第2話 本当に気持ちが悪い

 毎朝遅刻しないように登校し、教室への最初の一歩を踏みしめると、部屋の空気が淀んだ色に変わってしまう。

 理由は当然、私がその空間に入ったからだ。

 私の見た目や身体が不潔なわけでなく、いや恐らく本当にそんな理由ではなくて、原因はもっと別のところにある。

 

三隅みすみさんおはよー」

「あ、うん。おはよ」

「今日も学校まで八巻やまきさんと来たの?」

「そりゃ私の彼女だからね」

 

 こんな会話で渋い顔をされるのももう慣れた。

 別に理解を求めているわけでもないのに、周囲の人間は自分と同じ価値観を求める。

 だから私達の関係を認めようとしない。

 むしろこちら側に引きずり込もうとする意思が表立っている。

 本当に気持ちが悪い。

 

「ねぇ三隅さん。本当にそれでいいの?」

「ん? なにが?」

「三隅さん何回か告られてるよね? でも八巻さんがいるから断ってるんでしょ?」

「そうだけど、それが何かおかしいかな?」

「普通に男の子と付き合えばいいじゃん」

 

 私は普通という言葉が嫌いだ。

 何を基準に普通だと捉えるのか。

 小学校の図工の授業で、同じ絵を描けなんて習わない。

 例え同じ物をテーマにしても、自分なりの想像力で色や形を描いた絵画が評価される。

 つまり個性こそ尊重されるべきと教わるはずだ。


 だけど少なくとも私の周囲にある人間社会は違う。

 個性なんてものを求められたりはしない。

 普通という曖昧な基準に縛られた順応こそが善とされる。

 それに断固として屈服しない私は、彼女達にとっての異物であるはずだ。

 なら構わず放っておけばいいのに。

 本当に気持ちが悪い。

 

「好きでもない人と付き合うのが普通なの?」

「そんなこと言わないけど……。でも八巻さんのことが本気で好きなの?」

「少なくとも告白してくれた人の中で一番好きだよ」

「それは友達としてでしょ? 恋愛感情でもないのに、女同士で付き合うのは変だよ」

「それは私の勝手だよね。あの子とは契約してるの」

「契約? なんの?」

「私に恋愛感情を教えてくれること」

 

 そう、私はあの子と付き合う条件として契約を交わした。

 恋人になる代わりに友達としての好きと、あなたが私を好きな気持ちの違いを教えて欲しいと。

 私は恋焦がれるという感情を知りたかった。

 だから恋するあの子に教えてもらいたかった。

 あの子は喜んでOKしてくれた。

 だから私も恋人でいると決めている。

 

「そんなの、男友達とかでもよくない?」

「それこそ友達同士なのに、何が分かるの?」

「付き合ってみたら好きになるかもしれないじゃん」

 

 まず考え方から間違ってると思う。

 友達から恋愛感情を学べるなら、無理して恋人同士になる必要は無いはず。

 私に告白した人の中で、その可能性を感じたのはあの子だけ。

 それを否定する理由にはならない。

 

「そう思ったからあの子を選んだの。それでも問題あるの?」

 

 ムスッと口を噤んだ彼女は、私のことを鋭い視線で睨み始めた。

 隣にいる彼女の友人は、さすがに場の空気が悪いと感じたのか、退散を促している。

 

「もういいよカナちゃん。三隅さんには何言っても無駄だよ」

「……じゃあ絶対久保くんには色目使わないで」

「むしろ色目の使い方を教えて欲しいくらいだけど」

 

 彼女が突っかかってきた理由が分かった。

 クラスメートの久保くんに対し、彼女は好意を抱いているのだろう。

 そして勘違いだったら恥ずかしいけど、恐らく久保くんが私に興味を持っている。

 私にとって彼はただのクラスメートで、恋人になる可能性は微塵もないのだが。


 女同士で付き合っていても、ほとんどの人が本気にしない。

 以前あの子と付き合ってることを知った上で、告白してきた男子もいた。

 そうなる危険性を危惧した彼女は、私をどうしても他の男とくっ付けたかったのだろう。

 本当に気持ちが悪い。

 

 私の皮肉を真に受けた彼女は、友人に連れられ不機嫌そうに目の前から離れていった。

 せいせいした私は自分の席に着くが、そこでようやく冷たい視線に気付く。

 一部始終を見ていたクラスの女子達は、完全に私を悪者として認識したらしい。

 不本意にもただの腫れ物から敵認定されたわけだが、これで余計なお世話も減ってくれるだろうか。

 

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