第5話 本当に歯がゆい
「ねぇ
「別に構わないけど」
一回では物足りなかったのだろうか。
次の機会が来れば行為そのものに集中したかった私は、二つ返事で許可を出した。
二度目は眼を瞑る要求をされない。
瞳を輝かせる
さっきので慣れたのか、口元を見つめたまま真っ直ぐに飛び込んでくる。
唇の重なる感触はさっきと同じ。
だが少し力が強くて、体勢が後ろに反り始めてしまう。
「んぐっ!?」
次の瞬間、私は彼女の肩を突き飛ばしてしまった。
口の中に異物が入ってきたからだ。
舌と舌が絡まり合う感触はこそばゆく、口内に残る味はほんのりチョコの香りがする。
好き嫌い以前に、ものすごくくすぐったくて耐えられなかった。
「ごめん、ここまでされるのは嫌だった?」
「嫌というか、びっくりした。いきなりだったし」
「ごめんね。なんかドキドキしたら止まらなくなっちゃって……」
そういうものなのか。
嫌がらせのつもりでやったわけじゃないのは分かるが、どういう心理からキスが激しくなるのか分からなかった。
性的興奮を覚え、その先に進もうと身体が自然に動くのだろうか。
今の私には全く共感出来る気がしない。
だけどそれも知りたい。
触れ合う喜びというものを感じてみたい。
しかしそんな自分を想像すら出来ない。
本当に歯がゆい。
「そのドキドキって、どんな感じなの?」
「うーん、簡単に言えば嬉しい緊張って感じかな。もっと光凛ちゃんを知りたいって思ったの」
「貰ったプレゼントの中身が、何が入ってるのかわくわくするような感じ?」
「そう例えられると少し違うような……。もっとこう、人肌を感じたい! って気持ち」
「そうなんだ。複雑な感情なんだね」
「恋をしたことがある人にとっては、すごくシンプルなんだけどね」
もちろんそれは分かってる。
私だから複雑だと捉えてしまうことも分かる。
こんな自分を否定するつもりもない。
だけど何故か気になってしまう。
分からない自分に分かりたい自分が打ち勝とうとしている。
彼女と同じ幸せを感じてみたい。
ドキドキする気持ちを味わってみたい。
なのに出来る気がしない。
本当に歯がゆい。
「これは練習したらなんとかなるかな?」
「えー、どうなんだろう? もしかしたら触れ合ってる内に私を好きになるかも?」
「じゃあやってみよう」
「でも無理はしなくていいよ? もし光凛ちゃんに嫌われたりしたらやだし」
「それは大丈夫。私から言い出したことだし、もし苦痛を感じたらすぐに言うから」
「まぁ光凛ちゃんなら変にストレス溜めたりしないかな」
それから私と彼女は二人だけの特訓をした。
来る日も来る日も人目に付かない場所に行っては、軽いキスを重ねていった。
私は少し焦っていたのかもしれない。
早く恋愛感情を知って、彼女と同じ所に立ちたかったのかもしれない。
でも一向に分からなかった。
キスをする度、なぜ彼女がこんなにも幸せそうな顔を見せるのか。
なぜこの行為によって、互いの愛情を深められるのか。
まるで同じ感覚が寄り添って来ない。
想像は少し出来るが、心の動きまでは見えて来ていない。
これが私の限界なのだろうか。
「光凛ちゃん、だいぶキスに慣れてきたね」
「もう何回したか分からないからね。でもドキドキする感覚が掴めないんだ」
「そっかぁ。今日バイトお休みだったよね?」
「うん、休みだよー。どこか行きたいの?」
「うちに来ない? プライベートな空間でなら、また気分が変わるかも」
一理ある気がした。
外よりもリラックス出来る環境の方が、それだけに集中出来る。
咲那の部屋には何度か行ったし、彼女のドキドキする気持ちを直に感じるのに、これほど適した場所もないだろう。
「じゃあお邪魔させてもらおうかな」
「うん!」
彼女の部屋はいつ見ても綺麗で、女の子らしい可愛さがある。
彼女の心を映し出すみたいに、白を基調とした部屋にパステルカラーの家具が並んでいる。
ベッドの隅に置かれたぬいぐるみもとても可愛らしい。
ふんわりと漂う花の香りは、心が安らぐ。
飾り気を求めない私の部屋とは、根本的に別の使い方をされている。
利便性以上に、好きな物に囲まれる喜びを優先しているみたいだ。
こうしたプライベートスペースにこそ、当人の思考の源が現れるのだろうか。
余計なものを省いて生きてきた私には理解が及ばない。
だけど恋心を余計だとは思えない。
だからもっと寄り添いたい。
そのトキメキに近付きたい。
本当に歯がゆい。
「お茶とお菓子持ってきたよー」
「ありがとう。お母さん達は?」
「今日は仕事が長引く日なんだ。お姉ちゃんも最近サークルが忙しくて、中々帰って来ないし」
「そうなんだ。少し寂しいね」
「でも今は嬉しいよ。光凛ちゃんと二人きりだし」
そう言うと彼女はニッコリと微笑む。
その笑顔を見た瞬間、無意識に唾を飲み込んだ。
この緊張感はなんなのだろう。
身の危険でも感じたのだろうか。
いや違う。
私は何かに期待している。
彼女と二人きりなのが嬉しいのか。
それともチャンスだと思ったのか。
彼女だけに集中出来れば、私の恋心も芽生える可能性があるからと。
自分の胸の内さえ、イマイチ理解出来ない。
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