第67話 大掃除のこと

大掃除のこと








「でも、本当にいいんですか?私達までお世話になっちゃって・・・」




モンドのおっちゃん宅までの道中、由紀子ちゃんが美沙姉に尋ねている。


ちなみに席順だが、俺が運転席で、美沙姉は助手席。


後部座席に由紀子ちゃんと雄鹿原さんが美玖ちゃんを挟んで座っている。


美玖ちゃんは一太を抱いてスヤスヤ夢の中だ。




「いいのいいの!美玖がお世話になったみたいだし、気にしないで!うちは部屋も余ってるし」




「でも・・・あの、食料とか、お水とか・・・」




「ウチの両親は、基本的に自給規則みたいな生活してるから平気よ!山水も畑もあるし、どこかの親切な一太が保存食とか持ってきてくれるだろうし!」




「俺ェ!?・・・まあいいけどさあ?」




図々しいように聞こえるが、美沙姉はいつもこんなもんだったな。


無理なお願いはしてこないし、なにより仲がいいから別に苦でもない。


嫌なら断るしな。


まあ俺もそのつもりだったし。


美玖ちゃんが飢え死にでもしたら大変だ。


それに、あそこの区画は前に土に帰したチンピラ共以外は暴徒いないらしいし。


探索っていうかスカベンジのし甲斐がありそうだ。






「・・・そういえばさ、雄鹿原さんのご家族は県外にいるんだっけ?」




ふと気になったので雄鹿原さんに確認する。




「そ、そうです!・・・全然連絡も取れないし、どうなってるのか・・・」




うつむく雄鹿原さん。


おっと!いかんいかん・・・デリカシーがなかったな・・・


こういうとこがダメなんだよな俺・・・




「だ、大丈夫、きっと大丈夫だよ!こうして雄鹿原さんは助かってるんだし・・・俺の家族なんか海外だぜ?」




「は、はい・・・」




「俺にできることなら何でもするからさ!」




「今なんでもするって言ったわね~」




「言っちゃったねえおにいさん!」




「何で美沙姉と由紀子ちゃんが答えるのさ!」




ぎゃいぎゃい騒ぎながらホッと息をつく。


ふう、空気が戻ったな。


危ないな、不用意な質問は地雷を踏む。




「あのっ!田中野さんっ!」




「はいっ!!」




急に雄鹿原さんが大声で言う。


ビックリしたあ・・・




「あのっ、じゃあ、早速お願いがあるんですけどっ!!」




なんだろう。


庭付き一戸建てとかはさすがに無理だぞ?




「ウチも、名前で呼んでくれませんかっ!?」




「えっ」




・・・そんなもんでいいの?




「なんか、ウチだけずっとお客さんみたいな感じで・・・少し疎外感を感じてましたっ!」




ああー・・・そういえばずっと雄鹿原さんって呼んでたな。


ふむ、そんなもんでいいならいくらでも呼ばせていただこう。




「わかった、これからもよろしくね、おが・・・比奈ちゃん」




「・・・はぁいっ!」




比奈ちゃんは大変嬉しそうだ。


・・・まあ、これくらいでそんなに喜んでくれるなら安いもんである。




「嬉しそうだねえ、比奈ちゃん」




「ウチ、一人っ子だったんで。ずっと兄弟に憧れてたんですよぉ!・・・なんか、田中野さん見てると、お兄ちゃんってこんな感じなのかなって・・・」




「あーわかる!おにいさんってお兄ちゃんっぽいよね!」




由紀子ちゃんの日本語がおかしい件。


なるほど、お兄ちゃんね。


・・・かなり年が離れているが、かといって娘とも違うしな。




「お父さんじゃないの~?」




「美沙姉ならお母さんって年なんじゃいたいいたいいたい耳がちぎれるゥ!!!!」




口は災いの元とはよく言ったものだ。






「「今日からお世話になります、よろしくお願いします!」」




「おうおう、そう固くならねえでいいからよ。遠慮せずにな」




「そうよぉ、自分の家だと思っていいのよぉ。孫が増えたみたいで嬉しいわあ!」




おっちゃんとおばちゃんの家に着き、ひとまず4人を降ろす。


挨拶している由紀子ちゃんと比奈ちゃんを見る。


あの2人はそりゃもういい子だから、おっちゃん達も気に入るだろう。


おっと、近いうちに神崎さんに頼んで、坂下のおばさんに無線で引っ越しのこと連絡してもらわないとな。




さーて、桜井さんを迎えに行かないとな。


ワゴン車だったら全員一気に運べたんだけどな。


・・・桜井さん縦横にデカいし。






自宅へ戻って軽トラに乗り換え、桜井さんを乗せる。


向こうで探索する予定だから軽トラにした。


チョイと狭いが、我慢してもらおう。


おっと、以前の愛刀も持っていこう。


おっちゃんが暇な時に砥いでもらえばいいし。




「傷はどうですか?」




「うん、膿んでる様子もないし大丈夫だと思う。神崎さんのおかげだね」




桜井さんは包帯に包まれた左手を見せてくる。


よかったよかった。


さすが神崎さんだ。


俺の顔の傷もパパっと治療してくれたし。




・・・マジであの人は何者なんだろうな。


聞いても教えてくれそうにないし、考えても仕方ないが。


もう諦めた、神崎さんは神崎さんだ。


それでいいじゃないか。




「そうだ、今日探索に出る予定なんですが、何か必要なものってあります?」




「うーん・・・特には思いつかないなあ。あっ、斧があれば欲しいかな」




「斧?武器ならもう少し軽い方が・・・」




「いや、違う違う。伐採用だよ。お義父さんの家は薪を使うからね」




「木を切り倒すんですか?」




「うん、家の近くの木を今のうちに切っておいて、乾燥させておくんだ。傷が完全に塞がったらやっておこうと思ってね」




なるほど、冬に備えてってことか。


・・・俺も灯油やガソリンを集めておかないとな。


ここらへんは雪が降ったりはしないけど、それでも寒いものは寒い。




「いやあ、ゾンビよりも自然の方がよっぽど脅威ですね。」




「それは・・・田中野くんや神崎さんみたいな一部の人だけだよ・・・」




苦笑いで否定された。


解せぬ。








「よーし、行くぞボウズ」




「なんかデジャブぅ」




桜井さんをおっちゃん宅に降ろして探索に出ろうとしていると、なんとおっちゃんが連れてけと言う。


美玖ちゃんにお土産でも持って帰りたいのかと思っていると、ある場所へ案内された。




そこは、おっちゃん宅からほど近い2階建てのスーパーであった。




「ここの社長は俺の後輩でよお、前に保存食フェアやるって話してたのを昨日思い出したんだよ。」




「保存食か、そいつはちょうどいいねえ」




「うちの近所もボウズんとこみてえにほとんど人がいねえからな、腐らせるより利用しちまおう」








同感だ。


死人に口なし(別の意味で)だしね。


俺の分も持って帰ろう。




1階の窓から中を覗き込む。


・・・おおう、ゾンビがいるな。


ざっと見たところ7体。




「結構ゾンビいるね、どうする?」




「近所だから外に出られても困るしな、大掃除といこうじゃねえか」




「合点承知の助!」






お互いに木刀を抜き、自動ドアをこじ開けて中へ入る。




「(俺は左から行くよ)」




「(おう、じゃあ俺は右だ)」




ゾンビに対して左右に展開、足音を殺して近付く。


もちろん、床に半身ゾンビがいないことも確認しながら。




俺の方には3体だな。


深呼吸して息を止める。


いつものように最後尾のゾンビの後頭部を殴打。


こちらに気付かれる前に、2体目も同じように殴打。


流石に気付いたのか、3体目がこちらに振り返ろうとしている。


勢いを付けた斬撃を喉に叩き込んで声を殺し、返す刀を上段から脳天に落とす。


倒れた3体の停止を確認した後、息を吐いた。




視界の隅で、おっちゃんがゾンビを処理しているのが見える。


自然体で振るわれた力みのない斬撃が、ゾンビの急所にするすると吸い込まれていくようだ。


・・・そんなに力入れてそうにないのに、打った時の音は鈍くて重い。


ううむ、年季が違うなあ。


達人ってやつだな。




その後もそれぞれゾンビの処理をし、1階部分の掃除は終わった。


お目当てのスーパーは1階にあるが、物色している途中に横槍を入れられたくないので2階も掃除しておこう。




電気の止まったエスカレーターを昇って2階へ。


・・・ほとんど荒らされてないな、2階は・・・服とか雑貨、本やDVDの店か。


・・・DVDだと!?


やった!あとで物色しよう!!




ウキウキとした気持ちを抱えつつ、店員っぽいゾンビを成仏させていく。


開店前だったのか、一般人っぽいゾンビはいないな。


よし、あらかた片付けたな。


お、あそこにもう1体・・・




「ボウズ、そいつは俺がやる」




横から出てきたおっちゃんが俺を手で制してくる。


スーツを着たおじさんのゾンビだ。




「よう、柳・・・」




おっちゃんは、親し気に声を掛けながらゾンビに近付く。


さっき言ってた後輩って・・・この人か。




「アアアアアアアアアア!!!」




叫びながらゾンビが走り出す。


おっちゃんが木刀をゆっくり正眼に構える。




「えぇいっ!!!!!!」




裂帛の気合。


どん、と大きく踏み込んだ音。


ゾンビはぼこりと大きく額を陥没させながら倒れ、動かなくなった。




「・・・成仏しな」




・・・速い。


上段からの振り下ろしが速過ぎる。


しかもなんだあの威力は。


俺と違って普通の木刀なのに・・・




「おう、すまねえなボウズ。こいつだけは俺が成仏させてやりたくてよ」




振り返っていつものように笑うおっちゃんは、少しだけ寂しそうだった。




「仲良かったの?この人と」




「高校の後輩でなあ・・・2つ下だった。嫁さんも俺が紹介したんだぜ?」




「その・・・奥さんは?」




「10年くらい前に事故で死んじまったよ・・・世の中がこうなってみると、それがよかったのか悪かったのか・・・」




おっちゃんはゆっくりとエスカレーターへ歩き出した。




「俺は1階で保存食を探す、ボウズもとっとと欲しいもん見つけて下りてきな」




ここにはいたくないんだろうな。


俺もとっとと回収しよう。




ふむ、規模が小さいからDVDはメジャーなタイトルしかないな。


ほとんど持ってるものばかりだ。


何か持ってないものがあったかなあ・・・




お、西部劇コーナーなんてのがある。


ご高齢ながら、今でも大活躍されている俳優の有名な西部劇シリーズがずらりと。


これ見たことないんだよな・・・マグナム信者を大量に発生させた刑事ものの名作の方はよく見るけど。


ざっともらっていこう。


・・・他にはめぼしいものはないなあ。


おっちゃんに合流しよう。




あっ、その前に服を見ていこう。


Tシャツとかインナー、下着なんかはいくつあっても困らないしな。




うーむ・・・美玖ちゃんに何かお土産でもと思ったが・・・


俺はファッションセンスが皆無だからなあ・・・


・・・とりあえず靴下ならいくらあっても困らんだろう、適当に見繕っていこう。


流石に下着は無理だ・・・いつか美沙姉とかに選んでもらおう。






1階に戻っておっちゃんと合流した。


おー!あるある保存食が!




「とりあえず売り場にあるものから取っていこう。バックヤードは涼しいし日陰だから、簡易貯蔵庫になると思う」




「おう、こっからは力仕事だ。頼むぞボウズ、俺よりたくさん運べよ」




「へいへい・・・」




乾燥麺類、乾パン、乾燥米。


レトルトのソースやスープ各種。


栄養になるかわからんが、野菜ジュースも段ボールごと回収。


おっと、蜂蜜も忘れちゃだめだな。


あと女性陣にはお菓子を。


おっちゃんは嬉しそうに日本酒の瓶を運んでいる。


・・・まあ、カロリーは取れるからな。


俺は呑めないし呑まないけども。




伐採用になるかわからないが、手ごろな斧を見つけたのでこれも持っていこう。


もしダメならホームセンター辺りを探すかな。




店と軽トラを何度も往復し、荷台にギッチギチになるまで詰め込んだ。


よし、これで当面は持つだろう。


やはり軽トラは最強だな。




「なあボウズ、本当に一緒に住まねえのか?美玖も喜ぶんだが・・・」




「気持ちは大変ありがたいけどねえ、やっぱり1人が性に合ってるんだよ俺は」




「そうかよ、まあいつでも来な。・・・くれぐれも死ぬんじゃねえぞ、美玖が悲しむ」




「うん、こんな俺でも心配してくれる人たちがいるって最近わかったからね」




「・・・(鈍すぎる、こりゃあ苦労するな)」




「なに?」




「なんでもねえよ、ほら前見ろよ前」




おっちゃんと話しながら運転していると、あっという間に家に着いた。






「おじいちゃん!いちろーおじさん!おかえりー!」




車を店の前に停めると、中から勢いよく美玖ちゃんが飛び出してきた。




ゾンビは大丈夫なのかと一瞬思ったが、ここは大丈夫なんだったな。


この店を中心とした半径100メートルは、おっちゃんが掃除済みだ。


片っ端からゾンビを成仏させたらしい。


車道も1本を除いて放置車両で封鎖し、俺たちが通った道も可動式の門を設置するという念の入れようだ。


ゾンビ自体はだいぶ前から掃除していたが、門は美玖ちゃんが引っ越してくると聞いて1日で作ったらしい。




・・・孫可愛さ、おそるべし!!




「ただいま美玖ちゃん」




「ただいま美玖ぅ!お土産いっぱい持ってきたぞお!!」




「わーい!!」




美玖ちゃんを抱え上げているおっちゃんを尻目に、荷台から俺に必要なもの以外は下ろしていく。


1人だと食料も少なくてすむな。


店の中から由紀子ちゃんと比奈ちゃんも出てきて、荷運びを手伝ってくれた。


うーん、いい子たちだ。


これならここでもやっていけるだろう。


おっちゃんたちは礼儀さえしっかりしていれば優しいしな。






「そうだおっちゃん、こいつの砥ぎを頼んでもいいかな?」




荷運びが終了したので、すっかり忘れていた以前の愛刀を渡す。




「おう、任しとけ。・・・こいつはまたひでえな、だいぶ痩せるがいいか?」




「いいよいいよ、使えればいいから」




「わかった、1週間後には仕上げておく・・・お、そうだ」




おっちゃんは刀片手に店の奥へ消えていき、何かを持って戻ってきた。




「ほれ、こいつは今までの礼だ。・・・もっともこれで返しきれる恩じゃねえがな」




ズシリと重い布袋を受け取って開ける。


中から出てきたのは・・・脇差だ。


漆りの黒い鞘。


肉厚の鍔。


柄巻きは・・・牛革かな?




「ちょっ・・・!こんな高そうなもの・・・!」




「いいんだよ取っとけ取っとけ。娘家族の命は金じゃ買えねえ」




「・・・そういうことなら、ありがたく」




「おう、無銘だが頑丈でよく切れるぜ。バンバン使えよ!いつでも研いでやるからな」




鞘から抜いてみると、なるほどよく切れそうだ。


武骨な刀身が光をぎらりと反射している。


拵えも頑丈だし、いいものだな。




「長巻とか槍もあるけどよ・・・」




「扱えないからいいよ!」




放っておくと火縄銃まで出てきそうだ。


明日は友愛に行かないといけないから、ここらでおいとまを・・・






「おじさん、おやすみー!」




「はーい、おやすみー」




おいとま失敗!!


夕食の上に風呂まで頂いてしまった!


美玖ちゃんのお願いは断れねえ!!


・・・まあ、明日はここを早く出ればいいか・・・




おっちゃんの弟さんが使っていたという和室で布団にくるまりながら、俺は目を閉じた。

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