第30話

【電光石火】は、黄金色の光を身体に内包させ、その名の如く雷光の速度で動けるようになる【技能スキル】である。


 効果時間は、ちょっと変わっていて『息を止めている限り』。少しでも息をつけばその瞬間効果は途切れてしまうが、逆に言えば息を止めていれば効果はずっと続く。まあ、無呼吸でどれだけ激しい運動ができるのかって訳だけど。


【潜る者】ダイバーの運動性能があれば、結構続くような気がする。


【電光石火】が発動した直後、視界は突如として薄暗くなった。細い剣を持ったシリエルさんがノロノロとした動きに変わる。


 いける。


 僕は中剣を握りしめると右脚を蹴りシリエルさんに向かい――


 豪快に地面に頭から突っ込んだ。


「あだだだだだだだっ!?」


【電光石火】の【技能スキル】効果が消える。


「前もって話していた注意点をすっかり忘れてますね。【電光石火】は身体能力が爆発的に向上する為、制御がとても難しくなります。最初はまず歩くことから始めた方が良いと言いましたよね?」


 シリエルさんが僕に話しかけてくるが、顔面が擦れた痛みに耐えているので応える余裕がない。パシャリと回復ポーションが頭からかかり、何とか立ち上がる。


「いたた……想像以上に動きづらい」


「最初はそのようなものだと思いますよ。簡単な動作から動きを確認していった方がいいでしょうね」


「いや、そんな暇はないよ」


「え?」


「のんびり時間をかけていたら、シリエルさんに膝枕してもらう時間が減るじゃないか! ここはさっさとクリアする為に全力で勝負する!」


「いや、ですから【技能スキル】を上手く使えるようにしないと勝負も何もないのですから」


「いくぞ、シリエルさん! 【電光石火】! ぎゃあああああああああああ!!」


技能スキル】発動と訓練スペースの壁に激突した痛みへの叫びが順番にこだまする。


「トオルは……全く……」


 ため息をつきながら回復ポーションを振り撒くシリエルさんが呆れたように呟いた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「いいですか、トオル。まずは歩くことから始めましょう。最初に右足を前に出して、次に左足を前に出す。この二つの動作により、人は歩くことができるのですが、トオルにはできるでしょうか? 難しいですか?」


「あの、シリエルさん。なんか、僕、とても不名誉な感じで教わってるような気がするのですが……」


「気のせいです。トオルの精神年齢に合わせて話す必要があると判断したまでです」


「気のせいじゃなかった!」


 あれから一時間ほど【電光石火】っては自滅するパターンを繰り返していたら、とうとうシリエルさんの待ったがかかってしまった。


 シリエルさんの異様なほど丁寧な説明に、彼女の静かな怒りのオーラを感じるのは気のせいだろうか。気のせいだろう、支援精霊だもの、いつだって僕に優しいはずだし!


「今無性にこの剣を振り回したくなりました」


「ごめんなさい」


 やべえ、剣に殺気が溢れてますわ。


 それから、シリエルさんのアドバイスに従ってしばらく【電光石火】をかけた状態で歩いたり座ったり立ち上がったりの動作を繰り返す。思ったよりも動きにくいぞ。まさか、立ち上がりの動作だけで、三メートルも飛び上がるとは思わなかった。


 そして長く発動できるように、効果発動前に大きく息を吸い込む動作が癖になってきた。


「スキル・スワイプ――【電光石火】」


 黄金色の光を纏った拳を胸に叩き込む。

 そして、今もまた大きく息を吸い込む。まるで、今から潜水するかのように。


 視界が薄暗くなる。トプンと深海に落ちたような錯覚。


 そのまま右に左にとステップを刻む。段々と胸が苦しくなる。目の端がチカチカとしてきて、肺が呼吸を要求してくる。動くこと自体が難しくなっていきついに脚が限界に来た。


「ぷはぁっ!!」


 地面を削るように止まる。激しい動悸で、たまらず座り込む。ヒーヒー言っているとシリエルさんが近づいてきた。


「やりましたね、トオル。【電光石火】発動中でも、ある程度動けるようになってきましたよ」


「あ、あ、ありがと。ま、まだほんの数秒だけ、ども」


「練度を上げていけば、解決していきます。ではトオルが落ち着いたら、そろそろやりますか」


「うん」


 僕はフラフラと立ち上がりながら言った。


「仕切り直し。今度こそ一太刀浴びせてやる」

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