第69話 胃が痛い話のこと(※下世話・性的な話あり)
胃が痛い話のこと(※下世話・性的な話あり)
「・・・なんだって?」
古本屋在住の大木くんが、行方不明者ファイルに自分の名前があるという。
「ここですよ、ほら」
大木くんがページを開いたまま渡してくる。
該当するページを見れば、そこには確かに大木くんの顔写真が貼られている。
項目をざっと追いかける。
・氏名 『大木政宗おおき・まさむね』
・年齢 『22歳』
・性別 『男』
・職業 『大学生』
・居住地または勤務先『詩谷市南区○○・・・』
・・・へえ、意外と若いんだな大木くん。
大学生だったのか、てっきりフリーターかなんかだと思ってた。
この年齢だと・・・普通なら大学の4回生か。
「・・・政宗とはなかなか古風な名前だなあ・・・まるで戦国武将だ」
「・・・田中野さんの一朗太ってのも幼名みたいですよね」
「ははは、言うなよ気にしてるんだから」
「僕もですよははは」
「いや、田中野さんここです、ここ」
俺の肩越しに覗き込んだ神崎さんが1点を指差す。
髪の毛が首にさわさわしてくすぐったい。
・・・わかってますよ神崎さん。
ただ、とっても面倒くさそうだから見たくない項目を無視してただけだ。
大木くんも乗って来たってことは、同じ気持ちなんだろうな。
嫌々項目に目を戻す。
・依頼人との関係 『姉の婚約者』
・捜索理由 『姉の所在を知りたい』
・・・うん。
何やら込み入った問題がありそう。
とっても。
「詳しく、聞かせてもらえるかな?嫌ならいいんだけど」
「ま、仕方ないですね。お茶でも淹れるんで座っててください」
大木くんは、何でもないように従業員用の給湯室へ歩いていく。
お湯は使えるんだな。
婚約・・・大木くん婚約してたのか。
失礼ながら、とてもスムーズに結婚生活が送れそうには見えないからびっくりした。
・・・俺と同じぼっち気質だし。
先程のページを確認する。
・捜索依頼者 『井ノ神楓いのかみ・かえで』
かっこいい苗字だな、じゃあこの子が大木くんの婚約者の妹ってことか。
しかし・・・
「結婚かあ・・・」
「興味、ありますか?」
うわぁ!?
近いよ神崎さん!?
何このソファー俺が思ってるより狭いの!?
美人が無防備に男のそばに寄っちゃいけません!!
「か、神崎さんは、どうなんですか・・・?」
答えにくい質問は聞き返すに限る。
これぞ田中野流秘剣!鸚鵡返し!!
「そ・・・そそそそうですね・・・このゾンビ騒動が終わって・・・も、もしいい人がいれば・・・その・・・わ、悪くないかと・・・」
ふわー、顔が真っ赤だ。
レアな乙女神崎さんを見てしまった。
そうか、やっぱり結婚っていいもんなんだなあ。
・・・俺には想像もつかないけど。
「そ、それで田中野さんh・・・」
「お茶がはいりましヒィッ!?」
何故かお茶を運んできた大木くんが悲鳴を上げた。
ゴキブリでも出たんかな。
俺もゾンビは平気だがアレはいまだに嫌いだ。
「どうしたんだ?」
「・・・何がですか?何でもないですよ何でも。そこの8分の1鉄〇28号にびっくりしただけですよ、ええ」
・・・確かに俺も初めて見た時はびっくりしたけど、君は店員だから見慣れてるだろ?
「さて!そんなことよりですね・・・ファイルのことですよファイル!」
大木くんは若干大きな声を出して、俺たちの前に湯気の出るカップを置き反対側のソファーに座った。
「あ、ああ・・・じゃあ、この井ノ神さんってのは・・・」
気を取り直して、机の上に広げたファイルを指差す。
「幼馴染の妹さんですね・・・そっか、生きてたのかぁ」
特に嬉しくもなさそうだ。
仮にも婚約者の妹の無事が確認されたんだから、もうすこし喜んでも・・・
ん?幼馴染?
「ここに、婚約者って書いてあるんだが・・・」
聞くと、大木くんは若干顔をしかめて吐き捨てるようにこう言った。
「『元』婚約者です。正確には」
うわぁ!なんか面倒臭いことになってきちゃったぞ!
・・・思った通りだな。
出されたお茶が渋く感じてきた・・・
「あー・・・この捜索依頼はダミーみたいなもんだから、嫌なら話さなくても・・・」
「いえ、結構です。全部話した方がスッキリしますし」
そう言うと、大木くんはぽつりぽつりと話し始めた。
「元婚約者の名前は『瞳ひとみ』です。かれこれ中学校の頃からの付き合いになりますね」
へえ、そりゃあ随分長い付き合いだ。
「婚約っていうか、大学卒業して就職したら結婚するかって話で・・・お互いの両親にもそう伝えてました」
ふむふむ。
ここまでは順風満帆ではある。
「無事に内定ももらったし、ここらで正式にプロポーズでも・・・って思ってたんです」
心なしか神崎さんの目がキラキラしているように見える。
やっぱり恋バナ好きな人って多いのかな。
「で、瞳の家に行ってみたら・・・がっつり浮気されてまして。っていうか合体してまして」
空気が凍り付いた。
嘘でしょそんな昼ドラみたいな・・・
昼ドラあんまり見たことないけど。
神崎さんが顔を赤くして固まっている。
免疫ないのかな、こういう話。
「その場は見つからないように逃げて・・・家に帰って・・・もうなんかこの世の全てが嫌になりまして・・・」
重い、重いよ大木くん。
まあ大ショックだろうけど・・・大ショックだよなあ。
人によっては自殺も考えるくらいの衝撃だろう。
「田中野さんくらい僕が強かったら、その場で大暴れして血の海にするんでしょうけど・・・」
「いやいや、俺を何だと思ってるんだ。精々男の方のロマンティックボールを粉々にするくらいだよ」
「いやいやいや、十分ですよそれで・・・スッとその発想が出てくるあたり流石ですね」
よせやい、照れるぜ。
「田中野さん、褒めてないと思いますよ」
・・・なんで?
「そ、そんな無垢な顔をしないでください!」
「ご馳走様です・・・えーと、ほんとにショックで・・・一時は自殺しようかと考えたんです」
まあ、そりゃそうだろうな。
「睡眠薬とかも買って、どうやったら死ねるかってネットで検索したりして・・・」
うお、これは大変だ・・・かなりの衝撃だったみたいだな。
「でも・・・なんか段々と腹が立ってきまして」
ん?
「なんで裏切られた僕が死ななきゃいけないんだって。理不尽すぎるって・・・もうハラワタが煮えくり返るくらい腹が立ってきて」
流れ変わったな。
「で、浮気相手の素性を自力で調査したら、彼女が内定貰った会社の人事だったんですよ。しかも既婚者で子供までいて」
つまり浮気の上不倫ってことか。
子供もいる癖に・・・なんていう人間の屑だ。
目の前にいたら挽肉にしてやりたい。
「彼女の様子とか、ハックした携帯の情報からも無理やりの関係じゃないなってわかったんで・・・」
・・・何か不穏当な単語が混入したけど気にしないようにしよう。
「手に入れた浮気の情報を、相手の家と実家と奥さんの実家と勤務先に送りつけまして・・・勤務先には『貴社は就職希望者を体で選んでいるのか』って注意書きもつけて」
攻撃力が高過ぎる不具合。
まるでミサイルの波状攻撃だ。
「もちろん、僕が関係してるって思われないように彼女サイドや大学には一切情報は送ってません。万が一バレたら報復も怖かったんで」
「おおう・・・そ、それで彼女は?」
「相手の周囲が無茶苦茶になってるってわかってたんでしょうね・・・目に見えて挙動不審になってました」
そりゃなあ、自分の内定までヤバくなるし、場合によっちゃあ周囲に浮気がバレるしな。
「それで・・・彼女の内定が取り消しになった時に、大学で別れを切り出しました」
・・・最高のタイミングで、最大の攻撃をしたってわけだ。
「『なんで!?』って言われたんで『彼氏がいるのに、子持ちの男と浮気するような生ゴミと結婚する気はないから』って言ってやりましたよ」
ヒューッ!!
・・・すごいこと言うなあ。
「まさか僕にバレてるとは思わなかったんでしょうね、半狂乱で縋り付いてきたんで、ダッシュで逃げて1週間くらい逃げ回りました。バイト先は言ってなかったんで、ネカフェから通ってました」
・・・ブレないなあ。
敵に容赦しないメンタリティはその頃から変わってないんだな。
「なるほどなあ。・・・ちなみに、その後彼女は?」
「さあ?その後すぐにゾンビ騒動が起こりましたし、あれから会ってないのでなんとも・・・まあ、めんどくさくならなかったんで万々歳です」
ドライだなあ。
無理もないが。
「浮気相手はクビになって離婚したってことは知ってますけどね・・・以上が事の顛末です。うーんスッキリしたなあ!」
・・・晴れやかな顔しおってからに・・・
大いに同情できるが。
・・・それにしても神崎さんの反応がないな。
動かないぞ。
「神崎さん、神崎さん、大丈夫ですか?」
「・・・あまりの衝撃に、少し意識が飛んでいたようです。大木さん・・・あの、苦労されましたね」
「いやあ、後半は変な脳内〇薬でも出てるみたいに楽しかったですよ」
強い(確信)
なんという強いメンタルなんだ・・・
「あー・・・で、どうするこの依頼。シカトするか?」
「うーん・・・変に希望持たせてもかわいそうですし、僕からちゃんと説明しましょう。田中野さん、すいませんけど避難所まで連れて行ってくれますか?」
ええ・・・いいのか?
俺は別にかまわないけど・・・
「いや、ここは不明のままにしとくほうがいいんじゃないのか・・・?」
「嫌です。僕がアレの『婚約者』だってずっと思われたままの状態は寒気がします」
底冷えのする声で主張された。
ヒエッ・・・目が怖い!!
闇より深い闇の目をしている!!!
「万が一アレが生きていた場合、こんな状況なので面倒くさくなりそうじゃないですか。きっちり別れたことを身内に知らせておかないと」
・・・まあ、俺が困るわけじゃないし別にいいか。
「それじゃ、荷台だけどいい?俺軽トラだから」
「!・・・田中野さんたちの顔は絶対出さないんで、後ろ向きに車載動画撮っていいですか!?」
「・・・ナンバーも映さないならいいよ」
「やったあ!動画のつなぎに使える!!」
・・・彼はこの先も絶対生き残る気がする。
見た目で判断して襲いに行くであろうカス共、南無阿弥陀仏・・・南無阿弥陀仏・・・
テンションの高い営業モードでアテレコする大木くんを荷台に乗せて避難所へ。
神崎さんが、珍獣でも見るような目線を送っていたのが印象に残ってるなあ。
そんなこんなで避難所に到着、宮田さんにお願いして依頼者を呼んでもらう。
他の避難民への影響を考えて、校長室で内密に面会することになった。
俺は別に参加しなくてもよかったのだが、原田や他の避難民に絡まれてもウザいので一緒に入る。
・・・最悪の状況を想定し、神崎さんや宮田さんにも参加してもらう。
「大木さん!無事でよかった!!」
「やー、久しぶり」
感極まった様子で、高校生くらいの女の子が校長室へ入ってくる。
ちょっと派手めだけど結構可愛い娘だ。
「あのっ、それでお姉ちゃんは・・・!?」
「まあ落ち着いて、とりあえず座ってよ」
大木くんは自然体で対応している。
大丈夫だ・・・彼は一応常識人、上手いこと説明するはずだ・・・!
「えっとね、瞳『さん』のことなんだけどさ」
井ノ神さんがピクリ反応する。
この様子だと、付き合っている時は呼び捨てだったんだろうな。
「子持ちの既婚者と浮気してたから別れた。それから会ってないんだ、ごめんね」
・・・包めェ!!オブラートにィ!!
一番ショボい金魚すくいの紙くらい包容力がねえ!!!
「・・・」
ほらァ!妹がバグってフリーズしてるじゃん!!
「・・・そ」
あっ再起動した。
性能いいなこのPCは(現実逃避)
「嘘っ!?そんなの嘘よ!・・・お姉ちゃんが、お姉ちゃんがそんなことするハズない!!」
再起動した井ノ神さんがくってかかる。
そりゃなあ、身内だもんな。
信じたくないのもわかるよ。
「本当。まあ、そう言われると思って・・・えーと」
大木くんがゴソゴソと大きめショルダーバックを探る。
しばらくして、B5の紙が入るくらいの茶封筒を取り出した。
その中身をためらいなく机の上にばら撒いた。
ちょっ・・・おまっ・・・
「これが証拠。写真に携帯のスクショに経過メモに相手の情報・・・こっちのSDカードには浮気相手との3体合体6変化の様子が入ってるよ。見たかったら学校のPCで見ればいい」
妹に姉のハ〇撮りデータ渡すという悪魔の所業である。
・・・あと3体合体6変化って何さ!?なんとなくわかるけどわかりたくない!!
「いや!?イヤアアアアアアアア!?」
それらの内容を見てしまった井ノ神さんが、机に突っ伏して悲鳴を上げる。
・・・連れてこなきゃよかったかな?
いやでも、捜索依頼を出したのはこの子だし・・・
「・・・というわけでゾンビ騒動の前に別れたから、瞳さんの居場所は僕にはわからないんだ」
大木くんが突っ伏したままの井ノ神さんに言う。
言葉こそ申し訳なさそうだが、その言葉に微塵も申し訳なさ成分が含まれていない。
宮田さんは頭を抱えているし、神崎さんはここではないどこかを見つめている。
「ずっと・・・」
井ノ神さんが顔を上げ、涙に濡れた目で大木くんを睨みつける。
「中学からずっと付き合ってたのに!たった1回の浮気でお姉ちゃんを捨てたの!?」
「・・・」
「お姉ちゃんが内定取り消されたのもそのせいなんだ・・・!でも、お姉ちゃん家でずっと泣いてたんだよ!?」
「・・・」
「取り消されたショックだと思ってたのに・・・そんな状態のお姉ちゃんを振ったの!?いくらなんでもかわいそうって思わないの!?」
「・・・」
・・・いよいよ昼ドラみたいになってきたな。
主張は訳が分からんが。
いや、浮気に1回も100回もないんじゃない?
「正確には僕が知ってるだけで密会が34回だね。ちなみに合体した回数は25回だよ・・・僕には『結婚するまでしないようにしようね』って言ってたのにね?」
・・・きっつううううう!?
エグイ!?エグすぎる!?
そりゃ自殺も考えるわ!!
「え・・・!?ええっ・・・!?」
さすがの妹も姉の所業に絶句している。
宮田さんは大木くんに心の底から同情する視線を向け、神崎さんはまた顔を赤くしている。
「というわけでね、さすがに愛想も尽きたんだよ。あんなのと結婚するなんて御免だからね」
大木くんの目が大変怖い。
口調も冷たさを通り越して無機質に感じる。
「それにね、中学からずっと付き合ってきたのに・・・浮気する方がひどいんじゃないかな?内定貰って、プロポーズしようと思ったその日に合体されてたんだよ?かわいそうなのはどっちだろうね?」
畳みかけていくゥ!
止まらねえなコイツ!!
「だからね、『井ノ神さん』には悪いけどしっかり真実を話すことにしたんだよ。この先もアレと婚約者だって思われるだけでその・・・吐き気がする」
苗字呼びだァーッ!!!!
これでさらに他人感を強調していくゥ!!
・・・何だこの俺のテンションは。
もうどうにでもな~れ!知らない!!
・・・絶対普段は楓ちゃんって呼んでたんだろうな。
やめてあげて!もう妹のライフは0よ!!
「う、うううう・・・!」
ああもう小刻みに振動する愉快なオブジェみたいになってるよ妹さん!!
「っていうわけだから何回も言うけど行方は知らないや。あの日は平日だったから・・・大学にでもいたんじゃない?僕は顔を会わせるのも嫌だからサボってバイトしてたけど」
「ううう・・・」
「よし、報告完了!いやあ、胸のつかえがとれたなあ!帰りましょう田中野さん!」
「ウン、ソウシヨウカ」
心を無にして、すがすがしい笑顔の大木くんに対応する。
いや・・・まあ、大木くんが被害者なんだし、間違ってはいないんだが・・・
もう少しこう・・・なんというか・・・手心というか・・・
遂に泣きじゃくり始めた妹さんを見ないようにしながら、宮田さんたちに軽く挨拶しておいとますることにした。
なんかこのままだと俺まで飛び火しそうだし・・・
「あなた・・・!あなたが見つけてこなかったら・・・!!」
ホラ来た飛び火!!!!
「ハァ?知るか、君の姉が人間の屑なことは俺には何の関係もない。そんなことほざくなら初めから頼むな」
「なっ・・・!?あっ・・・う・・・」
あっ・・・つい言っちゃった・・・
ごめんなさい許して!ただの本心なんです!!!
この世の終わりみたいな顔をした妹さんから逃げるように、大木くんと避難所を後にした。
「いやーあの妹嫌いだったんですよねえ。シスコン気味でいっつも『お姉ちゃんにふさわしくない』って陰口叩かれてたんで。サッパリしたなあ!」
「ソウカイ」
「田中野さんの啖呵もよかったですよ!ビシっと決まりましたね!!」
「ウン、ソウダネ」
「・・・最後、結構スッキリしたんじゃないですか?」
「だから自己嫌悪してんだよ!!!」
・・・俺の評判が避難所で最下層まで落ちたな、たぶん。
もう美玖ちゃんたちはいないからノーダメだけど。
何とも言えない気持ちを抱えながら、俺は煙草に火を点けた。
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