第33話 打ち明け話
二人は、瑛子との約束を守る為に、瑠里の家へ一緒に帰った。
二人を待ち構えていた瑛子は、瑠里にココア、青と自分の為にコーヒーを用意してくれていた。
三人で、テーブルを囲むと、気まずさが先行する。
沈黙を破ったのは、瑛子だった。
「 で?二人はいつからの知り合い?大学入って陸上部から?」
そうじゃない。
高校生の頃から。
瑠里が、どう説明しようかと言いあぐねていると、青が口を開いた。
「 俺から、話します。いいですか?」
「 お願いしていいかしら?瑠里は超絶話すのが下手くそだから 」
眉間にシワを寄せて考え込んでる瑠里に、瑛子は苦笑しながら青にどうぞ、をした。
「 そもそもの始まりは、約二年前に俺が大きな事故に巻き込まれたことから始まります……」
青は、端的に、淡々と、経緯を話した。
事故の影響で、半年近く意識が戻らなかった時に……
どんなカラクリがあって、そうなったのかはわからなかったが……
意識と魂のようなものが、体を抜け出して彷徨うことになったこと。
そんな現実には有り得ないような自分を、なぜか瑠里だけが見つけてくれたこと……
四ヶ月程の時間を、瑠里のクラブ活動を通して一緒に過ごしたこと。
その後、病院で寝たきりだった自分が、意識を取り戻せたものの、瑠里と過ごした時間の記憶を失ってしまっていたこと……
そして、この間の落雷の時に、全ての記憶を思い出したことまで。
こと細やかに思い出を話すというよりは、実際に起こった事柄を伝えた。
瑛子は、驚くでなく、質問をするでなく、黙って青の話しに耳を傾けていた。
瑠里は、そんな二人の様子を見比べながら、瑛子が混乱やパニックを起こしはしないかと、ハラハラしていた。
青が全てを話し終えた時、その場をなんとも言えない沈黙が支配した。
瑛子は、コーヒーを1口すすると、軽く目を閉じた。
青も「いただきます」を言ってコーヒーを飲んだ。
瑠里はその沈黙にいたたまれなくなって、二人と同じようにココアをすすった。
「 瑠里………」
瑛子がようやく口を開いた。
「 は、はい……」
「 知っておきたかったわ。月城さんとの出来事。」
「 ……ごめんなさい……。どうしても言えなかった……」
「 今から思えば、1年半前、月城さんとの事が始まった頃……色々と貴女に変化があったのは気づいていたのよ。でも、詮索はしないと決めていたの。必要ならば、瑠里から話してくれると思っていたから。」
瑠里は、黙り込んだ。
それが瑛子の見守り方で、瑛子との距離感だ。
その寛容さと包容力が、自分の大きな安心感になっていたから、今までは何でも自ら話していたのだ。
「 ……どうしても、嫌だったの 」
ようやく捻り出した言葉がそれだった。
「 何が、嫌だったの?」
「 だって……全てがあまりにも不思議な出来事だったから……信じて貰えるはずがないと思って……」
瑛子は、小さく頷いて、その先を促した。
「 信じて貰えないということは……青の存在を否定されることだから……それだけは嫌だったの……」
その言葉を聞いた瑛子は、ふっと笑った。
「 そっか……そうよね…」
目の前の青と瑠里を見比べながら、瑛子は納得した。
「 こうして、月城さんが目の前にいて、かつてこんなことがあったんですと言われれば、とりあえず聞かざるを得ないけど……その当時、瑠里だけに見えて、私が見えなければ、いくら瑠里の言うことでも、信用出来なかったかもしれない。」
瑛子は、またフフッと笑った。
「 それだけ、瑠里にとって月城さんは特別で、守りたかったのね……なるほどね…」
青本人の前でそう言われて、瑠里は肯定する代わりに真っ赤になった。
「 この娘、本当に不器用でわかりやすい子でしょ?」
瑛子が青に笑いかけると、青は僅かに微笑みながら頷いた。
「 突然、高校最後の大会で優勝する!と言い出したとか思えば本当に優勝しちゃうし、周囲全員の反対を無理矢理押しきって月城さんと同じ大学を受験したり、もう無茶苦茶だったわ。元々そこまで積極的な娘ではなかったはずなのにね……」
瑛子は、当時を思い出しながら大袈裟に首を左右に振った。
そして、青を真っ直ぐに見た。
「 そこには全て、月城さん、貴方が存在してたのね?」
青は、そうですとも言えず、口を噤んだ。
想像はしていたが、瑠里が自分を探し辿り着くまでに、相当の無茶と努力をしたのだと、あらためて思い知った。
「 それにしても、そんな大事故に遭って、半年以上眠った状態から復活するには、歩くことは基より、筋力回復も相当大変だってしょう?」
整体師目線で尋ねた瑛子に、青は一言で答えた。
「 生き地獄でした。」
その一言で、瑛子も瑠里も、多くを悟った。
それでも、その地獄を乗り越えて、完全復活した青は、やっぱり凄い人なんだよなぁ……瑠里はしみじみ思う。
「 ……なぜ、ニコニコしてるんだ?」
青が瑠里に尋ねる。
「 青が凄い人だから、尊敬して感心してたの!」
ニコニコとあっさり答えた瑠里に、瑛子と青は笑った。
そして……
何気なく尋ねた瑛子の一言が、今度は瑠里の知らなかった青の種明かしとなった。
「 月城さんは、出身はどちら?地元ではないんでしょう?」
「 ……出身ですか……」
青は、少し考えるように言葉を切った。
「 高校は、福井でした。今の大学には推薦で入りました。」
へぇ……青は福井から来たんだー
瑠里は、初めて知る青の情報に興味津々だった。
「 ご実家も、福井なの?」
「 俺には、実家はありません。」
ん?実家が無い?
瑠里は首を捻った。
「 あ、生まれたのは、確か兵庫だったと聞いています。」
その次の青の言葉は衝撃だった。
「 俺には、親兄弟などの肉親と呼ぶ人間は、いません。なので、実家と呼ぶ帰る家もありません。」
「 な、なんで!?」
瑠里は驚きのあまり立ち上がった。
「 なんでって……無いものは無いからだよ。母親は四歳の時に死んだらしいが、覚えてない。父親は小2の時に死んだが、殆ど家にいない人だったから、顔もうろ覚えだ。」
瑠里は言葉を失った。
全身が固まった。
「 ……瑠里、落ち着きなさい。座って。」
瑛子にそう言われて、瑠里は落ちるように椅子に座った。
「 ごめんなさいね、立ち入ったこと聞いてしまって。ご苦労されたのね……」
「 いえ。会ったことは無い祖父という人が後見人のような人を立ててくれたので、何不自由なくこれまで生きてこれましたから。」
淡々と、事務的に話す青がショックだった。
「 ……聞いてない……一言も、一度も……聞いてないよ……」
瑠里が、震える声で呟くと、青は苦笑いを浮かべた。
「 話したことなかったからな。」
親も兄弟もいない……
祖父という人には、会ったこともない……
帰る家が無い……
「 今になって思い出したが、瑠里と初めて会った時の俺は、自分のそれまでの環境の記憶を失くしていたみたいだ。だから、話せなかった。」
瑠里の口唇が小さく震えた。
その時、初めて、青の孤独を理解した。
誰とも関わらない、誰とも絡まない、なんなら友人と呼ぶ人も作らない……
ずっと独りで生きてきた青……
瑠里の瞳から、ポロポロ涙が零れた。
「 な、泣くなよ!」
「 ……だって……青が小さい時から独りぼっちで生きてきたなんて…」
「 ホントに泣き虫だなぁ……すぐに泣く。」
青がちょっと困っていると、瑛子が優しく微笑んだ。
「 きっと、月城さんの前だけよ、この娘が泣き虫なのは。私の前では、殆ど泣いたこと無いから。」
「 そう……なのか?」
今度は青が、驚いた。
「 この娘も、小学生の時に父親を亡くしてるんだけど、その時から色々な感情を仕舞い込んでしまったから。」
青は、ポロポロ泣いている瑠里に、笑いかける。
「 今は、独りじゃない。瑠里がいるだろう?ずっと傍に居てくれるんだろう?」
青の問いかけに、瑠里は顔を上げて涙を振り払いながら、何度も何度も頷いた。
「 親を前にして、大のろけ、ごちそうさま!」
二人のほのぼのとしたやり取りに、瑛子は意地悪っぽく笑った。
笑いながら……
なぜ二人が出逢ったのかが、わかるような気がした瑛子だった。
実際、青の話はとても信じがたい話ではあったが……
二人が作り話をしているとは思わなかったから、瑠里が孤独に彷徨っていた青を見つけたのも、なんだか頷ける気がした。
きっと、出逢わなくてはならなかった二人なのだという落としどころをつけることにした瑛子だった。
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