第57話 信頼関係のこと

信頼関係のこと








「知らない天井だけど多分知ってる・・・」




目を覚ますと、あたりは薄暗かった。


窓からは沈みかけた夕陽がカーテン越しに差し込んでくる。


おそらく、ここは病室だろう。




体を起こそうとした瞬間、左肩に鈍い痛みが走る。


なんか三角巾的なもので固定されているな。




役場から脱出する途中にドジを踏み、挙句の果てに失神をかましたのは覚えている。


いやあ・・・映画みたいにカッコよく木に掴まれると思ったんだけどなあ。




よくよく考えたら、左手が使えないのに枝をガッチリ掴めるわけないわ!HAHAHA!!


・・・自己嫌悪だ。


神崎さんたちにあんなに啖呵を切ってといてこれだもんなあ・・・






「・・・合わせる顔がねえ・・・」




「そうですか。」






(。´・ω・)ん?






なんか病室の入り口に神崎さんによく似た美女がいるなあ・・・


へえ、あんな美人が複数いるとは驚きだなあ。


しかも自衛隊の服着てるし。






うん!!そうだね本人だね!!!!






「う~んむにゃむにゃ・・・」




「その様子だとお元気そうですね。」




ゆっくりと布団をかぶって、寝言のフリで誤魔化そうとしたが無理のようだ。


大変気まずいが諦めてお話するとしよう・・・




布団を下げるとそこにはベッドサイドの椅子に腰かける神崎さんの姿が!!


ハヤイ!!ニンジャ!!


嘘でしょこの短時間で距離を詰めてきた!?


殺られる!!!!!




「・・・えーと、俺どのくらい寝てました?」




「だいたい4時間ほどですかね。」




「・・・ここへはどうやって?」




「我々が運び込みました。」




「・・・治療は?」




「我々の衛生班が担当しました。」




「・・・」




「・・・」




沈黙が怖い。


空気が怖い。


重圧が怖い。




だが、わかっていても男には戦わねばならん時がある!!






「・・・ひょっとして怒ってます?」




「ええ、とても。」






神崎さんは歯を見せてにこりと微笑んだ。。


笑顔とは本来威嚇のためのものである・・・これ何のネタだったっけ。




うん、怖い。


こんな美人が俺の目と鼻の先で笑顔を浮かべているというのに、顔が火照るどころか体感温度がグングン下がっていく。


オカシイナーそろそろ梅雨に入るっていうのになー・・・




「あの・・・あのですね、あの場合はアレが一番の最適解といいますか・・・」




「・・・」




「神崎さんには・・・避難民を助けて欲しかったっていうか・・・」




「・・・」




「じ、実際俺はこうして助かったわけですし・・・」




「・・・」




神崎さんは俺の話を聞きながら、俯いてふるふると震えている。


あ、やばいこれぶん殴られそう。




「あ~・・・ええと・・・その・・・す、すいません・・・」




ヤバい、話題が尽きた。


どうしよう、冷や汗が無限に出てくる。


・・・できれば痛くしないで欲しい・・・




「なんで・・・」




神崎さんが絞り出すように声を出す。






「・・・なんでもっと頼ってくれないんですかっ!!」






吐き出すように叫んだ神崎さんは、両腕で寝ている俺の胸倉を掴む。


いだだだだだだだ!!もう一回肩が外れそう!


いつものように軽口を叩こうかと思ったが、神崎さんの顔を見てやめた。




怖いからじゃない。


神崎さんがぼろぼろと涙を流していたからだ。






「いつも!いつもです!!田中野さんは何でも自分一人でやろうとして・・・一人で突っ走って・・・!!」




「・・・」




「何故ですか!?わたっ私がそんなに頼りになりませんかっ!?」




「・・・」




「私は・・・私は、田中野さんが橋から飛び降りた時・・・心配で、し、心配で・・・!!」






胸倉を掴みながら、神崎さんは俺の胸に顔を押し付けてきた。


何か言おうとしているが、嗚咽が出るばかりで明瞭な言葉は出てこない。






なんだろう。


いつも強くて、少しだけよくわからない所があって。


やることなすこと完璧な神崎さんが、年相応の普通の女性に見える。






無事な右腕を動かして、神崎さんの頭を無理やり抱え込む。


神崎さんは少しだけびくりとした後、力を抜いて身を任せてきた。


そのまま、頭を撫でながら話す。




「・・・俺もそうなんですよ。」




「・・・え?」




「神崎さんが心配なんです。」




「わたし、が?」




「っていうか、俺と関わりのある親しい人たち全員なんですがね・・・」




「・・・っ」




あれ?なんか殺気みたいなものを感じる・・・




「俺のせいで、親しい誰かが死ぬのって嫌じゃないですか。」




「・・・」




「だから・・・俺一人で失敗したら結局のところ死ぬのは俺だけなんで、気が楽なんですよ。」




俺が一人で暮らしているのも、一人で探索しているのも。


避難所に住まないのも。


結局のところそれは、元々俺が一人が気楽で好きっていう理由もあるんだが・・・




もう一つのデカい理由が、『他人の生死に責任を持ちたくない』ってところなんだろう。




今まで言語化したことがなかったが、こう考えるとしっくりくる。




今回のことで例えると、『神崎さんが俺を助けようとした結果神崎さんが死んで俺が生き残ってしまう』


そう、これが一番嫌なのだ。




「すいません・・・神崎さんがそんな風に考えてたなんて知らなくて・・・でも俺、神崎さんのこと信頼してますよ。」




「そう・・・そうですか?」




「美玖ちゃんの時も、会館の時も、建設会社の時も・・・俺が下手打って死んでも、神崎さんがいるなら何とかなるって思ってましたから。」




「・・・~っ!」




「今回のこともそうです。普通、気に入らないヤツに背中預けたりしませんって。」




そう言うと、神崎さんはぐりぐりと胸に顔を押し付けてきた。


なんか美玖ちゃんみたいだな。


でも妙齢の美人にそうされると色々危ないのでやめていただきたい。




「・・・じゃあ、一つだけ、約束してください。」




「はい?」




その状態のまま喋られるとくすぐったいなあ。


非常によろしくない絵面だ。




「この状況ですし、危ないことをするなと言うわけにもいきませんけど・・・」




「はあ・・・」




「2人だけの時は、私も田中野さんと一緒に突っ込ませてください。」




「・・・うう、そ、それは・・・」




「・・・もし断ったら、このまま襟を締めてもう一度眠ってもらいます。起きたらまたいいって言うまで繰り返しますから。」




なにそれすごくこわい。


実質一択じゃんか!!




「・・・はあ、わかりました、わかりましたよ。」




ため息をつく。


負けだ負けだ俺の負けだ。


泣く美人とじ・・・児童?には勝てない。




「・・・でも、もしヤバそうな時は神崎さんを優先的に守りますからね。」




「・・・でしたら私は、その時は田中野さんを優先的に守ります。」




「はは・・・」




「ふふふ・・・」




やっと神崎さんが顔を上げ、俺の方を見る。


・・・うわあ、ぐしゃぐしゃに泣いてても美人だなあ・・・




「・・・今回はそれで許してあげます。」




彼女はにこりとほほ笑む。


その笑みを見て、俺は思わず涙を乱暴に指で拭った。




「あーあーもう、こんなに泣いちゃって・・・美人が台無し・・・でもありませんねこりゃ。すげえなあ美人って、強い。」




「んゆ・・・にゃんですか、それ。」




頬に手が当たった結果、神崎さんが不明瞭な言語を発声させる。




あ、なんだこれかわいい。


ほっぺムニムニしたい。


この雰囲気なら許されるかも・・・!


突っついてみる。




「むゆ。」




おおう、ぷにぷにだ。


今度美玖ちゃんにもやってみよう。


どれ、もう一回・・・




「噛み千切りますよ。」




「ゴメンナサイ」




それから俺たちはしばし見つめ合った後、もう一度笑い合った。






「そう、いけ!いけ!舌だ・・・一太、舌を入れるんだ・・・!」




病室のロッカーから響く、怪しげな声を聞いた瞬間に現実に戻ったけど。


オオオオイ!!!何してくれてんだアンタ!?!?!?




「み・・・美沙姉、いつからそこに・・・?」




「・・・ナオーン、ミィミィ。」




「もう無理だから、今バッチリ下衆声聞こえたから。」




「無論、凜ちゃんが入ってくる前から。・・・いやぁ~、若いっていいわね!新婚時代を思い出すわ~!」




そう聞いた瞬間、一瞬で顔を真っ赤にした神崎さんが、動揺のせいか今までの十倍ぐらいの力で俺の胸倉を締め上げる。


アッこれダメだ完全にシャツで気道が絞まって・・・




はい本日2回目の失神入りまーす。




薄れゆく意識の中、「凜ちゃん!凜ちゃんどうどう!ステイ!ハウス!!ヘルプミ―!!りーぶみーあろーん!!!」という愉快な悲鳴を聞いた気がするけど気のせいだろう。








「・・・知ってる天井だ。」




次に目覚めた時は、既に夜だった。


失神とはいえかなりよく寝たので体の調子がいい。


身じろぎする度に左肩が地味に痛いけども。


・・・脱臼ってどれくらいで治るんだろうか。




時刻は・・・深夜の3時過ぎか。


枕元のデジタル時計で確認する。


中途半端な時間に起きちまったなあ・・・




もうひと眠りしようと考えていると、違和感を感じた。


隣のベッドに誰かいる。


・・・心霊現象かな?


今ならそこら中にゾンビに喰い殺された怨霊がいそうだけど。




若干怯えながら目を凝らすと、なんと神崎さんだった。


何故かは知らないが、床に酒瓶めいたものと丸めた布団に抱き着いた美沙姉まで転がっている。


・・・なにこれどういう状況?




俺を肴に酒盛りでもしたのかな?


神崎さんはこちらに顔を向けたまま、すやすやと規則正しい寝息を立てている。


前に見た時と同じように、こうしていると随分幼く見えるな。




しかし、まさか泣かれるとは思わなかった。


神崎さんは俺が思ってた以上に俺のことを信頼してくれていたようだ。


嬉しくないと言えば嘘になる。


だってこんな美人に少なくとも嫌われていないっていうのはなんていうか・・・その・・・すごく嬉しい。




「・・・しかし、俺が高校生だったら大変だったな。勘違いして即日プロポーズするところだった。」




そう、あくまで神崎さんは俺をLIKEであってLOVEではない。


当たり前だ、10歳近く離れてるのに。




いったい俺が、今までの人生で何回『あ、この子俺のこと好きだな』ていう思い込みに乗っかって瀕死になったと思っているのか。


ふふふ、その経験もあってこういうことに俺は詳しいんだ!・・・あれなんかすごく悲しくなってきた。


泣きそう。


も、もう寝よう・・・明日っていうか今日のことは起きてから考えよう。


まあ、それでも俺のことは仲間として見てくれてはいるんだろうな。




「・・・うーむ、寝てても綺麗だ。神崎さんは自分が美人っていう自覚あるのかなあ・・・ドキドキしすぎて不整脈になりそうだった。」




綺麗な寝顔をまじまじと見つめながら呟いて目を閉じる。




「明日はも~っといい日になるよね、〇ム太郎・・・」




おやすみ。


疲れていたからか、あっという間に意識が消えていく・・・





「~~~~~っ!!~~~~~~~っ!!!!」




「むにゃ・・・どしたの凛ちゃん、水揚げされたマグロのモノマネ?」


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