第13話 本当にやり切れない

 久しぶりに来た咲那さなの部屋。

 変わらない色。

 変わらない匂い。

 変わらない雰囲気。

 変わってしまった彼女。

 いつもの明るさがまるで見えてこない。

 ただひたすらに哀愁を漂わせている。

 怯えているようにも見える。

 中学の時みたいに、また聞く耳を持って貰えないまま悪者にされるのが怖いのだろう。

 彼女は今回も必死で訴えたはずだ。

 自分は悪い事などしていないと。

 本当にやり切れない。

 

「咲那ちゃん、君にとって私は何者?」

「……すごく大切で、一番大好きな人」

「それに今は恋人でしょ? 君が抱えるものなら、私も一緒に背負うよ」

「でも私、まだ約束を守れてない」

「恋人契約のこと? それはゆっくりでいいよ。君を好きになれる日はきっとくるから」

光凛ひかりちゃん……」

 

 彼女は今にも壊れてしまいそうだった。

 ただの友人関係でなくなった後から、ずっと白い目で見られていた私達。

 ようやく受け入れられ始めている。

 私だけはそんな気がしていた。

 しかし彼女のクラスでは、絶えず異常者としての声が挙げられていたらしい。

 その度に自分がいかに私を想っているか、純粋な恋愛感情であるかを語っていたという。

 聞き入れようとせず、ただ批判だけを繰り返す相手に対して。

 先日ヒロくんから全て聞かされた。

 それがどれほど辛いのかイマイチ共感出来なかった。

 私なら理解を求めることを辞めてしまうから。

 

 だけど彼女の姿を見ていて分かった。

 理解されたいだけが原動力ではない。

 私への想いを否定されるのが許せないのだ。

 嘘でもないし、遊びでもない。

 本気で共に歩みたいという強い想いがある。

 性別に囚われない恋心がある。

 それだけは譲れないのだろう。

 私だって応えてあげたくて仕方がない。

 本当にやり切れない。

 

「咲那ちゃん。私ね、あなたに大事なことを教えてもらったんだよ」

「私が光凛ちゃんに?」

「うん。もしかしたら契約より重要かもしれない」

「え、恋心を知るよりも大事なの?」

「……私は君の悲しむ顔を見たくない。もう耐えられないの!」

 

 初めての体験だった。

 彼女を見ていたら心臓が潰されそうになり、感情が溢れていた。

 涙が流れるなんていつ以来だろう。

 しっかり開けたままの目から、止めどなくこぼれ落ちてくる。

 自分でも何が起きているのか分からない。

 ただただ苦しい。

 苦しんでいるのは咲那なのに、彼女を見ている私まで苦しい。

 これはどういう感情なのだろう。

 共感? 同情? ただの憐れみ?

 どれもしっくりこない。

 私は彼女に笑っていて欲しい。

 また一緒に楽しい日々を過ごしたい。

 本当にそれだけなのだ。

 それを叶える術が分からないから苦しい。

 苦しくて胸が締め付けられる。

 だから涙は止まることを知らない。

 気が付けば咲那まで泣いていた。

 声を出さずに雫だけが頬を伝っている。

 

「光凛ちゃん。私の為に泣いてくれるんだね」

「そんなんじゃないよ。無力な自分が情けなくて………」

「それはもう私の為だよ。なんとかしたいって思ってくれるだけで嬉しい。ありがとう」

 

 彼女は私の身体に抱きついた。

 さっきまで私が慰めようとしていたのに、立場が逆転してしまっている。

 優しく包み込むような抱擁は、感じた事のない安心感で満たしてくれる。

 これが人のぬくもりというものなのか。

 嬉しいのに何故か届かないようなこの気持ち。

 きっとこれを切なさと呼ぶのだろう。

 寄り添うことは出来ても、救う術が思い付かない。

 きっと明日になればまた悲しませてしまう。

 そう考えるとまた辛くなる。

 本当にやり切れない。

 

「光凛ちゃん。光凛ちゃんはきっと恋とか通り越して、愛に芽生えちゃったんだね」

「愛? この気持ちって愛情なの?」

「私はたぶん、あなたに見返りを求めてた。好きになって欲しいから一生懸命になれたの。でもあなたは無条件に私の為を想ってくれてる。それはもう恋を知った先の愛だよ」

「私は君を好きになれてるの?」

「好きでもない人のことで、そんなに辛くなれないよ。もう私のことが大好きで仕方ないんだね、きっと」

 

 そうか、私は彼女のことが好きだったんだ。

 だからこんなにも心が痛むんだ。

 友達に対してだってもちろんあると思う。

 だけど友達相手ならある程度線引きが出来る。

 自分のこと以上に苦しくなんてならない。

 彼女だからこそ、救えない自分が虚しい。

 もっともっと彼女に近付きたい。

 喜びも悲しみも一緒に分かち合いたい。

 いつもみたいに眩しい笑顔を見せて欲しい。

 彼女の全部を知りたい。

 

「私、咲那ちゃんじゃなきゃダメなんだ」

「どうしたの光凛ちゃん? 急に冷静になってるけど」

「ずっと君のこと考えてた。どうしたら君に寄り添えるんだろうって」

「私はもう4年くらいそんな感じだよ」

「ちゃんと恋してたんだ私。咲那ちゃんが隣に居てくれて本当に嬉しかったんだ」

「だから言ったでしょ。光凛ちゃんは優しくてあったかい人だって。私をこんな気持ちにさせてくれるの、あなただけなんだから」

 

 私を包む彼女の腕は、少しだけ震えている。

 ようやく私達二人の想いが報われた瞬間だった。

 顔を上げるとすぐ目の前にいる彼女。

 その唇がとても愛おしく思える。

 気付けば私からキスをしていた。

 

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