第36話 自称サムライのこと

自称サムライのこと








「あっさだよー!!!!」




「ギュフン!?!?!?」




なんだなんだなんだ!?


さっきまで俺が愛してやまないオープンワールドRPGの新作発表会をネットで見て・・・なんだドリームか。




「・・・いやあ、おはよう美玖ちゃん・・・」




「おはよー!いちろーおじさん!!」




俺の胸の上で美玖ちゃんは嬉しそうに笑っている。


子供って朝から元気だなあ。




顔をデオドラントシートで拭い、無理やり目を覚ますと朝食だ。


美玖ちゃんは配給の避難物資。


俺はカロリーバーと水。


・・・だから美玖ちゃん、分けてくれようとしなくていいから。


朝はこれくらいで十分なの!


あ、チョコバー食べる?いいのいいのいっぱいあるから。


ほらほらそんなに急いで食べると喉につっかえる・・・あああ言わんこっちゃない。




美玖ちゃんと持参した井戸水を使って歯を磨き、朝の身支度をする。


今日は2つ目の避難所を偵察に行くからな、入念に確かめておかないと。




「ねえねえ、おじさんってニンジャなの?」




各種手裏剣の歪みや錆びをチェックしていると、美玖ちゃんが不思議そうにのぞき込んでくる。


気が付けば結構な数の手裏剣を所持しているからな、そう見えてもおかしくない。


校舎登ったり下りたりしたし。




「うーん・・・どっちかっていうとサムライかなあ。こいつのほうが得意だし。」




傍らに立てかけた日本刀を指差して答える。


美玖ちゃんが中を見たがったので、危ないから絶対触るなと言ってから抜いて見せる。


目を輝かせて刀身を見つめてくるが、触ったり持ちたがったりはしなかった。


いい子だなあ。


きっとご両親の教育がよかったんだろうな。






「じゃあ、おじさんのお仕事はサムライなんだ!」




「えっ」




「ちがうの?じゃあなんのお仕事?」




「・・・さ、侍にござる。」




「すっごーい!サムライってまだいるんだあ、テレビの中だけじゃないんだね!」




「ははは・・・そうでござるよ、美玖どの・・・」




「サムライのお仕事ってどんなことするの?」




「その・・・困ってる子供を助けたり、悪者と戦ったり、する・・・で、ござる。」




「わあ!すごーい!ヒーローみたい!!」




こんないたいけな娘に無職なんて言えない・・・


ここは甘んじて正義のラストサムライになろう。


それしかない。




・・・それしかないのでござる!






さて、今日の目的は詩谷高校の偵察だ。


気を引き締しめていこう!




身支度を整えて玄関へ向かう。


美玖ちゃんも後ろからとてとてついてくる。


カルガモの親子みたいだ。




「あっ、おはようおにいさん!それに美っ玖ちゃあああああぁん!!!」




廊下の向こうから由紀子ちゃんが走ってやってきて、美玖ちゃんを抱え上げてくるくる回る。


ううむさすがバレー部・・・だったっけ?




「きゃー!ゆきこおねーちゃんおはよー!きゃーっ!」




美玖ちゃんはぐるぐる回されているが笑顔だ。


ほほえましい光景である。




「田中野さん!おはようございますっ!」




騒ぎを聞きつけてか、雄鹿原さんもやってきた。




「や、おはよう2人とも。」




そのまま話しながら4人で玄関まで歩く。




「おはようございます、田中野さん。今日もよろしくお願いします。」




「神崎さん、おはようございます。こちらこそ。」




玄関にはもう神崎さんがフル装備で待機していた。


相変わらず隙のない立ち振る舞いだな。




「いちろーおじさん、お仕事?」




由紀子ちゃんに抱っこされた状態で美玖ちゃんが不安そうに聞いてくる。


昨日のことを思い出して怖くなったようだ。




「そうだよ、昨日みたいなね。」




「あぶなくないの?」




「だーいじょうぶ!おじさん結構強いし。それに神崎おねーさんもついてるからね!」




力こぶを作りながら笑顔で答える。




「余裕があったらなにかお土産を持って帰ってくるからね~。美玖ちゃんはお姉ちゃんたちと遊んで待っててね~。」




由紀子ちゃんの腕の中にいる美玖ちゃんの頭を、若干乱暴に撫でる。


美玖ちゃんはくすぐったそうに笑ってくれた。




「うん・・・じゃあ、いってらっしゃいおじさん!」




「おう!行ってきます!!」




あっなんかすげえやる気出た!


娘がいたらこんな感じなのかなあ。


・・・俺の場合はまず相手がいないけども。






「サムライのお仕事がんばってね!!」






やべえサムライ設定生きてた!




美紀子ちゃん以外から生暖かい目線で見送られつつ、神崎さんと駐車場へ向かう。




「サムライのお仕事、ですか?」




「触れないでください死んでしまいます。」




くすりと笑う神崎さん。


面白がってるなあ・・・






「おい!待ってくれ!!」






呼び止められたので振り返ると、いつぞやの原田くんが立っていた。


結局何部なのかなこいつ。




「・・・何かな?」




「あんたたち、外に行くんだろ!?俺も、俺も連れて行ってk」




「断る!!!」




「えっ」




「なあんで今に至るまで、前の謝罪も一切してない態度の悪いクソガキを連れてかなきゃならんのだ?」




呆気に取られている原田くん・・・もう原田でいいやこいつ。


謝るどころかたまに会う度に睨みつけてきたもんな。


由紀子ちゃんが俺によく話しかけてくるから、嫉妬で敵愾心でも持ってるんだろうけど。


森山くんはこいつに比べりゃまだマシだな。




おおかた由紀子ちゃんにいいとこ見せようって魂胆だろうが、そんなアホなプレゼンに付き合う気はない。




なにより俺の軽トラ2人乗りだし。


荷台にも乗せたくねえわこんなの。




「だいたい、いきなり話しかけてきてそれか?謝罪って概念知ってる?失礼にも程があるだろ。」




「元より、非戦闘員を連れていく余裕はありません。足手まといです。」




俺と神崎さんに続けざまに言われて、原田の顔は赤くなるやら青くなるやら大忙しだ。




「なっ・・・!あっ・・・!お、俺は戦える!この前とは違う!!」




なんか追い詰められた悪の怪人みたいなこと言いだしたぞ。


肝心のこの前の謝罪もまだなんだけど・・・


そこまで謝罪が欲しいわけじゃないけど、ここまで後回しにされると腹も立ってくる。




「ふうん、そうかあ・・・」




リュックを下ろし、原田に近付く。




「じゃあ、かかってこいよホレ。」




「な・・・なにぃ!?」




「戦えるってんなら、証拠を見せてみろってんだよ原田くうぅん。ごめんなさいどころか戦い方も忘れたのぉ?」




最高に腹が立つであろう顔で煽り倒す。


それを見た原田が顔を真っ赤にしてこちらに飛び出す。




馬鹿野郎が。




地面を蹴って盛大に砂を顔面にBUKKAKEた。


たまらず目を押さえる原田のがら空きになった鳩尾に、かなり手加減した前蹴りを叩き込んだ。




「がぐっ!?・・・うううううう、ひ、卑怯だぞ!」




「ゾンビやら悪い人間が正々堂々戦ってくれると思ってんのかアホ。マヌケ。童貞。」




「・・・のやろぉ!!!」




罵倒のどの部分が気に障ったか知らないが、膝をついていた原田が飛び起きてまた殴りかかってきた。


馬鹿みたいに振りかぶって放たれる、その大振りの右拳に右肘を叩き込む。


予想外の痛みに動きを止めた原田の右手を掴み、足を払いながらこちらに引き寄せてそのまま地面に引き倒す。


呻く原田の背中に膝を置いて押さえつけ、額を掴んで首だけグイっとのけぞらせる。




「・・・で?どうする?」




「ぐ・・・ヒッ!?」




反らせた顔によく見えるように、腰から抜いた剣鉈を目の前でヒラヒラ。


腹の部分で頬をペタペタもしてやる。




「まだやるか?やらねえなら・・・なんか俺に言うことがあるよなあ原田くんよぉ!」




「こっ、このまえっ、は、す、すいませんで、したっ」




「おー、やっと人間らしくなったなあ。よろしいよろしい。」




剣鉈を鞘に戻し、立ち上がる。


リュックも背負って元通りだ。




「さて、行きましょうか神崎さん。アホのおかげでロスしちまった。」




「はい。」




歩き出そうとした視界の隅で、原田が憤怒の表情で立ち上がるのが見えた。


煽りすぎたかな?後悔はしてないけど。


そのまま俺に向かって飛びかかろうとしている。


懲りないなあ。




何発かぶん殴って失神でもさせようかと考えていると、神崎さんが俺の前に出た。




「情けない。せめて引き際を知りなさい。」




「うるっせえよk」




神崎さんは、何かを叫びながら手を伸ばす原田の右ふくらはぎに鋭いローキックを放った。


崩れ落ちかけた原田の左にももう一発。


凄まじく痛そうな音が響く。




「あああ!!いいいいいがああああああ!!!!!」




・・・うっわあ、すっげえ痛そう。


何アレ、蹴り足がほぼ見えなかったぞ・・・


右足からスイッチした左足もだ。


パパァン!みたいな音だったもん。




打ち下ろしのローは衝撃の逃げ場がないからダメージが凄いって漫画で読んだ。


骨が折れるわけでも、血管が爆発するわけでもないがとにかく痛そう。


無力化にはもってこいの技だな。


マネできる気がしないけども。


木刀でぶん殴った方が楽だし。




というか神崎さんの戦闘力がヤバすぎる。


この人絶対普通の自衛隊員じゃねえ。


知りたいけど知りたくない!不思議!!




地面でもがく原田に、ダメ押しで一言。




「悪いな原田、そもそもこの車2人乗りなんだ。」




「うう・・・」




あっ忘れるとこだった。




「あとさ、お前由紀子ちゃんが好きなんだよな?」




「!?」




えっうそバレてないと思ってたのこいつ。


しょっちゅう目で追ってるし何くれとなく話しかけたり、作業を手伝おうとしてるからバレバレなんだが。


気付いてないのは由紀子ちゃんくらいのもんだぞおい。


しかも若干ウザがられてるし。




「アピールしたいんなら学校の中でやれ。お年寄りの面倒見たり、子供の相手したりさあ。そういうのが大事なんだぞ?」




「・・・」




「誰よりも一生懸命働くとかな。由紀子ちゃんだけ構ってたら嫌われるぞ。」




「っ!?」




「当たり前だろお前。よく考えてみ?自分にだけ優しくて他人には塩対応。そんな男をあの子が好きになるわけねえだろうが。あとな・・・」




しゃがんで視線を近づける。




「独りよがりの好意でとち狂って、あの子を傷つけるようなことでもしようとしたら・・・」




目の前でゆっくりと刀を抜いてやる。


奴は恐怖に染まった顔でそれを見ている。




「よく聞けよ・・・俺がこいつでぶち殺してやる、必ず、必ずだ。あの子は年の離れた妹みたいなもんだからな。・・・本気だぞ?」








「いやー、もう出がけにめんどくさい事に巻き込まれましたなあ。」




「彼、避難所内でも悪い意味で有名ですよ。由紀子ちゃん以外への対応がひどすぎて、たまに子供も泣かせていますし。」




「うわあ・・・馬鹿の上にカスで屑とは救えないなあ。」




出発した車内にて神崎さんと話す。


原田は俺が脅したのが相当こたえたのか、よろよろ足を引きずりながら校舎へ帰っていった。


いややっぱり神崎さんの二連ローキックのせいかなアレは。




なんか心配なので、道すがら無線でアイツはやばいと宮田さんにチクっておいた。


宮田さんも悪評は知っていたようですんなり話は通った。


これで安心。


・・・由紀子ちゃんに護身用の手裏剣でも持たせておこうかな?




そんなことを考えながら、煙草に火をつけた。






さて、いざゆかん詩谷高等学校!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る