第31話

 回復ポーションを喉を鳴らして流し込む。訓練所で回復ポーションが飲み放題なのは、迷宮で使う回復ポーションとものが違うかららしい。


 もともとポーション系の飲み物は、迷宮の『澱み』に対して非常に弱く一時間もすれば効力を失ってしまう。そこを解決したのが現在使われている迷宮向けポーションで、とある処置を施した上に特殊な蒸留をする事で『澱み』に耐える事が可能になったのだとか。


 当然、お高い。そして、通常のポーションは【街】で使用することを目的として今でも作られているらしい。コストも安いので、こういう場所で飲み放題にもできるのだとか。


「しかし、飲み過ぎでポンポンがタプンタプンになりそうだ」


「トイレ休憩しますか?」


「大丈夫だ、問題無い」


「フラグのような応対ですね。始まってから、手上げてもダメですよ」


「いや、ホント平気だから。保育園児に対する保育士さん目線みたいな表情やめて?」


 たまにシリエルさんは母性を強めに発揮する時があるな。


 いつものように中剣を左手に構え、右手をダイバーズウォッチに添える。


「スキル・スワイプ――」


 黄金色の光を叩き込む。


「――【電光石火】」


 深呼吸ひとつで、深海に潜る。腰を落とし、細い剣を構える動作のシリエルさんを確認する。


 遅い。細い剣が揺れ動くのがハッキリとわかる。


 地面を蹴飛ばす。砂埃がスローモーションのように舞い上がる。シリエルさんの間合いを一気に侵食し、構えた細い剣を横目に懐に入る。


 もらった!


 そのまま突進しつつ右手に持ち替えた中剣をシリエルさんに斬りつける。


 ――スッと動いたシリエルさんに躱された。


 は!?


 驚くものの【電光石火】の効果は続いている。斬りつけた勢いは止まらず、五メートルほどを地面を滑りながら移動する。


 さすがシリエルさんだ。こっちの速度に簡単に対応してくる。


 バランスをとりながら急制動。無理矢理足を止めて、シリエルさんに振り返る。その姿は消えていた。


 嫌な予感がして、咄嗟に地面を転がる。後を追うように衝撃が背中を叩いた。


 地面に一本の線が走っている。


「ふむ、よく避けましたね。でも、【技能スキル】効果が解けてますよ。これぐらいの攻撃は【技能スキル】継続しないと」


 はい、シリエルさん無茶振りです! 無理無理と首を振る僕に、シリエルさんの細い剣が迫る。


「ほらほら、攻撃だけでなく防御にも【電光石火】を使ってください。攻撃を躱して距離を一旦とるには非常に有効ですよ。継続使用しなくてもいいのです。細かく瞬間的に発動するだけでも、かなり有用となるのですから」


 訓練用に手加減しているのであろうシリエルさんの攻撃が絶え間なく襲ってくる。


【電光石火】を繰り返し、大きく避けては隙を探るが、シリエルさんに隙などなかった。


 あれ、これ一太刀浴びせるのって無理ゲーじゃね?


 焦る僕は、隙のように見えた誘いにまんまと乗ってしまい、【電光石火】での大振りを空振って背中を晒してしまう。


 ズドンと突き刺さる衝撃と痛み。


 地面に叩きつけられて僕は気を失った。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「……ル。……きて……さい」


 鈴の音のような声が聞こえる。心地よい感触と髪を撫でる優しい仕草。


「……う……」


 上半身を起こしながら、目を開ける。そして、ザバザバと降りかかる回復ポーション。


 はい全快しました。


「うー痛みがあったような無かったような変な感触だ……」


「回復ポーションをかけたので痛みはないはずですが」


「うん、ありがと……げ、地面が陥没してる」


「すみませんでした。私も初めての戦闘で、思うように攻撃に手加減できませんでした」


 地面に正座していたシリエルさんが頭を下げてくる。水色の髪の毛がゆらりと揺れる。


「え、いいってシリエルさん! 考えてみればシリエルさんも生まれて一ヶ月くらいでまだ間もないんだから。気にしないでよ」


 慌ててシリエルさんの肩を掴んで、上体を起こさせる。両手を胸の前で組んだシリエルさんは、少し目線を下げて呟いた。


「でも私は支援精霊です。トオルの至らないところをカバーするのが役目です。私がうまくできなければ、トオルに迷惑がかかります」


「迷惑だなんて思わないよ」


「例えトオルがそう思わなくても、私がそう感じるのです」


 シュンとするシリエルさんの声。ああ、これはあれだ。シリエルさんは完璧主義なんだな。自分に厳しい。


 思わずシリエルさんの頭に手を置こうとして……そのままフヨフヨと宙を彷徨う。


「……その手はなんですか」


「いや、こういう時は頭を撫でるのがパターンかなと思ったけど、多分撫でたら『支援精霊と言えども女性に勝手に触るのはマナー違反です』と怒られそうな予感がしたもんで」


「正解です。実行してたら、手加減なしで斬りつけてましたね」


「命拾いした――!」


 安堵する僕を見つめていたシリエルさんは、小さくありがとうございます、と呟いた。


「ヘイ、シリエルさん」


「はい」


「僕らはさ、まだ迷宮攻略を始めたばかりだ。僕は死んだばっかりだし、シリエルさんは生まれたばっかり。スタート地点からまだちょっぴりしか進んでいない。だから、失敗しよう。たくさん失敗して、それ以上のたくさんの成功を経験しよう。僕だけなら失敗続きなのは間違い無いけど、シリエルさんがいてくれるなら成功は必ずやってくる。時々シリエルさんが失敗しても、それはそれ。その時は僕が頑張るよ。だから気にせずやっていこう」


「はい。そうありたいと思います」


 シリエルさんの声はいつもの調子に戻ってきたかな。


 あぐらをかきながらシリエルさんを見つめる。正座をしているシリエルさんは、いつもながらに姿勢がいいなあ。ほんと頭が下がるよ。


 なんてことを思っていた僕は、ピシャーン!と雷鳴に打たれたかの如くあることに気がついた。


 なんでシリエルさんは正座をしているの?


「シ、シリエルさん」


「はい、どうしましたか?」


「あの。なんで、その。シリエルさんは正座をしているのかなって」


 意識が回復する直前の淡い記憶を思い返す。もう既に彼方へと去っていってしまったあの感触。もしかして、もしかすると。


「ああ、それはトオルが」


「ぼ、僕がっ?」


 前のめりで聞き返す。ごくりと喉を鳴らす。その僕の不審な様子をじっと見つめるシリエルさん。


「……」


「シリエル……さん?」


「秘密です」


 は!?


 前のめりすぎてシリエルさんにぶつかりそうになる。そこをさっと華麗に躱して立ち上がるシリエルさん。


「秘密にすることにしました」


 そう言って僕の支援精霊は、少し楽しそうに微笑んで。


 僕はそんな彼女を、何も言えずに倒れたまま見上げるのだった。



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