第42話 報告と招かれざる客のこと

報告と招かれざる客のこと








「・・・なんということだ。まさかそのような状況に・・・」




家でサッパリした後のこと。




避難所に行き、まっすぐ職員室に向かった俺たちは、宮田さんに今回の顛末を報告していた。


机の上には、回収した15丁の拳銃と銃弾が置かれている。




今回の話は余りにショッキングなので、職員室には宮田さんと限られた警官しかいない。


避難民の人たちには絶対に聞かせられないな。




「はい、避難民たちの遺体は遺棄されていて確認できませんでしたが・・・遺留品から見ても間違いないかと。」




ちなみに報告しているのは主に神崎さんで、俺は内部の様子を聞かれた時だけ答えるスタイル。


適材適所、適材適所です。




目の前で腕組みをする宮田さんから、隠しようもない怒りの気配が伝わってくる。


いや、気配なんかじゃなくて尋常じゃないほどパンプアップして血管の浮き上がった腕を見るだけでわかる。


すっご・・・なんだこれ丸太かな・?




「近隣3か所の避難所は全滅・・・ここは、幸運だったということですね・・・」




俺は頷いて言う。




「ええ、今までは、です。・・・これからはああいう手合いも増えてくることでしょう。」




「・・・防御をもっと固める必要が出てきましたね・・・」




パンデミックが始まってしばらく経つ。


今まではパニックでてんやわんや、ゾンビにやられたりゾンビになっちゃう奴も多かったことだろう。


しかしある程度ゾンビの対処や、生存者グループの結成が進んでくると、今度は別の問題が出てくる。




限られた物資の奪い合いだ。




ここや隣町の病院のように、しっかりと備蓄があってさらに畑などを作っているところはまだいい。


発電機やソーラーパネルなどの動力源もあるし、長期的な籠城にも耐えきれるだろう。




今までならよかったが、この状況下においてそういう恵まれた環境は狙われる対象になる。




前にも言ったが、他人の物を奪った方が楽でいいという人間はいつでも一定数いる。


特に、今のような世界ではもっと増えているだろう。


いつかの公民館や、今回の市民会館のような連中だ。


この避難所の周辺にも最近偵察っぽい奴らがどんどん増えていると聞くし、殺伐としてきたなあ。




・・・俺の自宅も、もう少し対策しておいた方がいいな。


留守にすることも多いし。


おやじの普通自動車も置きっぱなしだしな。


ホームセンターに行って色々探してこよう。


ホームセンターは最強だからな。






報告を終えた後、廊下に出た。


神崎さんは宮田さんとまだ話すことがあるようなので、俺は柔道場の使用許可を取って退室した。


神崎さんが「しまった!」みたいな顔をしていたのが面白かった。


そんなに見たいのか・・・




「あーっ!いちろーおじさん、おかえりー!」




「はーい、たっだいま美玖ちゃん!」




俺を見つけた美玖ちゃんが廊下の向こうから走ってきた。


その勢いのままジャンプして飛びついてきたので、受け止めてグルグル回転する。




「にゃっ!あははははは!」




美玖ちゃんの笑顔を見ていると、殺伐とした気持ちがみるみる浄化されていく。


子供は宝とはよく言ったものだ。




一瞬、あの持ち主のいなくなったランドセルを思い出す。




「・・・おじさんどうしたの?おなかいたいの?」




子供特有の鋭さか、美玖ちゃんは俺を心配そうに見つめてくる。




「・・・そうなんだよ、おじさんお腹丸出しでお昼寝しちゃってさあ。」




「たいへん!だいじょうぶ?」




「美玖ちゃんが心配してくれたからすーぐ治っちゃったなあ!そーれ!」




「きゃーっ!たかーい!!はやーい!!」




誤魔化すように、美玖ちゃんを肩車してゆっくり走り出す。


・・・せめて、ここにいる子供たちは平和に過ごしてほしいなあ。


俺と美玖ちゃんを見つけて、僕も私もと肩車をせがみながら走ってくる子供たちを見ながら、俺はそう思った。






・・・子供の体力舐めてたわ。


あの後避難民の子供たちにも肩車をしてやったり、簡単な遊びを教えてあげたり一緒に遊んだりしたがすっごい疲れた。


娯楽に飢えてたのもあるのだろう、もっともっととせがんでくる子供たちに言われるまま遊んだ結果がこれである。




やっと満足した子供たちは、美玖ちゃんと一緒に図書室に行った。


なんでも避難民の中に退職した小学校の先生がいて、絵本の読み聞かせをしてくれるらしい。


スマホもTVもPCも使えない今となっては、貴重な娯楽だなあ。


情操教育にもよさそう。


たぶん。






柔道場に行き、まずは柔軟体操。


さっきおんぶとか肩車とかしまくったから、特に腰は念入りにやっておこう。


戦闘中にギックリ腰にでもなったら、空前絶後の情けない死に方をしてしまうからなあ。




そして、新たな相棒の使い勝手を試す。


・・・やはり以前のモノより長くなった分、若干の違和感があるな。


刀剣商にオーダーする際に、とにかく当時のモノっぽく頑丈で丈夫で重くしてください!!なんて無理を言ったせいで、かなり重いし。


だがまあ、それだけあって威力も十分だろう。


遠心力を乗せて振ると、ビュオウという今までにない力強い風音が聞こえる。


その後も体を慣らすために、ひとしきり汗を流した。




汗を拭いていると、神崎さんが「間に合わなかった・・・」みたいな顔で入り口に立っているのが見えた。


捨てられた子猫的な雰囲気が面白くて、思わず爆笑してしまった。


無茶苦茶睨まれた。




ネコはネコでもライオンだったらしい。


命だけは!!!!!




再びコメツキバッタに変身し、事なきを得た。






・・・とにかく、これで俺のミッションは終了だ。


治療してくれた借りも返せたと思う。思いたい!


これからは週に1回程避難所に顔を出すことにしよう。


家の再改装とかも進めたいし。






あと釣り!釣りに行きたい!!


あのクソッタレ公民館のハゲのせいで後回しになってたが、これでやっと釣りに行ける!!


刺身が食いたい刺身が!!






美玖ちゃんは寂しがるかもしれないが、友達もたくさんできたようだし大丈夫だろう。


「美玖ちゃんはもはや私の妹だから!!」などと豪語する由紀子ちゃんもいるしな。


・・・たまに姉妹が逆転している感もあるけど。






「というわけで宮田さん!お世話になりました!これからもちょこちょこ顔は出しますんで!」




「嬉しそうですねえ田中野さん・・・あなたは本当に変わっていますよ。」




再びの職員室。


俺は宮田さんと話していた。




「こればっかりは性分なもんで、1人の方が何かと気が楽ですから。」




「あなたには大変お世話になりました。空きもできたのでこのままここに住まれても・・・その顔を見れば答えがよくわかりますね。」




苦笑いしながら宮田さんが言う。




たまに泊まりに来るのはいいけども、住むのはNGである。


俺という人間はほとほと集団生活に向いていないらしい。




スッキリした気分で廊下に出ると、そこに神崎さんが立っていた。




「神崎さん、この度は本当にお世話になりました。」




「お帰りになるんですね、田中野さん。いえ、私の方こそ色々お見苦しいところを・・・」




見苦しさでは俺がぶっちぎりでトップなので本当に気にしないでいただきたい。




「これからも週に1回くらいは顔を出しますんで・・・」




「2回です。」




「へ?」




「最低、週に2回です。毎日来てもいいんですよ?」




「いやあそれはご迷惑に・・・」




「美玖ちゃんたちも寂しがりますし、それくらいは来ていただけますよね?」




「あ、のぉ・・・」




あ、圧力がすごい・・・




「来ない場合は安否確認も兼ねて、またおうちにお邪魔しますからね?今度は美玖ちゃんも一緒に。」




「・・・あ、アイアイキャーp」




「やめてください。」




「・・・はい。」




そういうことになった。


・・・まあいいか。


美玖ちゃんを引き合いに出されちゃ仕方がない。


泣く子と地蔵菩薩には勝てぬって言うしな。


・・・言うかなあ?






「えー!?おにいさん帰っちゃうの!?もうずっとここにいるんだと思ってた!」




「う、ウチもそう思ってました・・・」




神崎さんと別れて帰ろうとしていると、いつぞやのように由紀子ちゃんと雄鹿原さんに捕まった。


大変タイミングが悪い。




「おにいさん、大丈夫?夜一人で寝れる?私もう美玖ちゃんが一緒じゃないと眠れないかも!」




「・・・由紀子ちゃんは俺を何だと思ってるのかな?」




「た、田中野さん、また来てくれますよね?いなくなったりしませんよね?」




「謎の圧力によって週2で来るから大丈夫だよー。お土産も持ってくるからねー。」




由紀子ちゃんは以前からの知り合いだからまだわかるけど、雄鹿原さんにも懐かれたもんだなあ。


なんでじゃろ?・・・美玖ちゃんと同じような理由かな?




「むー・・・わかったよおにいさん、美玖ちゃんには私が上手く言っておいてあげる!一人が好きなの、昔のままだねえ。」




「助かるよ、由紀子ちゃん。」




「そのかわり、甘い物見つけたら必ず私たちにお土産として持ってくることっ!」




「アイアイマム!!」




ありがたいことに、俺のめんどくさい性分を昔から知ってる由紀子ちゃんに甘えることとしよう。




あっ忘れてた。




「由紀子ちゃん、雄鹿原さん、ちょっとこっちおいでー。」




廊下の隅に二人を呼び、棒手裏剣を手渡す。


最近特に物騒だし、若い女性である彼女たちにも適当な護身用品を手渡しておきたい。


訝しむ二人に、悪い男に襲われたら言うことを聞くふりして股間に突き刺して逃げろとレクチャーする。




「目じゃなくていいの?おにいさん。」




こっわ!由紀子ちゃんこっわ!!




え?神崎さん?


もう持ってるしあの人はたぶん素手で人体を破壊できるから大丈夫。




「でもさー、私みたいなのを襲う人っているのかなあ?」




「ウチもちんちくりんですし・・・」




「花の女子高生が2人して何言ってんの!需要ありまくりでしょ2人とも可愛いんだから!!もっと自覚を持ちなさいよォ!!」




「えっ」「あう・・・」




「由紀子ちゃんはスラっとしててかわいいっていうか綺麗だし、雄鹿原さんもちっこくてかわいらしいでしょ!!!」




「おに・・・」「わわわ・・・」




「全く・・・世の中悪い男が多いんだから、2人ともしっかり気を付けるように!今度簡単な護身術教えてあげるからね!!」




「「ふぁい・・・」」




よくわからない論点で気持ち悪い説教をかます。


特に由紀子ちゃんは原田というヤバいアホがいるからきっちり言っとかないと。




そんな事案スレスレの会話をした後、何故か顔を真っ赤にした2人を残して校舎を出る。




ふう、やっと帰れるぞ。






「入れろよ!」「入れなさいよ!!」「警察は市民を守る義務があんだろが!!!」




「無理です!!お帰りください!!!」




「この避難所は満杯でもう入れません!!!」






今度は何だよォ!?!?






校門で何やら警官たちとともめてる奴らがいる。


門を無理やり入ろうとしているようだ。


アイツらが最近多いっていう不審者か。




おっ森山くんもいる。


がんばれー!


あっ殴られた!何してんだよ今の関節取れたろ!




うーん、らちが明かないなあアレ。


警察のみなさんは優しいなあ。




よし、ここは俺が一肌脱いでやるとしよう。


何よりあいつらがあそこにいると俺帰れないし。




そのまま校門に近付いていく。


警官たちは門を挟んで生存者の集団とにらみ合っている。


相手は男3人と女1人だ。




「お疲れ様です森山さん、ちょっと通してくれますう?」




「た、田中野さん!ちょっと!危険ですよ!?」




「いいからいいから。」




そのままその集団に問いかける。




「どうも、あの~なんか詩谷高校なら空きがあるらしいですよ?噂で聞いてきました。」




「なんだアンタ!?それは本当か!?」




「私はここに娘だけいるんで、外で暮らしてるんですよ~」




「父親でも入れてもらえないの!?」




「決まりなんで仕方ないですねえ。物資はカツカツだし、娘が飢え死にしちゃ困りますしねえ。」




息をするように嘘をつき、そいつらをなだめる。


そいつらは何事か仲間内で話し合うと、悪態をついて離れていった。


ケケケ、馬鹿は騙しやすくて助かりますなあ。




「た、助かりました田中野さん・・・でも、いいんですかあんな嘘ついて。」




「風の噂で聞いたことですからねえ、そこまで責任はとれませんよぉ。また戻ってきたら、今度はぶん殴ってでも入れちゃだめですよ?」




「は、はい・・・」




「あんなの入れたら、中で何されるかわからないですからねえ。子供や女性の安全は警察の肩にかかってるんですからね!」




「ハイッ!!」




森山くんに釘を刺しておく。


ここには美玖ちゃんや子供たちがいるんだ。


あの会館みたいにはしたくない。


頼んだぞ警官諸君。


もっとヤバいタイプが来たらちゃんと助けてやるから。


・・・神崎さんと宮田さんがいれば何とかなりそうではあるけども。






やっと開いた校門から軽トラを出しつつ、煙草に火を点けた。


さーて久方ぶりの自由だ!


今晩は映画マラソンだぞお!!




あっ・・・美玖ちゃん用のDVD渡すの忘れた・・・ 


まあいいや、次に来た時に渡そう。


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