第8話  約束のキス




青が再び瑠里の前に姿を現したのは、それから三日後だった。


突然、青に会えなくなって、すっかり意気消沈してしまった瑠里は、食事も喉を通らず、夜も眠れず、今日こそは!という希望だけを胸に、酷い残暑の中グラウンドへ足を運んでいた。

普段、元気な時でもこの暑さの中の走り込みは相当な体力を消耗するというのに、まともに寝ていない瑠里にとっては、まさに地獄のような練習となった。

鉛のように重く感じる足を前に動かすのが精一杯で、朦朧とする頭でなんとか倒れずに走りきることが、その日の課題に取って代わった。

もはや、タイムやフォームどころの話では無かった。

その日も練習後、水飲み場で倒れる様に身体を突っ込み、頭から水をかぶっていた。


「なんだ?結局は、優勝も、タイム更新も、諦めたってわけか?」


夢にまで見る程、待ち望んでいたその声は何の前触れもなく、突然頭の中で響いた。

三日ぶりに現れた青は、酷く不機嫌にジロリと瑠里を睨んでいる。

頭から髪をつたって滴り落ちる水もそのままに、瑠里は飛び上がる様に身体を起こし、茫然とした顔で横に立つ青を見つめた。

あんなにも会いたいと願っていたのに、こうも突然だと咄嗟には声が出ない。


「なんでそんなにビックリしてんだ?俺は幽霊か?シャレになんねぇぞ!」


相変わらず怒ったような青の姿をその目でちゃんと認識すると、瑠里は今度はヘナヘナとその場にへたり込んでしまった。


「どうした、高宮!大丈夫か?」


練習終りで、グラウンドから引き揚げてきた顧問の教師がへたり込んでいる瑠里を見つけ、大声で叫んだ。

その声で一気に正気に戻った瑠里は、慌てて立ち上がる。


「はいっ!大丈夫です!なんでもありません!」


そう大声で返しながら、ちょっと大袈裟に微笑んで見せると、出しっぱなしになっていた水道を止めた。

そして、周りに人が居ない事を確認してから、あらためて青を見た。


「おまえ……調子悪いのか?体調崩してるのか?」


不機嫌だった表情が緩み、青は僅かに心配そうに眉をひそめた。

瑠里はその夢にまで見た青の姿に、素直に嬉しそうに笑いながらも、文句を言った。


「そりゃぁね、体調も崩すよ!三日も眠れなかったんだから。ご飯だってあんまり食べてないしさ……青こそ何やってたの?どこいってたの?」


「おまえ、何言ってんだ?三日も寝てないって何だそれ!俺が……どうしたって?」


瑠里の問いかけに、青は訳がわからずに目を眇めた。

その訝しげな様子に、今度は瑠里が眉をひそめる。


「だって!三日も音沙汰無しになるなんて、今まで一度も無かったじゃん!本気で心配したんだよ?なんかあったんじゃないかって……」


「 三日も音沙汰無し……」


青は瑠里の言葉を呟きながら、突然、ハッと目を見張った。


「 俺、……三日振りなのか?昨日もおとといも来てないのか!?」


「 え!?……青、知らなかったの?」


そう、青には自分が三日振りにここへ来たという自覚が無かった。

それどころか、いつも通りにこのグラウンドへ現れたら、瑠里が今までに無いほどの滅茶苦茶なフォームでダラダラ走っているのを腹立たしい気持ちで見ていたくらいだ。

どういうことだろうか?青は無意識に腕を組んで目を閉じた。

三日間もここへ来なかったのだとしたら……自分は三日間ベッドの上の寝たきりの身体に留まっていたことになる。

だが、どんなに考えても、その空白の記憶は無い。

そこまで考えて、思わず笑いそうになる。

そりゃぁそうだ、自分は意識を取り戻さないままに半年以上眠り続けているのだから、一日の始まりも、終わりも、記憶もクソもない。

そもそも、こうして瑠里の元に通うようになって、毎日、一週間、一カ月、というカウントが存在し始めてたのだから。

だが、瑠里が言ったことが事実なら……本当に三日間もここを訪れなかったのだとしたら……


「 瑠里、あの神社へ行こう、話す必要がありそうだ。」


青は、顔を上げて不安そうに立ち尽くしている瑠里を見た。

二人は、そのまま楠の里神社へ直行した。

その道すがら、青は何かをずっと考え込みながら押し黙ったまま歩き、瑠里はそんな青の僅かに透き通った背中を、ようやく逢えた湧きあがるような喜びと、青の身に何かが起こりつつあるのかもしれないという漠然とした不安の入り混じった目差しで、見つめながら歩いた。


神社に着くなり、二人は例の大楠の木の根元に並んで座った。


「 瑠里、おまえなんでそんなボロボロになったんだ?眠れないし、ご飯も食べれなかったって、本当か?」


学校のグラウンドからここまで、一言も口を開かなかった青が、唐突に尋ねた。


「 え……いや、なんでって……それは……」


瑠里は、一気に全身の血液が顔に集まったかのような熱さを感じながら、口ごもった。

青に突然会えなくなって、どうしようもなく不安で、眠れなくなった……答えは単純そのものだが、まさか本人を目の前にして言えるほどの度胸は無い。


「 今日のおまえの走りは今まで見た中でも最悪だ。体調を崩したか、何かとんでもない悩み事でも抱えていない限り、あんなに崩れたりはしないだろが?」


それでも瑠里は言葉に詰まった。悩み事……といえばそうでもあったが、その最大原因は青そのものだ。


「 ひょっとして、タイムが思うように上がらないからか?だとしたら、悩むことなんてない。フォームが大分安定してきてるから、結果に表れるのは時間の問題だ。むしろつまらんことで悩んでフォームを崩す方が悪影響だ、わかるか?」


瑠里は無意識に天を仰ぐ真似をした。

青の頭の中は、陸上でいっぱいだ。自分がボロボロになった原因も、走ることが原因だと完全に決めて掛かっている。


「 おい、なんとか言えよ!」


青の少し苛立った声に、瑠里は恨めしげに横目で青を見た。


「 タイムなら……ちゃんと上がってきてるよ。青の予想通りにね……」


「 じゃぁ、なんなんだ?またお母さんと揉めたのか?」


「 母さんと私は、基本仲良し親子だから揉めたりしません!」


どんどん不機嫌になっていく瑠里の口調に、青は眉をひそめた。


「 おまえ、何か怒ってんのか?……ん?もしかして俺にか?三日も現れなかったからか?」


「 怒ってなんか……ないよ」


瑠里はモゴモゴと口を動かしながら、俯く。


「……心配はしてたけど……怒ってなんかない!」


瑠里が膝小僧の上に顎を乗せて、やはり拗ねたように白状すると、青はその子供っぽい仕草に、苦笑いを浮かべた。


「……悪かったよ。でも、俺だってわざと放置したわけじゃない。そもそも自分が三日も来てないなんて瑠里に言われるまで知らなかったからな。」


そこでハタと瑠里は我に返った。

そう、拗ねてる場合じゃない!


「 こんなこと、初めてだよね?三日も来れなかったことなんて、無かったよね?」


来なかった、ではなく、来れなかったという表現を口にした瑠里に、青の顔は僅かに綻んだ。

確かに、今回の数日間飛び越した出来事は、青の意思でない事は間違いなかった。


「 その間の記憶って……なんかある?」


「 あるわけないだろ!俺の意識は戻ってない 」


即座に答えた青の厳しい横顔を、瑠里は言いようのない不安な瞳で見つめた。


「……また、来れなくなったり……するのかな?」


「 まぁ、所詮今ここに居る俺は、幻みたいなもんだからな。突然現れたんだから、突然消え去る……なんてことも有りなんだろうよ。」


あっけらかんと、冗談でも話すかのような青の態度に、瑠里は怒りだした。


「 嫌だ!!青が消え去る?なに人ごとみたいに言ってんのよ!?」


突然大きな声で怒り出した瑠里に、今度は青が目を剥く。


「 だ、第一!私はどうすんのよ!?青を信じて、青の言う通りに頑張って来た私まで投げ出すつもり!?そんなの……酷いじゃん!」


瞼の奥の方がカーッと熱くなり、瑠里は今にも泣き出しそうだった。

青が消え去るかもしれない……青ともう二度と逢えなくなるかもしれない……ここ三日間瑠里の心を悩ませ続けた不安が再び襲いかかってくる。


瑠里の声の震えを感じ取った青は、つと黙り込み僅かに覗いている空を見上げた。


「……おまえは……瑠里は、そのまま頑張ればいい。俺が消えようと消えなかろうと……」


「 嫌だ!!だからそんなの嫌だって!私一人でなんて頑張れない!」


瑠里は、まるで子供の様な仕草で激しく首を振った。

青が消えて居なくなるかもしれないなど考えたくも無いし、とうてい受け入れられる筈もない。


「 俺は!!」


青はこれまでに無い強い声で、瑠里を遮った。


「 俺は、おまえを……放り投げるつもりはない!」


その乱暴に言い放たれた強い言葉に、瑠里の心臓は大きく飛び跳ねた。

大きな瞳を見開き、瞬きもせずにこちらを見つめる瑠里に、青は淋しげな笑みを浮かべる。


「……だけど、ずっとおまえの傍に居る約束も出来ない。おまえが……ちゃんと最後まで走り切るのを見届けてやりたくても、俺がそうしたくても……何の約束も出来ない 」


その青の言葉そのものが、今ある二人にとっての唯一の現実だった。


瑠里は、今にも口からこぼれ落ちそうな否定の言葉を、苦しげに呑み込んだ。

今、自分が嫌だと言ってしまえば、それは青を責めることになるのだと気付く。

放り投げるつもりはない、最後まで見届けてやりたい、でも、そうしたくても、なんの約束も出来ない……青が言った言葉を一つ一つを自分の中で噛み砕いていくと、瑠里の瞳からポロポロと涙がこぼれ始めた。


「 瑠里……泣くな……」


瑠里の突然の涙に戸惑いながら、青が僅かに透き通った指先で瑠里の頬に触れると、例のフワッとした温もりが、瑠里の頬に伝わった。

その微かな青の温もりが、まるで全身に広がっていくような感覚を覚えた瑠里は、泣きながら深く息を吸い込むとそのまま止める。

唯一実感出来る彼の温もりを身体の中に閉じ込めてしまいたかった。

おそらくは、誰にどう説明しても理解しては貰えないであろう青の存在。

でも、確かに青と出逢って過ごしてきたこの三ヶ月の日々。

そして、その全てが二人にとっての真実であるという唯一の証しである……青の温もり。


「……私……青が、好きなんだ……」


その告白は、突然瑠里の唇からこぼれた。

頬に幾すじの涙の跡もそのままに、瞳一杯に涙を滲ませたまま、瑠里は青を真っすぐに見つめる。

こんな言葉を簡単に口に出来るようなタイプではない……というより、誰かに、それも異性に告白すること自体が初めてだった。

だが、不思議とそこに恥ずかしいという感情は無く、むしろ今言わなければ二度と伝えられないような気がした。


「 俺も……瑠里が好きだ。今の俺にとって……瑠里だけが全ての中心で、こうしてここに存在している理由の全てだから……」


青の少し透き通った瞳は、やはり瑠里を真っすぐとらえていたが、どこか哀しげだった。

瑠里は、突然襲ってきた恥ずかしさに膝頭に顔を埋め、だが、そのまま告白を続ける。


「……青が姿を消して……なんだかとっても不安になって、ひょっとしたらもう会えなくなるかもしれないって思ったら、その晩から眠れなくなって……ご飯も全然食べたくなくなって……どうしたら青に会えるか考えてもわからなくって……そしたら凄く悲しくなって、やたら泣けてきて……」


瑠里はそこで真っ赤に火照った顔をおずおずと上げ、そろりと青を見た。


「……そしたら、私はどうしょうもなく青が好きなんだって、気付いた」


目一杯の勇気を振り絞って真っ直ぐに見つめる瑠里の瞳と、優しさに溢れた透き通った青の瞳がしっかりとぶつかる。


「……うん、ごめんな、瑠里。泣かせて……ごめん」


初めて聞くような優しい青の声色に、瑠里は視線を外すことなく小さく首を振った。


「 駄目、謝っちゃ嫌だ。青は悪くないもん、私が動揺し過ぎただけだもん。本当の青は病気なんだから、そういうことだってあるんだって事を……私だけはちゃんと分かってあげなくちゃいけなかったんだから……」


必死に自分の非を訴えかける瑠里に、青は無言で微笑みかけると、すっと空を見上げてその動きを止めた。

瑠里もまた、青の端整な横顔を凝視するように見つめ、同じように動きを止めた。


5秒、もしくは3分、あるいは10分……暫くして、青は瑠里に視線を戻した。


「 俺、戻るわ」


「 戻る……どこに?」


「 俺本来の姿に。こんなオカルトエネルギー現象じゃなくてな」


少しおどける様に両腕を広げ、自分の身体を見回した青はニヤリと笑った。


「 そ、そりゃあ、そうだよ!当然……そうあるべきで、このままでいいわけなんてないんだから……」


瑠里は、引きつった笑みを顔に無理矢理張り付けて、小さく何度も頷いて見せた。

その彼女の心の動揺が、痛い程に伝わって来た青は、優しい目差しでゆっくりと首を横に振る。


「 瑠里、そうじゃない。これは別れじゃない、会えなくなるんじゃない。俺は、おまえに本当の俺の姿で会うために戻るんだから……わかるよな?」


瑠里は、青の言葉を胸の中で復唱しながら頷いた。


「 俺は瑠里が好きで、瑠里も俺が好きで……本当ならこれはハッピーエンドだろ?普通なら、こっから俺達は付き合うのが自然な流れだろ?でも、今の俺等にはそれは当てはまらないよな 」


両想いだから、二人は恋人になる……青は、そうなる為に本当の身体に戻る決心をした……瑠里は青の言葉をダイレクトに直訳して、真っ赤になる。


「 それに、必死に走る瑠里を見てたら、俺ももう一度走りたくなった。こんな風にフワフワ彷徨ってる場合じゃない、とも思ったんだ 」


「 私も……青と一緒に走りたい 」


呟くようにそう言った瑠里に、青も頷いた。

ただ、その青の決断は、あまりに不安要素が多過ぎた。

“ 自分の身体に戻る ” ……まるで家に帰るような感覚で言い放ったが、実際に戻れる保障も可能性も恐ろしく未知数なのだ。

半年以上も意識を取り戻せていない自分が、本当に目覚められるのか……現実には、すでに植物人間化してしまっているのかもしれない。

そうなれば、自分は永遠に、いや、肉体が衰え果てるまで魂だけで彷徨い続けるのかもしれないのだ。


「 青……怖い?」


まるで青の心中を読み取ったかのような瑠里の問いかけに、青は苦笑した。


「……怖いよ。もし、目覚めることが出来なければ……俺は一生このままだ。誰にも気付かれることなく、毎日脈絡も無い場所に飛んで彷徨い続ける……」


苦痛に似た表情で眉を顰めた青の横顔に、今度は瑠里が首を振る。


「 誰が気付かなくたって、私が気付くよ。もし、万が一、青がこのままなら……私の傍に来て。毎日、毎日、私の傍に居て。青が眠くなって消えてしまうまで、私の傍に居て 」


瑠里のその無邪気で優しさに溢れる言葉に、青の表情は一気に緩んだ。


「 そりゃあ、本当の青に会ってみたい気はするし、ちゃんと手を繋いでデートっていうのも捨てがたい気はするけど……でも、私にとっての青は本物も偽物もないし。私が出逢った青は今の青で、好きになったのも今の青だもん!……でしょ?」


そのいつも通りのお気楽な口調に、青は思わず笑ってしまった。

瑠里にかかれば、深刻事もなんだか単純に思えてくる。


「 それにね、きっと青はちゃんと目覚める気がする。青はまた走る気がする。あ、なんで?って聞かないでね、明確な理由は無いから。でも……本気でそんな予感がするの 」


そう言って屈託なく笑った瑠里に、青の顔にも穏やかな笑みが戻る。


「 そうだな。もし駄目だったとしても、瑠里が俺を見つけてくれるなら……怖くは無いな。瑠里が一緒に居てくれるなら、今と何も変わらないんだしな」


「 そうそう!その通り!だから……だから、青、頑張ってみようよ?」


「 おう!誰より俺が頑張んないとな。だから、瑠里は最後の大会頑張れよ!仮に……俺がずっと傍で見ていてやれなくてもな?」


「………うん、私頑張る!」


「 もう、今日みたいにボロボロになんかなるなよ?俺が現れない時があっても、左右されて欲しくないし、おまえには絶対走り切って欲しい。もちろん、優勝目指してな!」


不安げな表情を押し殺しながら、瑠里は前を向いたまましっかりと頷いた。


青は、その唇を噛み締めたような瑠里の横顔を暫し見つめながらゆっくり付けたす。


「……ひょっとすると、こうして会えるのは今日が最後かもしれない。あるいは、一週間後かもしれないし、明日が最後かもしれない。おそらく、ちゃんとさよならなんて言えないだろうし、突然消えるんだろうよ、俺は。現れたのも突然だったしな 」


青の言葉を受けて、前を向いたままの瑠里の頬が引きつるように強張った。


「 俺も、おまえも、覚悟は必要だ。その時は……間違いなく、突然来る。まぁ、もっとも、それは実体の俺が運よく意識を取り戻せたら、の話だけどな……」


瑠里は、何かを思い切るように深く息を吸い込むと、勢いよく吐き出した。


「 青!大丈夫だよ!」


心なしか自信なさげな青に、ニッコリ笑いかける。


「 青は、絶対に目覚めるよ!そして、私達はきっとまた逢える!いつかきっと……私は青の彼女になる……うん!絶対!」


迷いの無い瑠里の満面の笑顔に、青の顔も優しく崩れ……その直後、青の顔が瑠里の笑顔に重なる様に近づいた。

突然目の前に迫った青の顔に、瑠里はその大きな瞳を目一杯見開くと息を呑んだ。

透き通ってはいるが、想像以上に長いまつ毛に包まれた青の切れ長の目が閉じた時、瑠里の唇にふんわりとした温もりが伝わって来た。

それは、夢の中の様な優しく温かなキスだった。

驚きのあまり、目を閉じることも忘れた瑠里は……僅かに透き通った青の綺麗な顔立ちと、感触こそは無いものの、はっきりと伝わってくる唇の温もりに心臓が爆発しそうなほど波打った。


時間にすれば数秒のキスは、青がそっと離れた後も瑠里を石のように固まらせた。

顔を真っ赤に染め、瞳を大きく見開いたままの瑠里の姿に、青は吹き出した。


「 瑠里、これは予約だ 」


「……よ、予約?……なんの?」


「 俺達の初キスの予約、だよ 」


相変わらず真っ赤な顔でキョトンとしている瑠里に、いたずらっぽく笑いかける。

瑠里はパチパチと大袈裟に瞬きをしてから、空を仰ぎ、鼻の頭にしわを寄せて小さく唸った。


「 初キス……う~ん……私にとっては今のもファーストキスで……でも本物じゃないから予約で……ってことは、私のファーストキスの予約でもあるわけで……」


ブツブツと空に向かって独り言を言う瑠里を青は楽しそうに見つめた。

この純粋で真っ直ぐな彼女を見ていると、今在る現状が実はそう複雑な事ではなく、もっと単純明快な事柄なのかもしれないと……本気で思えてくる。


「 本当は……今のが私のファーストキスなんだからね……」


こちらを見れずに、俯きかげんでもごもごと告白した瑠里に、青は優しく微笑みかけた。


「 うん、ありがとうな。瑠里の初めてのキスを俺にくれて」


「……予約したんだから……ちゃんと約束守ってね 」


「 おう!任せろ、必ず迎えに来る。どんなに時間がかかっても、絶対に瑠里のところまで自力で来るからな!ちゃんと待ってろよ 」


青の絶対的な強い口調に、瑠里は零れんばかりの笑顔でしっかり頷いた。


「 うん!待ってるよ。絶対に、絶対に、青を待ってる!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る