第38話 おだやかな雨の日のこと

おだやかな雨の日のこと








詩谷高校を偵察した翌日。


俺は避難所の保健室で目を覚ました。


窓から外を見ると土砂降りの雨である。






昨日、避難所に大量のお土産を持ち帰り、宮田さんに報告を済ませた後のこと。


急にバケツをひっくり返したような豪雨が降ってきた。


ここ最近ではなかなかお目にかかれないほどの雨だ。




雨が止むまで待っていたが、1時間経っても2時間経っても止まないので避難所に泊まらせてもらうことにした。


場所はいつもの保健室。


ここもう俺の別荘みたいになってないか?


美玖ちゃんは由紀子ちゃんと一緒に寝るのでそっちに行った。


というか若干引きずられていたような気がする。




夜を怖がるので、しばらくは雄鹿原さんや神崎さんとローテーションを組んで眠るらしい。


しばらく・・・絶対ずっとだな。


由紀子ちゃんがあの子を一人で寝かせる未来が見えない。


本当に妹のようにかわいがっているみたいだし。




多少落ち着かないとはいえ、一人部屋はありがたい。


他の避難民が雑魚寝しているのに比べれば破格の待遇だ。


・・・また作業を手伝ってヘイトを下げておかねば。


まあ、昨日大量に持ち帰った食料等のおかげでしばらくは評判がいいだろうが。




というわけで、目覚めてみれば相変わらずの雨。




「・・・こりゃあ、今日の探索は中止だなあ。」




何でかは知らないが、ゾンビは夜間や雨の時は活発に動くのだ。


現に学校の外を見れば、遠くをウロウロと歩き回るゾンビが見える。




こっちの視界は悪い上にゾンビは元気。


そんな状況での偵察が上手くいくとは思えない。




特に、最後の偵察場所である『詩谷市民会館』は市内の中心部にほど近い場所にある。


ゴチャゴチャしたビル群の中でゾンビ有利な状況は恐ろしすぎる。




廊下に出るとちょうど宮田さんが近くにいたので、今日は中止か確認するとそうだと言われた。


昨日の疲れもあるだろうから、雨が止むどころか今日はゆっくり休んでいいとの許可まで貰ってしまった。


日頃の行いがいいからだなあ、うん。


この雨では農作業もないだろうし、今日はここでゴロゴロしよう。




今回は秘密兵器であるプレイヤーも持ち込んでいる。


家にあるデラックスな奴じゃないけど、コンパクトなやつを以前電気屋で確保しておいたのだ。


これなら持ち運んで壊しても惜しくない。


バッテリーもフル充電だし予備バッテリーもある。


今日はさすがに使えないが、ソーラー式の大容量バッテリーも完備だ。


これなら一日中見ていられるぞ!




リュックサックを開けて持ち込んだDVDを物色する。


DVDはディスクを取り出してバインダーにセットしてあるから、かなりの数が持ち運べる。


う~ん、さて何を見るかな・・・




俺的3大アクション映画俳優の1人である、ちょっと頭頂部が涼しそうなゲルマン系のおじさんのやつにするかな。


久しぶりに、ぼやきまくる刑事の1作目にしておこう!


ボロボロになりつつも最後にカッコよく〆る。


これがいいのだ。


さあて、再生再生。




ソファーにだらしなく寝っ転がり、テーブルの上に置いたプレイヤーを見ている。


うーん最高、まさに至福の時間だ!


画面の中では主役の刑事が日系企業のビルを登り始めたあたりである。


亡くなったけど、この吹替の声優さん大好きなんだよなあ・・・


今度暇なときに、赤タイツの宇宙1かっこいい海賊のアニメシリーズを一気見しよう。




「いちろーおじさん!おねぼうさんだね!!」




「うおっ!?」




そんな時、ガラッと入り口のドアが開いて美玖ちゃんが顔を出す。


最高にだらしない体勢でいる所を見られた!恥ずかしい!!




「あーっ!おじさんテレビ見てるの?美玖も見ていーい?」




「ち、ちょっと待ってね、これはDVDだよ。初めから見れる奴に変えるからねえ。」




「うん!」




プレイヤーを見た美玖ちゃんがこちらに寄ってくる。


い、いかん!さすがに10歳にはこれは刺激的すぎる・・・。


慌てて動画を止めてディスクを取り出す。




うーん・・・子供が見ても大丈夫な映画あるかなあ?


・・・我ながら人がバンバン死ぬ映画ばっかりである。


美玖ちゃんはおとなしく座っているが、その目はワクワクMAXである。


ぷ、プレッシャーが・・・




「おにいさーん、美玖ちゃん知らな・・・あっいた!」




「お、おはようございますっ、田中野さんっ!」




「あっ!ゆきこおねーちゃん、ひなおねーちゃん!いっしょにえいが見ようよー!」




「わぁ、おにいさんいい物持ってるね!見たい見たい!」




「映画なんて久しぶりです・・・!」




ひええ!人が増えたァ!


なにか、何かないのか・・・




おっ!


これならいいんじゃないか?


残酷な表現もないし。




というわけで、4人で映画を見ることとなった。


女子3人とギチギチに密着するのは気まずいので、俺はおそらく保健の先生が座っていたのであろう椅子に座る。


ソファーは女性陣に譲った。




雰囲気を出すためにカーテンを閉め、電気を消した。


ポップコーンがないのは残念だが、いつものチョコバーと昨日貰ってきたジュース(常温)を配る。


さあ、上映開始だ。






今回選んだのは、米の国の会社が作ったアニメ映画。


ひょんなことから、意思を持つ巨大なロボットと友情を育むことになった片田舎に住む少年の話である。


俺が小学生の時に劇場で見て以来、何度も見ている大好きな作品だ。


3人は存在すら知らなかったらしい。


・・・これがジェネレーションギャップか。




少年は順調にロボットと仲良くなっていく。


いいよなあ・・・このどこかレトロフューチャーを感じさせるデザイン。


動きもどことなく愛嬌があるんだよなあ。


3人も画面にくぎ付けである。


評判は上々でうれしい。




『キミ・・・ココ、ボク・・・行ク。ツイテ、クルナ・・・』




『大好きだよ・・・』




遂に映画はクライマックスに突入。


ここいつ見ても泣くんだよなあ・・・


この満ち足りた表情で目を閉じるロボットの顔がなんとも・・・いかん泣けてきた。




「うう、ろぼっとさん・・・」「ひぐっひぐうっ」「ぐすっぐすっ」




3人とも感動しているな。


特に由紀子ちゃんなんて号泣してるわ。


3人の中で最年長なのに・・・




その後、映画を見終わった3人はため息をつく。




「こ、こんないい映画知らなかった・・・」




「由紀子ちゃん泣きすぎでしょ。」




「おじさんもおめめがまっかだよ?ろぼっとさんよかったねえ!」




「あのロボット、いいキャラですねえ・・・」




「だろお?俺の知ってるロボの中でもトップクラスに好きな奴だよ!」




各々感想を言い合う。


うん、やはりこれこそ映画鑑賞の醍醐味だ。


1人でじっくり見るのもいいが、やはり大勢で見た後にわいのわいの言い合うのもいいものだなあ。


こんなに喜んでくれるなら、今度は子供向けのアニメ映画なんかも探してこようかな。


以前行ったあの店ならいくらでも在庫はあるし。




いっそのこと、大量にDVDを持ち込んでシアター的なものを作ってもいいな!


避難民さんたちも暇しているだろうから、娯楽はあってもいいかもしれない。


あれからちょこちょこ電気屋を覗くが、パソコンやこういうプレーヤーはだいたい手つかずで放置されてるし。


というかここ学校だったわ。


探せば再生機器はいくらでもありそう。




いい時間になっていたので、このままみんなで昼食にする。


3人は配給、俺は自前だ。




そういえば、この前宮田さんに食料の備蓄について聞いてみた。


今のところはこの学校に備蓄されていた分と、警察がここに避難所を設置するときにありったけ運び込んだので大丈夫だそうだ。


だがこの先避難生活が長期化することを見据えて、現在は野菜を育てている。


肉はないが、そこは大豆で代用するとのことだ。


自衛隊との連携が始まれば肉とかも調達できそうだしな。


郊外には牧場もいくつかあるし。




少なくとも差し迫った危機は内側にはない。


問題は外側だ。


この先町から物資が消えるにつれて、食料や燃料が豊富なここを狙ってくるやつらがいるかもしれない。


っていうか絶対いる。


最近周囲に出没しているという奴らがそうだろう。


・・・いつかデカいトラブルが起こらなければいいが・・・




まあ、それはさておき昼食だ。


本日のメニューは焼き鳥の缶詰と自衛隊製の白米缶詰、そしてスーパーで見つけたトマトジュースである。


あのさあ、みんな自分の分を分けようとしなくてもいいから!


おじさんこれで大丈夫だから!!




聞いてみたら、やはりこの雨でみんな午後の予定はないようだ。


引き続き映画鑑賞会といこう。




さあて、次は何を見ようかな。




海外アニメ映画を見たら、次は日本のアニメ映画だろう。


よーし、今度はこいつだ。


前回がしんみりエンドだったので、今回は綺麗に終わるやつにしよう。




画面の中では、黒服を着た魔女の女の子が箒で空を飛んでいる。


その箒には軽口を叩く黒猫の姿も見える。


眼下には、宝石をちりばめたような街の灯り。




3人に確認したところなんと誰も見たことがないというので、魔女の女の子が宅配便をする例の超名作映画を見ている。


嘘でしょ?美玖ちゃんはともかく、高校生の2人もちゃんと見たことがないとは思わなかった。


テレビでも結構再放送してるのにな・・・


でも、その方が新鮮に見られていいか。




空にあるでかい城を探す映画と迷ったが、あれもかわいそうなロボットが出てくるので今回はNG。


あそこいっつもウルウルしちゃうんだよな。




はじめての町での生活。


飛べなくなるアクシデント。


そしてデッキブラシでの大活躍を経て、映画は大団円を迎えた。


いつ見てもこのEDのさわやかさはすごい。




「おもしろかった!ねこさんかわいい!」




「うぅ、結局また喋れるようになったのかなあ・・・そこが気になるよぉ。」




「パン屋さん、子供が産まれたんですねえ・・・猫ちゃんも。」




「ニシンのパイ、ちゃんと嬉しそうに受け取ってやれよなあ・・・ポーズだけでもいいから・・・」




3人とも大満足のようだ。


よかったよかった。




俺一人ならこのままぶっ続けで映画マラソンとしゃれこむのだが、今回は美玖ちゃんもいる。


あまり目を酷使させるわけにもいかない。


今回はこのくらいにしておこう。




ここの生徒だった雄鹿原さんに聞くと、やはりこの学校にも再生できる機械があるようだ。


宮田さんに言って、俺がいない時でも鑑賞してもいいか聞いてみよう。


DVDは俺が提供してもいいしな。


在庫は大量に(店に)あるし。




俺自身のコレクションはなんというか・・・バンバン爆発したりバンバン人が死んだりするものばっかりだからなあ。


大勢子供もいることだし、なんかこう情操教育になるものを仕入れるのもいいな。






その後、3人はまた夕食を一緒に食べようと言って保健室から出ていった。


・・・また分けられそうな気がする。


夕食は豪華なものをチョイスしておくかなあ。




訓練を怠ると体がなまるので、俺は体育館の2階にある柔道場に来ていた。


ここは避難民が使っていないので鍛錬にはもってこいだ。


ここに来る道すがら、ちゃんと宮田さんに許可は取った。




ついでにその時に映画鑑賞について聞いてみたところ、快く許可をいただいた。


外に出れない現状、特に子供たちのフラストレーション解消によさそうだ、とのこと。


電気は大丈夫なのかと聞いたが、なんとこの高校の屋上はすべてソーラーパネルになっているという驚愕の事実を知らされた。


天気がいい日なら、それくらいの電力は十分に賄えるそうだ。


エコに配慮した学校だったのか・・・すごいなあ。


そうと決まれば、今度大量に映画を仕入れてこなければな。




・・・より一層この学校が狙われそうな気がしてきた。




いつものように腰に刀を差して型の練習を行う。


以前はやらなかった座の型という、座って抜刀する型を特にやる。


これからは人間相手の戦いも遺憾ながら増えそうなので、奇襲の方法は多いに越したことはない。




正座の状態から膝立ちになりながら抜く方法や、周囲を囲まれた状態での座りからの立ち回り。


平伏した状態からわずかな動作で抜きつつ突く方法。


横に座っている相手を押さえながら切る方法など、いくつかの型を練習した。


それが終われば今度は木刀での素振りと、手裏剣を投げる素振り。


最後に、脇差を用いた立ち回りだ。


これは剣鉈で代用する。




いい感じに汗をかいたので、柔軟体操をして終了。




「お疲れ様です。」




「ヒエッ!?」




道場の入り口に神崎さんが!!




「いつからいらっしゃったんですか・・・?」




「座って四方を切り付ける型のあたりでしょうか。」




それほぼ初めからじゃん!


普通に入ってきてくださいよもう!!




「いえ、秘伝の型などが見れるかと思いまして・・・」




濃い武術マニアか!


あーそういえばそうだったこの人!


ウチの流派にそんなカッコイイものないよ!!


奥伝は大体初見殺しのド汚くてえげつない技だよ!!


・・・あるじゃん一応。




「あるのですね?」




「そんないいもんじゃないですよ・・・」




「いつか見せてくださいね?」




「今でもいいんですが・・・」




「楽しみは後に取っておく派ですので。」




・・・さいですか。


神崎さんがタオルを差し出してくれたので受け取って汗をぬぐう。


あーすっごいふわふわ。


ここは俺の家と同様に井戸水が使えるから洗濯もできるんだよな。


後でインナーと下着を洗濯させてもらおう。




校舎に戻りながら話す。




「そういえば、映画を見たそうですね。美玖ちゃんが嬉しそうに話してくれました。」




「あー、そうなんですよ。少しでも娯楽があればいいかと思って。」




「夕食の後も見るのですか?」




「短めのやつくらいなら見ようかなあ。・・・美玖ちゃんがいるので子供向けですけど、よかったら神崎さんも来ます?」




「よろしいのですか?それでは是非。」






夕食後(俺としては豪華な夕食のつもりだったがやはり分けられそうになった。解せぬ。)、みんなで映画鑑賞をした。




寝る前なので短めのアニメ映画だ。


森に住んでるデカい妖精みたいなアイツや猫型バスが出てくるやつだ。


これはさすがにみんな見たことがあるようだが、楽しく見れたようで何より。


美玖ちゃんはこの映画が大好きなようで、大層喜んでいた。




ちなみに、死んだ目をした森山くんを見かけたので羽交い絞めにして無理やり参加させてやった。


彼も神崎さんと映画が見れて満足だろう。


気を利かせて隣の椅子にしてやったら、映画が終わるまで石像みたいになってたけど。






雨がやまないので今夜も泊まることになった。




・・・たまにはこんな日も悪くないな。


映画に影響されてか、俺の上に乗っかって寝息を立てる美玖ちゃんを見ながらそう思った。

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