第37話 詩谷高校のこと

詩谷高校のこと








出がけに色々あったが、その後は何も問題はなく目的地に到着した。




今回の目的地は、詩谷市立詩谷高等学校。


避難民の人数はおそらく300人前後。


警察が避難誘導をしていたのは確かだが、北小学校より前に通信が途絶し現在に至る。


初めから連絡が取れない、らしい。




・・・こいつは絶望的かもな。




前回の北小学校が丘から見下ろせる立地だったのに対し、ここは丘の上に建っている。


住宅地の中心ににょっきり高校が生えている感じだ。




住宅地から離れた所にある駐車場に車を停めると、神崎さんと一緒に住宅街に足を踏み入れた。


リュックサックは車に積み、武器だけを持っていくことにする。


前回のこともあるので、一応ロープもだ。


神崎さんも背嚢を下ろし、武器はライフルと自前だという大型サバイバルナイフを腰に差している。


ライフルにはさらに銃剣が装着されている。


はえー・・・すっごい強そう・・・




しかし見通しが悪い・・・ゾンビに気を付けないとな。


高校に通じる道路は事故った車でいっぱいだったので、ここを抜けていくしかない。




アクション映画の特殊部隊のように、神崎さんと前後を確認しながらゆっくり歩く。


とにかくゾンビに声を上がられるとマズい。


住宅街中のゾンビが押し寄せてきては偵察もクソもない。




「前方、自販機の影にゾンビ1。」




単眼鏡で前方を確認する。


片腕のゾンビが後ろ向きでゆらゆらしている。




「・・・撃ちますか?」




「いえ、俺がやります。」




音が響くし、なにより銃弾は貴重だしね。




俺は壁に沿ってゆっくりとゾンビに近付き、自販機の影から飛び出すと同時にそいつの顔面に木刀を叩き込む。


倒れ込むそいつの後頭部をさらに一撃。


よし、処理完了。




時に迂回し、時に後ろからゾンビの脳天を叩き割り、じりじりと高校に接近していく。


住宅だけあってゾンビが多いな・・・




不意に路地の影からゾンビが顔を出した。


いかん、気付かれる!




神崎さんが音もなく動き、ゾンビの頭に銃剣を突き刺した。


正確に目を貫通した剣先がそのまま脳を破壊したのだろう。


少し呻いてゾンビは静かになった。




・・・心強すぎる。


もう神崎さんだけでいいんじゃないかな。






なんとか住宅地を抜け、高校の建っている丘の下までたどり着いた。


教員や来客用の駐車場と、生徒の駐輪場が見える。


生徒や教員は、そこから長い階段を上って高校に向かうようだ。


車用のスロープもあるが、距離が長い。




「車や自転車がそのままになってるってことは・・・」




「ええ、学校にはまだ大勢が残っているということですね。」




生きているにせよ、死んでいるにせよな。




周囲に人影がないことを確認し、奥まったところでしばし休憩。


お互いに一服する。




「そういえば、神崎さんもマンドレイクを気に入ったんですねえ。」




「・・・ええ、何故かこの後味が癖になりまして。」




「でしょう?そこがわかる人がいてうれしいなあ。今度探索に出たら神崎さんの分も確保しときますね!」




「いいのですか?ありがとうございます。」




「いいんですよお、多分俺たちしか吸わない銘柄ですし!」




今度から無人コンビニを積極的に漁ろう。


有人?以前みたいなことがあったら手裏剣が減るからパス。






休憩もすんだところで、駐輪場の奥から階段を上っていく。


後ろを振り返ると住宅地のそこかしこにゾンビが見えるが、あいつらは目が悪いのででかい音さえ立てなきゃ大丈夫だ。


あれ?でも小学校の子供ゾンビは渡り廊下の上まで見えてたみたいだな・・・?


うーん、個体差があるのだろうか。


まあいい、今考えても仕方ない。




校舎が見えてきた。


たしか3階建てだっけ。


このままいけば校門に着くはずだ。




「なんとも、これは・・・」




階段を上りきった俺たちの目に飛び込んできたのは、閉じられた校門の先にいる大量のゾンビ。


校舎までの空間にぎっしりといる。


いちいち数えていられないが、ざっと見積もっても100体以上だ。


避難所になっていたから、この高校も4方を塀に囲まれているので外には出てこれないようだ。




俺たちは外壁に沿って移動を開始した。


時折塀の上のフェンスから頭を出し、敷地内を観察する。


おふくろの手鏡かなんか持ってくればよかったなあ。




「もれなくゾンビまみれですな、こりゃあ。」




「服装から察するに、生徒や教員のようですね。」




「そうですね・・・あっ警官のゾンビもいる。」




校門の反対側まで来た。


ここの向こうはグラウンドらしい。


覗き込むと、がらんとしている。




「どうします?一応、中を確認しておきますか?」




「周囲にはゾンビがいないようですし、退路を確保しつつ確認しておきましょう。」




まずは俺からフェンスを乗り越えて中に。


目の前に2階建てのアパートめいた建物がある。


・・・部室棟ってやつかな。




周囲を確認。


気配や音はない。


神崎さんに合図を送る。




神崎さんは俺の横に、ほとんど音をさせずに飛び降りてきた。


ライフル持ってるのになんちゅう身のこなしだよ。


・・・やはりニンジャ!?




とりあえず、部室棟を探索だ。


生存者がいるかもしれない。




1階から確かめていくが、鍵がかかっている部屋ばかりだ。


内部にも人の気配はない。


ここには元々人がいなかったのかもしれない。


となるとゾンビが出たのは授業をしている時間帯だったのかな。




2階も探索するが、しっかり施錠されている。


最奥の『柔道部』と書いてある部屋だけ鍵が開いていた。




俺がドアに手をかけ、神崎さんがライフルを後方で構える。


音をたてないようにゆっくりとドアを開ける。




中は8畳ほどの空間がある。


柔道着が干されていたり、備品が転がっている他にゾンビも人間もいない。


荒らされた様子もないので、ここにも初めから誰もいなかったのだろう。




窓から校舎の裏側が見える。


ちょうどいいので、単眼鏡を取り出して偵察を開始した。




校舎の裏庭、校舎の各階、そして屋上。


どこもかしこも、笑っちゃうほどゾンビまみれだ。


美玖ちゃんが生き残っていたのが奇跡的だったことがよくわかるな。




「駄目ですね、こいつは全滅と考える方がよさそうだ。」




「残るは体育館ですが・・・どうやらダメなようです。盛大に扉が破られています。」




確認してみるが、確かに扉が破られて中にゾンビがみっちりだ。




美玖ちゃんみたいに孤立した環境で生き残っていれば助けようもあるが・・・これは無理だなあ。


外からアプローチできそうなところにはゾンビしかいない。




「残念だけど、ここは壊滅と判断した方がいいでしょうなあ・・・撤退しますか?」




「ええ、それが賢明ですね。」




これ以上内部まで踏み込めそうにないし、ここらが潮時かな。


こりゃあ、由紀子ちゃんにいい報告はできそうにないな・・・


詩谷高校に行くとは言っていないので、未来永劫内緒にしておこう。




柔道部から出て、一応確認のため部室棟の屋根に上る。


そこから校舎や屋上をもう一度観察する。


う~ん・・・ダメだ、生存者がいる気配すらない。


元気なのはゾンビだけだ。


撤退!!






何事もなく駐輪場まで帰ってこれた。


2人いると周囲の確認も楽でいいや。


神崎さんがチート級の戦闘能力を有しているっていうのもあるけども。




そのまま来た時と同じように住宅地を抜ける。


昼間のゾンビは基本的に移動しないので、来る時のルートをそのまま使えるのがいいな。


何事にも例外はつきものなので、周辺の警戒は怠らないけど。




特に何が起こるわけでもなく、軽トラを停めた駐車場の近くまで帰ってきた。


さて、帰りにスーパーかコンビニでも物色して美玖ちゃんへのお土産を探すかな・・・




「・・・田中野さん、車の近くに生存者が。」




そんなことを考えていると、神崎さんが後ろから肩を掴んで止めてくる。


路地からこっそり確認すると、軽トラの周りに4人の人影があった。


しきりに車内を覗き込んでいる。


俺や神崎さんの荷物が気になるのだろう。




「どうしますか?」




「・・・まずは俺が行きます。神崎さんは何かあった時の援護をお願いします。」




「わかりました。お気をつけて。」




「これ以上デカい傷が増えるのはごめんですからね・・・気を付けますよ。」




木刀を神崎さんに預け、奴らに近付いていく。


全員武器を持っているのが見える。


バットが2人、木刀が1人、最後の一人がつるはしだ。


つるはしを持っているのが女性で、残りは男性。


・・・ちょっとつるはしだけ殺意が高すぎませんかね?


放っておいたら窓ガラスを破られそうだ。




「おーい、俺の車に何の用だ?」




軽い感じで声をかけながら近付くと、一斉にこちらを向く。




あの経験から学んだ。


外で出会う奴らは基本的に敵だ。


・・・なんかラップみたいになったな。




「おいってば。止まれよ。」




バットを持った男が無言でこちらに近付いてくる。


にやけているが目は本気だ。


残りの3人も身構えている。


こいつらも・・・慣れているな。


まあいいや。




警告はしたぞ。


先手必勝だ。




「ちょっと待ってくれよ。おいおいおい危ない・・・なっ!!」




「あぎっ!?」




速足になりつつあったバットその1に、腰の小物入れからあらかじめ取り出して後ろ手に握っておいた十字手裏剣を投げる。


回転しながら高速で飛んだ手裏剣は、狙い通りやつの太腿に着弾。


続けてもう一枚放つと、右胸に深々と突き刺さった。


我ながらなかなかの威力だな。




後ろの集団から血相を変えてバットその2が飛び出してくる。


お行儀よく1人ずつ来てくれるらしい。




「顔に気を付けなよっ!」




「ぐぅう!?」




顔面に向けて右手で投げると見せかけ、左手に握った棒手裏剣を下手で飛ばす。


顔を咄嗟にガードしたが、手裏剣はその腹に突き刺さった。


奴は腹を押さえて座り込む。


残念だったな、トリックだよ。


かなり深々と刺さったから痛みで動けまい。




さて、3人目はどう出る?


俺とこいつらの距離は10メートルほど離れている。


こちらに来てくれれば、手裏剣はほとんど外すことはない。




残る2人に見せつけるように、腰の刀をゆっくりと抜刀。


腰を落とし、変形気味の八双に構える。




「どうするよ?」




声をかけると、木刀がこちらにゆっくりと歩き出す。


やる気なようだ。


構えは下段、すり足気味で正中線のブレは少ない。


なるほど、剣道経験者だな。




木刀の肩に十字手裏剣が突き立つ。




「えっ・・・ぎゃっ!?!?」




信じられないように目を見開く奴の間合いに踏み込み、地面をかするように脛を深々と切り付けた。


木刀は悲鳴を上げて地面に倒れ込む。




馬鹿野郎、お前らみたいな奴らに誰が正々堂々戦ってやるかよ。




喚く木刀の頭を蹴り飛ばして気絶させる。


血振りをして刀から血を落とす。


拭きたいから、まだ納刀はしない。




さて、残るは1人だ。


つるはし女に目を向ける。




「やっやめて!こっちに寄るとこの車を・・・」




「どうぞ?」




「えっ」




「この距離でそいつを振れるのは・・・精々1回が関の山だろ?次の瞬間に脳天に手裏剣をぶち込んでやるよババア。」




反動もつけていない手振りのつるはしでは窓ガラス一枚割れるかどうかってとこだ。


・・・なおハッタリである。


できれば愛車には傷一つつけてほしくない。




「この転がってるアホ共と同じになりたいのか?別に止めないけどさっさと決めろ。」




ダメ押しに脅す。




そこまで馬鹿じゃなかったのか、女はつるはしを下ろして軽トラから離れる。




作る手間があるので、十字手裏剣だけ刺さった奴らから回収する。


もちろん全員頭を蹴り飛ばして失神させた後だ。


脛を切ったやつ以外はさほど深手ではない。




後ろに声をかけるでもなく、暗がりから音もなく神崎さんも合流。


構えた銃口は女にまっすぐ向いている。


それを見た女は小さく悲鳴を上げ、さらに遠くまで離れた。




「お見事な手並みです。」




「はは、この傷のおかげですよ。」




神崎さんが銃を構えて女を牽制している間に、さっさと運転席に乗り込みエンジンをかける。




「あ、あなた自衛隊でしょお!?」




神崎さんも乗り込み、さあ出発しようかとしている矢先。


女が大声で問いかけてきた。




「国民をまもっ守るのが仕事でしょう!?あたしたちも助けなさいよっ!!」




何言ってんだあいつ。


それなら襲いかかる前に言ってほしい。


あっそうか、俺しか見えなかったから仕方ないな。




「できかねます。・・・私の主要任務に『それ』は含まれておりませんので。」




神崎さんがなんかとんでもないこと言ってる!?


何も聞こえなかった俺は何も聞いていない聞いていないったら聞いていないのでござる!!!




「ど、どうでもいいけど、早く逃げないとゾンビが来るぞお!!!!!」




話を遮るように、思いっきりクラクションを連打する。


すると住宅地の方から聞こえる奴らの叫び声。




女は血相を変えて叫ぶ。




「あああああああああ!ひ、人殺しっ!ひとごろしぃ!!」




おいおいなんだ自己紹介か?




「それじゃあ、お達者で―!」




そう言って車を発進させる。


バックミラーでゾンビに群がられるアイツらを確認しながら、さらにアクセルを踏み込んだ。




ふう・・・最後にとんでもなく疲れてしまった。






その後、帰りながら発見した無人コンビニを物色することにした。


ゾンビ店員しかいないので実質無人だ。




「あの・・・田中野さん、バックヤードは確認しないのですか?」




・・・やっぱり神崎さんは頼りになるなあ!!


そして今までの俺のアホ!!!




日持ちのする食料や飲料品の段ボールを積めるだけ荷台に積み、ホクホク気分で避難所へ帰還した。


もちろんマンドレイクもたんまり。


・・・これでプラマイ0だな!

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