第58話 親子の再会のこと

親子の再会のこと










目が覚めた。


うーん、いい天気だ。


かなりよく寝たからなあ、体調もいい・・・イタァイ!!!


・・・左肩以外は大丈夫だな、左肩以外は。




昨日、横のベッドに寝ていたはずの神崎さんの姿が見えない。


もう起きたんだろうな、規則正しい。




・・・床には美沙姉が大の字で転がっている。


ほんとに美玖ちゃんの母親なんかなこの人。


アバンギャルドすぎるだろ、ジャンル上は一応人妻の癖して。


・・・美玖ちゃんがしっかりしているのは、旦那さんの教育の賜物かもしれん。




四苦八苦しながら起きる。


左肩はなんかよくわからん形の道具で固定されている。


あれだ、怪我した野球選手とかが付けてるやつだこれ。




うーん、この三角巾みたいなのいつまで装着しなきゃいかんのだ。


利き腕じゃないからまだいいけど、使えないと不便だなあ。


ていうか、もう関節はハマってるんだよな?


・・・じゃあこれ外してもいいかな?




「こら、駄目よ一朗太君!」




「うおっ!?」




三角巾をいじろうとしたその時、入り口から入ってきた坂下のおばさんに怒られた。




「お、おはようございます・・・」




「はい、おはよう。その固定装具は最低でも今日と明日は外しちゃダメよ!」




えっ。


長い・・・長くない?




「2日?長くないですか?もう関節はハマってるんでしょ?」




「痛めた筋肉や靭帯を治さないと癖になるわよ!今回は亜脱臼だったからよかったけど、本当に脱臼してたら1か月は必要なんだから。」




完全に脱臼したと思ってたが、そこまで行っていなかったのか。


そいつは不幸中の幸いだな。


日々の筋トレの成果だ。


これからもどんどん鍛えよう。




「激しい運動は1週間程度控えるのよー。後で肩用のサポーターをあげるから、明後日からはそれを付けてね。」




「すいません・・・貴重な物資を・・・」




「いいのよ、脱臼して無事に帰ってくる人なんていないから、在庫は売るほどあるのよ。」




「それもそうか・・・でも、ありがとうございます。」




「お礼は凜さんに言いなさいよ。あなたが目覚めるまでずうっと、付きっ切りで看病してたんだから。」




おおう・・・それは申し訳ない。


昨日も泣かせちゃったしなあ。


反省しよう。




「治療した自衛隊の人に『大丈夫ですか、後遺症は残りませんか』って、そりゃもう必死な顔で聞いてたわよ。」




そりゃ、心配かけたんだなあ。


返す返すも申し訳なさすぎる・・・




「たしかに一朗太くんはちょっと並外れて丈夫だし、1人でだいたいのことはできるだろうけど・・・それでもあなたを心配する人がいるってこと、忘れちゃだめよ?」




・・・そんなに丈夫なのか俺。


今までの生活では気付かなかったな・・・非常時以外では役に立たないしわからないもんな。




「うぅ~ん、まだ食べられるぅ、おかわりぃ~」




「あらあら桜井さん、美玖ちゃんが見つかって嬉しいのはわかるけどちょっと呑み過ぎよ~?ほら、起きて顔を洗いましょうね~。」




「うみゅみゅみゅ・・・はぁ~い。」




おばさんは床でもぞもぞしていた美沙姉を起こし、どこかへ連れて行った。


ほんとに面倒見がいいなあ。


そりゃあ患者さんや自衛隊の皆さんたちから好かれるわけだ。


近所でも悪い話一つ聞いたことなかったもん。


・・・逆にオッサンは悪い話しか聞いたことなかったけど。






「あっ、神崎さんおはようございます。」




「・・・!」




少し歩こうと思って出た廊下で、神崎さんにばったり会った。


・・・昨日のことがあるから少し気まずいなあ。




「あ、あの、た、田中野さん!」




「は、はい!」




神崎さんは若干顔を赤くして挙動不審である。


まあ、昨日あれだけ泣いたし恥ずかしいんだろう。




「そ、その・・・」




「はい。」




「こ、これからも、よろしくお願いしましゅ!」




あ、噛んだ。




「・・・では後程っ!!」




ダッシュで走って行ってしまった。


・・・時間が解決してくれることを祈ろう。






「おや、元気そうですね田中野さん。」




「あ、花田さん。どうも。」




一服しようと病院の外に出てベンチに座ったところ、今度は花田さんとばったり会った。




「いやあ、この度はご迷惑を・・・」




「いやいや、何をおっしゃるんですか。あなたのおかげで役場の避難民を大部分収容することができました。お礼を言うのはこちらの方ですよ。」




「そう言っていただけるといいのですが・・・」




花田さんは俺の横に腰を下ろし、懐を探る。


・・・へえ、この人も煙草吸うんだ。


いやなんか違うぞ。




葉巻だぁ!?




うわーすっごい似合う・・・


軍服着てなきゃマフィアのボスって風格だわ・・・




「昨日はお疲れ様でした。役場に残った避難民については我々にお任せください。」




優雅に葉巻を吹かしつつ、花田さんが言う。




「神崎からの報告でルートは確保しました。ゾンビの駆除は比較的早く済むでしょう。」




そりゃあな、橋の上から一斉射撃とかすればゾンビはひとたまりもなかろう。


問題はその後の撤去作業の方だが。


まあ、役場に残った人たちには甘んじて耐えていただこう。


半数以上いなくなったんだから食料もだいぶ持つだろうし。




「ところで、神崎はどうですか?」




「どう・・・とは?」




不意に、よくわからないことを聞いてくる。




「お役に立っていますか?」




「ああ・・・そりゃもう!神崎さんがいなかったら死んでそうな局面ばっかりですよ!」




「よかったと言っていいのかどうか悩みますが、まあよかったですね・・・」




その後は他愛もない話をした。




「田中野さん、これからも神崎を頼みますよ。」




「どっちかというと俺が助けられてばっかりなんですけど・・・」




「ははは、持ちつ持たれつですよ。いいじゃありませんかそれで、では私はこれで。」




そう言うと花田さんは去っていった。


あっまた神崎さんの所属聞くの忘れた・・・


まあいいか、たぶん聞いても教えてくれそうにないし・・・今までもそうだったしなあ。






さて、肩以外は平気なので避難所に帰りたいところだ。


美玖ちゃんを早く母親と再会させてあげたい。




だが現状俺は左肩が動かせない。


そして我が愛車はマニュアル式である。


シフトチェンジができないと運転できないのだ。


どうしよう・・・残念だが明後日まで待つしかないのか・・・








「まあ、この手しかないわなあ・・・」




晴れた空を寝転がって眺めている。


雲が凄い勢いで流れていくなあ。


体に感じる振動はほとんどない。


自衛隊が敷いてくれた謎マットのおかげかな。




そう、現在俺は軽トラの荷台に転がされてマグロよろしく運搬されている。


運転手は神崎さんだ。


助手席には美沙姉が乗っている。




初めは美沙姉が運転すると言ったのだが、昨日の飲酒の影響が残っているかも知れないので却下。


神崎さんにお願いすることにした。


そして美沙姉を荷台に乗せるわけにもいかないので、俺がこうして荷台に寝ることになった。


アンタは肩の怪我があるからアタシが荷台に行く!という美沙姉を無理やり助手席に詰め込んで出発した感じだ。




「でも、荷台に寝るなんて小学生以来でちょっとワクワクするな・・・そうだろう君たち!」




「ピヨ」「チュン」「ピピ」




俺の問いかけに思い思いの返事を返したであろう、黄色のモコモコした同乗者たち。


でかい保育ケージに入れられたヒヨコたちだ。


かわいいなあ。




これは、花田さんたち自衛隊から避難所の警官たちへの贈り物だ。


病院がもともと提携していた牧場が施設だけは健在だったので、そこから回収してきたヒヨコの一部らしい。


病院ではこれ以上の飼育ができないので、友愛で育ててみてはどうかと無線で連絡したところ宮田さんが快諾。


めでたく俺の車で運ぶことになったというわけだ。




なお、出発するときにおばさんに涙ながらに無理はするなと言われた。


今まで守れなかった分、せめて肩が治るまで言いつけを守ろう。


心労でおばさんが倒れたりしたら困るしな。




このケージと餌とかもろもろの段ボール、それにヒヨコにストレスを与えないように敷かれた謎マットのおかげで結構荷台は居心地がいい。


副流煙がヒヨコちゃんに悪影響を与えるといけないので、煙草が吸えないのだけが欠点だ。




「もう一つの欠点は現在地がわからんとこだよな・・・そう思わない?」




「ピピ」「ピッピ」「ピヨ」




「そうだよなあ・・・」




「一太~ヒヨコちゃんと会話して楽しいー?なに話してるのー?」




助手席の窓を開けて、美沙姉が問いかけてくる。




「この世の不条理とおいしいご飯の話をしてる。」




「ふーん、まあもう半分だからしばらく我慢してて―!」




「はいはい、そっちは何の話をしてるんだ?」




「ガールズトークよ!聞いたら耳が爆発するから聞いちゃダメよ!!」




「ガールズ・・・?神崎さんはわかるけど美沙姉がガール・・・?」




「今千切り取ってやろうかぁ!!」




「ゴメンナサイ。」




まあ、聞いたら大変なことになりそうなので聞かないようにするが吉だ。


ヒヨコちゃん達との異文化コミュニケーションに戻るとするか。






そうこうしているうちに、見える景色が変わってくる。


どうやら街に入ったようだ。


ヒヨコちゃん達は餌に夢中なので、俺も懐から取り出したエネルギーバーを齧る。


もうそろそろかなあ。






「おかえりなさい田中野さっ!?かかか神崎さんっ!!おおおお疲れ様であります!!!」




「ええ。避難民と救援物資を運んできました、田中野さんは荷台です。」




このテンパり具合は森山くんだな。


一瞬でわかった。




「こ、これが救援物資で・・・田中野さん!?大丈夫なんですか!?」




「まあぼちぼちは・・・」




あらかじめ連絡を受けていたのだろう、警官隊がヒヨコちゃんを運び出してゆく。


あのヒヨコは育てて食べる用ではなく、卵を産んでもらう用のヒヨコだ。


ほとんど雌で、繁殖用に雄は2、3匹しかいないようだ。


ある意味ハーレムだな。


羨ましくないけども。




「一太!美玖は、美玖はどこ!?」




「この時間ならたぶん運動場じゃないかな・・・?」




「みいいいいいいいいいいいくううううううううううう!!!!!」




聞くやいなや、美沙姉はとんでもない勢いで飛び出していく。


はやっ!凄いスタートダッシュだ!


それだけ会いたかったんだろうなあ・・・


あの勢いだと不審者扱いされそうなので、俺も小走りでついて行くとするk・・・




「私が追いますので、田中野さんは歩いて向かってください。・・・坂下さんに言われましたよね?」




神崎さんに背後からすごい力で右肩を掴まれた。


左肩を掴まないのは優しいなあ。




「はい・・・」




とぼとぼと付いて行くことにする。








「美玖ぅ!!ごめんねえ!1人にしてごめんねえ!!」




「ママぁ・・・!ママぁ・・・!!」




運動場へたどり着くと、そこには美玖ちゃんを抱きしめてわんわん泣いている美沙姉がいた。


飄々としていたが、やはり娘に会えて嬉しいってことなんだろうなあ・・・


よかったなあ、美玖ちゃん。




「み・・・美玖ちゃあん・・・よ、よがったよォ・・・!!よがったァ・・・!!!!」




「ち、ちょっと、泣きすぎ、だぞ由紀、由紀子ちゃん・・・」




「田中野さんも前見えてるんですかその涙で。拭いてあげますね。」




「さ、坂下先輩、タオル、タオルどうぞっ!田中野さんもっ!」




・・・なんか前にもこんなことがあったな?


あと右手は使えるからいらな・・・聞いてくれませんねそうですね。


雄鹿原さんと神崎さんに、両方から涙を拭かれるというよくわからん状況になったけど心を無にして耐えた。








「田中野さん、お疲れ様です。今回も大活躍だったようで・・・」




道中は吸えなかったので、喫煙所で一服していると宮田さんがやってきた。




「いやいやいや、ドジってこのザマですよ。」




固定装具を見せながら苦笑いする。




「美玖ちゃんの母親も見つけたことだし、しっかり養生しますよ。」




「それがいいでしょう。その腕では運転は無理でしょうし、今日は泊まっていってください。」




「すいません、お言葉に甘えます・・・」




「なに、これくらい軽いものですよ。」




お互いに一服しながら情報交換もしておく。


最近は変な生存者もいないようだ。


やっぱりこの前の建設会社の奴らが、ここら辺の襲撃者グループだったのかな。




「あっそうだ、美沙姉・・・美玖ちゃんの母親なんですけど、ここに住んでも大丈夫ですか?」




「ええ、空きもありますし問題ありません。自衛隊からいただいたヒヨコもいますので、育てば食料事情も向上するでしょうし。」




ヒヨコちゃんたちはたしか半年もすれば卵が産めるようになるんだよな。


いいなあ卵・・・俺も野生のニワトリを探そうかな。


いや、こっちの郊外にもたしか牧場があったんじゃないか?


探索に・・・とりあえず肩がしっかり治ってからだなあ。


また釣りにも行きたいところだけど、ここはしっかり養生しないと。


おばさんが言っていたように癖になっても困る。




しばらく話した後、保健室へ。


もう完全にここ別荘になってるよな。


まあ、俺以外にここを利用する人がバンバン出ないのは平和な証拠だ。




もうそろそろ夕方か、なんか適当に映画でも見るかな。


何にしようかな・・・癒されるものが見たい。


癒される映画か・・・ないわ、一本もない。


B級アクションとかB級パニックしかない。


諦めてスカッとするアクションを見よう・・・








「はい!おじさん、あ~ん!」




「・・・あのね美玖ちゃん、おじさん右手は無事だから自分で食べられる・・・」




「あ~ん!!」




「もぐもぐ。」




映画を見た後夕食にしようと準備していたら、美沙姉と美玖ちゃんがやって来た。


美玖ちゃんは、俺に美沙姉を連れてきたお礼を言おうと探していたそうだ。


そこで俺の肩の怪我を見た美玖ちゃんは驚き、夕食の準備を手伝ってくれていたというわけだ。




「おじさん、おいしい?」




「うまいもんだなあ、うまれてはじめて食べた。」




「ただのピラフだよぉ?あはは!はーいおかわりもどうぞ!」




「うまうま。」




そしてご飯を食べようと思ったら、美玖ちゃんが「わたしがたべさせてあげる!」と張り切って以下略。


一度は断ったが、こうなったら聞かないのはなんとなく経験でわかっていたので食べさせてもらう。


美玖ちゃんもお礼のつもりなんだろうな。




「美味いか一太ァ・・・こぼしたら同じ数だけ髪を毟ってやるゥ・・・むぐもぐ。」




「やめふぇくらひゃい。」




「おじさん!たべながらはなしたらだーめ!ママも!!」




「ふぁい。」




「はぁい。」




美沙姉のよくわからない戯言を聞き流しつつ、無心で顎を動かす。


頑固な所は母親似なのかしら・・・


そんなことを考えながら、嬉しそうな美玖ちゃんのお世話を受け続けることとなった。


まあ、こんな美玖ちゃんを見れるのなら肩を痛めた甲斐があったというものだ。

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