第56話 秋月町役場大脱出のこと

秋月町役場大脱出のこと








「おーい!みんな!アタシの知り合いだったわ!大丈夫大丈夫!!」




美沙姉が3階の窓に向かって声をかける。




「助けに来てくれたんだってさ!自衛隊も一緒だよ!!」




正確に言えば美沙姉を探しに来たんだが・・・まあいいか。




「立ち話もなんだし、入りなよ一太、凜ちゃん。」




そう言って、美沙姉は2階の窓から中へ入っていく。




「・・・あの短い時間で、随分仲良くなったんですね神崎さん。何の話をしてたんです?」




「ぶっ、武術のお話を少し・・・!」




だろうなあ。


美沙姉と神崎さんの共通の話題なんて、それくらいしか考えつかん。




窓をくぐって役場内へ。


ここは・・・なんだろ?倉庫かな?


コピー用紙や文房具、工具なんかが雑多に点在している。


ついでにおびただしい血痕も。




「こっちこっちー。」




廊下に出て、美沙姉に続いて階段を上る。


3階の入り口には、後から取り付けたであろうドアを含むバリケードがある。




ドアを開け、さらに3階の奥へ。




『大会議場』と書かれた大きなドアの前で、美沙姉が手招きしている。




「みんなー、入れるよー。」




美沙姉の声に応えるように、ドアが内側から両開きに開いていく。




「ほら、入んな。」




言われるがままに会議室に入る。






入り口から奥に行くほど床が高くなる、よくある会議室だ。


広々とした内部に反して、人間の数は少ない。


ざっと数えると22人いる。


ほとんどが学生で、残りは老人と役場の職員っぽい人が少し。


ここまで生き残れたのが不思議だな・・・美沙姉が頑張ったんだろうなあ。




「こっちがアタシの知り合いで、こっちが総合病院から来た自衛隊員だよ。」




「どうも、こんちは。田中野っていいます。」




「神崎陸士長です。」




学生からはちらほら挨拶が帰ってきたが、残りは基本的に無言だ。


うーん、暗い。


よく考えると明るい方がおかしいけども。




「すみません、少し病院と連絡を取ります。」




神崎さんはライト片手に窓へ歩いていく。


そうか、神崎さんはモールス信号もわかるんだな。


自衛隊ってすげえな。




「初めはこの役場にも50人くらいいたんだけどね・・・なだれ込んできたゾンビと・・・」




「内部でゾンビ化したりで壊滅した・・・?」




「そうそう!さっきアンタが倒したキャッチャーみたいな恰好のゾンビいたろ?アイツが4日前に急にゾンビになっちゃてさあ、大変だったよ。」




「あー、アイツか!」




「ずうっとプロテクター脱がないからおかしいとは思ってたんだけどね・・・傷を隠してたみたい。」




「あれ?でもアイツ、ヘルメットかぶってたけど・・・」




「アタシがかぶせて2階に蹴り落としたんだよ。」




美沙姉のおかげだったのかアレ。


助かった。




「まあ、幸か不幸か数が減ったんで食料には苦労してなかったんだけど、このままじゃジリ貧だったんだよね。」




畑とか無理だもんなあここじゃ・・・


いずれは物資が尽きていたんだろう。




「お待たせしました。連絡の結果、皆さん全員の受け入れは可能だそうです。」




おお、いい知らせだ。


病院はだいぶ余裕があるっぽいな。




その知らせを受けて、避難民は元気を取り戻したようだ。


嬉しそうに喜ぶ姿が見える。




「ただ・・・」




神崎さんが言いにくそうにつぶやく。




「皆さんには、今日私たちが通ってきた商店街の屋根を歩くルートを使って、自力で総合病院まで移動してもらう必要があります。」




あー・・・そりゃそうだよなあ。


道はゾンビや車まみれだし、撤去する時間もかかる。




「ありゃりゃ、やっぱりか。・・・ちなみに車とかを撤去するとしたら?」




「おそらく、1か月程度は先になるかと。」




「・・・食料がギリギリだねえ。」




美沙姉さんは状況を正しく理解しているようだ。


ちょこっと外を見ればわかることだしな。






「ふ、ふざけるな!!」




60代くらいのおじさんが急に叫ぶ。




「もっと自衛隊に作業を急がせろ!商店街の屋根を通る?できるわけないじゃないか!!」




いや、俺たちそのルートで来たんだけど・・・




「いやー、有山さん。現状それしかないんじゃない?アタシは今日移動するよ?」




美沙姉がおじさんをたしなめる。


神崎さんも続けて言う。




「病院にも多数の避難民がいます。ここにだけ時間を割くことはできません。」




「い、嫌だ!俺は行かんぞ!!」「私も嫌よ!屋根を通るなんて!」




何人かが続けて叫ぶ。


なんか急に元気になったな。




「・・・じゃあ残ればいいんじゃないですか?」




「えっ」




美沙姉が呆れたように言う。




「アタシは一刻も早く娘に会いたいんで、このまま一太たちと一緒に行きますよ。今までは、ここから出れる算段がなかったからここにいたんですもん。」




反対してた連中が呆気にとられている。


いやいやなんでびっくりしてるんだよ。


一介の職員である美沙姉が、全員の面倒見る必要なんてないだろ。




「・・・ってわけで、俺たちは30分後くらいを目途に出発します。一緒に来たい人たちは、2階の窓から倉庫の屋根に集合してくださいねー!」




もうなんかめんどくさいので、俺が無理やり話を打ち切った。


俺も美沙姉を探しに来ただけだし。


見たところ歩けないような人はいないようなので、後は個々人で好きにしたらいい。




自衛隊員の癖に助けないのかとか世迷言をほざく奴もいたが、そいつをじっと見ながら剣鉈でジャグリングしたら黙った。


雑魚が。


あと俺民間人だし。




喧々囂々の会議室からとっとと逃げることにする。


美沙姉にも声をかけ、神崎さんも一緒にだ。






「おっ、これは使えそうだな。」




2階の倉庫からいくつか脚立を取り、屋根に出しておく。


商店街の屋根に上る梯子まで、こいつを立てかけて登ろう。


あそこさえ越えれば、あとは道なりだしな。


コンビニの屋根から橋の点検通路までは、普通に道を歩いて梯子を登ればいい。


あそこは横転した車とかバスとかが、疑似的に道を封鎖してくれているし。




てなわけで、屋根に座って一服する。


さっきの倉庫でマッチを見つけたので使わせてもらう。


うーん、マッチの香りがオイルライターとも違う風味を与えてくれる!


これはこれで好き!!




「アタシにも一本ちょうだーい。」




美沙姉が寄ってくる。




「いいけど、美沙姉吸ってたんだ。」




「結婚してからやめてたんだけどね~。こんな状況じゃ吸いたくもなるわよ。・・・うえ、アンタ、マンドレイクなんて吸ってんの!?」




「いいじゃないか好きなんだから。」




ほんと人気ねえなあこの銘柄。




「りーんちゃーん、たっばこちょうだー・・・こっちもマンドレイクじゃん!アタシの知らない間に大人気銘柄になったのぉ!?」




結局背に腹は代えられぬとのことなので、美沙姉はおとなしくマンドレイクを吸うことにしたようだ。




「ううう・・・なんか独特な味ぃ・・・」




「嫌なら無理に吸わんでも・・・」




「あっでもなんか癖になりそう・・・」




「さいですか。」




おや?神崎さん、ここのどっかでライターを調達したのか。


普通に火を点けて吸ってるな。


目が合うと何故かすごい勢いで顔を背けられた。


・・・煙が目に入ったのかしら?






しばらく休憩していると、2階の窓からぞろぞろと人が出てきた。


ふーむ、15人ね。


7人は自衛隊が来るまで籠城するとのことだ。


まあ好きにすればいい、俺の知ったこっちゃないし。


こう人がいては役に立たないし荷物になるので、美沙姉は薙刀を置いていくようだ。




屋根から脚立を下ろし、地面に下りる。


役場の敷地内にいるゾンビは、頑丈な門に阻まれてここには来れない。


ここも、橋の手前と同じように横転した車が簡易バリケードになっていて、一種の空白地帯だ。




先に下りて安全を確認し、先頭の避難民を手招きする。


俺が先頭で、美沙姉は中ごろ、神崎さんが最後尾だ。




しんがりは俺がやろうとしたのだが、もしもの時に銃が撃てる自分が適任だと神崎さんに言われて譲った。


俺は俺の仕事をこなすとしようか。




周囲を確認しながら脚立をもって歩き、商店街の梯子に向けて立てかける。


梯子の下端はそんなに高いところでもないので、脚立もしっかりと安定している。


何度か強めに体重をかけ、安全を確認すると登る。




屋根に到着したのでゾンビがいないのを確認し、顔を出して手招き。




「ゆっくり上がってこいよ、下は見るなよ~」




登ってくる避難民に手を貸してやったりしながら、全員が登りきるのを待つ。


危なっかしそうな何人かは、手を掴んで引っ張り上げてやった。




全員が無事屋上に到達したので、移動を再開。


行きと違って人数が多いので、屋上はともかくアーケードの天井部分は人数制限をかけ、ゆっくりと移動する。


バリンてなったら困るもんな。




行きに掃除したこともあって、ゾンビに出会うことなく通過することができた。




「おーい、もう大丈夫か?」




「う、うん・・・」




「よーし、頑張れよ。もうちょっとだからな!」




「おじさん、ありがと。」




「気にすんな気にすんな。」




途中の半身ゾンビで腰を抜かした子供をおんぶしたので、結構しんどかった。


まあいきなりゾンビ見たらしょうがないよな。




「一太って昔っから子供に好かれるよねえ、面倒見がいいから?」




「そういえば、美玖ちゃんもよく懐いていますね。」




「なにおう!まだ美玖は嫁にはやんないからな一太ぁ!!」




「だっ駄目ですよ田中野さん!!」




「小学四年生の嫁さんをもらう気はないよ!!平安時代か!!!」




美沙姉が変なこと言うから背中の小学生がびくっとしたじゃんか!


社会的に殺すのはやめていただきたい!!!




商店街の端までたどりついたので小学生を背中から下ろし、道に下りて横転した車に登る。


同じように避難民を引っ張り上げ、そこから橋の点検用通路へ梯子で。




相変わらず下はゾンビまみれだな・・・


下を見ないこと、なるべく音を立てないことを伝えながらゆっくりと橋を渡り、通路から横転したバスに飛び降りる。


よし、ここまでくれば一安心だ。




と、気が緩んだのがよくなかったのか。


飛び降りた避難民の1人が足を滑らせ、ゾンビがわんさかいる側に落ちそうになった。




いかん!




咄嗟に体が動き、倒れていく避難民の腕を掴んで無理やりこちらに引っ張る。


神崎さんに同じことをしたときは上手くいったが、パニックになった避難民ががむしゃらに動いたせいで俺が反動で落下。




「ぐ・・・がっ!?」




そのまま受け身を取れず、左肩から地面にモロに倒れ込んでしまう。


いっだあ!?なんだこれ左腕が動かねえ!?




畜生、最悪だ!亜脱臼ってやつだな!!


肩の関節が完全に外れたわけじゃなくて、ちょいズレくらいになるやつだ!1回師匠にやられたからよくわかる!




なんという運の悪さよ。




さらに悪いことに、落ちそうになった避難民が悲鳴を上げたもんだから橋のゾンビに気付かれちまった!!




「一太!?」「田中野さんッ!!」




上から神崎さんが飛び降りようとしている。


横転しているのはかなりでかい観光バスだから、上から手を伸ばしても俺を掴めないと判断したんだろう。




「来るなぁ!!これくらい何とでもなります!!早く避難民を病院に!!!」




「・・・っ!!」




右手で剣鉈を引き抜きながら、動こうとしない神崎さんにもう一度叫ぶ。




「俺がこんくらいでくたばると思ってんのか!?早く行けぇっ!!!!!




とは言っても、さてどうしたものか。


橋は俺の後ろのバスによって塞がれている。


左手がこんなだから、このままバスは登れない。


橋のゾンビはこちらに気付いて、車の隙間を走り出している。


遠からずここまで来られちまうな。




橋から飛び降りるのは無理だ。


相当な高さがあるし、下はコンクリの河原だ。


整備された河原も困りもんだなあ。




走るゾンビ共の吠える声がだんだんと大きく聞こえてくる。


その数、ざっと見ただけでも30以上。


これはまともに行ったら死ぬな・・・




どうするか・・・おや、あれは・・・!


ああ言った手前格好悪くて嫌だけど、こうするしかないかあ・・・




「ううおおおおおおおおおおお!!!」




俺は剣鉈を鞘にしまって、前方に向け走り出す。


そのまま先頭のゾンビに突撃する・・・と見せかけて右に曲がり。




「だっしゃああああああああああああああああああああ!!!」




橋から飛び降りる!!




ぐんぐん迫る地表、それと・・・




「ここだああああああああああああああ!!!」




河原に生えていた立派な木。


その枝に右手ごと抱き着く。




バキバキボキボキという音を響かせながら、枝がどんどん折れていく。


落下速度を殺しながら、なんとか地面に着地。




「ぐぎい!?」




するハズが予想以上にスピードが乗っていたため、またもや地面で左腕を強打。


なんかゴキンって音したゴキンって!?!?




おおー・・・完っ全に脱臼したわこれ。


人形の腕みたいになってるもん・・・ブラッブラだわこれ。




「ギイイイイイイイイイイ!!!」「ギャバアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」




おっといかんいかん、橋から続々とゾンビが落下してくる。


運よく無事に着地したやつにまた追い回されたんじゃたまらん!


っていうかいる!いままさに目の前に何体か!!




振動が伝わる度に激痛が走る左腕を抱えつつ、涙目で一気に土手を駆け上がり、病院方向へ。


どの道この腕ではフェンスは登れないのでそのまま外周をたどり、正面入口へ。




「門をー!!あっけろおおおおおおおお!!!」




言葉遣いを気にしている暇がないので、またもやどこぞのスキタイ人よろしくシャウト。




「早く!こっちへ!!」




神崎さんが門の隙間から必死に叫ぶ。


門の内側から自衛隊員が発砲。


俺を追いかけていた何体かのゾンビを撃ってくれたようだ。




その隙に、門の内側に飛び込んだ。




「田中野さん!!田中野さあん!」




「アッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




神崎さんが俺を抱き留めてくれるが、よりにもよって左肩が神崎さんのヘルメットに激突。




「ちょっ!あ!すいま、すいませ・・・田中野さん!?田中野さあああん!!!!」




気が緩んだところに特大の激痛を叩き込まれ、俺の意識はあえなく消失した。


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