第14話 本当に恋をしている

 咲那さなの家にお邪魔した時、まだ大学生のお姉さんが居た。

 咲那の部屋に上がって少しした頃には何処かに出掛けたのか、玄関が開閉する音にも気が付いている。

 今この家には私達だけしか居ない。

 また二人きりだ。

 前に感じたドキドキとは違う。

 明らかに様子がおかしい胸の高鳴りに戸惑ってしまう。

 彼女と重ねた唇は、もっと深く彼女の中へと入ろうとしている。

 ただ舌を絡め合うだけでは収まらない。

 彼女の頭を支え、身を乗り出すようにもっと深くへ。

 心の中にまで入っていきたい。

 彼女の心とひとつになりたい。

 強い欲求が私の中に渦巻いていた。

 彼女が伝えようとしていたのはこれらしい。

 この衝動に駆られて、私の奥まで入ってこようとしていたのだろう。

 今なら嬉しい緊張の意味も性的欲求も全部理解出来る。

 まさにそんな高鳴り方だ。

 私は本当に恋をしている。

 

「んっ……。光凛ひかりちゃん激しい………」

「ごめん、私すごく興奮してるみたい」

「そんな露骨に言わなくても」

「この後はどうすればいいの?」

「え、この後……?」

「咲那ちゃんを全部知りたい」

 

 途端に彼女は赤面した。

 恥じらいもなくこんなセリフを吐く私がおかしいのだろうか。

 でも恋心を自覚してしまったら、歯止めが効かなくなってしまった。

 彼女との甘い口付けに刺激されたのだろう。

 躊躇わずに彼女の下に飛び込んでいける。

 全てをさらけ出せる。

 そんなことで思考が埋め尽くされていると、咲那はおもむろに体を寝かせた。

 床に仰向けになり、首を少し横に倒す彼女の表情は、少し照れ臭そうに見える。

 

「光凛ちゃん、こっちに来て」

「え? こ、こう?」

 

 両手を伸ばす彼女の上に覆い被さるように、至近距離まで顔を近付けた。

 すると急に首筋がゾクゾクする。

 

「ひゃっ!? くすぐったいよ咲那ちゃん!」

「ダメだよ、我慢しないと」

 

 彼女は私の首から少しずつ上に上がってきて、耳まで舌を這わせる。

 こそばゆさと気持ち良さに何度も声が漏れるが、私をがっしりと抱く腕が解けない。

 崩れるように彼女にのしかかってしまう。

 それでも彼女は止めようとしない。

 徐々にお互いの呼吸が荒くなっていく。

 気付けば上下が逆転し、上から素肌を愛撫され、いやらしく舐め回されていた。

 でもそんな行為を決して不快に思えない。

 むしろ愛されているようで幸福すら覚える。

 本当に恋をしているんだ。

 

「え、脱がすの……?」

「だってこの後もやりたいって言ったの、光凛ちゃんだよ?」

「そうだけど、やっぱり恥ずかしいかも。私どうかしてたんだと思う」

「今は私だってどうかしてるから」

 

 ブラウスのボタンが一つずつ外されていく。

 胸元が開き、下着がされけだされた瞬間、思わず腕で自分の目を覆った。

 羞恥心はすでに限界まできている。

 なのに少し期待している自分がいた。

 こんなにも求められていることに嬉しくなっていた。

 だから抵抗する気は起きない。

 スカートまで剥ぎ取られ、身に纏うのは面積の狭い二枚の布のみ。

 彼女の方に目線を向けられない。

 視覚を遮っていないと、心臓が止まりそう。

 こんなに緊張したのは生まれて初めてだ。

 

「んんっ、やだ……そこやめて」

「光凛ちゃんは脚が弱いんだね」

「だって変な触り方してるじゃん!」

「指でつぅーってしてるだけだよ」

 

 視界を隠す腕をズラすと、私の上に跨る咲那も下着のみになっていた。

 私の体を指や舌でもてあそぶようにしながら、自分も脱いでいたらしい。

 彼女の体は華奢だがしっかりくびれがあり、とても女性的だった。

 スレンダー気味の私より胸もある。

 

「ここじゃ痛いから、ベッドに入ろうか」

「う、うん……」

 

 私はすぐに布団を被る。

 下着姿で移動するだけでも恥ずかしい。

 このシチュエーションじゃ意識せざるを得ない。

 ただの着替えとはわけが違う。

 まだまだ物足りないといった様子の彼女は、一緒に布団の中へと入ってきた。

 安心感を与えるように、優しく唇を重ねる。

 素肌と素肌の張り付く感触も心地良い。

 抱き合う二人の身体は、まるでひとつになっているみたいだった。

 そして最後の布も捨て去り、私達はお互いの身体を確かめ合う。

 全身で重なり合うだけで、全てが満たされるような幸福感に浸れる。

 心まで繋がったような気がしていた。

 この幸せをずっと噛み締めていたい。

 そう思っていた。

 

 しかし人の心とはそんな単純なものではない。

 いくらさらけ出したところで、また新たな蓋を閉じてしまう。

 溜まり続ける鬱憤は空になることなどない。

 生きるというのは負債を抱えるに等しい。

 何度流してもまた溢れんばかりに増えていく。

 だから時々蓋をして閉じ込める。

 

八巻やまきと連絡が取れない?」

「うん。昨日の夜までは返信来てたんだけど、今朝は待ち合わせ場所にも来なかったし……」

「それは心配だな。熱出して爆睡中とかか?」

「体調崩してるだけならまだいいんだけど、なんか胸騒ぎがするの」

 

 咲那の家に行ってから一週間と少し経過した。

 機嫌が良くなった彼女は、また明るい笑顔を見せてくれる。

 堂々と彼女を好きでいられる。

 その両方が嬉しくて、彼女と会うのがとても楽しみになっていた。

 しかしここ二日程また暗くなってきている。

 そう思っていた矢先に連絡が途絶えた。

 登校しても咲那の姿は無く、授業の合間にヒロくんに確認しても欠席してるという。

 私は本当に彼女に恋をしている。

 だからこそただ事じゃない事態に、居ても立ってもいられなかった。

 

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