第7話 本当にどうかしている

 咲那さなの家に行った二日後、彼女は珍しく学校を休んだ。

 久しぶりに一人での昼食となると、どこで食べるべきか悩んでしまう。

 窓の外を眺めながら廊下を歩いていると、隣の教室から数人の男子生徒が出てきた。

 

「おう、三隅みすみじゃん。ぼーっとしてるな」

「ヒロくん、ちょっと考え事しててね」

八巻やまきが休みだからだろ?」

「よく分かったね。そんなに顔に出てた?」

「まぁいつも昼休み一緒に居たの知ってるし、必然的に答えも読めるよ。心配なら放課後にでも見舞いに行けば?」

「ただの風邪って言ってたから、逆に迷惑かけちゃうよ」

 

 今朝の段階で連絡は来ていた。

 今日は風邪を引いたから休むって。

 たまには一人で登校するのもいいし、別に心配する程のことでもない。

 しかし周囲との温度差ができた今となっては、いつも隣に居た彼女を意識せずにはいられない。

 寂しいとか悲しいといった感情ではなく、当たり前に繋がれてた糸が、突然見えない所に消えてしまったみたいな。

 肩透かしを食らったような感覚になっている。

 友達として隣に居た時は、こんな気持ちにはならなかったのに。

 本当にどうかしている。

 

「そうかな? 八巻は喜ぶと思うけど」

「体調悪い時は一人にして欲しくない?」

「そんなことないけどなぁ。体調悪くて心細い時こそ、恋人に会いたくなる気がする」

「ヒロくん恋人いるの?」

「いやいないけど、そのぐらいは好きな人とか想像すれば分かるよ」

「そういうものなんだ。すごいね……」

 

 人を好きになるだけで、そこまで彼女の気持ちに寄り添えるんだ。

 私には全く分からなかった。

 だって心配されても風邪は治らないし、下手に移して気を遣うのも嫌になる。

 それなら一人で寝ていた方が気楽だし、治すことにも専念出来る。

 そう考えてしまう。

 だけど彼の意見は否定出来ない。

 私がお見舞いに行って、嬉しそうにする咲那の姿は目に浮かぶから。

 私の主観はきっと一般論とは別物。

 だから彼の抱く感覚の方が、彼女のそれにも近い。

 彼女の為を思うなら、彼の提案に乗るべきだ。

 

「まぁあくまでも俺の見解だから、深く考えないでくれよ。三隅の思いやりが伝われば大丈夫だから」

「思いやり? 私なにか思いやったことしてたっけ?」

「相手の体調や都合を気遣って答えを探してるんだから、十分思いやりだろうよ」

 

 そんな考え方はしたことがない。

 いくら頭の中で相手の為を思ったところで、行動して実感させないと意味が無いと考えていた。

 相手が思いやられていると感じて初めて、その思いやりは成立するものだと。

 ましてや私の意見だと、ただ単に自分ならこうしていたいと考えただけで、ほとんど彼女の立場に立てていない。

 そんなものが本当に思いやりだと言えるのだろうか。

 恋人の気持ちひとつ分からない、こんな私の思考でも。

 本当にどうかしている。

 

「ごめん、お友達待たせちゃってたね」

「おい、どこ行くんだよ? 一人で食べるのか?」

「だって私が居たら邪魔になっちゃうでしょ」

「気を回し過ぎだって」

 

 別に気を遣ったわけじゃない。

 ヒロくん以外の二人とはほぼ面識も無い。

 お互いに何を話せばいいのか分からなくなる。

 気まずい空気になるのが目に見えている。

 ヒロくんが優しさで言ってくれたのは分かる。

 でも彼以外にとってのデメリットが大きい。

 私が入り込めるスペースではない。

 

「本当にそんなんじゃないよ。一人で食べるのも悪くないし」

「まぁ無理にとは言わないけど、中庭に居るから寂しくなったら来いよ」

「うん、ありがとう」

 

 寂しくなるなんてことはない。

 普段より横の見晴らしが良くなるだけ。

 ただそれだけだ。

 私はいつもお昼を食べる校舎裏の花壇に座った。

 ここはあまり人が来ないし、咲那と居る時も気兼ねなく話せるから。

 一人で来るのは初めてかもしれない。

 友達だった時から、咲那のお気に入りの場所だったから。

 いつでも隣には彼女が座っていた。


 だけど今日この場に来たのは、全く招いた覚えのない女子達。

 冷たい形相で私の目の前に立っている。

 なんの用件だろうか。

 

「八巻さんの彼女ってあなたでしょ?」

「そうだけど、あなた達は誰?」

「C組の根本だけど。他の二人もC組」

「私はB組の三隅光凛みすみひかり。咲那ちゃんのクラスメート達が私に何の用?」

「率直に言うけど、気持ち悪いのよあなた達」

 

 ものすごくハッキリ言われた。

 清々しいほど不快感に塗れた言い方だった。

 そう思われるのは慣れている。

 こんなにメンチ切って言われるのは初めてだけど。

 わざわざそれを宣言しに来たのだろうか。

 私一人の時間を狙う理由も分からない。

 こんな所にまで足を運んで。

 本当にどうかしている。

 

「暇なの?」

「な……馬鹿にするなんていい度胸ね!」

「あぁごめんなさい。馬鹿にしたつもりはないの。思った事が口に出ちゃっただけ」

「尚更タチが悪いじゃない!」

「それで? 用事はまだ終わってないの?」

 

 次の瞬間、顔に向かって水をかけられた。

 いや、これはサイダーか何かだろうか。

 甘ったるい匂いがして、ベタベタする。

 根本の隣の女子が、手に持ったボトルをこちらに向けて振ったみたいだ。

 ブラウスの胸元が透けて、下着が露わになっている。

 さすがにこれは困る。

 

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