「蛇の毒」
……………。
そして俺は、ひとつの小さなバス停に通りかかった、その時だった。
…とても大きなバイクが、俺の前に止まったのだ。
「———また、バス停か。何かの縁があるんじゃないかな、齋兜くん」
フルフェイスヘルメットを外しながら、俺の名を呼ぶ。
バイクに乗っていたのは、若い女性だった。
「すみません、どなたでしょうか…僕を知っているんですか?」
「…覚えてない?」
残念そうに、表情が一転する。
「すみません…僕は、僕の事以外の全てを覚えていません。あなたのことも」
そして、俺が残酷な事実を告げた所で、彼女は大きなため息をついた。そして…
「すべて、ふりだし…まあいいか。齋兜くん、乗って。ヘルメットはここにあるわ。…君がもと居た場所に、私が連れて行ってあげる」
一方的に喋っては、後部の収納をぽん、と叩く。
俺は、言われるがままに中にあったジェットヘルメットを取り出す。
「こんなことを聞くのは失礼ですが…、信じていいんでしょうか」
「信じていい。根拠はないけど」
「……」
「あは、そんな目で見ないでよ…でも、今ここで信じなかったら、君はこの後野垂れ死ぬだけじゃなくって? どうせまともな行き先は無いんだろう?」
***
女性が水平対向六気筒エンジンだと自慢する大型バイクに乗せられ、町を脱出する。二時間以上掛けてのんびりと山間部に向かって走行し(俺達がのんびりと、という訳ではなく女性がのんびりと走るのだ)、”俺が元々いた場所”へと向かう。
数えきれないほどの広告看板、交通標識、見慣れない地名の文字や見覚えのあるチェーン店のロゴ、赤色に変わっていく信号機、小洒落た家屋、古びたアパート、時には変色したアスファルト、新しいのか走っていて快適なアスファルト、そうでないアスファルト、…また一時景色はがらりと変わり、田畑ばかりと思いきや時々飲食店やガソリンスタンドが目に付くような道のりや、またある時川を渡ってから景色はがらりと変わり、ほとんど木々しか見かけないようになる。
色の深い川沿いに、ダムや道の駅などを横目に通過していくと、周囲を山に挟まれる、小さな街へと到着した。
工業地帯のような、機械や鉄塔が並ぶ場所、川の向かいに家々が立ち並ぶ。
その中で俺は、更に街並み外れた、小さな神社へと通された。
***
「——それじゃあやっぱり、齋兜は
「…齋兜はきっと、彼らにとっても特別だったのだろうね」
今。俺の目前では、三人の男女が話し合っていた。
———一人は、俺をここまで連れて来た女性。
———もう一人は、連れて来られた神社に居た、作務衣を着た男性。
———また一人は、後からやって来た、俺と同年代と思われる男子学生だった。
話に節が付いたようで、男子学生が俺の方を向く。
「齋兜…俺の名前は
「そうだったのか。——まあ、よろしく。…なあ鋏さん。教えてくれないか? このちっぽけな街を、一体何から守っていたんだ? 僕はどうして”やつ”に捕まった?」
「ごめんよ、聞きたいことは山々だろうが、今は腰を据えてお話をしている暇は無い」
作務衣の男が口を挟む。
「…どういうことです?」
「君が長らく捕まっていた実験組織…
「…さっき鋏さんは仲間としてこの街を守ってきたと言っていたが、その、
「…いや、違う。全然違うさ、まったく違う。——ともかく、今はひとつの場所に留まっているわけにはいかない。さあ立て。すぐに移動する」
そう言うと、俺の腕を掴んで無理矢理に立ち上がらせた。
「ちょっと…”違う”って、どういうことなんだ!? おい!」
言葉で抵抗しつつも身体では従い、男が歩いて行こうとするのに付いて行くようになりながらも、「一体どこへ行くのか」と尋ねようとした時…その言葉は出なかった。
チュン!!
———と、高く大きな音が耳をかすめたのである…だが、かすめたのは音だけではなかった。俺の側頭部すれすれに、一条の筋が通ったのだ。
——実弾だった。
「ほら、もう来ちまった。…”追手”だよ」
「追手…?」
神社の境内には、髪の短い細身の少女が立っていた。その華奢な両の手には、不釣り合いなほどに大きな
——…人差し指は、引き金に収まっている。
「……」
「…っ!?」
「群遊肆刀!!!」
力強く引き金が引かれる———刹那。俺の目の前には水銀のような液体状の金属が現れ、それとほぼ同時に鉄板のようなものに固まったかと思うと、また次の瞬間には少女の拳銃によって変形させられていく。バコ、バコ、バコン、と。
「怪我はないか!? 齋兜」
「ああ、…なんとか」
「行くぞぉ…! 群遊肆刀!」
怪和崎が再びそう唱えると、さっきよりもひときわ大きな鉄板が浮かび上がった。
掴んで掲げ、盾のようにして構えて見せる。
「先に行け! 銃弾は俺が防ぐ!」
「いや、ちょっと、待ってくれ…」
「…俺の”強さ”を、信じろ!!」
「——…分かった」
それから怪和崎は、一発として弾丸を喰らうことなく俺達を神社から逃がしてみせ、また俺達もかすり傷ひとつ負う事はなかった。ただひとつ注釈しておきたいのは、ここで俺達を襲撃した彼女も、相当な手練れだったということだ。それでもなお怪和崎は、完璧に守り通して見せたのである。俺はこの時、記憶を失ってから初めて、維井条や”師匠”が執拗に、彼に肩入れをする理由を思い知ったのだった。
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