第10話 本当に迂闊だった

 不意打ちのキスは厄介な事態を引き起こした。

 想像以上に咲那さなは恥ずかしがるし、ヒロくんにも目撃されてしまう。

 この気まずい空気感、どうしたらいいだろう。

 慣れないことなんてやるもんじゃない。

 本当に迂闊だった。

 

「いやぁ、本当に仲が良いんだな」

「え、ヒロくん!? 今の見てたの!?」

「なんのことだか分からんなぁ」

「その顔絶対見てたじゃん!」

 

 そりゃ真っ赤な顔して誤魔化そうとしても、さすがに手遅れだろう。

 というか彼は覗き見したわけでもない。

 私の不注意が全ての元凶だ。

 

「恥ずかしいとこ見せちゃってごめんね。ヒロくんは何か用でもあったの?」

「そ、そうだった。校舎裏だとまた根本が来るかもしれないから、中庭に来ればって言おうとしてたんだよ」

「でも中庭は人が多いでしょ? あんまり落ち着いて食べられなくて」

「それなら心配ないよ。最近暑くなってきたからみんな食堂行くし、ベンチも結構空いてるから」

 

 それをわざわざ教えに来てくれたのか。

 そこまで気を遣ってくれなくてもいいのに。

 でも良い情報が手に入った。

 中庭なら完全に人目から逃れるのは不可能だし、大胆な嫌がらせ行為は出来ないはず。

 私は咲那を言いくるめて、中庭で昼食を摂ることにした。

 

「さっきのは慰めてくれたの?」

「一応そのつもり。ごめんね。びっくりさせちゃったよね」

「びっくりはしたけど、嬉しかったよ」

 

 座ったまま下を向く彼女は、もじもじしながら口元を緩めている。

 そんな仕草を見て、世の男性は女子力の高さに惹かれるのだろう。

 女の私から見てもすごいと思う。

 私が同じことをしても、きっと薄気味悪い表情になってしまうから。

 

「でも私のせいで光凛ひかりちゃんが傷付いたのに、こんな気遣いまでさせちゃって申し訳ないよ」

「え、私全然傷付いてないよ? 根本さん達の行動原理をずっと考えてた」

「それもすごいね……。さすが光凛ちゃん」

「だって不思議じゃない? 気に入らないから力で屈服させようなんて、動物並みの発想だよ?」

 

 それを聞いた彼女はポカンとしている。

 私としては至極真っ当な意見のつもりだったのだが、何か不自然だったのだろうか。

 口を開けてたままの彼女は、時間が止まって見える。

 しかし突然くすくすと笑い出した。

 やっぱり私がズレているらしい。

 ウケを狙ったつもりもなかったのだが。

 でも笑ってくれるならそれでもいい。

 

「たぶん私が良い顔ばかりして見えるから、癇に障るんだと思う」

「そっかぁ。やっぱり人気者は妬まれる宿命なのかな」

「え、それは違うよ。光凛ちゃんの方が人気者だし!」

「いやいや、私なんてノリ悪いし自己中だし、人気あるわけないよ」

「いやいやいや! 光凛ちゃん、高校生になって何回告白されてる?」

「よく覚えてないけど、十人はいってないと思うよ」

「それめっちゃすごいからね! 私は四人からだよ? その時点で気付こうよ!」

 

 身を乗り出して、ものすごい勢いで力説している。

 そう言われると好意を向けてくれる人は多いのかもしれない。

 だけどそれが直接人気に結び付くとも思えない。

 告白する側の理由も様々だろう。

 人によっては軽い女に見えたかもしれない。

 罰ゲームの可能性もある。

 考え出したらキリがないけど、咲那は何故こんなに必死なんだろう。

 それが一番の疑問だ。

 

「美男美女カップルも腹立つけど、美女同士とかさすがに泣けてくるよな」

 

 唐突に会話に混ざってきたのは、ヒロくんの友人の一人だ。

 名前は知らない。

 隣のクラスだし、特に興味がない。

 

「白石くん、光凛ちゃんに手を出しちゃダメだよ!?」

「目の保養くらい勘弁してくれ。八巻やまきちゃん達見てると切ないけど幸せになるんだわ」

「なにそれ? どういうこと?」

「だって可愛い女子二人が笑い合ってるのに、入り込む隙がないんだぜ? 切ないだろうが」

「そうなんだ。他にも女子はいっぱいいるよ」

 

 どうやら咲那とは仲が良いみたい。

 ヒロくん以外の男子とこんなに砕けた会話をするのは珍しい。

 いや私が知らないだけなのだろうか。

 

「邪魔して悪かったな。根本は執念深いから気を付けた方がいいぞ。三隅みすみさんもな」

「うん、覚えておくね」

 

 結局彼はそれだけを言いに来たらしい。

 ヒロくんの友人なだけあって、いい人そう。

 しかし愛想笑いし過ぎたのだろうか。

 彼と言葉を交わした途端、咲那の顔がわかり易くむくれていく。

 これが俗に言うヤキモチというものだろう。

 別にそんなつもりではなかったのだが。

 不覚にも彼女の目の前で、恋人らしからぬ態度をとってしまったみたい。

 本当に迂闊だった。

 

「光凛ちゃん、私の言うことは信じないのに、白石くんは信じるんだ」

「え? どういう意味?」

「私が光凛ちゃんの人気っぷりを説明しても疑ってるのに、白石くんの忠告はあっさり受け入れたじゃん!」

「よく私が疑ってると分かったね」

「論点はそこじゃなーい! それに疑念がしっかり顔に出てたよ!」

 

 これがカップルらしいやり取りなのかな。

 初めて少し面倒だと思った。

 彼女のことは好きだ。

 もちろん友達として。

 だけど友人関係にヤキモチは無い。

 恋人関係だからこそ目覚める感情のはず。

 これは面倒臭い。

 

「なーんてね! 白石くんいい人でしょ?」

「びっくりしたぁ。少し契約解除が脳裏を過ったよ……」

「え、うそうそ! 冗談だよぉ。こんなことで見限らないでー」

 

 やっぱり少しだけめんどくさいかもしれない。

 

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