第3話 本当に嬉しそう


光凛ひかりちゃんお待たせ! ごめんね遅くなっちゃって」

「ううん、全然待ってないよ」

「そっかぁ。良かったぁ」

 

 この子が私の彼女である八巻咲那やまきさな

 同じ中学で知り合って仲良くなり、二人で進学先も選んでこの高校に通っている。

 高校生活二年目を迎えても同じクラスにはなれなかったが、お昼休みは毎日のように一緒にご飯を食べている。

 いつも嬉しそうにお弁当を持って駆け寄って来る姿は、付き合う前から何も変わらない。

 そんな彼女を見てあたたかくなるこの気持ちは、特に恋愛とは関係無いのだろう。

 

「今日作ってきた玉子焼き自信作なんだ! 光凛ちゃんにひとつあげるね!」

「ありがとう。じゃあ私のパンもひと口食べていいよ」

「わーい! このクリームパン美味しいよね」

 

 咲那は料理が好きなので毎朝手作りしてくるが、私は通学途中に買い弁するのがルーティンになっている。

 家族はいつも忙しくしているし、自分で作ろうにも早起きが苦手なので当然の結果だ。

 

「はい、あーん」

「あーん………うん、美味しいね!」

「でしょでしょ! 焼き加減がいつもより上手くいったんだぁ」

 

 女の子同士で食べ合いっこするのは、はたから見ても不自然ではないだろう。

 現に付き合う前から私達はこんな関係だ。

 これによって彼女を強く意識することも無い。

 でも彼女は本当に嬉しそう。

 

「もうすぐ三ヶ月になるけど、光凛ちゃんの中では何か変わったかな?」

「うーん、咲那ちゃんは将来良いお嫁さんになるんだろうなぁって思ったよ」

「それ付き合う前から言ってたじゃん」

「そうだっけ?」

「うん。やっぱりまだ何も変わらないかぁ」

 

 最も変化したことを挙げるなら、他の生徒達との関係性が上手くいかなくなったことだ。

 奇っ怪な視線を浴びるのが日常になり、今朝のように変な忠告に出向く人もいる。

 変わらずに接してくれる友達もいるが、実際どう思われているのかは私にも分からない。

 ただひとつ言えるのは、外野にどう思われようと、私にとって咲那が大切な存在であることに変わりはない。

 だから今も隣に座っていられるのだ。

 

「やっぱり男子とが良かったって思ったりしない?」

 

 少し切なそうな目で彼女は問い掛けるが、私にはその質問の意図が読めない。

 

「咲那ちゃんより一緒にいて楽しい人がいないのに、他の人にすればなんて思えないけど」

「でも祝福はされないでしょ?」

「祝福される為に付き合うわけじゃないからね」

「光凛ちゃんのそういうところが大好き!」

「そうなの? まぁありがとう」

 

 咲那はとても真面目で一生懸命な性格なので、周囲からの印象も気にしてしまうのだろう。

 私は単に去るもの追わずな性格なだけで、それで不便を感じたこともない。

 でも彼女は告白の時も、私に嫌われるのを恐れて気持ちを伝えるまで時間が掛かったと言う。

 それが一般的に言う普通の感覚なのだろうが、私には同じ感覚を共有出来るから正しいとは思えない。

 ましてや彼女の想いを否定して、一般論に縛り付けるなんてくだらないと思っている。

 そんな私の性格も彼女は気に入っているらしい。

 世間体を気にしつつも、彼女なりに変わりたいと思っているのだろう。

 私のような融通の利かない人間に。

 だから隣に居る彼女は本当に嬉しそう。

 

「でも光凛ちゃんに恋心を教えるのは難しそうだなぁ」

「そうかもしれない。私冷めた性格してるから」

「そんなことないよ! 光凛ちゃんはとっても優しくてあったかい人だよ」

「それは咲那ちゃんが私を好きだからそう思うんじゃない?」

「違うよ! それを知らなかったら光凛ちゃんに惚れてないよ!」

 

 どうやら彼女の真面目さに火を付けてしまったみたい。

 自覚の無い私に対し、彼女から見た魅力を必死に伝えようとしている。

 

「光凛ちゃんは周りに合わせないけど、それは目を向けた上で自分の価値観を大事にしてるから。間違いを見付けた時には異を唱えるし、そうやって私のことも救ってくれた」

「それは咲那ちゃんが冤罪かけられてたから」

「だって誰も話を聞いてくれないんだもん。唯一耳を貸してくれたのが光凛ちゃんだよ」

 

 中学生になってまだ彼女と親しくなかった頃、クラスカースト最上位の女子が嫌がらせを受けた。

 靴やカバンを泥まみれにされ、犯行時刻にアリバイの無かった咲那に疑いがかけられる。

 咲那は否定してたが、気弱さが目立っていた当時は誰も信じようとせず、大半の生徒は見て見ぬふりで誤魔化していた。

 でも私は咲那の犯行だとは思えなくて、初めて彼女と心を通わせるように話しをした。

 結局犯人は被害者にフラれた男子で、腹いせに嫌がらせを行ったらしい。

 疑いも晴れてみんなと仲直り出来た咲那は、とても嬉しそうだった。

 その日から彼女は私を親友だと言って慕ってくれるのだが、まさか恋愛感情まで抱かれるとは。

 今となっては好き好きアピールにもだいぶ慣れてきた私がいる。

 そして彼女は本当に嬉しそう。

 

「そんなわけで、もう少し積極的になってもいいかな?」

「そうしたら私の心も動くかな?」

「動くまで頑張る!」

「じゃあお願い」

 

 それが彼女自身の為であっても別に構わない。

 彼女の胸の内をもっと詳しく知れば、もしかしたら私にも分かるのかもしれないから。

 他人の言葉や仕草にドキッとしたり、一緒に居るだけで幸せになれる恋心が。

 私は彼女にそんな期待を抱いている。

 

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