第43話 中村武道具店のこと

中村武道具店のこと








「・・・9時かあ。」




避難所から宿泊の日々が終わって、やっと家での生活が戻ってきた翌日。


俺はもそもそと布団から起き出した。


家に戻ってからテンションが上がり、以前回収したDVDを見まくってしまった。


寝たのは・・・3時くらいかな?




寝たいときに寝て、起きたいときに起きる生活最高!!




このまま午前中はゴロゴロして過ごそう・・・物資はたくさんあるし。


公民館の地下にもあるしな。


俺一人が生きていくなら十分すぎる量だ。


あ、いかん野菜に水やりしなきゃ・・・




「今日も元気だ煙草がウマイ!」




こうして庭に出て煙草を吸っていると、外がゾンビまみれだって忘れそうになるなあ。


野菜も順調に育ってる。


特にジャガイモは種芋で増やせるし、宮田さんに分けてもらった大豆と一緒にどんどん栽培しよう。


・・・場所は近所の畑か近所の庭を改造させてもらおうかな。


由紀子ちゃんの家はさすがに悪いしなあ。


オッサンという腐らないし肥料にもならん物体が埋まってるし。




しかし、このゾンビ騒動はいつまで続くんだろう。


ずっとこのままってわけじゃないだろうが、1年ぐらいで終わるとも思えない。


缶詰や非常食の賞味期限から、なんとか3年はいけそうだな。




つまり、その間に持続可能な食料を手に入れるか助けが来ないと餓死ってことだ。


3年・・・3年かあ。


なんというか、長いような短いような。




とりあえず俺にもできそうなのは栽培と魚釣りくらいのもんだな。


後は探索だなあ。


とりあえずもっと知識も必要だな。




ま、俺1人ならカサコソ動いて生き延びてやるさ。


駄目だったら俺が死ぬだけだもんな。


気楽でいい。






「いかん・・・」




今日は一日家から出ない気でいたが、問題が発生した。




「打ち粉と油の在庫が心許ない・・・」




両方とも、刀を整備するときに必要なものだ。


打ち粉とは、簡単に言うと砥石を細かく砕いたもの。


時代劇とかでサムライがポンポンと刀に何か当ててる奴、あれだ。


油とは刀に塗って錆びを防ぐもので、丁子油と呼ばれている。




すぐに在庫が尽きるわけではないが、こんな情勢なので手に入る時に手に入れておきたい。


ということで、予定にない外出をせざるを得なくなった。






自宅から車で20分少々。


俺は南区のはずれに来ていた。


以前、隣町まで行ったがここはその途中にある。




『中村武道具店』




ひなびた商店街の一角にある、歴史を感じる平屋建ての店舗。


ここは、俺が小学校から今に至るまでお世話になっている店である。


学生時代は、剣道の竹刀やら防具やら道着やら。


社会人になってからは、真剣の注文や手入れ道具。


何を隠そう俺の3振りの刀を購入したのも、ここから仲介してもらった刀剣商だ。




ここは俺の自宅周辺と同じくゾンビが少ない。


目の前にある店も、特に略奪された様子もない。




店主と奥さんが経営していたが、2人とも無事だろうか。


・・・無事だろうな。


確実にそう思える。


なぜなら――――






店の前で考え込んでいると、不意に右側面から擦過音。


気配が読めなかった!?


咄嗟に木刀を向け、斬撃を防ぐ。




合わせた武器もまた木刀だった。


一般的な太さのものだが、腕に伝わる衝撃はかなり重い。


これは素人じゃない!


振り方を知ってる人間だ。


それも・・・かなりの使い手。




はじきながら左に飛び、木刀ごと襲撃者に振り向く。


そこにはヘルメットにゴーグルとマスク、作務衣の上下といういでたちの中肉中背の恐らく男がいた。


相手は適度に力を抜いた下段気味の構え。




・・・ヤバい、隙がない。


次の行動が読めない。




木刀の峰を肩に担ぐいつもの構えを取り、対峙する。


真剣を抜く隙すらない。


このまま木刀で戦うしかない。




相手が地面を滑るように動く。


上下のブレが極めて少ない、まるでホバー移動だ。


そのまま切り上げの体勢に入っている。




俺は上段からの打ち下ろしと思わせ、変則の横凪を放つ。


相手の木刀をへし折るつもりだったが、相手はするりと木刀を滑らせ、俺の木刀を受け流す。


うまいっ!




流された木刀を引き付け、相手の斬撃を木刀の根元で受ける。


力で抑え込もうとすると、やはり玄妙な体重移動でいなされる。




距離を取ろうとバックステップすれば、そのままの勢いでピッタリ張り付いてくる。


恐ろしく勘がよく、鋭い。


若くはなさそうなのになんて瞬発力と反射神経だよ!?




「がっ!?」




相手が離れ際に、俺の鳩尾に突きのおまけを叩き込んでいった。


衝撃が背中まで突き抜けたみたいだ。


インナーをしていても吐きそうになる。




駄目だ、正当な剣術では俺より数段上手だ。


このまま戦っていればジリ貧になっちまう。


・・・絡め手を使うしかない。




上段に構え、息を整える。


相手は下段に構え、様子見の体勢だ。




俺は一気に踏み込み、唐竹割に斬撃を――


放つと見せかけ、両手を緩めて木刀を真下に落とす。


落下してきた木刀の柄尻をブーツで蹴り、一直線に相手に向けて飛ばした。




南雲流奥伝が一、『飛燕』




本来は脇差か小柄を蹴飛ばすものだが、今回は木刀で代用した。


・・・名前だけはカッコいいよなこれ。




さすがにこれは予想外だったのか、相手はたまらず飛来する木刀をはじく。


体幹がぶれて初めて隙ができた。


今度こそ地を這うように低姿勢で飛び込み、左手で鞘を捻りつつ下段から伸びあがるように切り上げの居合を放つ。


こいつならどうだっ!




しかし、相手は後ろに倒れ込むようにこれを回避。


斬撃はマスクの紐を1本切っただけに終わった。




バケモンだこいつ!?初見のこれを躱すかよ!?




刀を引き戻しながら後方に飛び、下段に構える。


・・・アレが駄目となると、どう攻めるかな。




相手の口元を覆うマスクが取れ、顔の下半分があらわになる。


思った通り、それなりの年齢のようだ。


口元に刻まれた皺が深い。




あれ?




どっかで見たことあるような・・・




「モンドのおっちゃん・・・?」




「・・・やっぱおめえ、田中野のボウズか。」




俺に答えた声もやはり聞き覚えのあるものだった。


ヘルメットのシールドを上げる。


相手もゴーグルを上げた。




「でっけえ傷こしらえやがって、他人の空似かと思っちまったぜ。」




「おっちゃんこそ、そんなもん付けてたからわかんなかったよ。」




俺の目の前で苦笑いを浮かべ、構えを解く男。


彼は、『中村武道具店』の店長。




『中村モンド』さんだ。




ちなみに仮名である。


俺が小学校の頃からそう名乗っている。


理由?某有名仕事人ドラマが大好きだから、苗字の中村に合わせているらしい。


ドラマの主役に合わせた流派も全て学んだというから、筋金入りだ。


外見もちょっと某奉行所の昼行燈に似ているので、知り合いはみんなそう呼んでいる。




「しかし南雲流・・・ほんっとにえげつねえ技使いやがるな。」




「必死だったんだよこっちは。絡め手以外じゃ仕留めきれないって思ったから・・・」




「殺す気できやがったなボウズ。・・・おめえ、人を斬ったろう。それも何人も。」




「・・・せ、正当防衛だと主張したいね。」




一流の使い手ともなると、そんなこともわかるもんなのかな。




「馬ァ鹿、顔に出すぎなんだよおめえは。カマかけただけだ。」




・・・こういうところも、ドラマのあの人にそっくりなんだよなあ。




「それに俺もだいぶ殺っちまったしな。あのゾンビみてぇなのからチンピラまでよ。」




「・・・ひょっとして、ここらへんにゾンビが少ないのって・・・」




「あらかた俺が成仏させてやったな。そしたら今度は人間がうろつくようになりやがった。」




ゾンビの方が楽だったぜ、などとため息をつくモンドのおっちゃん。


元気そうで安心した。


元々、おっちゃんがゾンビやチンピラ程度にどうこうされる心配はまったくなかったのだが。


まさか俺が襲われるとは思わなかったけど。




「で、今日はまた何の用だ?あいにく分けられるほどの食い物はねえぞ。」




「食料には困ってないよ。丁子油と打ち粉が欲しいんだけど・・・」




「なんだよ手入れ用品か。仕入れた翌日にこの大騒ぎだからな、それこそ売るほどあらぁ。」




よかった、これで当面の問題は回避できた。




「ATMが動かないから手持ちの現金しかないけど、大丈夫かな?」




「金なんぞ今は風呂の焚き付けにもなりゃしねえよ。貴重品でもないし、知り合いのよしみで好きなだけ持っていきな。」




ありがたすぎる申し出だ。


あ、そうだ。


ついでにアレも・・・




「アンタ、お客さんかい?入ってもらいな・・・一朗太ちゃんじゃないか!」




「おばちゃん!元気そうだね!」




店の戸が開き、見知った人が顔をのぞかせる。




「・・・一朗太ちゃん、しばらく見ない間にいい男になっちまったねえ!」




俺の顔を見て目をうるませているのはおっちゃんの奥さん、美千代みちよさんだ。


昔から何かと世話を焼いてくれる肝っ玉お母さんである。




「おいボウズ、寄っていきな。世間話が代金代わりだ。」




「うん、お邪魔します。」






店内を通り、住居スペースに通される。


よく夕飯をごちそうになっていたので、勝手知ったる他人の家だ。


おばちゃんが淹れてくれたお茶を飲みながら、今までのことをつらつら話す。




「そうかいそうかい、そっちの方は大変みたいだねえ。こっちは、ウチの人があらかた片づけてくれたから今は平和だけどさ。」




「なかなかどうして、ボウズにしちゃあ頑張ったじゃねえか。油断してやらかすのはガキの頃から変わってねえな。ホラ覚えてるか?中3の時のインハイの・・・」




「おっちゃん!恥ずかしい過去を掘り返さないでくれるかなあ!?」




時々茶々を入れられながら話は進む。


ゾンビのこと。


避難所のこと。


出会った人たちのこと。




「・・・しっかし、宮田の小せがれが避難所仕切ってるってのは驚いたねえ。まあ死んじゃあいねえとは思ってたけどよお。」




「あのかわいらしかった剛二郎ちゃんも、立派になったんだねえ。」




「えっ?おっちゃん達宮田さん知ってんの?」




「アイツのオヤジとは付き合いが長くてなぁ、親子二代でウチの御贔屓さ。柔道用品のな。」




ほんと、世間って狭いなあ・・・


しかし剛二郎ちゃんって・・・


だ、駄目だ!どうしても可愛らしい宮田さんが想像できない!




「あ、そうだおっちゃん。ここに砥石って置いてる?前まで使ってた刀が刃こぼれしちゃってさ・・・」




「おおかた、慌てて骨やらなんやら無理やりぶった切ったんだろ?油断こそが一番の敵・・・いつも言ってるじゃねえかよ。」




「文字通り骨身に沁みたよ・・・」




「まあ、向かい傷は男っぷりが上がっていいじゃねえかよ。モテるぜ、それ。」




「またまたぁ・・・」




がはは、と笑うおっちゃん。




「それはそうと砥ぎだけどな、ありゃあ一朝一夕にできるもんじゃねえ。素人ならまだ研がずに使った方がマシってもんだ。」




「あー・・・やっぱりそう?」




「あったりめえだ、鎌や包丁なんかとは訳が違ぇんだぞ?・・・俺がやってやるから、今度持ってきな。」




「えっ?おっちゃん砥げるの!?」




「俺が何年真剣取り扱ってると思ってんだよ?居合の段もおめえの2倍はあらぁ。まあ本職にはかなわねえが、それでも素人仕事よりはマシだ。」




うおお、こんな身近に救世主がいたとは!!


ありがたすぎる!


・・・しかし世話になりっぱなしなのも心苦しいな。


何か手伝えることないかなあ。




「ありがとうおっちゃん。でも、さすがにここまでしてもらって何もしないってのはさすがに悪いよ。なにか俺が手伝えることってない?」




「わけえモンがいらねえ気を回してんじゃねえよ。・・・と言ってもボウズの性分だと言っても仕方ねえか・・・」




さすがに、俺のめんどくさいところをよくわかってらっしゃる。




「といっても、どうするかねえ。手伝ってもらうほど畑も広くねえし、水は井戸と山水があるしなあ・・・」




「アタシもこれといって困ってないしねえ・・・」




ふたりともうんうん唸っている。


ここは生活がほぼ循環してるんだな。


夫婦そろって欲のないことだ。


俺の家よりだいぶまともであるなあ。




「おっ!あったあった頼めることが。あのよぉボウズ・・・」




おっちゃんは手を叩き、俺に向かって話し始めた。

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