第5話 『する』『しない』の選択肢があることすら認識していない奴が一番危ない。

モドキ「ねえ、どうして人は人を殺してはいけないと思う?」


ナニカ「·····うん? え·····えっと、モドキ? 何かあったのかい? ひ、人を殺したいの?」


モドキ「違う違う。やだもう。安心して! 今のところ殺したい程の人間はいないわ」


ナニカ「〝今のところ〟という言葉のせいで安心が全くもってできないけれど」


モドキ「だってこれから先、私や世界に何があるか分からないもの。断言は出来ないわ。嘘は付きたくないしね」


ナニカ「まあそうだけども·····」


モドキ「だからね、何にも起こっていないうちに、なにくれとなく考えてみちゃったりして、考えることで真摯に向き合ってると錯覚してみちゃったりしてるの。

ねえ、ナニカは、どうして人は人を殺してはいけないと思う? 犯罪だから? その人が死んだらが悲しむ人がいるから? もちろん、どれも不正解で悪いことだとは言わないけれど、感情や倫理っていう他人に帰因するものに訴えかけることを除いたら、殺してはならない理由ってあるのかしら」


ナニカ「ナニカは、モドキやハグレが死んだら悲しいから嫌だよ。それに、例えどんな人間を殺したって、犯罪ってやつにはなるじゃないか」


モドキ「あら、じゃあ犯罪にならなければ殺してもいいの?」


ナニカ「そうは言ってないよ。ただ、犯罪として絶対に禁止ってするぐらい、悪いことだからしないじゃないかな?」


モドキ「悪いことだから犯罪になったのか、犯罪者だから悪いことなのかは分からないじゃない。それねら、悪いことじゃないと規定されていれば、人を殺してもいいの? 例えばそうね、処刑とか戦争とか」


ナニカ「処刑だろうが何だろうが、殺すことは悪いことだよ。どれだけ数が多くなろうが、悪くない殺しなんてないはすだ。もしあるとするならそれは、言葉巧みに言いくるめた洗脳からくるまやかしだ」


モドキ「うーん、そうね。今の時点で、世間の常識は何であれ殺しは悪いことで犯罪だものね。ちゃんと法律や感情、倫理観を知っていることはとても偉いわ! ――じゃあ、こうしましょうか。例えばの話にしましょう。例えば、殺人が悪いことではない世界があるとしたら、殺してもいい?」


ナニカ「·····ナニカは、良いとは思えない。だって、自分が殺される側に立たされた時のことを考えたら、やっぱり嫌じゃないか。殺されたくない、死にたくない――『嫌だ』と思うことをやる時点で、それは一定数にとっては悪いことだよ。犯罪にならなくても、誰かにとっての正義でも。ゲームじゃないんだから完全な悪者なんかいないし、全世界に通用する勧善懲悪なんて有り得ないだろう」


モドキ「じゃあ、自分は殺されたって構わないと思っていれば――自分がされて『嫌だ』と思わなければ殺してもいいの? 完全な悪者なら、懲らしめる為なら殺てもいい――それが正しいことになるの?」


ナニカ「だからそうは言ってないってば! 今日のモドキすごく唐変木!」




ハグレ「おーい、何の話してんだー·····って、どしたんお前ら。お前らが空気悪いの珍しいじゃねーか。喧嘩か?」


ナニカ「うう·····いらっしゃいハグレ! 喧嘩ではないけどモドキがとってもすごく唐変木なんだ! ナニカが『こうだよ』って思ったことを全部『違う』ってする!」


モドキ「違うわよ。それじゃあまるで私がナニカを虐めているみたいじゃないの、もう。私達は今――どうして人は人を殺してはならないのかなって話をしていただけよ。悪いから? 悲しむから? 殺されたくないから? ハグレならどう思う?」


ハグレ「あー、そういう感じね。はいはい。モドキお前、そうやって問い詰めたらダメだって。そういう系の話題はもっと相手の言うこと飲み込んでやらないとナニカの頭じゃパンクすんだろーが」


モドキ「別に否定はしていないわ、『じゃあそれが無かったらどうする?』っていう子供の考える力を付ける知育みたいなものよ。さっきの理由として挙げ連ねたものを例にするなら、『じゃあ悪くなければ、殺されたってよければ』――人がどう思うか、人にどうされるのかっていう、〝他人の存在〟を抜きしたら、人間は、人を殺してはならないとは思ってないんじゃないの?」


ナニカ「いや、だからー!」


モドキ「まあまあ、待てってナニカ。俺もモドキも、ナニカの頑張って考えたらそれが間違っているとは一応思っちゃいねーよ。ただな、いいこと教えてやる。説論ってもんは、抜粋したら意味がねじ曲がっちまう。途中で止めても真意は汲み取れねーもんなんだ。言いきって――聞き切ってみねーと、本当に何が言いたいのか分からねえんだから、最後まで聞いてみようぜ?」


ナニカ「·····でもナニカは、人殺しはダメだってことは変えないよ。間違ってないもん」


モドキ「何も変えろなんて最初から言ってないわ! 意見は無理やり塗り変えるものじゃないでしょ、納得して自分の意見として飲み込み、染まるものよ」


ナニカ「まあ、一理ある。聞くよ、ごめんね、途中で止めて」


モドキ「ありがとう! 私も高圧的だったわ、次からもう少し穏やかに話をしてみるわ」


ナニカ「そんな嬉しそうにお礼を言う題材じゃない·····」


ハグレ「よし、お互い悪いところ認めたな? じゃあ続けよーぜ」


モドキ「ええ、じゃあ話すわね。改めて、どうして人を殺してはいけないのか、についてだけれど、私はね、人を殺してはいけない理由なんかないと思ってるの」


ナニカ「はあ?!」


モドキ「どうして人を殺してはいけないのか、その根本的なところにちゃんと根拠のある共通した理由なんかない·····というか、人は理由があったとしてもそれを理解していないし知らないと思うの。

理性とか倫理とか世間の目とか、そういう表面的なもので押さえ込んでいるだけで、そのもの自体のロジックを理解していない。ちゃんと理解していたら、人殺しなんて滅多に起こらないはずだもの。でも、起こっている。人は人を何かの弾みで簡単に殺す――自分すらも殺す。なぜなら人は、人を殺してはいけないと根底では思っていないから。無意識のうちに〝問題解決〟として、殺人を選択肢に入れているのよ。『こういう理由があって、結果こうなるから、何がなんでもやってはいけない』という筋の通ったモノがないから、人を殺さない理由を聞いても、どうにもふんわりしちゃうんじゃないかしら――と、私は考えているの。どうかしら?」


ナニカ「·····たしかに、全くもって何がなんでもやらないとは、思っていないかもしれない、けど、理由がないと断言することは、納得できないよ。現にモドキやハグレは、悪いと思っているでしょ? それを元にやっていないのだから、それは理由じゃないのかい?」


モドキ「まあ、そうね。別にこれこそ正しいと結論付けたいわけじゃないし、それも一つの見聞で、側面としては正しい意見だわ」


ナニカ「側面として·····うーん、難しいなあ」


ハグレ「――俺はよー」


モドキ「うん?」

ナニカ「なんだい?」


ハグレ「俺は、もっと簡単なことだと思うけど」


ナニカ「簡単なこと? 理由がない理由がある、以上に簡単なことかい?」


ハグレ「人を殺しちゃいけない理由がないっつーのはほぼ同意なんだけど、俺は、ナニカの意見の一つである『殺されたくないから』っていうのにも同意なんだわ」


ナニカ「え? そこ一緒になる?」


ハグレ「ならねーよ、人間を人間って一括りにするとしたらな。ただ、人間ってのはナニカ――は、ヒトじゃねえけからナニカが参考にしているような奴だけでも、モドキみたいな奴だけでもないだろ? 色んな奴がいるからこそ、人間ってのは、根本的な理由ってやつをそこまで重要視してねーんじゃねえかな。重要視してないから、無意識じゃなくても人間は殺人を選択肢に入れちまってる。でも、殺されたくないから殺さない――殺さないから殺さないでって思ってる奴がいるのも現実だろ。

結局、前者は『そもそも殺人の善意どころかそのものに興味がない』から、後者の『主張』に従っているだけで、従っているものが何故してはいけないのか、について理解してないんだよ。興味がないから、理解うんぬんも存在してねえ。だから、ナニカのいう『犯罪だから』『殺されたくないから』あとなんだっけ? 『悲しむ人がいるから』だっけ。そういうのを確固たる理由として主張している人が『自分達がされたくないから、されないように予防線を張っている』だけに過ぎないんだよ。過ぎないって軽視した風に言ったけど、それはちゃんとした理由と言えるだろ? 根本的っていうならそれで正解だとも思うぜ。ただ『その琴線に触れようとも思ってない人がいる』『今まで興味関心が無かったから、何かあった時に殺人という琴線に触れることをダメだと思ってない――琴線があることすら認識していない人もいる』っていうのもまた、正解なんじゃねーかな。

んで、やべえ話だけどよ、興味ねえ奴がほとんどなんだよ。悲しむから〜とか口では声高に理由を掲げる奴等の定型文を借りて並べても『じゃあそれを抜きにしてらいいの?』て言葉に詰まっちまう。本当に根底からそう思ってるなら、抜きにはならない、それが理由だ! と結論がそこだと言えるはずなんだからよー、『そうかも?』って思った時点で、そもそも殺人に対して考えるってことすら考えもしなかったぐらい興味関心がなかったんだろーし、無関心故に自分は殺人を選択肢に入れているかもしれないって思うわけだろ」


モドキ「じゃあ、私もしかり、ナニカもしかり、根本的に『どうして』って疑問すら抱いていなかったということになるの?」


ハグレ「そういうことじゃん?」


ナニカ「·····じゃあナニカも、もし自分が理由だと思ってるものがなくなったら、人を殺してしまうのかな」


ハグレ「どうだろうな、それはなってみねーと分かんねーよ。でも、そうやって琴線に触れないようにしてるうちは大丈夫じゃねえか? 理性を持ってない奴より、持ってる奴のほうが悪いことはしにくいだろーしな」


ナニカ「だといいけど·····」


ハグレ「知って、学んで、それをやらないように気をつけることはいいことじゃん。その時点で、まず琴線を認識したんだからよー。

一番やべえのは、モドキみてえに『理由はない』『興味もない』『やることすら考えていない』ってそこに対する関心がマジでなくて、フラットにそれらを見ている奴だろ。フラットに並んでいるものは、重要性の有無も優先順位もねえから、なんの抵抗も思考もなく、そこに選択肢があるからって手に取るぜ」


モドキ「ちょっと、人をサイコ犯罪者予備軍みたいに言わないでよ。私だって良識ぐらいあるわ!」


ハグレ「良識はあっても良心はねえだろーが」


モドキ「あるわよ!」


ナニカ「持っていても、活用していないなら持ってないのと同じことじゃないのかい?」


モドキ「ナニカまでそんな事いうの?! あるある! あるわよ!」


ハグレ「あったらそもそも人殺ししちゃいけないの? なんて話題にならねえよ」


モドキ「···············」


ナニカ「これがまさに『ぐうの音も出ない』ってやつだね」


モドキ「ぐう」


ハグレ「出んじゃん」





後書きと補足と言い訳となんか色々ほらあの、あれ。


これは、不定期かつ頻繁に開催される弟との実際にした内容を『三人』にしたものです。

まずモドキが私(と、それに理解を示した弟)、ハグレが弟(と、それに理解を示した私)、ナニカが大多数の良識や見聞きしたことのある言葉たちを担当しました。

なので物言いが偏屈かつ、長くなってしまいました。

簡単に主張を分けると『殺人をしてはいけない理由がないから、人は無意識に殺人を選択肢にいれている』『そもそも殺人に理由がいるだとかってことに、みんな興味がいから考えもしていない』です。

考えていないから理由もないし、選択肢に入れちゃってるかも? でも入れる入れないの認識すらしてないかも? ってことは理由ないかも? という馬鹿の堂々巡りは、話をだらだらとする分にはもってこいの素晴らしい題材ですね。

正解がないからこそ『どうにかして、自分の意見に傾かせたい』と試行錯誤するのは知育(というのが正しいかは別として)に良いですし。


さて、前述の通り、そこまで深い意味のない今回の話ですが、メッセージ性――かねては、あなたならどう思う? という投げかけは少しばかり含ませていただきました。

人は正義を盾にすれば簡単にその懐から矛を出し、悪事を正当化します。しかしそれは、「本当は悪事」と片付けることも出来ず、本当に正義となることもあります。

その場合『○○かもしれないけど××だから――』みたいな前者を後者が打ち消す言葉が多用されます。

――殺人かもしれないけど、彼奴は嫌な奴だから殺されても仕方がない。

とか。よく聞きますよね。

ではそれは良い事でしょうか? 悪いことでしょうか?

私は『人を殺す』という攻撃的でインパクトのある言葉を用いましたが、これは殺人に限らずあらゆる言動に対して起こりうる疑問だと思います。

現代におけるイジメや自殺もそうです。

今一度、自分にとっての『何故』を考えてみるきっかけになればと思います。

まあ、人間なんで確固たる信念なんて蜃気楼みたいなもんなんですけどね。

持とうと思う分には自由ですし、持たないと思うよりマシなので、是非、揺らがない信念を〝持とうとしてみて〟ください。

ありがとうございました。

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