第8話 本当に理解に苦しむ

「えっと……さ、何をしに来たの?」

「気持ち悪いゴミ虫の掃除だけど」

「こんなことしてなんのメリットがあるの?」

八巻やまきさんていつもヘラヘラしてるし、見てるとイラつくのよね」

「それで?」

「手を出そうにも、陸田りくたが目を光らせてて邪魔なのよ。だから居ない内に彼女から教育しておこうかと思って」

 

 まるで話が見えてこない。

 咲那さなちゃんが気に入らないのは分かった。

 ヒロくんが密かに助けていたのも分かる。

 それで私一人の時にジュースをぶっ掛けて、彼女達は憂さ晴らしでも出来るのだろうか。

 せめて咲那ちゃんが隣に居る時の方が、色んな意味で効果があったのではと思ってしまう。

 本当に理解に苦しむ。

 

「少なくとも、あなた達に教わる事なんて思い当たらないんだけど」

「その態度から変えてくれない? 変人の癖に」

「そう思うなら関わらなければいいよね。無駄な労力だと思うよ」

「無駄じゃないわ。八巻さんが苦しむもの」

「よく分からないなぁ。とりあえずこのブラウスどうしてくれるの?」

 

 あからさまに頭にきてるのが分かった。

 根本の表情はみるみる怒りに染まっていき、つかつかとこちらに歩いてくる。

 そして今度は横面を叩かれた。

 痺れる左頬は多少痛むが、服のベタつきよりは何とでもなる。

 顔は洗えばいいけど、透けたブラウスは乾いたところで着ていられない。

 

「はぁ。もうジャージに着替えるから、気が済んだならどこかに行ってくれないかな?」

「あんた本当に肝が据わってるのね。あの八方美人紛いが気に入るわけだわ」

「それって咲那ちゃんのこと?」

「他にいるの? あんな他人の顔色伺ってばかりの人間。それでいてレズとか笑っちゃうわ」

「私もびっくりしたけどさ、周りがとやかく言う権利無いよね」

「言うわよ。見ていて気分悪いから消えて欲しいもの」

 

 全然話しが通じない。

 そこまで彼女に固執するなんて、実は好きなんじゃないかとさえ思えてくる。

 だけどこんなのがクラスメートに居たら、きっと咲那も苦労しているのだろう。

 彼女の気持ちに応える為に恋人契約として告白を了承したが、あまり良い判断ではなかったのかもしれない。

 それにしても、正面に居る三人は一向に散る気配が無い。

 これ以上何を訴えたいのか。

 本当に理解に苦しむ。

 

「あ、いたいた! おーい三隅みすみ!」

 

 遠くから聞こえてくる男子の声は、すぐにヒロくんのものだと分かった。

 わざと大きめの声を出してくれたことで、ようやく根本達は悔しそうに退散していく。

 クラスでも人気者らしい彼には逆らえないのだろう。

 それで私にちょっかいを出す思考もイマイチ分からないけど。

 

「大丈夫だったか三隅!? っておい!」

「あ、うん。あんまり見ないでもらえると助かるかな。やっぱり恥ずかしいから」

「ご、ごめん! こっち向いてるわ」

 

 駆け付けてくれたヒロくんは、私の下着が目に付いてしまったらしく、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

 手で顔を覆い隠す後ろ姿は、まるで子どもみたいだ。

 わざわざ助けに来てくれたのは素直に嬉しい。

 

「ありがとねヒロくん。私一人だったらどうにも出来なかったよ」

「いや、遅くなって悪い」

「ううん。こうなる懸念があったから、ご飯に誘ってくれたんでしょ?」

「あいつら八巻を目の敵にしてたんだよ。だから三隅が一人になったら危ないかなとは思ってた。ちゃんと言えば良かったな」

「それはそれでリスクあるでしょ。十分助けられたよ」

 

 背中を向ける彼は耳まで赤い。

 きっと照れ臭いのだろう。

 咲那もこんな風にあたたかい気持ちになって、私を好きになったのだろうか。

 私が彼に抱く好意はあくまでも友人として。

 それに変わりはないけど、嬉しくなることははっきり分かった。

 救いの手を差し伸べてもらえるのは、申し訳なさよりも喜びが勝る。

 彼には感謝の気持ちを伝えられただろうか。

 

「着替えとかあるか?」

「ジャージなら教室にあるけど」

「分かった。取ってくるからとりあえずこれ着とけ!」

「え、ちょっと!」

 

 ヒロくんは唐突にワイシャツのボタンを外し、私の目の前に差し出した。

 戸惑いながらも受け取ると、自身はTシャツにスラックスという不格好で走り出す。

 渡されたワイシャツは羽織るべきなのか。

 でも密着させたら、サイダーが染みてしまう。

 体を縮めて胸の前で広げ、透けてる部分を上手く誤魔化した。

 しかし彼の行動はなんだったのだろう。

 あんな姿で教室まで行けば、奇妙な目で見られるのは火を見るより明らかだ。

 本当に理解に苦しむ。

 

「お待たせ!」

「あ、ありがとう。じゃあワイシャツは返すね」

「ごめん、汗臭くて着られなかったか」

「そうじゃないの。ジュースの汚れが移っちゃうから」

「なんだよ、そんなこと気にすんなって」

「いや気にするよ」

 

 息を切らして帰ってきた彼は、私に体育で使うジャージを手渡す。

 その時も目線は逸らしてくれた。

 私は奥の木の影で着替える。

 下はスカートのままだが、校則違反ではないし構わないだろう。

 だいぶ不愉快な目に合わされたが、色々知ることができた。

 咲那の置かれている状況。

 ヒロくんの立ち位置。

 救われる有り難さ。

 改善方法が見付からなければ、契約解除も視野に入れる必要がある。

 とりあえずお見舞いは辞めておこう。

 この姿を見せれば、心配させてしまうから。

 

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