第5話 初探索のこと

初探索のこと








「長く苦しい戦いだった・・・」






庭に放置されていた坂下のオッサンの死体。


まだ死んで・・・死んで?3日しか経っていないためか、異臭などがなかったのが救いだ。




俺は、探索に向けて引き締めていた気を一端緩めて、死体の処理をした。


自宅の庭には絶対に置いておきたくないインテリアだし。


俺はオッサンの両足首を持って運搬し、彼の自宅の庭に安置した。


上からはオッサン宅から拝借した庭の土をかけてやった。


置いたところがいい感じにくぼんでいたために、オッサンはすぐに土に隠れて見えなくなった。


とりあえずのところはこれでいいだろう。


彼も自宅で眠れて喜んでいるはずだ。


いつか余裕ができたら線香の一つでもあげてやろう。






気を取り直して探索に出ることにする。


今回の目的地は、近所にある青白のシマシマが有名なコンビニだ。


自宅から徒歩で10分少々。


初めての探索なのでこれで十分だろう。


それに一刻も早く煙草を吸いたい。


正直食料より煙草が吸いたい。




近所の住宅街をまっすぐ抜ければ5分で着くが、見通しが悪いし小学校などもあるのでぐるっと遠回りして車道を進むことにする。


車道は自宅の裏にある土手の上に位置しているので見通しがいい。


もしゾンビがいても一瞬でわかるだろう。




緊張しながら土手を上った俺の目に、想像通りの光景が飛び込んできた。






何台もの横転した車。




道に転がる人間のパーツらしき肉片。




そこら中にある血痕。




鼻を突くガソリンや血なまぐさい匂い。




町の中心部に幾筋も見える火事の煙。






どこかで『実は大した騒ぎになっていないんじゃないか』と期待していた心が痛い。


わざわざ持ってきた財布を使う機会はなさそうだ。


ため息をつきながら車道を進んだ。




周囲に目を向けながら歩くが、今のところゾンビどころか生きた人間の姿も見えない。


世界中に俺一人しかいないのではないか?と思えるほど音がしない。


この季節にしては場違いなほど着込んだ服が体温を上げ、汗が噴き出るが安全には代えられない。




道路上の車の影や車内も確認しながら進んでいく。


横転した一台の車の中に人影を見つけ、木刀を握る。


覗き込んだ車内にいたのは、横転のショックからか首が反対を向いた死体。


ゾンビではなかった。


事故で死ぬだけではゾンビにならないようだ。






歩きながら土手から町を見下ろすと、人を見つけた。


民家の庭、影になったところに俺に背を向けてうつむいて立っている


左腕が欠落し、右肩も大きく抉れている。生きた人間ではなさそうだ。


中年女性のようだ。


微かに揺れているが、動く気配はない。




俺は道に落ちていたこぶし大の石を拾って、その民家の向かいの道に向かって放った。




ガツン、と石が大きめの音を立てた途端。




「あああああああああああああああああ!!!」




叫びながら彼女は突進していき、暗がりに消えて見えなくなった。


それと同時に、その暗がりから同じような叫び声がいくつも聞こえてくる。




下から見えない位置にしゃがみ、息をつく。




やつらは音に反応するようだ。


そして、やはり頭はよくないらしい。


ゾンビおばさんは庭の生け垣を飛び越えるでもなく迂回するでもなく、無理やり豪快に破壊して出ていったからだ。


坂下のオッサンが特別アホだったという説はとりあえず否定していいだろう。




また一つ奴らの生態を知った。






住宅街から死角になる位置を意識しながら歩き続けていくと、目当てのコンビニが見えてきた。


駐車場には車が一台。


店に半分突っ込んだ形で停まっている。


その運転席には人影が見える。


後方から息を殺しながら近付き、観察するとまたもやただの死体だった。




コンビニ正面のガラスはいくつか割れ、中が丸見えだ。


照明は点いている。


視界に動くものは見えない。死体もだ。


慎重にコンビニに足を踏み入れる。




なかなかの惨状だ。


棚はドミノよろしく倒れ、地面に雑誌や食料品が散らばっている。


壁の食料品の棚は空欄が目立つ。


カウンターに目をやると、粉砕されたレジの後ろに煙草の棚がある。


俺の吸っている銘柄も確認できた。


湧き上がる喜びを抑えつつ、床のガラスを踏んで音を出さないようにカウンターの入り口に回り込む。




ゾンビがいた。




カウンターの内側に。




青白のシマシマ制服を着た若い女のゾンビが、同じ制服を着た男の死体にまたがっている。




こちらから見える背中は制服が破れ、白すぎる肌と赤黒い肋骨がむき出しになっている。






「・・・っ!」




思わず息を飲んだ俺の足元で、じゃりっとブーツが音を立てる。ガラスの破片を踏んでしまった。






女はこちらにゆっくりと振り向き―――




その瞬間、俺は振り向きかけた女に上段から思い切り木刀を振り下ろした。




たっぷりと体重を乗せた一撃は女の頭頂部に直撃し、ごぎんという何ともいえない衝撃を両手に伝えた。




手首が若干痛い。キツく握りすぎた。柄にはなにか巻くべきだったな。




「ァッ・・・」




微かな嗚咽を漏らした女はべしゃりと倒れ、そのまま動かなくなった。




ダメ押しに倒れた女の後頭部をもう一度殴る。


その下の死体も一応殴る。




ピクリとも動かない。






ふうと息をつき、緊張を解く。構えはそのままに。


木刀には僅かなへこみ以外に目立った損傷はない。


やはり木刀は武器として有能だった。


それに坂下のオッサンのおかげか、体も思うように動いた。


何事も経験が重要だな。


感想がこれだけとは人としてダメな気がするが無視だ無視。






そのまま煙草を手に取る前に、バックヤードも確認しておく。


誰もいない。


このコンビニにはバイトのほかにあと一人、店長がいるはずなのだが。


結構な常連だったから会えば挨拶くらいはする仲だった。


逃げたのかな。無事ならいいが。




ゆっくりと店内を見回す。


とりあえずここには俺のほかに動くものはない。




素早くリュックサックを下ろすと、俺は物色を開始した。


まずは煙草だ。


死体と元死体に軽く手を合わせ、またいで棚に向かう。


俺のお気に入りの銘柄を手に取り、そのまま吸いたい気持ちを我慢して棚から取り出していく。


全部で8箱ある、一箱はベストのポケットにねじ込む。


棚の下にストックされていたカートン3箱も取り出し、リュックに入れていく。


お気に入り第二位の銘柄も2カートンほど入れた。


ついでに、カウンターにあったライターもありったけ頂戴していくことにする。


火種は何かと役に立つしな。




次は食料品だ。


サンドイッチや握り飯、弁当の棚は全滅だな。


俺の前に誰かがかっさらっていったらしい。考えることは皆同じか。


つまみコーナーにある缶詰はいくらか無事だ。ありがたい。




缶詰に真空パックの冷凍食品、菓子パン、カップ麺。


それにクッキーなどの干菓子。


目についたものはここらあたりか。


それらを詰めるだけ詰め込んでパンパンになったリュックを背負う。


うちは園芸用に井戸水を手押しポンプでくみ上げているから、飲料水は必要ない。


ありがとうおふくろ。


栄養ドリンクとカロリーバーを何種類かベストのポケットに分けて入れていく。


釣り装備はマジで便利。


ありがとうおやじ。




目的のものは確保したのでさっさとコンビニを出る。


素早く周囲を確認。


隣のパチンコ屋の立体駐車場に何人かの・・・何体かのゾンビを発見した。


一瞬身構えたが、正面を向けている俺に気付いた様子はなく、ボケっと突っ立っている。


目はあまり良くないようだな。助かった。






そのまま行きよりも若干速足で帰宅する。


特に何事もなかった。


日頃の行いがいいおかげだな、うん。




脚立を立てかけ、ベランダに帰還。


脚立はそのまま引き上げてベランダに置く。




家に入り、ヘルメットとブーツを脱ぎ、一階に下りた。


居間にリュックサックを下ろし、ソファーに座ると胸ポケットから煙草を取り出し火をつける。


ゆっくりと3日ぶりの煙草を吸い込む。




「ああああ~~~~~~・・・うまい・・・うますぎ・・・」




ズンと来るめまいに似た酩酊感に身を任せながら、俺はそのままソファーに横になった。


灰がソファーに落ちるが知ったことか。


今はこの感覚を思う存分楽しみたい。


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