第46話 剣術教室のこと 

剣術教室のこと 








「力任せで振るんじゃねえ!振りは小さく、細かくだ!」




「「「ハイ!」」」




「剣道の知識は一端忘れろ!急所に当てるだけで人間は倒せる!!」




「「「ハイ!!」」」




「1対1なんてのはそうそうねえぞ!一撃必倒より立ち回りと手数で攪乱しろ!!」




「「「ハイ!!!」」」






「なにこれ・・・?」




週2のノルマがあるので避難所にやってきたが、運動場がなにやらにぎやかなので覗きに行った。


そこには多くの男性と少しの女性たちが整列していた。


多分ここの警官たちだろう。


彼等の視線の先には金属製の台がある。


運動会とかで校長先生が乗って挨拶したりするアレだな。




そしてその上には何故か木刀を持ったモンドのおっちゃんが。






「あ!いちろーおじさんだー!」




ぼんやりと眺めていると、俺を見つけた美玖ちゃんが走ってきてそのまま太腿に抱き着いてくる。




「えへー、こんにちはー!」




「おー、こんにちは美玖ちゃん。」




頭を撫でると、美玖ちゃんは満面の笑みである。


この前おっちゃんたちを連れてきてから、なんかさらに懐かれているような気がする。


無条件の好意を向けられるのは嬉しいが、若干こそばゆいものがあるなあ。




「美玖ちゃん、おじいちゃんたちは何してんの?」




丁度いいので聞いてみる。




「んー?なんかね、けんじゅつのおけいこだって!」




「剣術の稽古ぉ?」




「うん!みやたおじさんがおじーちゃんに頼んだんだって!」




なるほどねえ。


警官隊の戦力を増強する目的かな?


見れば、警官じゃなさそうな若い奴らもチラホラ見える。


自由参加ってことか。




「おや田中野さん、こんにちは。」




噂をすればなんとやら。


Tシャツにジャージというラフな格好の宮田さんが歩いてくる。


・・・いつもの制服と違って薄着なので、とんでもない筋肉量がよりわかるな。


なにこれ体脂肪率10%以下じゃないの・・・?




「剣術の稽古ですって?」




「ええ、中村さんもここに定期的に来ていただけるとのことなので。訓練も兼ねてお願いしたのです。」




孫がいる避難所の戦力が向上するのは悪いことじゃないしな。


銃が一般的じゃない日本では、どうしても近接戦闘が主流になるわけだし。


技術を知っているのと知らないのでは雲泥の差がある。


覚えておいて損はないだろう。


おっちゃんは意外と世話好きだしなあ。




「宮田さんは参加しないのですか?」




「私はどうも剣道が苦手で・・・ずっと柔道ばかりやっていたものですから。」




「おじーちゃんがいってたの!みやたおじさんは、じゅーどーでオリンピックに出そうになったんだって!」




「えぇ!?・・・そいつはすごい。」




「いえいえ、ただ強化選手に選ばれたことがあるだけですよ。」




それでも十分すごいだろ・・・


この肉体とその技術があるなんて、俺なら絶対に戦いたくない。


初撃と位置取りを間違えれば掴まれて即あの世行きだわ。


道場と違ってコンクリの地面に投げられたら即死だぞ・・・


それに、この肉体なら適当な長い棒とかサスマタをぶん回すだけで脅威である。






「おっ!田中野のボウズじゃねえか!ちょっとこっちに来い!!」




素振りしている集団を見物していると、壇上のおっちゃんが声をかけてくる。


ええ・・・なんだろうなあ。


ヘルメットや荷物を置いて寄っていく。




「こいつは剣道の段位は大したことねえが、おそらくここの誰より実戦経験がある。ということで・・・」




あ、なんか嫌な予感がする。




「習うより慣れろ、だ!誰でもいいからこいつと戦ってみな!」




「ヴぇッ!?」




ああやっぱり!!


やめてくれよ!皆様の視線が痛い!!




「ちょっとちょっといきなりなんだよおっちゃん!?おっちゃんがやればいいでしょ!?」




「嫌だよ面倒臭ぇ。若者は動いてナンボ!論より証拠だろうが?」




わちゃわちゃやっていると声がかけられた。




「あ!おにいさんだ!がんばってーっ!」




「田中野さあん!がんばってくださあい!!」




いつの間にか美玖ちゃんを抱っこしている由紀子ちゃんと、その横にいる雄鹿原さんだ。


やめテ!!男性陣の視線がコワァイ!!!




「俺がやる!!」




ほーら出てきたよアホの原田が!!


あと、お前のその根拠のない自信は何だよ!?


毎日頭部を強打して定期的に記憶が飛んでるのかぁ!?




「あー・・・やめときな小僧。さすがにお前じゃ相手にもならねえから。」




さすがおっちゃん。


こいつのクソザコ戦闘力を一瞬で見抜いたな。




「・・・っ!うるせえよ爺さん!!俺がやるって言ったらやるんだよ!!引っ込んでろ!!!」




怒鳴られたおっちゃんが俺の肩に手を置く。


痛い痛いめり込んでるから!




「ボウズ、目突き金的骨折り以外ならなんでもやっていいぞ・・・俺がやってもいいんだけどよ、ああいうクソガキには手加減できねえんだわ。」




最悪の許可が出たぞオイ。




普通の木刀を渡され、原田の前に出る。


周囲には、興味津々で見つめてくる皆様。




「こないだみたいにはいかねえぞおっさん・・・!」




「ああうん、まあ頑張れよ。」




軽く言い返しただけで原田は真っ赤になる。


こいつの煽り耐性はいつもいつも低すぎるな。




「行くぞオラぁ!!」




原田が踏み込んで木刀を振るってくる。


わざわざ宣誓してくれるとはサービスがいいなあ。




力任せに振り下ろされた攻撃に木刀を添え、手首を使ってくるりと巻き上げる。


遠心力で加速された原田の木刀はあっけなく宙を舞い、地面に落ちた。




「拾っていいぞ。」




呆気にとられた顔の原田に言うと、慌てて木刀を拾いに行く。




「しっかり持っとかないと落とすぞ?」




「うるっせえ!!」




今度の攻撃は横薙ぎだ。


俺の言葉を真に受けてガッチガチに握っているから伸びがなく、動きが硬い。


後ろに体を反らせて躱し、振りぬいてがら空きになった手首を軽く打つ。




「いっ!?」




木刀はまたもや飛んでいった。




「拾っていいぞー。」




「クソッ!」




木刀を再び握った原田は、こちらを睨んでくる。


戦意を通り越して殺意を感じるな。


遊び過ぎたか。




「正々堂々とやれよ!おっさん!!」




「えー・・・?」




以前もそうだったが、こいつは絡め手を使って倒しても全く懲りていない感じがある。


楽だからそうしたが、どうも原田は「卑怯な手」で負けたので俺は弱くねえ!と思っている節があるんだよなあ。


綺麗だろうが汚かろうが負けは負けで勝ちは勝ちだと思うのだが、どうもこいつはそうではないらしい。


また適当にあしらってもいいが、そうするとまた絡んでくる可能性も無視できない。




面倒だが仕方あるまい。


真正面からボッコボコにしてくれるわ。




「・・・南雲流、田中野一朗太・・・参る!」




テンションを上げるため、大仰に名乗る。


恥ずかしいけど、なんか癖になるんだよなこれ。




「うるせえよ!!!!」




斬り込んでくる原田の斬撃を柄で受け止める。




「ぬんっ!」




そのまま全身の力を使って、原田の木刀を上方向へ跳ね上げる。




「はぁっ!!」




がら空きになった原田の胸にそのまま柄尻を打ち込み、体当たりで後方へ吹き飛ばす。




「・・・フッ!!」




木刀を旋回させ、一呼吸で胴体に三連撃を叩き込んだ。


原田は仰向けに倒れ、気絶することもできずにもがいている。


・・・一撃でよかったかもしれん。




「それまで!・・・お前ら覚えときな、アレが最悪の対応だ。」




おっちゃんが木刀で原田を差しながら言う。




「力量差もわからねえ相手にいきなり全力で突っ込んで、後のことも考えねえでぶん回す。挑発にもアッサリ引っかかるから攻撃の精度もカスだ。」




死体蹴りがひどくない?


原田に聞く余裕がないのがせめてもの救いだ。




「実戦はよーいドンの勝負じゃねえんだ。相手は何人いるかもわからねえし、体力を温存しながら戦うのが定石だ。わかったか?」




「「「ハイッ!!」」」




最高の反面教師を見て、全員身が引き締まったようだ。


原田は犠牲になったのだ・・・授業のための犠牲にな・・・




原田は案の定保健室送りになった。


ナムアミダブツ!!!






その後、何人かの警察官と組み手をした。


さすがに剣道の経験がある人達だけあって、クソザコナメクジ原田とは比べ物にならない。


何発かいいのをもらってしまったが、インナーが硬化してくれるので問題ない。


それに、なんというか警察の方々は打ち込みや動きが『きれいすぎる』ので捌いたりするのが楽だ。


いわゆる道場剣術ってやつだな。




まあうちの道場は使えるものはなんでも使うので恐ろしい道場稽古になるのだが、普通は素直な剣になるんだなあ。






「ふいー・・・疲れたあ。」




「いちろーおじさん!はいお水!タオルも!!」




稽古も一段落ついたので座って休憩していると、美玖ちゃんがペットボトルとタオルを差し出してくる。


なんちゅう気の利くええ子や、これは将来いいお嫁さんになるぞ。




「うわー、ありがとう美玖ちゃん。これはそんないい子へのプレゼントでござる。」




「え?わーい!きれい!!」




リュックサックから、この前釣りに行ったときに漁港で拾った綺麗な貝殻を渡す。


なんとなく夜暇だったので、ちょこちょこ細工してネックレスっぽくしたものだ。


作ったはいいが使い道がないので、どうしようか悩んでいると美玖ちゃんを思い出した。


今日来たのは、元々これをあげるためだったんだよな。


すっかり忘れていた。




「ずうっとだいじにするね!ありがとう!おじさんだーいすき!!」




さっそくネックレスを首から下げた美玖ちゃんは、ニコニコしながら抱き着いてくる。


あああ、俺今すっごい汗臭いからやめといた方が・・・




「・・・随分と孫に懐かれたもんだなあ、ボウズ。」




不意に後ろからおっちゃんが話しかけてくる。


ニコニコしているが目だけは笑っていない。




「美玖、田中野のおじちゃん、好きかい?」




「うん!やさしいしかっこいいから、いちろーおじさんだいすき!」




「そうかいそうかい・・・」




美玖ちゃんの俺への評価が思った以上に高過ぎる!?


しかし、こんな宇宙海賊みたいな傷男をかっこいいと言ってくれるのはうれしいなあ。




「俺も体を動かさねえとボケちまうなあ・・・付き合え、ボウズ。」




どす黒い何かのオーラが出ていそうなおっちゃんが俺に言う。


ロリコン認定でもされたの俺!?




「えっでももう疲れたし・・・」




「悪漢は疲れてても待っちゃくれねえぞ!ホラ早く来いすぐ来い殺すぞ!」






半ば強引に引き立てられ、校庭の中心で向かい合う。




「あのねおっちゃん、美玖ちゃんの大好きってのは親戚のおっさんとかへの親愛的な大好きであって、恋愛的なものとは違う・・・」




「んなことは百も承知だがなんか腹が立つからあきらめて相手になりな。」




理不尽!!


理不尽でござる!!!






「おじーちゃーん!おじさーん!!どっちもがんばれーっ!」




美玖ちゃんが応援してくる。


その横にはいつの間にかいた神崎さんの姿。


目がキラキラしている。


武術マニアの彼女がこれを見逃すはずないしな・・・






「技の使用は無制限。急所は無しってことでいいな?」




「了解・・・」




諦めて木刀を構える。


格上の相手だし、いっちょ胸を借りるつもりでいくか・・・




いざ参る!!






・・・普通にボコボコにされたわ。


何発か打ち込めはしたが、どれも決定打にならなかった。


いてて・・・これが還暦越えの老人の力かよ。


僅かな隙を見つけてとんでもない精度で木刀をねじ込んできやがる。






「おじーちゃん、すごいね!」




「はははそうだろうそうだろうははははは!!!」




おっちゃんは美玖ちゃんに褒められてご満悦である。


なんだそのだらしない顔は!!




「あの達人に打ち込むとは・・・田中野さん、今度是非ご教授を。」




「はい・・・」




キラキラ顔の神崎さんが渡してくれたタオルで汗を拭きつつ、何とも言えない気持ちで煙草に火を点けた。

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