第26話

 それから一階層から五階層まで行って【帰還門】で【街】まで戻ってくる事を何回か繰り返した。


 マッピングは終わってるので最短ルートで進めば一日で行けない事もなかったけど、シリエルさんの「今は比較的危険が少ない場所で野営の経験を積むべきです」というアドバイスに従って一泊二日の行程で行っている。


 セーフティゾーンでも野営を行った。普通はここで野営するので、一番正しいやり方と言える。本当に不思議な事に影獣エイジュウはセーフティゾーンには近づいてこなかった。【聖域】で眠ると朝には効果範囲外に影獣エイジュウが纏わりついてるのが常なので、ゆっくりと静かに休みたい場合はセーフティゾーンを積極的に活用すべきだと思った。


 セーフティゾーンには水が湧いている場合も多いらしく、インベントリ空間に限りがある僕としては有り難い。


 今日も野営は三階層のセーフティゾーンで行う事にした。


「インベントリ・スワイプ」


 インフォメーションにインベントリ内のリストを表示し、その文字列を見ながらスワイプすると、何を持っているのかわかりやすくて取り出しやすい。


「これでサムネイル表示できたらなあ……」


 何となく呟いていたら、ダイバーズウォッチがふいにチカチカと点滅しだした。何だ何だとダイバーズウォッチの画面をタッチする。


【インベントリ・リスト内の所持品をサムネイル画像として表示できるよう機能更新しました】


 ……うちの支援精霊有能すぎやしませんか?


「さすシリさすシリ」


 感動しつつ、インベントリから必要な道具を取り出していく。残念ながら星水は売り切れていたので買えなかった。今日はセーフティゾーンで休息をとるつもりだったから、水はここで補給しようと思って買っていない。


 水は広間の中央に小さい池があって、そこから湧き出している。水袋を取り出して水を中に入れようとしたが、僕の手がピタリと止まった。


「……なんか濁ってる?」


 前回ここで水を汲んだときは、透明感のある綺麗な水だったのに、なんか少し黄色く濁ってるような気がする。ちょっと手に掬ってみる。うん、気のせいじゃない。ちょっとシリエルさんに聞いてみようか。


「ヘイ、シリエルさん。水が濁ってるんだけど、これどうしたんだろう?」


『迷宮内の澱みが強くなっている影響かと思われます。澱みは一定のペースで溜まるわけではありません。例えば、どこかの世界が滅んだ時や大きな戦争が起きた時などは大量の澱みが発生します。今回はSF系のとある世界が科学技術の暴走で自滅したそうなので恐らくそれが原因かと』


「うわぁ……」


『残念ながら星屑ほどの世界単位で見ると、よくあることです。しばらくすれば、濁りも収まるでしょう』


「これ飲めるの?」


『浄水すれば。煮沸では駄目ですね。浄化系の【技能スキル】でないと無理だと思います』


「まあ飲めなくてもいいのはいいけど、持ってきた食べ物、飲むの無いとちょっと食べにくいんだよな」


 うーん、どうするか。しばらく考えていた僕は、とあるアイデアを思い付いた。これがいけたらだいぶ助かるけどできるかな?


 水袋を右手に持つ。そのままスワイプスワイプ。


「スキル・スワイプ」


 水袋を包むようなサイズの【聖域】が現れる。その状態で、池にとぷんと水袋を沈め水を汲む。満杯になった水袋を置いて、インベントリからガラスコップを取り出した。


「さてさて、うまくいったかな?」


 トポトポーと水袋から、コップに水を注ぐ。透明な綺麗な水がコップに溜まっていった。そのまま、ぐぃっと一気に煽る。


「ぷはーっ! 美味い!」


 うまくいった。濁り切った水をのだ。僕が澱みを通さないと決めたことで、結果的に濾過したことになったのだ。【聖域】凄いな。応用がいろいろ効きそう。


「戦闘に、野営に、浄水に。色々できる【聖域】さん、持っててよかったレア・スキル」


『最初は使えねーとか言ってましたね』


「どこの誰だろうね、【聖域】さんに謝ればいいと思うよ」


『もしかしてトオルは頭にトサカ生えてますか?』


「三歩歩いたら忘れるとか思ってる?」


『ニワトオルならあり得るかなと』


「人の名前をニワトリと魔合体させんな」


 今夜も和気あいあいと夜が更けていく。

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