第59話 避難所の日々再びのこと

避難所の日々再びのこと








「おじさん、おっはよー!」




「・・・おはよう、美玖ちゃん。」




朝起きると、真っ先に視界に入るのは美玖ちゃんの笑顔。


そう、ここは友愛高校である。


昨日は以前のように、保健室に泊まらせてもらったのだ。




「さー!おねぼうさんはおきて!はみがきしましょ!」




「あのね美玖ちゃん、おじさん右手は大丈夫なんだけd」




「しましょ!!」




「はーい!」




歯磨きを小学生にしてもらう30代・・・


やめろ!深く考えたら駄目だ!!


無心!!無心になるんだ!!!




美玖ちゃんは母親である美沙姉を連れ帰った俺に大変感謝をしているらしく、昨日から身の回りの世話をしてくれている。




「おじさんはママをたすけてケガしたんだから、美玖がおせわをするの!!!」




らしい。


なんちゅうええ子や・・・




しかし俺としては、そんなに気にしなくてもいいのだが・・・


美沙姉は元々の知り合いだし。


助けたから怪我したわけじゃないし。


それに、怪我したのは左腕だからそんなに支障はないし。




だが、頑固なのはモンドのおっちゃんの血筋なのか、美玖ちゃんも言い出したら聞かない。


滅茶苦茶なこととか、わがままを言っているわけではないのでこちらとしても言いにくい。


しかし30過ぎになって小学生にお世話してもらうというのも・・・


その、俺のあるかなしかのプライド風味な何かがねえ・・・?








「かゆいところはないですか~?」




「鼻の頭かなあ。」




「はぁ~い!」




「あーそこそこ、ありがとねえ。」




「えへー。」




元々プライドなんざ不燃ごみの日に出してた俺に死角はなかった!




というわけで、現在俺は美玖ちゃんに校庭の隅っこで頭を洗ってもらっている。


水は学校の井戸水、シャンプーはコンビニから拝借しておいたものだ。


ベンチに寝転がって散髪屋よろしく洗ってもらっている。




このアーマーめいた固定具が取れるのは明日なので、せめて頭だけでも洗っておきたい。


昨日の大立ち回りでむっちゃ汗かいたし。




ヘルメット着けてると蒸れて蒸れて・・・


髪の毛もサムライ仕様になったら大変だからな・・・!


本当に、大変だからなァ・・・!!




「ねえ、おじさん。」




「んー?」




「あのね、あの・・・」




美玖ちゃんにしては珍しく、言葉を濁している。


なんじゃろか?




「美玖、美玖わるいこかもしれないの・・・」




「美玖ちゃんが悪い子なら、世界中が悪い子まみれになっちゃうなあ。・・・どうしてだい?」




問いかけると、美玖ちゃんは何度かためらった後話し始めた。






「パパもね、パパも・・・探してほしいの。」






言った後、美玖ちゃんは急に俺の頭を抱え込んだ。


うああ、美玖ちゃんがべちゃべちゃになっちゃう・・・




「でもね・・・おじさん、ママをたすけにいって、ケガしちゃったでしょ?」




美玖ちゃんは少し震えていた。




「こんどは、ひょっとしたらもっとひどいケガしちゃうかもしれないでしょ・・・?」




額に生暖かい液体の感触。


美玖ちゃんが零した涙だ。




「だけどぉ・・・美玖、美玖、どうしてもパパにあいたいのぉ・・・おじさんにも、ケガしてほしくないのにぃ・・・」




「みく、みくぅ・・・わるいこだよぉ・・・」




小さい体いっぱいに悲しみをたたえながら、美玖ちゃんは泣いている。






胸が苦しい。


畜生、なんていい子なんだよ!


子供なんだからもっと我儘言ってもいいだろ!!


そんな・・・そんなことくらいで泣かなくてもいいだろ!!






「・・・美玖ちゃん、どいて。」




「・・・っ!」




俺が声をかけると、美玖ちゃんはびくりとして下がる。


断られるとか思ってるんだろうなあ・・・


俺はベンチから起き上がると、美玖ちゃんの前にしゃがみ込んで目を合わせる。






「おじさんを・・・しっかり、見てなぁ!!」




俺はそのまま校舎の壁に向かって走り出すと、ジャンプ。


壁を数歩駆け上がった後、蹴りつけて宙返り。


着地し、受け身を取りつつ後転しながら体のバネを使ってもう一度後方宙返り。




目を丸くして見ている美玖ちゃんの所までダッシュし、右腕で抱きしめて持ち上げる。




「どうだぁ!おじさんは、すごいだろう!!」




「・・・うん。」




「このくらいのケガ、なんてことないぞ!!おじさん強いからなあ!!」




「・・・う、うん。」




「だから!!」




息を吸い込み、空に向かって吠える。






「美玖ちゃんのパパは、おじさんがっ!!絶っ対にっ!!!見つけてやるっ!!!!」






あまりの大声に、目を白黒させている美玖ちゃんのおでこに俺の額を軽く付ける。




「美玖ちゃん、おじさんに全部任せな。」




「・・・うっ・・・」




「な?」




「う・・・うん、うんっ!!」




美玖ちゃんは俺の頭を抱きしめると、感極まったように大声で泣きだした。


泣け泣け、どんどん泣け。


いい子ちゃんの仮面なんざ、俺の前では全部捨てちまえ。


そのくらいが子供らしいってなもんだ。




おじさんはいい加減でちゃらんぽらんで面倒くさがりで人殺しだけど。


美玖ちゃんの頼みくらい軽いもんさ。


さて、次の目的地は決まったな。






「まったくもう・・・どっちが子供なんだか。」




「面目ない・・・」




「かゆいところはありませんか、田中野さん。」




「み、耳の後ろ・・・」




「はい。」




美玖ちゃんはしばらく泣き続けた後、俺の腕の中で眠った。


言おうか言うまいか、朝からずっと悩んでたんだろうな。


変なテンションだったし。


そりゃ、安心したら眠くなるさ。




そこまではよかったんだが、騒ぎを聞きつけてダッシュしてきた美沙姉に捕まってしまった。


せっかく美玖ちゃんに洗ってもらった頭は砂まみれ、ついでに美玖ちゃんもシャンプーまみれときたもんだ。


すぐさま引き離され、何故かいつの間にかいた神崎さんに頭をもう一度洗われることとなった。


美玖ちゃんは眠っているので、美沙姉が頭を体を拭いて抱っこしている。




しかしこの状況、凄い恥ずかしい。


自分で洗えるから大丈夫だと言っても聞いてくれなかった。


っていうか聞こえないふりをされた。


・・・ナンデ!?




「・・・一太、ほんとにあっくん探しに行くの?」




「・・・なんだよ美沙姉、愛しの旦那さんなんだろ?」




「そうだけどさあ・・・」




珍しく美沙姉は歯切れが悪い。




「あっくんにはそりゃあ、会いたいけどさあ・・・美玖もそうだろうし・・・だけど・・・」




美玖姉はなにやらもじもじとしている。


正直違和感が凄い。




「一太が昨日みたいに大怪我したり、その、あっくんがもう・・・」




「美沙姉!!」




「っ!」




少し大きめの声で話を遮る。




「俺さ、美沙姉や美紀姉・・・おっちゃんとおばちゃんにはすごくかわいがってもらったろ?」




ちなみに美紀姉とは県外に就職したおっちゃんの次女である。


無事でいればいいのだが。




「俺には姉貴がいないから、美沙姉のことは本当の姉貴みたいに思ってる。」




「う、うん・・・」




「ということは、だ!」




一呼吸置いて続ける。




「美玖ちゃんは俺の姪っ子みたいなもんだろ!?かわいい姪っ子の頼みを、おじちゃんが聞いてやらなくてどうするってんだ!」




「これでいいですか、田中野さん。」




「ぷわぁっ!?あ、ありがとうございます・・・」




カッコよく言い切ったタイミングで頭に水をぶっかけられた。


締まらないなあ、もう・・・




「・・あはははははは!そーか、おじちゃんかあ・・・そうかあ!」




「んみゅ・・・?ママぁ?」




美沙姉が急に笑い出した。


こわっ。


あと美玖ちゃんが起きちゃったじゃん!




「・・・わかったわよ、おじちゃん。お願い・・・あっくんを、探して。」




「・・・まかしとけ!」




「もちろん私もご一緒しますね?」




ぐいっと神崎さんが顔を覗き込んでくる。


近い近い近いよ!!




・・・でもまあ、いいか。


今回も神崎さんの助けを借りよう。


こいつは絶対に失敗できないミッションだ。




「・・・よろしくお願いしますよ、相棒!!」




「・・・っはい!!」




「なぁに?どうしたのぉ・・・?あーっ!りんおねーさん、ずるーい!美玖がやってたのにぃ!」




「ごめんなさいね、美玖ちゃん。じゃあ、拭くのはお願いしようかしら。」




「はーいっ!」




あの・・・それぐらいは普通にできるんだけど・・・


あっうん、お願いします・・・






頭がさっぱりしたが、凄まじい羞恥心を覚えた洗髪が終わった。


どうせ今日は何もできないので、避難所をぶらぶらして過ごそう。


お世話役の美玖ちゃんも一緒だ。




「肩車してあげようか?」




「だーめ!ケガがなおってから!!」




「はーい。」




しっかりしていなさる。


あっ、忘れてた。


坂下のおばさんから預かったものがあったんだ。






「美玖ちゃん、おじさんのリュック開けてくれる?」




手をつないで保健室に戻り、俺のリュックを開けてもらう。




「はーい・・・ふわぁ、かわいい!このくまさん、なぁに?」




「由紀子ちゃんのお母さんから、美玖ちゃんにって。可愛がってあげてね。」




「うん!・・・えへぇ、ふわふわ・・・」




「由紀子ちゃんに、おばさんへのお礼を伝えてもらおうね。」




「うん!・・・あっおじさん、このこのおなまえは?」




ぬ、名前・・・?




「あー・・・まだないんだよ、美玖ちゃんが付けてあげてくれるかい?」




「そーなんだ、うーんと・・・えーっと・・・」




腕組みをしながら考える美玖ちゃん。


さあさあ、かわいらしい名前を付けてあげるがいいさ!




「『いちた』にする!!」




「ヴェっ!?ナンデ!?」




「おじさんがもってきてくれたから!!」




「あの・・・もっとこう、〇ーさんとか〇ディントンとかかわいい名前に・・・」




「や!いちたがかわいい!!」




可愛らしいつぶらな瞳の熊さんは、一太になってしまった・・・


おのれえ、美沙姉が一太一太呼ぶからだぞ・・・!




その後、一太を抱えてご満悦な美玖ちゃんと一緒に仲良く喧嘩する猫とネズミの映画を見た。


・・・大人が見てもおもしろいってすごいよなあ・・・






さて・・・次の目的地は決まった。


『詩谷中央駅』だ。


さぞ人というかゾンビが一杯いるところだろうから、体を治してしっかりと準備をした上で取り掛かろう。


美玖ちゃんのお父さんを探すのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る