第4話 自己肯定とは他人からしか搾取できない栄養素である。

モドキ「自己肯定って言葉を最近よく耳にするわね。自分で自分を肯定することで他者を必要とすることなく自分で活力を生み出せる――つまり、自分さえ楽しければ何でも続けられるから自己肯定感を高めれば人生は楽しくなるはずさ! みたいなのをよく聞くけれど、そもそもそれをするには、自己肯定ができるように〝自身の価値観への信用〟を培う必要があるの思うのよ」


ハグレ「·····ええ、そういうの俺とすんの。ナニカとしろよアイツの情操教育に役立つだろそれ」


モドキ「だってあなた、自己肯定感高そうなんだもの。高いっていうか、卑下しないっていうか。誰になんと言われようと貫けば結果になるぜ! とか考えてそう」


ハグレ「まあ、それは合ってるぜ。やっぱり自分自身の思想とか行動だけじゃなくてよ、自分が創り出すもの全部ひっくるめて凄い! これはいいものだ! って思ったほうが自分が楽しいし、周りもそうやって見せられたものの方が楽しくそれと関われるじゃねーか」


モドキ「うん、わかるよ。私だって『これ美味しいよ』って勧められた方が美味しく楽しめるし、『凄いことをしたよ』『こんなことが出来たよ』『これ素敵でしょう』って言われたほうがすごいね素敵ねって言えるし、卑屈な人より明るい人の方が好かれるのは道理だわ」


ハグレ「だろー?」


モドキ「ええ、別にそこに異論はないわ。ただ、私が異議を呈したいのはそれ以前の――根本的な情操教育の段階の話なのよ」


ハグレ「情操教育う?」


モドキ「情操教育っていうか、根本的なところの話っていうか。私は、自己肯定というものは生まれながらに一人で培えないと思ってるのよ――うーん、なんて言えばいいのかしら、自家製でまかなえるものでは無い·····?」


ハグレ「自家製ってお前、うまいラーメン屋の麺みたいなこと言いやがってうまくねーよ」


モドキ「音声では伝わらないわよ、そのうまいの言葉遊び」


ハグレ「うっせーな」


モドキ「続けていいかしら?」


ハグレ「ドーゾ」


モドキ「ありがとう。それでね、メディアなりSNSなりで自己評価、自己肯定がいかに大事か――他人の声を気にしすぎることがいかに愚かなことか、っていうのが流れて来る度に思ってしまうのだけど、そもそも自己だろうが他人だろうが、何かを肯定する為の知識や見聞を自分一人で養えるわけなく無い? 自分を肯定する為には、まず小さな頃から他人――親とか親戚や友達、身近な大人から自分を信じてもいいよ、貴方は素晴らしいんだよ、貴方のその価値観や行動を伸ばしなさいなって他人から言って貰わなければならないはずなの。

人間って一人では生きていけない生き物だから、本能的に〝孤立して間違った道に進むこと〟を避けるじゃない? そんな集団心理の塊みたいな人間が、誰かから肯定的な評価を授かることもなく、自分が正しいという価値観を培うこともないまま、自己肯定なんてどこにも根拠のないことが出来ると思う? 私は思えないわ」


ハグレ「うーん·····。それっておかしくねー? だってその理屈だと今現在、自己肯定が出来ない人間は産まれた時から今まで肯定されたことが無かったってことになるじゃねえか。そんな奴いねぇ――とは、まあ、色々な人間がいるから言わねえけど、多くはねえだろーが。それなのに自己肯定が出来ない人間がごまんといる――どころか溢れかえって論争まで起きてるんだぜ? つうことは、他人様は関係ないんじゃねーか? 元々人間は、自己肯定ってのを自分一人でできるように産まれて来たうえで、それが〝出来なくなる人間がいる〟って考えた方が自然じゃねーか。人は元々、自己肯定が出来るから他人もその通りに他人を肯定してやってる、そうやって望んだものを与え与えられて調和を保って生きてる――そうなると、お前の考えとは逆なんじゃねえかと、俺は思うがね。元々自分に自信があるから他人に対しても臆することなく肯定できるってほうが順番的には正しくね?」


モドキ「自己肯定が出来るから――自分に自信があるから他人から肯定されやすい、ということに対しては私は否定していないわよ。ただ、ニワトリが早いか卵が早いかって話になっちゃうんだけど、ニワトリが早いとするなら、まず小さな頃から親などが育てる環境で子供を肯定して育てることが必要で、さっきハグレが言った通りこれをされない子供はゼロではないけど多くもないわ。だからそれだけが自己肯定が出来ない原因なら、出来ない人がこんなにたくさんいるのはおかしいと思うもわかる。どれだけ子供の頃から肯定をされてきても、無くなっちゃうことだってあるというのも、概ね異論はないわ。だって自己肯定感というものは、無尽蔵ではないのだから。

そうね、例えば赤ちゃんの頃に愛情を与えられなくとも、後天的に他人から肯定的な評価をされ続け、イジメや変人扱いをされずに育てば、他人から貰える自己肯定は貯蓄されていくわよね?

その貯蓄を貯め続けるには、絶対的な信頼をおける人間が必要不可欠にはなるけれど、出来なくなった人間がいるのなら、出来るようになった人間がいたっておかしくはないわけで·····。でも結局そこには必ず『他人』が出てくるじゃない。だから他人の介入なしでは自己肯定感は成立しないと思うのよ」


ハグレ「ふんふん。自己肯定を他人からの貰いもんって言うなら、有限だろうし、自分で作り出せないなら〝使い切ること〟や〝新たに使えるようになること〟だってあるだろうな。それは理解できるぜ。俺の意見とは違うけど」


モドキ「ありがとう。理解をしてくれるだけで嬉しいわ。先に言われちゃったけれど、結論それって、〝自己肯定感は他人からの貰い物――他人からしか搾取できない栄養素〟ってことになると思わない? 人体で作り出せない必須アミノ酸的な。SAV○S的な」


ハグレ「プロテイン名出すなやめろ突然哲学から脳筋マッチョになっちまうだろーが。あとS○VASは良質なタンパク質だ。·····ただまあ、確かにな。自己肯定であれ金であれ容姿であれ、持ってるやつは持ってることに気づかないで、自分一人で作り出したものだと思ったり、努力せず持っていて当たり前のもの――果てにはフラットに全員が持ってると勘違いして、無いものとして扱うってことすらあるだろうしな。美男美女の「大事なのは顔じゃなくて性格」とかいうヤツとシンパシーを感じる話じゃねーか。ははは。お前の意見に賛成するとしたら、普段から他人に肯定されて、それを当たり前だと思って振りまいてるヤツはそりゃあ自己肯定高いんだろうよ。需要と供給っつうの? そういうんが無意識のうちに成り立ってるんだもんな。だからかね、気取らないとか見返りを求めてない感じがしてさらに人から好かれる――ってな感じかー? ひえー、残酷な話だねー」


モドキ「もう、残酷なんてものじゃないわよ。他人からの――親や友人からの肯定を貰えなかった子供や、貰っていたとしても虐められたりして親から貰って蓄えていた自己肯定が底を尽きて他人からの肯定を搾取できなくなった人は、二度と――とまではいかなくとも、長い時間自己肯定が出来なくなって、他人からの肯定を貰えなくなって、そうして他人の施しを受けきる前に、枯れ尽きて死んでしまうんじゃないかって思うの。

――そういう人って、どうやってまた貯えたらいいのかな。

·····長い時間って言ったけれど、無理なんじゃないのかしら。一度人から〝肯定(もの)を受け取る手〟を失くしたら、二度と自己肯定が出来なくなって、幸せになれないんじゃないかしら。

貰い方を知らない人が貰うことを覚えるのも難しいけれど、貰う手を失くした人は二度とその手は生えてこないんじゃないのかしら」


ハグレ「それは、自己肯定感の話でもあるかもしれねえけど、もう一個、お前がよく話す『人を信用する』ってことにも繋がるんじゃねーか? いや、でもお前の理論を当て嵌めると、自己肯定が出来ることで自分を保てるから人を信用する自分を信じられるって感じなのか、で、その自己肯定は他人から貰うから、他人から信用に値するものを貰えないと他人を信用することも出来ない·····?」


モドキ「そうなの、それもまた、ニワトリと卵――パラドックスになってしまうのよ。よく、信用しないから信用されないんだ! って言われるけれど、信用してこないから信用できないのよって感じじゃない? で、信用出来ないのは自己肯定が出来ないからで、自己肯定が出来ないのは信用されないからで、信用されないのは信用してこないからで、そしてそれが出来ないのは自己肯定が出来ないからで·····みたいな。ふふふ、ややこしくなってきちゃったわ」


ハグレ「ふふふってお前なあ。俺は、自分自身のことわりと嫌いじゃねえし、自信を持って肯定できる方だから参考にならねえかもしれねえけど」


モドキ「戯言だもの、参考になれば儲けもの、ならなくても楽しければいいのよ。どんどんお話して!」


ハグレ「そうだったな、んじゃ、そうさせてもらうわ。お前――だけじゃなく、そういう奴らは、もっと周りの言葉をそのまま受け取ってみたらいいんじゃねーかなあ。人の言葉なんて薄っぺらな事が多いもんだぜ? 言葉の裏の意味なんて透けて見えちまうほど紙みたい薄いんだから、裏の意味が見えない言葉はそのまま受け取ればいーんだよ。何でもかんでも深く考えすぎ。凄いって言われたらすごい、綺麗って言われたら綺麗なんだなって思えれば、自己肯定に繋がると思うんだけど」


モドキ「たしかにね、それは本当に正しいわ。正しくてぐうの音もでないわー。なんて訳もないけど! うーんとね、そこで問題が発生するの」


ハグレ「問題い?」


モドキ「自己肯定を他人から〝搾取できなくなった〟人間は、自家発電の電源や予備電源がオフになってる状態なのよ、それかそもそも電源を操る手を失った状態。だから、他人から肯定されてもそれを受信して処理できないの。〝自分はそんなふうに言われるような事はしていない〟〝そんな人間じゃない〟って惨めな気持ちになるの。言われれば言われるほど、処理できずに〝訳が分からないもの〟として受け取ることなく溜まっていって、〝言葉や評価を咀嚼できない自分〟に嫌悪して、自己否定なんかしちゃったりして、さらに自己肯定から遠ざかるのよ」


ハグレ「そんなんじゃ負の無限ループじゃん。一生貯まんねえよばーか!」


モドキ「だから困ってるんじゃないの。終わらないサイクル、好転する衝撃的な何かが無いと、人は変われないわ。変わってしまったら、戻れないのよ。ループだろうがレールだろうが、進むしかない。外れるのは難しい」


ハグレ「そのきっかけは、自分じゃ決められねえの?」


モドキ「あら、自分で決められたらそれは衝撃的じゃなくて計画的だわ」


ハグレ「まあそっか」


モドキ「だから待ってるの。私を変えてくれるほどの、私が信用できるほどの人間が現れるのを、待っているのよ」


ハグレ「俺達はそれには値しない?」


モドキ「人と仲良くすることに、期待と信用は必要ないわ。値するかどうかより、そういうのをしなくていいと思っているって感じかしらね。変に期待すると、そこに仲違いの火種が生まれてしまうしね。平和に仲良くするなら何も期待しない――何事も一歩引いて真偽に重きを置かない立ち位置にいることが大切よね。そういう意味では『言葉をそのまま受け取る』っていうのは出来ているのかも。信じてもいないけれど文字としてだけ受け取ることは出来るもの」


ハグレ「うんそれは何にも自己肯定うんぬんに響いてないからノーカンな。·····つうことは、その一歩を詰めて、俺達の中からお前を変えてやれる奴が出てきたっていいわけだな?」


モドキ「まあ、可能性の話で言えばそうね。変えてやろう! って思わないでいてくれたほうがいいし、私も思ったりしないけれど」


ハグレ「変わらなかった時の落胆を、するのもされるのも嫌だから?」


モドキ「よく分かってるじゃない」


ハグレ「まあ、お前と話して長いからな。型にハマんねえ奴なんてのはもう分かってるからよ」


モドキ「でもそれを、私の全部とは思わないでね。そうならなければならいんだって、苦しくなるから」


ハグレ「あーーーお前ほんっと難儀! めんどくせえーー!!!」


モドキ「ああでも、信用うんぬん期待云々は別として、感謝はしているのよ。いつも戯れ言に付き合ってくれてありがとうね」


ハグレ「べつに、暇つぶしだしぃー。周りでお前の長話に付き合えんのって俺とナニカぐらいだしー?」


モドキ「そうかもね、ふふふ」





後書きと補足と言い訳とか色々。


 ネットの記事や自己啓発本でよく見かける「自己肯定」という言葉を、今回は名刺として使っています。

 なので「自己肯定を持つ」や「自己肯定をする」というやや不自然な物言いになっていますが、わざとなので悪しからず。

 さて、今回のテーマですが、色々詰め込みすぎて若干のブレがありますね。

 おおもとは自己肯定についてです。

 これは本文にもあるように、自分一人では作り出すことができない感情や信念だと思います。外部との接点があり、他人から認識され、評価され、それが蓄積されることで自我となり、自己肯定に繋がるのではないでしょうか。

 ブレの原因――もうひとつのテーマである、他人を信用するしないもそうです。結局のところ、裏切られて傷つけられてもそれを癒す拠り所があればめげることなく、恐れることなく、人を信用できますね。それは、自己肯定も同じではないでしょうか? 誰かから否定されても、それを否定し貴方自身を肯定してくれる拠り所があれば、自己肯定は減ることなく保つことができます。

 この二つはよく似ています。なので、無限ループのなり方もとてもよく似ているというか、ほぼ同じでは無いかと考え、同じ題材に組み込みました。

 信用するからされるのか、信用されるから信用するのか。自己肯定ができるから他人から肯定されやすいのか、他人が肯定してくれるから自我を保つことが出来て自己肯定に繋がるのか。

 あなたはどう思われますでしょうか?

 是非お友達や御家族の話のネタにしてみて下さい。

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