第23話

「イクイップ・スワイプ!」


 左手首のダイバーズウォッチに、右の二本指を左から右へと走らせる。スワイプを感知したダイバーズウォッチが、僕の右手にあらかじめ装備品として設定していた「中剣」を握らせる。刀身の長さは腕の肘から先までの長さとほぼ同じ。片手で扱えるバランスのいい武器だ。槍のほうが間合いが広く剣よりも安全に戦うことができるけども、五階層までで言えば通路の幅が狭く槍の利点を生かす場面が少ない。それに、小回りでかく乱する僕はどちらかというと剣で戦う方があっているように思う。


 猿に似た影獣エイジュウが二匹、挟み撃ちするように僕に向かってくる。シリエルさんに聞いていた通り、影獣エイジュウは人型に近づけば近づくほど知性らしきものを持つようだ。戦い方が嫌らしい。


 前方の影獣エイジュウの方がわずかに近い。この距離と影獣エイジュウの速度ならまだ間に合う。僕は中剣を左手で握りなおすと、ダイバーズウォッチに素早く二本指を走らせた。今度は下から上へ。僕が持つたった一つの【技能スキル】を思い浮かべながら叫ぶ。


「スキル・スワイプ!」


 間に合った。右手にサッカーボールほどサイズの柔らかい光球が宿る。眼前に影獣エイジュウの牙が見え――光球のサイズを限界まで一気に広げた。


【聖域】――僕が認めたモノだけが入れる領域を作りだす【技能スキル】。


 逆に認めてないものは弾かれる。牙で僕をかみ砕く寸前だった影獣エイジュウは、瞬間的に約三メートルの限界サイズまで広がった【聖域】に弾かれ、飛ぶように通路の向こうに吹っ飛んでいった。よし、かなり吹き飛んだ。ダメージも期待できそう。


技能スキル】解除しながら右手に中剣を戻す。背後の影獣エイジュウが丁度良く間合いに入ってきた。


 一対一なら、この影獣エイジュウに負けはしない。油断しないように、牙に注意しながら、僕は中剣を握りしめた。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 迷宮深度:4

 潜心:2

 潜技:2

 潜体:2


 【聖域】:1



【街】で、色々な物資を購入した僕は早速迷宮へと潜っていた。シリエルさんとは、例の建物の前で別れた。ちなみに、あの建物はクリケットさん達が所属する【潜る者】ダイバーを支援する組織【比翼なる者達】サポーターの持ち物で、通称「玄関口ポータル」と呼ばれているらしい。

【潜る者】ダイバーが迷宮から帰ってくる場所、迷宮へと旅立つ場所。そんな意味が込められているそうだ。


 僕と別れた後、シリエルさんはポータル内に設置された支援精霊がダイバーズウォッチに意識を移す間の【精霊躯体エレメンタルフレーム】を大切に保管する場所に行くのだと言っていた。


「どういう感じの場所なの?」


『そうですね、トオルにわかりやすいイメージで言えば死体安置所でしょうか』


「言葉のチョイス」


 だが、わかってしまう自分がいるのも事実。シリエルさんがぴくりとも動かずに寝ているのかー。添い寝してみたくあるね。


『トオル』


「咎められるようなことは一言も発言してないよ」


『トオル』


「すみません」


『疚しい事がありすぎるから謝るのですよ。それと、勘違いしてはいけません。影獣エイジュウが来ます』


「マジで」


 後ろから影獣エイジュウが忍び寄ってきていた。咄嗟に小型円盾を装備し、攻撃を防ぐ。


「……ぐっ!」


 後方に飛ばされる。迷宮の石壁に激突した。背中に強烈な痛みが走る。【潜る者】ダイバーに進化し、僕は強靭な肉体を手に入れた。しかし、無敵の肉体ではない。相応のダメージがあれば、肉体も損傷するのだ。


 足がふらつく僕に向かって影獣エイジュウが飛び掛かる。長爪がするどいその攻撃で、僕の身体に傷が増えていく。


「ちくしょうめ!」


 無理やりに距離をとる。防御だけでは戦闘は終わらない。小型円盾を消す。


「攻撃しないと! イクイップ・スワイプ!」


 長爪を弾いた。影獣エイジュウの攻撃に隙ができる。そこへ、中剣を叩きこんだ。いつもの、ボッという音とともに青白い陽炎が消えていった。


「ふう、危なかった」


『油断大敵です、トオル』


「うん、慣れてきて注意散漫だった。いてて、あの影獣エイジュウめ」


 傷の痛みに顔をしかめる。思えば迷宮に入って怪我らしい怪我は初めてかもしれない。


「確か軽い怪我なら強化された自然治癒力で治るんだっけ」


『そうですね、今のトオルなら大抵の傷は治ります』


「でも、感じる痛みは無視できないよね。いてて」


『痛みに気を取られて戦闘がおろそかになる危険もあります。治療するのが望ましいですが……』


 インフォメーション・スワイプで地図作成画面を開く。今いる場所は四階層のど真ん中あたりで上と下どちらの階段にも遠すぎる。セーフティゾーンも当然ない。何も考えずに傷の手当など悠長にしていたら、影獣エイジュウが再びやってくるだろう。


『五階層への階段を目指しましょう。そちらの方がわずかばかり近いです』


「いや、ここで治す」


 僕はそう言うとダイバーズウォッチに二本指を走らせた。


「スキル・スワイプ」

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