第11話 本当に何が起きているんだ

 あれから一ヶ月が経過した。

 梅雨が明けて本格的な夏が始まると、外に出るのも億劫になる。

 中庭もお気に入りだった校舎裏にも、雨と暑さのせいであまり行かなくなった。

 涼しい屋内は当然ながら他の生徒もたくさんいて、私達は羽を伸ばすにも困難を極める。

 それ以外は特に変わったこともないけれど、咲那の顔色は日に日に悪くなってる気がした。

 

咲那さなちゃん、最近調子悪い?」

「え!? ううん! そんなことないよ!」

「でも様子が変だよ? 無理してない?」

「してないしてない! 元気いっぱいだよ!」

 

 食堂に向かう途中で問いただした。

 今の彼女はどう考えても空元気にしか見えない。

 作り笑いで誤魔化そうとするからには、何か事情があるのだろう。

 おおよその見当はつくが。

 席に着いて食事を始めようとしていた。

 その矢先、正面側に二人の女子がやって来た。

 あまりにも意外な人物達で、私は状況が飲み込めない。

 本当に何が起きているんだ。

 

三隅みすみさん、私達も一緒にいいかな?」

「構わないけど、どういう風の吹き回し?」

「いやうちらもさ、ちょっと三隅さん関連で気になってる事があるのよ」

 

 先に声を掛けてきた岩村さんも、追って隣に座った原さんも、そこまで馴れ合ったつもりはない。

 あくまで和解をしただけだ。

 しかし彼女達の気になる事とはなんだろう。

 私に関係のある話で、彼女らが気にする理由も無いけど。

 

「何があったの?」

「周り見て分からない? B組以外の生徒からの視線がおかしいでしょ」

 

 岩村さんに言われて気付いた。

 たしかにクラスメートは普段通りにしている。

 でも他クラスの女子からの視線に、異様な嫌悪感が混じっている。

 私達を対象に汚物を見るような目だ。

 

「なんかね、B組以外では変な噂が立ってるみたいなの。三隅さん達について」

「それは俺から詳しく説明しようかな」

「何しに来たんだよ白石。呼んでねーよ」

「相変わらず冷たいなぁ原さんは。そんなんだからヤンキー扱いのままなんだよ」

「うっさい。あんたには関係ないだろ」

 

 岩村さんが語り出したところで、白石くんまで乱入してくる。

 原さんとは知り合いなのかずいぶん親しげだ。

 それにしても白石くんが詳しく知っているということは、現状通りB組の私達だけが何も知らないのだろうか。

 本当に何が起きているんだ。

 

「三隅さん、二人にも聞かせていいか?」

「んー? 内容は分からなけど、聞かれて困る話しならこんな所でしないでしょ?」

「よく分かってるじゃん。今二年の全五組中B組を省いた四組で、君らの悪い噂が流れてる」

「悪い噂なんて今更だけど、なんの為に?」

「君らを屈服させる為だろうな」

 

 言われてもピンと来ない。

 私達を下に付けるのに、なんでB組を省く必要があるのか。

 そもそもどうやってその区切りを付けているのか。

 

「B組に流さなかったら、私にはなにも影響無いけど?」

「それが狙いだろうよ。八巻やまきちゃんだけが苦しんで、三隅さんは把握することも出来ない。最終的に八巻ちゃんに限界が来て、その隣に居る三隅さんも心を折られるって筋書きだな」

「なんであんたがそんなこと知ってんのよ。うちは初耳だぞ?」

「クラスの女子達に聞いたんだよ。B組だけには絶対バラすなって指示受けてるんだとさ」

 

 つまり何も知らずに過ごしている私が、最終的にその事実を知って罪悪感に苛まれるということか。

 知らないところで咲那が苦しめられるのは面白くない。

 だけどそんな口止めで上手くいくのか、ほとほと疑問に思う。

 しかし咲那の俯き具合から、嘘でもなさそう。

 

「許せない。根本さんさすがにやり過ぎだよ」

「なんで岩村さんが怒ってるの?」

「だって、三隅さん達は純粋に想い合ってるじゃない。それを邪魔する権利は無いよ!」

 

 割と序盤で否定してきたのはあなただけど。

 まぁあの時の岩村さんにとって、私は敵に見えたのだろう。

 しかも遊びの付き合いだと思ったなら、口も出したくなるかもしれない。

 とりあえず味方になるなら詮索はやめよう。

 ただ純粋に想い合ってるとは、どこで判断したのだろうか。

 

「これさ、私からB組には正しい情報を流すよ。それが広まれば悪い噂も消えるでしょ?」

「でもそんなことしたら、今度は岩村さんが標的にされるぜ? B組女子の中心人物だし」

「そんなの構わない。私は二人を応援するって決めたんだから!」

 

 本人達以上に熱くなってる周りが、どんどん話を進めている。

 これは放置しておいて大丈夫なのかな。

 下手に動かれてややこしくされても困るけど。

 そんな私の不安をよそに、更なる人物が会話に参加してくる。

 本当に何が起きているんだ。

 

「すごい意気込みだね岩村さん。僕も何か協力させてよ」

「く、久保くん!? もしかして聞いてたの?」

「うん。僕もこの空気は良くないと思ってたんだ。そしたら気持ちのいい宣言が聞こえてきて、嬉しくなったからさ。三隅さん、僕も手伝わせてもらえるかな?」

 

 まさかの岩村さんの想い人から、自主的に協力の申し出か。

 これは案外悪くない展開かもしれない。

 女子だけで対抗するより断然心強い。

 更に岩村さんのモチベーションが上がれば、咲那の為にもなりそう。

 

「ありがとう。そしたら久保くんには、岩村さんを守ってあげてほしい」

「ん? どういうことかな?」

「岩村さんの側に男子が居れば、根本さんも簡単に手出しは出来ないはず。だからその抑止力になってほしいの」

「なるほど、そういう事か。それなら僕も役に立てそうだね」

「え、ちょっと、三隅さん!?」

「岩村さんもその方が安心でしょ?」

「それはそうだけど。ふつつか者ですが……」

 

 こうして謎の共同戦線が出来上がった。

 彼らにとってはリスクの方が大きい。

 だが私達だけでどうにか出来る問題でもない。

 たまにはクラスメートに頼るのもいいだろう。

 

光凛ひかりちゃん、本当にこれでいいのかな?」

「みんな咲那ちゃんのことが心配なんだよ。だから少し甘えさせてもらお?」

「なんか私のせいで、みんなにも迷惑かかっちゃうよ」

「そんなことない。咲那ちゃんは被害者で、悪いのは仕掛けてくる人達だよ」

 

 咲那は落ち着かない様子だが、これも彼女を助けるため。

 必ず根本を止めなきゃならない。

 私の大切な友達を傷付けられたくない。

 今は恋人だけど。

 その実感は、未だに湧いてこない。

 

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