第25話

 微睡で見る夢は、脳内に響いてくる可憐な声で霧散した。


『……トオル起きてください。六時です』


「喜んで!」


 瞬時に覚醒する。本日のログインボーナスもシリエルさんのモーニングコールだった。これで一日戦える。


『気味が悪い程に寝起きがいいですね。ちゃんと睡眠はとれているのですか?』


「ダイバーズウォッチなら装着者のバイタル情報とかわかるんじゃないの?」


 高機能っぷりが半端ないダイバーズウォッチなので嘘発見器機能は余裕でついてるだろうし、脈拍などの健康状態は言わずもがなって気がする。


『もちろん分かりますが、トオルの場合はダイバーズウォッチを欺いてしまう可能性もあるのかと』


「悪い方向に信頼度が高い」


『日頃の言動ですね』


「心当たりしかないなぁ……」


 シリエルさんと駄弁りながら、朝食の準備をする。インベントリ・スワイプで取り出したのは、街で購入したパンに野菜と肉を挟んだようなモノ。見た目はそうだけど、味もそうだとは限らない。昨日の夜食べた狭間の世界のはじめての食事は、見た目コーンスープの味が味噌汁だった。脳がバグる。美味しかったけども、違和感が強かった。一緒に食べたパンらしきものは、普通のパンだった。


『食事、という『娯楽』を積極的に採用したのは、まだごく最近の事ですから、提供する食事も星屑世界すべてを網羅できてはいません』


「逆に全部対応できてたら凄すぎるだろうね」


 モグモグとパンを口に運ぶ。甘めの肉と辛い野菜で意外と美味しい。水筒の中身を直接口に中身を流し込む。ちょっと柑橘系のような爽やかな味だった。


「これ美味しい。次もこれにしようかな」


『星水ですね。【潜る者】ダイバーに好評です。星屑世界のひとつから構成再現しているらしいです。星の光を浴びて輝く川から汲んだ水なのだとか』


「ファンタジーだなあ」


 ごちそうさまでした、と手を合わせて食事を終える。寝袋などをインベントリに戻すと、僕は立ち上がった。


「じゃあ、朝食も食べたことだし」


 うーんと背伸びしながら、頭の上にあげた両手を使ってスワイプする。イクイップ・スワイプ。おろした右手には中剣を握っていた。


「食後の運動でもしますか!」


 目の前には【聖域】で阻まれてガシガシ光の幕を殴り続けている影獣エイジュウが一匹。朝も早くからご苦労様です。


【聖域】を解くと、僕は影獣エイジュウに向かって中剣を振り下ろした。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 迷宮深度:5

 潜心:2

 潜技:3

 潜体:2


 【聖域】:1


【帰還門】の前で、僕はインフォメーションを確認していた。五階層の未踏破部分を埋め尽くすべく迷宮内を駆けまわり、やっと全部を通り終えて、街に戻るために【帰還門】へとやってきた。


「うーん、心技体はなかなか伸びないなぁ」


『五階層まではお試し、といった意味合いもあるぐらいに影獣エイジュウの格はさほど高くはありません。五階層までを何度も繰り返すのは効率的には良くないでしょう。【潜る者】ダイバーに成りたてのトオルには、あと何回か繰り返した方がいいとは思いますが』


「今回の怪我の事も考えると、六階に進むのはまだ早いかなあ」


『今のペースでいいと思います。戦闘と休憩を適度に体験できますし、お金もそこそこ貯まります』


 お金。そうなのだ。この迷宮では、影獣エイジュウを倒すと経験を積むだけではなく、お金が貯まる。


 影獣エイジュウを倒すと、その強さによってダイバーズウォッチにお金が振り込まれる。街ではダイバーズウォッチを店頭にある機械らしきものにかざすことで決算するらしい。電子マネーかよ、って突っ込みました。影貨エイカというそうな。


 お金を貯めて、武器を買ったり、食事をしたり。これもまた【潜る者】ダイバーの心が壊れないようにするためだとか。もともとは、【潜る者】ダイバーが欲するものを欲するがままに提供していたらしい。しかし、長期的にみるとそれは【潜る者】ダイバーにいい影響は与えなかったようだ。


『何の苦労もなくもらい続ける時間を繰り返すと、【潜る者】ダイバーは最終的に成長しなくなりました』


「成長の必要がなくなるよね、それは……」


『そうですね。今ぐらいの環境が、一番バランスがとれているようです。欲しいものを得るために迷宮に潜る。そういった短期的な目標を持つ【潜る者】ダイバーが多いですね』


「とりあえず美味しいモノ発見したいな。しばらくは食べ歩き重点だ!」


『トオルらしいです』


 シリエルさんの声はどこか楽しそうだった。

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