第22話

「お、終わった……」


 三日間どんなことをしても一ミリたりとも動かなかった扉が嘘のようにスムーズに開くのを感じながら、僕はよろよろと部屋の外に出た。


「あ、トオルさん、今講習終わったんですね。どうでしたか?」


 ちょうど廊下を通りかかったクリケットさんが、朗らかなイケメン顔で気楽そうに聞いてくる。


「おのれクリケット」


「そのフレーズ、愚痴に使っていいとは言いましたけど、こういう場面じゃないんですよねえ」


 苦笑するクリケットさん。


「三日間、本当にフルタイムだったみたいですね。【潜る者】ダイバーになったすぐなのに、大丈夫でしたか? 睡眠の習慣が抜けてないでしょうから眠くなかったですか?」


「シリエルさんが横でつきっきりで監視してまして、眠る暇はありませんでした」


「お気の毒に」


「天国で地獄でしたね……」


「嬉しそうな顔を見るに、まだまだ余裕そうですね」


「いや、さすがにもう講習は勘弁。あの分厚い本はもう見たくもない」


 クリケットさんと話していると、シリエルさんも部屋から出てきた。


「お疲れ様。どうやら、講習はうまくいったみたいだね」


「ありがとうございます。しかし、合計十五分も居眠りさせる隙を見せてしまったのは痛恨の極みです。それだけの時間があれば、もう二、三冊の情報を詰め込めたはずだったのですが」


 若干悔しそうなシリエルさんの様子を見ながら、クリケットさんが僕に聞いてきた。


「トオルさん、どうやったんですか。眠る暇無かったと言いながら、ちゃっかり居眠りしてるじゃないですか。支援精霊の隙をつくなんてちょっと考えにくいですよ」


「そこは長年の積み重ねですね」


 授業中に教師に見つからないように眠ってきた技術が、ここで開花したのであろう。


「次こそは一瞬たりとも瞼を閉じさせません。負けませんよ、トオル」


「ふ、シリエルさん。一瞬の隙をついて閉じて見せようじゃないか」


「無意識に行うまばたきって言葉知ってますか、君たちは。目、乾いちゃいますよ」




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 建物をシリエルさんと一緒に出る。うーんと大きく伸びをする。


「ずっと座りっぱなしだったから身体があちこち固まってる気がする」


【潜る者】ダイバーであるトオルは、生前よりも丈夫になってます。気のせいですよ」


「シリエルさんはどう? ずっと綺麗な姿勢のままだったじゃない。疲れてない?」


「私は支援精霊です。【精霊躯体エレメンタルフレーム】であるこの身体は、そもそも疲れるという事を知りません」


 確かに、ちょっとした所作の美しさも少しも乱れていない。今も、外の風に揺れている髪の毛を押さえているその手先がすごく綺麗でドキドキしてしまう。


 うーん、三日たってもシリエルさんの美少女っぷりに慣れることはなかったな。


「では、これから街のほうへ行くわけですが、何の用事か覚えていますか」


「それはもちろんシリエルさんとデートするためです」


「講習時間が足りなかったようですね。あとひと月ほど足しますか」


 やめて。


「ええと、確か、迷宮探索に必要な物資の調達、だよね。これから、本格的に迷宮に潜るためには、いろいろと用意する物がある。長期遠征するわけでもない僕だから、そんなに大荷物はいらないけど迷宮内で過ごすための最低限必要なものを揃える、であってるかな?」


「正解です。食料や寝具など、戦う以外の道具もあります。所持金という限度はありますが、トオルの探索が滞りなく行えるようにしっかりと選んでいきますよ」


「お世話になります、シリエルさん」


「トオルの支援をするのが私の役目ですので」


 そう言って微笑むシリエルさんは本当に綺麗だなあ。講習で居眠りがバレた時の氷のように冷たかった絶対零度の表情とは大違い――いや、あれはあれでなかなか。


「何か変な事考えてませんか」


「気のせいです」


 誤魔化しつつ、街の方へと歩みを進める僕だった。危ない危ない。

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