愛い妹のような由紀子ちゃんだからな。


いつまでも嘘をついているのが心苦しいし。




思い立ったら吉日、さっそくおっちゃんのとこへ行こう。






おっちゃんの家に着くと、丁度由紀子ちゃんが店から出てくるところだった。


エンジンの音が聞こえたんだろう。


何故か手に俺があげた手裏剣を握っている。


護身用だろうか・・・見えるように持っちゃ意味がないんだがな・・・今度教えとこう。




前にも言ったがここは疑似封鎖されている上に、元々いたゾンビはおっちゃんが全部成仏させているから安全である。




「あっ!おにいさん、こんにちは!」




「や、由紀子ちゃん。ちょっとドライブしよっか」




「ドライブ?どこまで?」




「隣町の総合病院まで!・・・行く?」




「そこって・・・行く行く!すぐに用意するから待ってて!」




由紀子ちゃんはすぐに店に走り込んでいった。




「おうおう、元気だねえ若い娘は・・・どうしたボウズ、逢引か?」




「なんでさ」




入れ違いに出てきたおっちゃんに、由紀子ちゃんを母親に会わせてやりたいと言うとそれはいいと快諾された。




「生きてるんなら会っといたほうがいい」




とのこと。


至言だなあ・・・




「あっおじさんだ!こんにちはーっ!」




「おっとと、美玖ちゃんは元気だなあ」




俺の声を聞きつけてか、美玖ちゃんが中から出てきて飛びついてくる。


うーん、子供は元気が一番!




「由紀子おねえちゃんのママのところにいくの?」




どこに行くのかと聞かれたので答えた。




「美玖ちゃんも連れてってあげたいけど、今日は由紀子おねえちゃんに譲ってあげてくれな?」




「うん!・・・いちたのこと、いつかありがとうっていいたいなあ」




あ、そうか。


その熊・・・一太のことだいぶ気に入ってるもんな。


・・・名前だけ引っかかるけど。


ついでなので、スマホを取り出して美玖ちゃんを動画で撮影した。


とりあえずはこれでいいとして、今度会えたら直接お礼を伝えればいいだろう。




「おまたせーっ!」




制服に着替えた由紀子ちゃんが戻ってきた。


・・・それ、よそ行きってカテゴリーなのか・・・




美玖ちゃん達に見送られて出発、いつものように何事もなく秋月町へ入った。






「ねえおにいさん、なんで今日連れて行ってくれるの?」




「・・・うん、状況も落ち着いてきたからね。まだ一緒に暮らすってわけにはいかないけど、ここらあたりで会っておくのも悪くないかなってさ・・・」




「そっかあ、そうだね!」




・・・なんとか誤魔化せたか?


由紀子ちゃん、いい子だけど勘が鋭いところがあるからなあ・・・






道中ひやひやしながら運転することしばし、目の前に避難所が見えてきた。


自衛隊の皆さんが道を綺麗にしてくれたおかげで走りやすいなあ。


頭が下がるよ。


俺にはとてもできない作業だ。


能力的にも、意欲的にも。




以前の役場脱出騒動のおかげか、神崎さんが伝えていてくれたのか。


あの時のように銃を向けられることもなく、中へ入れてもらえた。




駐車場に車を停め、由紀子ちゃんと降りる。


入り口近くにいた隊員に挨拶して由紀子ちゃんのことを紹介し、母親の居場所を聞いた。


6階のナースステーションね・・・




今回は刀を置き、脇差だけを差して行く。


自衛隊の管理してる避難所なら危険はないだろう。


何かあっても、狭い室内なら脇差の方が便利だ。




そわそわしている描写の由紀子ちゃんを連れ、ナースステーションへ。




「すいませーん、田中野一朗太と申します。坂下真弓さんいらっしゃいますかー?」




表からは誰も見えなかったので、奥へ向けて声を掛ける。




「あらー、一朗太くんじゃない!どうしたの今日・・・は・・・」




「ママ・・・」




奥から出てきたおばさんは、由紀子ちゃんを見て動きを止めた。


信じられないものを見る目をしている。


まあ、無線がないから連絡のしようもないしな。




「ママーッ!!!」




由紀子ちゃんは感極まって走り出し、体ごとおばさんに抱き着いた。




「無事とはわかってたけど・・・こうして会えてよかった・・・」




「うん・・・!うん・・・!!」




2人は抱き合って喜びをかみしめているようだ。


・・・しばらく2人にさせてあげよう。


俺は、廊下の隅のベンチに腰掛けて時間を潰すことにした。






「えーい、おにいさん、起きて―」




ほっぺをプッシュされて起こされた。


いつの間にか寝てしまったようだ。


安全ならどこでも寝れるのが俺の特技である。


・・・あまり役に立ったためしはないが。




「んお・・・2人とも、もういいのかい?」




「うん!ありがとうおにいさん、気を遣ってくれて・・・」




「ありがとうね、一朗太くん」




そっか、それならこれからは俺の時間だ。




「・・・おばさん、3人だけになれる部屋あるかな?」




けじめは、つけなければならない。




「2人に・・・大事な話があるんだ」






怪訝な顔のおばさんに案内され、個室に入る。


ここは元々重病の患者さんが使っていた部屋で、今は・・・その、空き部屋になっている。




中に入り、2人には椅子に座ってもらう。


急に俺が神妙な表情になったので驚いているようだ。




「あの・・・おにいさん、どうしたの?」




怪訝そうに聞いてくる由紀子ちゃんを尻目に、部屋の中央に立つ。




深呼吸して覚悟を決め、2人に土下座する。






「すいませんでしたああああああああああああああああああ!!!」






人生初の土下座だ。


・・・こんなもん2回も3回もするもんじゃないが。




「えっ!?ええっ!?お、おにいさん!?」




「ちょっと!?一朗太くん!?」




2人が心配そうに声を掛けてくるが、一気に言う。






「・・・坂下孝雄さんを殺しました!!」






言い切ると、絶句している気配がする。


心苦しいが、ここでやめるわけにはいかない。




「ゾンビになっていたのでやむを得ず殺してしまい、お宅の庭に埋めました!!騒動が起こってすぐのことです!!」




「・・・」「・・・」




「今まで話そうとしていましたが、状況が状況だけに落ち着くのを待っていました!!」




「・・・」「・・・」




「許してくれとは言いません!どのようにしていただいても結構です!!」




「本当に・・・本当に申し訳ありません!!!」






誰1人声を出さない。


沈黙が心に響く。


正直オッサンに対しては未だに何の罪悪感もないが、この2人から父親と夫を奪ったことは事実だ。


こういうところはしっかりしておかねばならない。




「おにいさん・・・」




ぽつりと由紀子ちゃんがつぶやく。




・・・来るか。


さあ来い!どんな罵倒も甘んじて受ける覚悟だ!!






「何で庭に埋めちゃったの!?」






・・・?


適当な埋葬をしたことに怒っているのだろうか。




「・・・ごめん、すぐに掘り返してちゃんと埋葬を・・・」




「そこらへんに転がしておいてくれればいいのにっ!!裏の川とかっ!!」




・・・???


えっ、それはどういう・・・?




「・・・一朗太くん、起きて」




頭の中が疑問符でいっぱいになっていると、おばさんが声をかけてくる。


・・・ビンタでもするのかな?


たしかに土下座のままではやりにくかろう。




立ち上がっておばさんの前に行く。


あっ、殴りやすいように中腰になった方がいいかな・・・?




ぎゅっと優しく抱きしめられた。




・・・?????


もはや俺の思考回路はショート寸前である。




「ごめんなさいねえ、私たち家族のことでいらない心配事させて・・・」




「お、おばさん・・・えっと・・・?うおお!?」




由紀子ちゃんまで後ろから抱き着いてきた。


ちょっと!やめなさい嫁入り前の身で!!




「いいの・・・!おにいさんが気にすることなんてないの!!」




「え、えええ・・・???」




なにこれ!?何この状況!?


誰か説明してくれよォ!!!






2人がやっと離してくれたので、とりあえず病室の椅子に座る。




「あの・・・一体・・・どういう・・・?」




何が何やらわからん。




「・・・実はね・・・」




暗い表情のおばさんがぽつぽつと語り始めた。






「オッサ・・・おじさんが浮気ィ!?」




「そうなの!しかも相手は女子高生なんだよ!・・・私よりも年下なんて・・・ほんっと気持ち悪い!!」




由紀子ちゃんが耐えかねたように吐き捨てる。


その目には暗い憎しみが見える。






・・・なんでもオッサンは、ゾンビ騒動の2か月ほど前に浮気が発覚していたようだ。


相手は由紀子ちゃんが言うように高校生・・・しかも2年生。


2年生ってことは16~17歳・・・ちょっと待て犯罪じゃねえか!?




休日に友達と遊んでいた由紀子ちゃんが、たまたま浮気現場を目撃。


おばさんに相談して、離婚の為に準備していた矢先にゾンビ騒動が勃発。


うやむやのまま現在に至る・・・という状況らしい。




ちなみに、相手の素性はおばさんが雇った探偵が突き止めたらしい。


オッサンとその女子高生は売春関係・・・というかアレだな、今流行の『パパ活』ってやつらしい。


随分と気に入ってたらしく、その女子高生とは頻繁に会っていたそうだ。




・・・俺に散々上から目線で説教したくせに自分は買春かよ、くたばれ!・・・あ、くたばってたわ。




しかしおばさん・・・やるなあ。


のほほんとしているようで、そういう所はしっかりしてるんだな。






「相手が相手だけに、慎重に進めていたんだけど・・・あんなことになっちゃってね」




「アイツ、前からママに酷いこと言ったり、私の友達のこと悪く言ったり・・・自分のこと棚に上げてさあ!」




「そ・・・そうなのか」




「それにね!おにいさんのことも家でずうっと陰口言ってたの!いつ犯罪起こすかわからないとか、わ・・・わたしをいやらしい目で見ているとかぁ!!」




「へえ、そっちにもか・・・ずいぶんな言われようだなあ」




「『も』!?アイツ、やっぱりおにいさんにも言ってたんだ!サイッテー!!」




・・・俺が無職になって帰ってきたのと、オッサンの浮気発覚は同じくらいの時期だな。


浮気はバレていないと思っていたとはいえ、由紀子ちゃんの口振りから察するに、家庭環境は最悪だったろうし・・・


丁度いいストレスの捌け口だったってとこかな、俺は。




のんびり無職満喫マンが隣でダラダラしてたら、そりゃあ気に喰わないだろうなあ。




・・・なんかぶち殺して正解だって思えてきたぞ。


自分の娘より年下の女と浮気・・・クソ野郎だな。


・・・なんでおばさん、あんなのと結婚したんだろう。




「だからね!おにいさんは何にも気に病まなくていいんだよ!・・・むしろ死んでくれて・・・」




「ストップ!由紀子ちゃん、それ以上いけない!」




「きゃっ!」




物騒な発言が飛び出しそうだったので、思わず肩を掴んで止めてしまった。


そういうのは由紀子ちゃんには似合わない。




「だからね・・・一朗太ちゃん、許すとか許さないじゃなくて・・・もう忘れましょう」




「え?」




おばさんが俺の肩に手を置いて言う。




「あの人は・・・この騒動で行方不明になった。・・・それでいいのよ、それで」




・・・大人だなあ、おばさん。


オッサンにはかなり思う所があるだろうに。


もし自分の親父がそんなことしたら、裁判だの調停だのの前にまず半殺し・・・いや九分殺しだな。


もっとも、お袋に1週間に1度は愛してる愛してる言う親父だ。


まずそんなことにはならんだろうが。




・・・親父たち、元気にしてるかなあ。


まあ、何となく大丈夫だと思うけども。






とにかく、これでこの件はおしまいにしようということになった。


若干心苦しいが、許されたようなのでありがたく甘えておこう。


オッサンが人間の屑だったことに感謝だ。




・・・とにかく、これで肩の荷が下りたな。






『由紀子おねーちゃんのママ!いちたをくれてありがとうございます!ずうっと大事にします!!』




「あらぁ~!なぁんてかわいいんでしょ!由紀子の小さいころを思い出すわあ!」




「美玖ちゃんかわいい~!私もスマホでどんどん動画撮ろっと!」




「いっぱい撮りなさい!そして私にも見せて~!」




「わかった!次に来る時までにメモリぱんっぱんにしとくからね!!」






俺がスマホで録画した美玖ちゃんの動画を見ながら、きゃっきゃと姉妹のように喜んでいる2人。


そんな2人を見ながら、俺は煙草に火を・・・禁煙だったわ、ここ。

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