第12話 本当に心が痛む

 共同戦線を張ってから一週間が経過した。

 B組から発信した正しい情報は、徐々に他クラスの中でも広まりつつある。

 それに伴い、少しずつ向けられる視線も変わっている。

 噂の真偽を確認する視線。

 野次馬のように楽しむ視線。

 羨望にも似た眼差し。

 色んな種類ではあるが、先日のような不快感はだいぶ薄まった。

 しかし相手はまた別の手段に出ている。

 

「何これ!? 出任せにも程があるでしょ!」

「おはよー岩村さん。どしたの?」

「あ、三隅みすみさんこれ見てよ! 根本さんって聞いてた以上にサイテーだわ!」

 

 岩村さんはスマホを目の前に差し出した。

 画面にはグループメッセージが表示されてる。

 文面はかなり細かく書かれていた。

 内容は要約しても意味不明だが。

 

 久保くんは岩村さんにベタ惚れらしい。

 最近では想いが暴走して、隠し撮りやストーカー行為にまで及んでいる。

 優しそうに見えてかなり危険人物だから、みんな近付かない方がいいって。

 

 だいたいこんな感じの意味合いだ。

 複数人によって書かれているのがタチが悪い。

 

「なにこれ? こんなの誰が信じるの?」

「誰も信じなくたって、久保くんから標的にする時点でおかしいでしょ!」

「うん、それはたしかに」

 

 岩村さんの言い分はよく分かる。

 一番外側に居る人から攻撃して、内部へのダメージを蓄積させる。

 戦法としては間違ってないが、やられた側としては卑劣極まりない。

 ましてや彼女にとっては好意を抱く相手。

 しかも良心で協力してくれてる善人。

 一番傷付けられたくない人物が久保くんだ。

 

「岩村さんに三隅さん。おはよう」

「あ、久保くんおはよー」

 

 久保くんからの挨拶に対し、岩村さんは返事に渋っている。

 これは相当深手を負ったらしい。

 スマホを持つ手にバイブ機能が付いている。

 辛そうなのは一目瞭然だ。

 本当に心が痛む。

 

「へぇー、そんな噂になってるんだ」

「ちょっと! 久保くんは見ちゃダメだよ!」

「でもそれ僕の悪口でしょ?」

「だからダメなんだって……。これは私がなんとか撤回するから」

 

 岩村さんのスマホを、久保くんが覗き込んだ。

 彼は飄々とした態度で接している。

 一方岩村さんは本気で慌てているみたい。

 この光景は少しだけ微笑ましい。

 久保くんが冷静な人で助かった。

 

「うーん、そうだなぁ。じゃあこうしよう!」

「ひゃっ!? な、なにを!?」

 

 久保くんはカバンからスマホを取り出す。

 そして躊躇無く岩村さんの真横に並び、肩を組むように近寄り始めた。

 岩村さんは赤面し、困惑の色を隠し切れない。

 彼は爽やかに微笑んで、伸ばした手の先にスマホを構えた。

 これは完全に自撮りのスタイルだ。

 

「こうしてツーショットも撮影すれば、隠し撮りでもなんでもないでしょ?」

「え、でも私なんかと写ってくれるの?」

「僕は岩村さんと写真撮れたら嬉しいけど」

「えぇぇっ!? ちょっと! 変な顔になっちゃうからそんなこと言わないでよ!」

「照れてる岩村さんも可愛いと思うよ」

 

 なんかだんだんバカップルのやり取りに見えてきた。

 私からはどう見ても両想いなのだが。

 これでも岩村さんの片想いなのだろうか。

 むしろ久保くんの方が、積極的に好意を寄せてる気もする。

 これはこれで興味深い。

 しかし撮影された岩村さんの顔は、案の定真っ赤になり引きつっている。

 それを見た彼女は本気で落ち込んでいる。

 笑っている久保くんの隣で、項垂うなだれる岩村さん。

 好きな人に見せたくない表情だったのだろう。

 これはこれで心が痛む。

 

「また後で撮り直して、それをグループに送信しようよ」

「そんなことしたら、私との関係を疑われちゃうよ?」

「別に僕は平気だよ。あと今日から一緒に帰ろうか。それでストーキング疑惑も無くなる」

「ちょ、ちょっと待って! 平気なの!?」

「平気だよ。この前の岩村さん、本当にかっこよかったからね。犯罪行為だけは否定させてもらうけど、想いが暴走中なのは本当かもね」

 

 突然の告白まで始まり、岩村さんは動揺し過ぎて目が泳いでる。

 二人が恋人になるのは時間の問題だろう。

 

 咲那さなと昼食を食べながら今朝の件を話し、順調に持ち直していると報告した。

 噂がただの噂になってしまえば、もう気を張る必要もない。

 しかし彼女の作り笑いは治らなかった。

 

「もしかして直接なにかされてる?」

「最近クラスのみんなに避けられてて……」

「それは作り話のせいじゃなくて?」

「たぶんみんな根本さんが怖いんだよ。私に関わると巻き込まれるから、仕方ないよね」

「それってただのイジメじゃん。咲那ちゃんはそれでいいの?」

「良くはないけど、どうにもならないから」

 

 彼女はもう諦めていた。

 ほとぼりが冷めるまで待っているみたいだ。

 ヒロくんや白石くんが居ても駄目みたい。

 そうなると私には何が出来るだろうか。

 考えても何も思い付かない。

 直接文句を言えば、返って彼女への仕打ちが酷くなりそう。

 かと言って見過ごすのも違う。

 でも良いアイディアが浮かばない。

 本当に心が痛む。

 

「ねぇ光凛ひかりちゃん。今日バイトある?」

「ううん、休みだよ」

「じゃあまたうち来て欲しい」

「いいよ。今日は咲那ちゃんの好きなことして、気分転換しよ!」

「ありがとう光凛ちゃん。本当に大好きだよ」

 

 必死で笑う彼女の顔に、冗談ではない辛さが滲み出している。

 消えかかりそうな声も、発するだけで精一杯なのだろう。

 こんな彼女を見るのは中学生以来だ。

 また彼女は自分の価値を見失いかけている。

 なんとか救ってあげたい。

 しかし今回はあまりにも理不尽だ。

 本当にものすごく心が痛む。

 

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