第29話
訓練所の出口へとそろりそろりと後ずさっていた僕は、シリエルさんの桃色の唇から飛び出した魅惑的なフレーズに思わず足を止めた。
だが、しかしだ。
「危ない……ご褒美につられて死亡フラグを立てまくる所だった……」
油断はしない。シリエルさんは、ご褒美と言っただけで具体的にそれが何なのかはわからないのだ。最悪、「では完徹講習を一週間程やりますか」などと言われてしまうかも知れない。というか、その可能性高いんじゃないでしょうか。僕分かります。
「やはり、ここは逃げの一択で……」
小声で呟きながら、ジリジリと後退していっていると、口元に手をあてて考え込んでいるシリエルさんの呟きが耳に入ってくる。
「ご褒美は何がいいでしょう。トオルが喜ぶ事、して欲しい事……先程迷宮で世迷いごとで垂れ流していた膝枕あたりでしょうか」
さすがシリエルさん。ちょっぴり言葉に棘が刺さりまくってる気がしなくもないけど、僕の事だいぶ理解してきている。
だけど、まだまだだね!
つまりは例え膝枕してもらったとしても白タイツのせいであまり尊みが深くなさそうなのだ。そんな膝枕とフルボッコされる未来が確定しそうな訓練からの脱出を天秤にかけるのならば僕は後者を選ぶ。
ふっ甘いな、シリエルさんめ。男子高校生なら、どんな手にでも引っ掛かると思っているなら大間違いだ。僕にはキチンと損得勘定ができる頭がある。残念ではあるけれど、今回は戦略的撤退をして、後で何とか誤魔――。
「ふむ。膝枕というからには、このタイツは邪魔になりそうですね、万が一負けた時は、これは外しますか」
シリエルさんが言いながらスカートの裾をちょいと摘んでタイツを確認したので、僕はイクイップ・スワイプで中剣を出現させるとシリエルさんの前に立ちはだかり雄叫びを上げた。
「勝負だ、おらあああああ!!!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「急にやる気になりましたね?」
シリエルさんの不思議そうに首を傾げる仕草に、僕は意識を取り戻した。
「……はっ、僕は一体何を?」
おかしい。何故か瞬間的に記憶が飛んだ気がする。悔しい。無茶苦茶やる気が漲ってきた。
「では、始めるとしましょうか。トオルは新【
僕は慎重に頷く。中剣を握る手に少しの震えもない。落ち着いている。明鏡止水の境地だ。
「シシシシシシリエルさんっ、ごほっご褒美の件だけどどどど! まち、ま、まままま間違い」
「前のめりすぎです、トオル。邪念が透けて見え過ぎてます」
あれ、そんなはずでは。
シリエルさんが細い剣を構える。ピンと空気が張り詰める感覚がした。
「約束は守ります。まあ、トオルが勝てたらの話ですが。何度でも相手を致しますので、是非頑張ってください」
そのいっそ冷たいとでも表現できそうな声に、僕の頭も冷静になってくる。パシっと中剣を左手に持ち替えて、右手の二本指をダイバーズウォッチの画面に置く。
「……いくよ」
「どうぞ」
シリエルさんの声を受けて、画面の下から上に二本指を走らせる。
「スキル・スワイプ」
登録された二つ目の【
さあ、いこう。
確実に発動する為に、新しく取得したその【
「【電光石火】!!」
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