第4話 本当に不思議だ
下校時刻を知らせるチャイムが鳴れば、私は真っ直ぐに教室を出る。
廊下は徐々に部活の準備をした生徒達に埋められていくが、アルバイトに時間を使いたかった私は今でも帰宅部だ。
コソコソと私を嘲笑う声が通り過ぎていく中、明るいテンポで駆け寄る足音も聞こえてくる。
「
「なんか私、いつも待ってばかりだと思われてる?」
「ううん、私を迎え入れてくれるのが嬉しいだけだよ」
「そんな大袈裟な……」
満面の笑みで隣のクラスから出てきた
恋人になる前からもこんなことは日常茶飯事だったが、毎度毎度飽きがこないことには疑問を覚える。
「相変わらずお熱いねぇ二人とも」
「あ、ヒロくん。光凛ちゃんは渡さないよ?」
「おいおい、第一声からそれかよ。俺が他人の恋人に手を出すような節操無しに見えるのか?」
「ヒロくんも光凛ちゃんと仲良しだから、一応忠告してみた」
「一応にしては表情がキツかったなぁ」
咲那の後から出てきたのは、同じく中学時代から仲の良い
親しい人からはヒロくんと呼ばれている、活発で人当たりの良い好青年だ。
私達が付き合い始めてからも態度を変えない少数派の一人で、こちらとしても気楽に接することが出来る。
「二人はこれからデートか?」
「そうだよー! これからアイス食べに行くんだ!」
「確かに最近気温も高いし、アイスは良いな! 俺は部活行ってくるわ」
「うん、頑張ってねー」
咲那は同じクラスのヒロくんと楽しそうに話しているが、これは恋愛感情と何が違うのだろうか。
そしてそんな彼女を隣で見ていても、私はなんとも思わない。
恋人としてはここでヤキモチのひとつでも焼くべきなのだろうが、私にとってこの関係がただの契約だからだろうか。
一向にその気配が見当たらない。
そもそも嫉妬という感情は何を目的として生まれるのか。
することによって本人達は何を得ようとしてるのだろうか。
本当に不思議だ。
「じゃあ私達も行こっか!」
「そうだね」
学校を出てひと駅先まで歩くと、地元でも美味しいと評判のアイス屋さんがある。
アルバイトが無い日は時々食べに来るのだが、何度食べても飽きがこない味だ。
これは俗に言うデートという表現も出来るのだろうが、私達の関係を知らない人から見れば、友達同士で遊ぶ仲の良い女子高生なのだろう。
別にそれで構わないが、咲那がどう思っているのかまでは知らない。
「やっぱりチョコ味が一番だと思う!」
「そう? 私は抹茶の方が好きだけど」
「えー、美味しいから光凛ちゃんもひと口食べてみなよー」
「うん」
差し出されたチョコアイスをひと口もらうと、抹茶に染まった口の中がみるみる内にまったりとした甘さに変化する。
嫌いなわけではないが、後を引く濃厚さが私の好みではなかった。
「んー、美味しいけど甘さがしつこくない? 私は抹茶のほろ苦さでスッキリする感じが好きかな」
「そっかぁ。この甘い後味が私は好きなんだけど、光凛ちゃんには甘過ぎたんだね」
「口の中の抹茶全部もっていかれたからね。咲那ちゃんもひと口いる?」
「いるー! ありがとー!」
恋人の好みであれば、もう少し寄り添ってみるべきだろうか。
しかし私は遠慮せず自分の意見を述べてしまう。
これが恋人らしからぬと言われればそうかもしれないが、相手に合わせて妥協するぐらいなら、それは友人だとしても良い関係とは思えない。
目的の為に多少のリスクは払ったとしても、妥協を重ねた生き方はしたくない。
世の中のカップルはその多くが、相手に合わせて動いているように見える。
パートナーに嫌われるのを恐れて、自分を押し殺してる気がする。
そうまでして得る恋人の価値は、当人達にとってどれほど大きいのだろう。
私にはまるで分からない。
分かりたくても、そこに価値を見出せない。
本当に不思議だ。
「ねぇ光凛ちゃん。私達まだ手を繋ぐまでの段階だよね」
「まぁそうだね。ハグとかもしてるけど」
「恋人らしいスキンシップは出来てない気がするの。だから積極的になった第一歩に踏み出したい!」
「恋人らしい……かぁ。具体的には何をすればそうなるの?」
「キスしていい?」
「んー、まぁキスくらいなら」
私はしたことないが、友達同士でもキス程度なら時々する人もいると聞く。
特に女の子同士なら変な意味合いにもならず、本当にスキンシップの一環として。
そう考えるとそんなに抵抗は無い。
相手は咲那だし、嫌な気持ちもまるで湧かない。
ましてや私達は恋人同士。
不純な動機だとしても、お互い合意の上なら何も問題にならないだろう。
「じゃあ眼を瞑って」
「うん」
私はゆっくりとまぶたを閉じた。
隣に座っていた咲那が、徐々に近付いてくる気配がする。
ゆっくりと頬に触れた彼女の手は、アイスを持っていたからかひんやり冷たい。
その手に顔の向きを誘導され、彼女の呼吸音が聞こえてくる。
手前で止まっているのか、吐息だけを微かに感じる。
そう思っていた矢先、唇に柔らかい感触が密着した。
少し冷たくて湿り気を帯びながら、滑らかで弾力のある手触り。
いや口触りとでも言うべきだろうか。
とにかく優しいキスだった。
「どうだった?」
「咲那ちゃんの唇柔らかかったよ」
「他には何か感じた?」
「他にと言われると困るかな。咲那ちゃんは何か感じたりしたの?」
「うん。すっごくドキドキしたし、幸せな気持ちになったよ」
目を開けた先の彼女の顔は、頬が少し染まっていて恥ずかしそうに照れていた。
それでも喜びに満ちた表情で、その時の感想を嬉しそうに語っている。
私は唇の当たった感触については話したが、キスという行為に関する感想は持てなかった。
ただ唇と唇が触れただけとしか思えなかったからだ。
もし相手が咲那でなければ、そもそもしようとは思わない。
彼女だからした。
だけど彼女のような喜びを得られないということは、私が恋心を知らないからだろう。
その行為に特別な感情を寄せられない。
そんな一方的なものでも、彼女は高鳴る胸を抑え切れない様子だ。
好きな人に対する愛情表現だからだろうか。
本当に不思議だ。
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