第45話 無職釣り日和のこと 

無職釣り日和のこと 








「うーみは、ひろいーな、おおきーいなーっと。」




俺の眼前には大海原が広がっている。


天気は雲一つない晴天。


さわやかな風に潮の香りが混じって、なんというかワクワクする。




「テンション上がるなあ。さあて、頑張って釣るぞ!」




気合を入れると、持ってきた釣り道具のセッティングにかかる。


小魚でもいいから釣りたいものだ。






モンドのおっちゃんとおばちゃんを避難所まで連れて行ってから数日後。


俺は、詩谷市は南区の端にある小さな漁港に来ていた。


自宅からの距離は車で25分くらい。


さらにその端っこに車を停めたので、周囲に人影はない。


ただ波の音とウミネコの鳴き声が響くのみである。


バックで駐車したので、何かあればいつでも車に飛び乗って離脱できる。






なお、おっちゃんたちは避難所に住むことにはならなかった。


避難所の空きは1人分だからかと思ったが、あの暮らしが性に合っているからだそうだ。


畑の世話もあるし。


美玖ちゃんは安全な避難所にそのまま住んでもらって、ちょくちょく会いにくるとのこと。


・・・最低週5で行きそうだなあ2人。






まあいいや、釣りだ釣り。


現在の時刻は朝の8時過ぎ。


寝坊して朝まずめに間に合わなかったのだ。


ちなみに、今日の予定は決めていない。


いっぱい釣れたらすぐ帰るし、釣れなかったら暗くなる寸前まで粘る。


弁当という名の各種缶詰も飲み水も大量に用意したし、腰を据えて釣りを楽しもう。


釣れた時用に、バッテリー式の冷蔵庫もしっかり持ってきている。


こんな非常時に釣りをしようなんてのは俺一人しかいないので、場所取りやなんかで苦労することもない。




折り畳みの椅子、台とまな板、フィッシングナイフその他諸々も準備ヨシ。


紐のついたバケツを海に放り込み、手洗い用の海水を用意する。


釣具屋で回収した釣り竿を組み立て、テグスの先端にルアーを結んでいく。


これはワームタイプっていう、気色の悪いカラフルなミミズめいたルアーだ。




準備完了!さあやるぞお。


おっと、麦わら帽子をかぶることも忘れちゃだめだ。


熱中症になっちゃう。




竿をしならせて適当なところまでルアーを投げ、リールを巻く。


手首のスナップや竿の動きで、ルアーにいかにも生き物っぽいアクションをさせるのがコツだ。


巻いては止め、止めては巻き。


手元までルアーが来たらまた投げる。




・・・結構忙しいな。


餌釣りはウキを見ながらのんびりやるから、勝手が違うなあ。


あまり釣れないようなら、岩場で石をひっくり返してゴカイとかを探すか・・・?




そんなことを考えながらポイントを変えて投げる。


巻いて止めて~巻いて止めt・・・




おっ!来た!フィー――――ッシュ!!!




急いで巻き、ごぼう抜きに海から上げる。


朝の光を受けてキラキラと輝く魚体。


これは・・・




「フグだ畜生!!!!!」




針から外して反対方向の海へ叩き込む。


・・・どんな外道でも食うつもりだったがアイツだけは無理、死んじゃう。


せめてゴンズイにしてくれよ・・・


針を取ってからあげにすりゃ食えるんだからさあ・・・




フグに怯えつつキャスト。


今度はテトラポッドの根本あたりを狙う。


ああいう影になってる部分は魚が多いしな。




おっ!きたきたきたあ!フィー――――――――ッシュ!!!!




少し強い引きに期待しつつ上げる。


今度こそは頼むぞ!




おお!!!アジだ!!!!!


15㎝くらいのアジだ!!!!!!


この季節にしてはかなり大きいサイズだな!


やったぜ!!




ウキウキしながら針を外し、バケツの海水に放り込む。


アジは回遊魚だから、あそこで釣れたってことはあの付近にまだ群れがいるはず!!


これからは時間との勝負だ!頼むぜ俺のルアーちゃん!!




投げては巻き、投げては巻き。


それを繰り返すこと1時間少々。




「・・・やり過ぎたな。」




俺の目の前にはバケツ一杯にミチミチ詰まったアジの姿が!!


どうしようこれ、軽く30匹はいるぞおい。


釣りをしようなんていう酔狂な人間が減ったせいか、魚がスレてなくて食いつきが凄くよかったのも原因の一つだな。


とりあえず今日のとこはこれで・・・




いや待てよ、こいつをああすれば・・・




持ってきたもう一本の竿を、普通の餌釣りの仕掛けで準備する。


サイズのいいアジ以外を、手早くフィッシュナイフで成仏させてザクザク切る。


その切り身を針につけて、適当な所に投げ込む。


こういう釣り方があったことをすっかり忘れていた。




やっと穏やかな釣りが帰ってきたぞ。


座り込み、ウキを見つめながらゆっくりと煙草を吹かす。


最高の瞬間だ。


時間がゆっくりと流れ――――


一瞬でウキがざぶんと沈んだ。


そうだよね入れ食いだもんね!




重い!引きが重い!!


こいつは大物の予感だぞお!!




サバだああああああああっ!!




俺がこの世で2番目に好きな魚じゃないか!!


ちなみに1位は鮭だけど、どうあがいてもここでは釣れないので実質1位である。


こいつが釣れただけでも来た甲斐があったってもんだよ。




その後も切り身がなくなるまで釣りを続け、時刻は昼になった。




本日の釣果はアジが10匹、サバが3匹、ブリの小さいヤツ(ツバス)が1匹。


うーん、最高じゃないか!!




海の魚ってのは基本的に年中釣れるし、食料の確保先として海はかなり優秀だぞ。


夏になったら素潜りで貝を狙うのもいいかもしれない。


夢が広がるなあ。




昼飯に釣れた魚を食うことにする。


フィッシュナイフで全ての魚を三枚に下ろす。


俺の好みで頭も落としておく。


新鮮だからアジとサバは1匹ずつ刺身で食おう。




ここで秘密兵器を使う。






ぶらっくらいとぉ~~~(旧猫型ロボ)






軽トラの影でタオルケットをかぶり、疑似的な暗闇の中で切り身を照らす。


実は魚につく寄生虫はブラックライトで照らすとわかるのだ!


おやじの知識である。


これでアニサキス君に怯えずに美味しく刺身が食えるって寸法だ!




器に適当に切ったアジとサバを盛りつけ、小皿に醤油とチューブワサビを。


あらかじめ家で作っておいたアルファ米も用意して準備はバッチリ!


いただきます!




うますぎてごはんが一瞬で消えた。


涙が出そう。


いや出たわ。




あ~うまいよお~久方ぶりの生鮮食品だよお~・・・


アジのさわやかな風味もいいが、サバのねっとりとした脂のうまみもたまらない・・・


母なる海に感謝しながらがつがつと食った。






腹いっぱいに刺身を食って一息ついたので、残りの魚の処理にかかる。


開いた魚たちをきれいな海水をぶち込んだタッパーに沈める。


そのタッパーをポータブル冷蔵庫にイン!


このまま家に帰って半日ほど干せば、簡単な干物の出来上がりである。


冷蔵なら2週間程度は長持ちするハズだ。


魚が手に入ったので、いつか燻製にもチャレンジしてみたいな。




この状況なら、俺が食うくらいの魚はいつでも手に入りそうだ。


さすがに避難所全体にいきわたる量は無理なので、おすそ分けはできないが。


・・・お世話になってる人にコッソリ渡すくらいはできるか?






干物の味を想像しながら片付けていると、港の方から歩いてくる人影が見える。


ゾンビかと思ったが人間のようだ。


4人連れで、手には釣り竿やクーラーを持っている。




・・・こいつらは敵か?


さりげなく荷台から剣鉈を取って腰にマウントし、手裏剣を手の内に握る。


今回日本刀は持ってきていない。


潮風は天敵だからね!




4人は何事か談笑しながらこちらに近付いてくる。


俺を認識したようだが、特に身構える様子はない。




「こんにちは、釣れますか?」




先頭にいた初老の男が普通に話しかけてきた。


一瞬ゾンビ騒動の前に戻った気がした。


何か企んでいる感じでもない。


他の3人も同年代っぽい。




「・・・こんにちは、ええ、アジやサバが結構釣れましたよ。」




「いいですねえ、仕掛けは何です?」




「ルアーですね。釣れてからは切り身に切り替えましたが。」




俺も普通に答える。


いつでも飛びかかれるようにはしているが、相手方は変な気配もない。




「よっし!今日はツバスのいいのを狙うかね!」




「この時間だといけるねえ。本当は朝釣りも行きたいところなんだけど・・・」




「そりゃ、良さんが寝坊するから無理だよ!」




「うるせいやい!」




4人のおっさんは楽しそうに釣り談議に興じている。


・・・これタダの釣り好きなおっさん達だな。


仮に4人ともモンドのおっちゃん級の達人だとしたら俺もう死んでるし。




「あのー・・・、皆さんは会社の同僚か何かで?」




「ああそうだよ、この近くの会社に勤めてたんだけどねえ。今はそこの水産センターに避難してるよ。」




「毎日毎日、食料確保の名目で釣り三昧さ!」




「ここいらには、あんまりゾンビはいないからね。」




「そうそう!」




おっさんたちは本当に楽しそうである。


ちょっとうらやましい。


試しに釣れるポイントなんかを聞くと、4人ともバンバン教えてくれた。


生餌を探すのにいい岩場まで。


待って待ってメモるから待って。






いやー、普通にいい人達だった。


お礼に車に積んだままになっていた、俺は吸わない銘柄の煙草を1カートンあげた。


かなり喜んでくれ、今度は一緒に釣りをしようと約束までしてくれた。




食料が豊かだとあまり殺伐としていないのかな・・・?




いい人たちが被害に遭うのは寝覚めが悪いので、少し情報提供をした。


市の中心部では不穏な奴らが出没するから、気を付けるように言って4人と別れた。


さすがに避難所の情報は言わなかったが。


あの人たちがいい人でも、水産センターにどんな人間がいるかはわからないしな。




帰る途中、釣具屋を見つけたのでキメの細かい網を回収。


うまいこと工作すれば、海に沈められるカゴ罠を作れるかもしれない。


内部に魚の切り身とかを入れるタイプのやつだ。




今回は魚が釣れたのでイカは狙わなかったが、今度は釣ってみたいなあ。


今日はホントにいい日だった!釣り最高!定期的に来よう!!






「なんでこうなるの・・・」




いい日で終わるかと思ったが、コンビニに寄ったのが間違いだった。


現在、俺は3人の男と対峙している。




コンビニに侵入して、煙草や、チョコとかの甘い物やペットボトルのジュース・・・女性陣へのお土産を確保して帰ろうとしたところ、入り口をふさがれたのだ。




「ここいらはウチの縄張りだ。そいつを置いて帰れ。」




リーダー格が言ってくる。




「わかった、わかったよ・・・」




面倒臭いから言うとおりにしようとすると、背後の二人が鉄パイプを握るのが分かった。


戦利品を置くためにしゃがもうとすると、リーダーも包丁のようなものを振り上げるのが視界の隅で見える。




やっぱり、どっちにしろ殺す気じゃないかよ。


慣れた動きだし、常習犯だな。


遠慮は無用。




抱えていた荷物をそいつらの顔にひょいとぶちまけてやる。


視界をふさいだ後、リーダーの鳩尾に前蹴り。


後ろに向けて吹き飛ばし、同時に腰から逆手で剣鉈を引き抜く。




左右にいる取り巻き2人の首筋をざくりざくりと薙ぐ。


奴らは鉄パイプを放り出し必死で首筋を押さえるが、動脈を切断したのでもう助からない。


縫合の手段がないからな。




ごぼごぼ言っている取り巻きの返り血を浴びないように歩き、しゃがみこんで腹を押さえるリーダーの所へ。




「ぐううぅ・・・て、てめえ・・・殺してやるぅ・・・!!」




威勢が良かったが、血染めの剣鉈を見て真っ青になった。




「や、やめてくださっ・・・!す、すんませんでしたっ!!」




「ちょっと後悔が遅すぎるかな・・・来世に期待するわ。」




「ヒッ!?・・・っご、お・・・・」




頭を殴ると見せかけて、喉を薙ぐ。


返り血を浴びないように、後ろに飛んで回避。


リーダーはうつ伏せに倒れ込み、駐車場の地面にどくどくと献血している。




そのまま何分か観察し、全員の息が止まったことを確認する。




再び店内に戻り物色した後、荷物を抱えてコンビニを後にした。


かわいそうだが・・・殺しにきたんだから仕方ないよなあ。


・・・あんまりかわいそうでもないな。


残念だが当然である。








・・・オチまでついていい日だなあ!!畜生!!!

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